簡雍が見た三国志 ~劉備の腹心に生まれ変わった俺が見た等身大の英傑たち~

平尾正和/ほーち

気がつけば簡雍

 簡雍かんようあざな憲和けんわ

 旗揚げ時から劉備りゅうびに付き従うも、益州えきしゅう攻略時に劉璋りゅうしょうを説得したこと以外、これといって目立った功績はなし。生没年不明。


 俺が昔遊んだ三国志のテレビゲームにあった、武将解説には、こんな感じのことが書かれていたっけな。

 というわけで……。


 オッス! オラ簡雍!!

 なに言ってっかわかんねぇって?

 俺だってわかんねぇよ。


 何徹だか覚えてねぇくらいヤバかったデスマが終わって、半月ぶりに家に帰って、ちょっとホコリっぽくなったベッドに身を投げ出したのはなんとなく覚えてる。

 いくら頑張っても、結局手柄は起業時からいるってだけの、無能な上司に持ってかれるし、俺も旗揚げ時から社長の側にいれば、ちょっとはいい目を見れたのかな、なんてことを考えながら眠りについた。

 んで、目覚めたら道士さまみたいな服着て、ぼんやり立ってたってわけ。


 じゃあなんで俺は、自分が簡雍だってわかったのかというと、周りの連中の話を聞いているうちに、なんとなく悟ったって感じだ。


「なぁ先生、今度のやつの出来はどうかな?」


 肉屋の軒先の簡素な台に座って、ずずっと白湯さゆを飲みながらまったり過ごしている俺に、鬼瓦みたいな顔のゴリマッチョが尋ねてくる。


「悪かないけど、益徳えきとくの絵には、いまひとつ萌えが足りないんだよな」


 このゴリマッチョは肉屋の店主で益徳といい、見た目に似合わず手先が器用で、絵を描くのが好きだった。

 とくに美人画が得意で、大きな街に持っていけば結構な値はつくし、固定ファンもそこそこいるらしい。

 なぜだか俺を先生先生と慕ってくれる、可愛い奴だ。


「先生がいつも言う萌えってのが、おれにはわかんねぇんだよなぁ」

「萌えは萌えだ。考えるな、感じろ」

「もっとこう、具体的なこと言ってくれねぇ?」

「何度も言っているが、俺に絵心はないからな。具体的な助言なんぞ無理な話だ」


 そんな感じで、俺は大抵この肉屋の益徳とだべって過ごすのが日常だったりする。


「おう、そこの兄さん、ちょっといいか」


 益徳とそんなやりとりをしているところに、これまた厳つそうなおっさんが現われて声をかけてきた。


「ああ? なんじゃい」


 それに応対する益徳の態度は、俺に対するものと全然違って横柄なものだった。

 こいつ、客商売やってるくせに愛想悪いんだよなぁ。


「そこの大岩を持ち上げたら、半額になるってのは本当かい?」


 益徳は店先にひと抱えもある大きな岩を置いていて、それを持ち上げたら肉を半額にする、というサービスを行っていた。

 それがまた重そうな岩でね。

 オリンピックレベルの重量挙げ選手なら持ち上げられるかな? っていうくらい重そう。

 俺も1回試したんだけど、びくともしない上に腰を痛めそうになったので諦めた。


「おう、いいぞ」

「へへ、じゃあ試させて貰うぜ」


 おっさんは益徳の返答を確認するや大岩を抱えた。


「ふんぬっ……! ぐぬぬぬぬ……」


 顔を真っ赤にし、こめかみに血管を浮かべながら、踏ん張るおっさん。


「ぐぅぉおおおおおおっ!」


 そして荒々しい雄叫びと共に、大岩が持ち上がる。


「どらぁっ!!」


 大岩を腰のあたりまで持ち上げたおっさんは、そこが限界だったのか、手を離した。

 どすんっ! と岩が地面に落とされる。

 あまり仕立てのよくない服の袖から覗く、まだ少し膨張が残る腕の筋肉には、うっすらと汗が浮かんでいた。


「ぜぇ……ぜぇ……どう、だぁ?」


 おっさんは肩で息をしながら、益徳に視線を向けた。


「おう、合格だ。肉は半額にしてやるぜぇ」

「へへ……悪ぃな」


 益徳は豚のブロック肉を1キロほど切り分け、竹の皮で包んでやった。


「さて、力自慢のアンタにいい話がある」


 肉を包み終えたところで益徳が告げる。


「なんだ?」

「おれを倒せばこいつをタダにしてやると言ったら、アンタぁ乗るかい?」

「……負けたら?」

「半額の話はナシだ」


 益徳はそう言って、獰猛な笑みを浮かべた。

 ちなみにこの提案を断って、半額で肉を持ち帰るってのは問題ない。

 益徳のやつは見るからに強そうだからな。

 この大岩を持ち上げられるって人がかなり少ないんだが、その少ない成功者の中でも、益徳との勝負を受けるのはさらに少数派だ。


「……いいね、やろう」


 どうやらこのおっさんは少数派のほうらしい。


 ゴリマッチョの男がふたり、向かいあって立つ。

 おっさんは腰を落として少し前のめりに構えたが、益徳は傲然と胸を反らしたまま、だた突っ立っているだけだ。


「いつでもいいぜ、かかってきな」


 益徳の言葉をきっかけに、おっさんは踏み込んだ。

 拳を振り上げながら一気に間合いを詰め、腰の回転を活かして鋭い突き繰り出す。

 こいつはなかなか実戦慣れしてるな、と素人ながらに思える正拳突きだったが、益徳は半身をひねってそれをかわし、すれ違いざまおっさんのみぞおちに膝蹴りを食らわせた。


「ぐぼぉ……!」


 強烈な膝蹴りを食らったおっさんは、腹を押さえて膝をつく。


「へへ、悪くなかったぜぇ」


 うずくまるおっさんの肩を、益徳はポンポンと叩いた。

 おっさんも結構やりそうだったけど、相手が悪かった。


 張飛ちょうひ、字を益徳。


 三国志じゃあ最強の一角だもんな。

 そこらへんの腕自慢が、たばになってもかなう相手じゃあない。


「お前ぇ見所ありそうだからよ、肉はタダでやってもいいぜ」

「ごほっ……ぐぅ……それは、本当か……?」

「おう、この益徳さまに二言はねぇ。ただ、兄貴の話を聞いてやってくんねぇか?」


 ようやく痛みが治まってきたのか、おっさんは身体を起こしつつ、益徳の言葉に首を傾げる。


「話を聞くだけで、肉がもらえるのか?」

「おうよ。ちょっと話を聞くだけだ。手間ぁとらせねぇよ」

「……わかった」


 少し落ち着いたところで、張飛はおっさんに肉を持たせ、彼を促して村を歩き始めた。

 俺もその後に続く。


 しばらく歩くと、庭先に立派な桑の木のある家にたどり着いた。

 家の軒先では穏やかな雰囲気の女性がわらをよっていて、俺たち気付くと穏やかな笑みとともに軽く頭を下げてきた。

 俺と益徳がそれに応えるように会釈したため、おっさんも慌てて頭を下げる。


「兄貴ぃ、入るぜ」


 益徳の先導で、家に上がる。


「やぁ、いらっしゃい」


 家の中では、少し派手な服装でありながら、妙に落ち着いた雰囲気を漂わせる青年が、俺たちを迎え入れた。

 青年と目が合うなり、おっさんが息を呑むのがわかる。

 穏やかな眼差しと口元に薄くたたえられた笑み。

 この完璧なアルカイックスマイルを向けられると、ついつい引き込まれそうになるんだよな。


「このあたりじゃ見ない顔だけど、あなたはわざわざ益徳のところに肉を買いに来たのですか?」


 向かいあって座るなり、青年は語りかける。


「あ、ああ。岩を持ち上げたら半額になるときいてな」

「肉を持ってここにきたということは、あの大岩を持ち上げたのですね? すごいな」

「はは、そのあとそっちの兄さんに一発でのされたがね」

「益徳は自慢の弟分ですから」


 誇らしげに語る青年だったが、そこに嫌みはない。

 家に入るまで、いったいなんの話を聞かされるのかと警戒していたおっさんだったが、いつのまにか打ち解け、気付けば身の上話を語っていた。


「苦労をされたのですね……。それもこれも、すべては天子てんしが悪い」

「お、おい、あんた……」


 唐突な皇帝批判に、おっさんは驚いたが、青年はかまわず続けた。


「守銭奴の天子が官職を売りに出したのが、そもそもの始まりなのです」


 実際この国は随分前から傾き始めていたんだが、そんなことを知ってるのは一部の知識層くらいのもんだ。


「金のある者が官職を買い、その職権でもって不当な利益を得る。その利益で親類縁者に官職を買い与え、連中は好き放題に振るまい、そのしわ寄せをあなたのように善良な庶民が受けることになる」


 穏やかな口調で行なわれる、痛烈な王朝批判。

 最初は驚いていたおっさんも、徐々に引き込まれていく。


「私はこの腐った世の中を正したい。そのために力を貸してくれる人を求めているのです」

「お、俺なんかの力でよければ、是非!」


 おっさんの熱っぽい視線を受けた青年は、表情を改め、軽く頭を下げた。


「申し遅れました。私はりゅう玄徳げんとくと申します」

「劉……まさか……?」


 頭を上げた青年の顔に、例のアルカイックスマイルが浮かぶ。


前漢ぜんかん第六代景帝けいていの第九子、劉勝りゅうしょう劉貞りゅうていという庶子がおりました。私はその末裔と聞かされております」

「は、ははー!」


 おっさんが慌てて頭を下げる。

 なんの証拠もない与太話だけど、こいつが言うと妙に説得力があるんだよなぁ。


「皇族に連なる者として、私には世の乱れを正す義務がある。天子がその原因というのであれば、私が……」


 劉備りゅうび、字を玄徳げんとく


 いまは詐欺師まがいのろくでなしだが、将来ガチで皇帝になる俺の友達だ。

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