再会
当初、
とりあえず盧植は善戦しているようなので、苦戦している皇甫嵩と朱儁のほうに加勢するためだろう。
とはいえ、太平道の武装蜂起は各地で起こっており、それらを無視してまっすぐ南下するわけにはいかない。
俺たちは鄒靖に率いられながら、各地を転戦しつつ南を目指した。
戦えば必ず勝つ、といった具合だったが、なにせ連中は数が多い。
倒しても倒してもどこからともなく現れるので、進軍は遅々として進まず、結局四月中旬に幽州を出発した俺たちが、
「そういや
「ああ。
俺の問いかけに、劉備は暗い表情のまま答える。
かくいう俺も、酷い顔をしているんだろうけど。
俺たちはいま、
一時は
さらに曹操と朱儁が皇甫嵩に合流し、みごと波才を討ち倒したのだった。
一方、宛県城を占領していた
しかしすぐに
「とまれ」
劉備、関羽、張飛、そして
「どこの所属だ?」
「
「鄒校尉の? ああ、義勇兵か。悪いが義勇兵ごときをここから先に通すわけにはいかん」
まぁ、官軍と違って、義勇兵は身元がきっちり保証されてるわけじゃないからな。
これはセキュリティ上仕方のないことだ。
「お手数をおかけして申し訳ないのですが、この先に
劉備はそう言うと、見張りの兵に金を握らせた。
「ま、まぁ伝えるだけは伝えてやるが、無視されてもしらんぞ?」
「ええ、かまいませんよ」
この野営地には、袁紹がいることを知った俺たちは、鄒靖の許可を得て別行動を取り、彼に会いに来ていた。
会えるかどうかは運次第だったが、ほどなく俺たちは奥に通された。
「子伯どの! 久しいなっ!!」
明るい口調とともに現れた袁紹だったが、表情は暗い。
どこの戦場も、似たような状況なんだろう。
「あのときはお世話になりました、本初どの」
「ところで子伯どの、劉玄徳なる人物はどちらかな?」
「だまされるな。そいつが劉玄徳だ」
袁紹の影から小柄な人物が現れ、会話に割って入る。
「おい
友人の言葉を無視し、曹操は劉備を睨みつけた。
目の下には濃いクマができており、イケメンぶりが半減していた。
「王子伯などというのは偽名だろう?」
どうやらお見通しらしい。
「お前が劉玄徳だな」
劉備はまず劉玄徳と名乗り、続けて“王子伯が来た”と伝えてもらったので、王子伯とは別に劉玄徳なる人物がいる、と袁紹は考えていたのだろう。
だが曹操は、王子伯というのが偽名だと見抜き、目の前の男が劉玄徳だと考えたわけだ。
「ええ、その通りです」
劉備は驚き、そして観念したように白状する。
「弁明はあるか?」
「事情があったとはいえ、あのとき部尉どのを欺いて洛陽に入城したことについては、この場を借りて謝罪を」
「ふんっ!」
曹操は短く鼻を鳴らしたかと思うと、一気に踏み込み、劉備の頬に右フックをかました。
「ぐっ……!」
関羽と張飛が反応するより早く、劉備に一撃を入れるとは、こいつ相当な腕の持ち主だな。
「キサマっ!」
「てめぇっ!!」
「雲長! 益徳! よせっ!」
一瞬遅れて反応したふたりの弟分を、劉備はよろけながら制止した。
その時点で曹操はすでに一歩引き、かわりに別の男がふたり、前に出ている。
ひとりは中背でがっしりとしていて、もうひとりは少し細身で背が高い。
その男たちと、関羽、張飛が至近距離でにらみ合あった。
「
なるほど、このふたりはかの有名な曹操麾下の宿将、
別の機会に会えたら、感動していたかも知れないな。
「雲長、益徳、さがりなさい」
体勢を取り戻した劉備は、ふたりの肩に手を置き、下がらせた。
それをみて、夏侯惇と夏侯淵もさがり、ふたたび劉備と曹操が対峙する。
「今回はこれで勘弁してやる」
「曹
劉備はそう言って、うやうやしく頭を下げた。
ちなみに騎都尉ってのがいまの曹操の役職で、中隊長くらいの立ち位置かな。
「おいおい、いったいなんなんだお前たち!? 私にもわかるように事情を説明してくれ!!」
突然の出来事に呆然としていた袁紹が気を取り直し、尋ねてきたので、劉備はあのときの事情を説明した。
「お、おい、まさか子伯……いや、玄徳どのが、あの役人を……?」
青ざめる袁紹に、劉備はふるふると頭を振った。
「私は
嘘はついていない。
もし先客がいなければ、あの役人と多少なりとも言葉を交わしていただろうしな。
問題があるとすれば、真犯人がこのなかにいるってことだけど。
「そ、そうか、ならば問題ない……よな、孟徳?」
「しらん。その事件が起きたのは俺が洛陽を離れたあとだからな」
ぷいっと顔を背けた曹操に、袁紹は苦笑を漏らし、劉備に向き直った。
「そういえば君らは、鄒校尉の麾下にあるのだったな。どうだ、そちらの状況は?」
袁紹の質問に、劉備は苦い顔をしたがなにも答えず、ばつがわるそうに目を逸らした。
「その様子だと、もう連中のと戦闘は経験済みか……」
「……ええ、何度も」
しばらく沈黙が続く。
周りを見れば、その場にいる全員が、暗い表情を浮かべていた。
そしてほどなく、袁紹がどこか虚ろな笑みを浮かべる。
「私たちは、いったいなにと戦っているんだろうなぁ……?」
穏やかな調子ながらも、自嘲を孕む袁紹の言葉に、劉備は息を呑み、曹操は舌打ちした。
どんよりと思い空気が支配する野営地で、未来の英傑たち囲まれているにもかかわらず、俺の心は一切動かなかった。
「まぁ、立ち話もなんだ。茶でも飲みながら、お互いの状況を話し合おうじゃないか」
袁紹の提案で、俺たちは彼の幕舎に招き入れられた。
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