違うもん
「なるほどねぇ、それでいきなりバーチャルYouTuberの話になったわけか」
入学式が終わり、それぞれの教室へと案内された新入生たち。体育館からの帰路にて、龍之介は凛太朗に卒業式前の一件を話したのであった。
幸いにも、彼らの席は前後同士だったため担任が来るまでは謎の少女に関する談義が続く。
「たぶんその、柴崎さんだっけ? は、龍之介にママになってもらいたいんだと思うよ」
「……なんだって?」
あまりにも唐突な単語の出現に、きょとんとした表情の龍之介であった。
「わかりやすいように順番に話そうか。龍之介、さすがにYouTuberが何なのかはわかるよね?」
「あぁ。YouTubeに動画を投稿して稼ぐ人たちだろう。俺もイラストレーターの動画は何度か見たことがある」
「うん、稼ぐ人って定義がどうかは諸説あるけど、だいたいそんな感じ」
今の時代となっては、YouTuberを知らない高校生などいない。龍之介の一般知識に一安心する凛太朗であった。
「で、そこから派生した存在がバーチャルYouTuberなんだけど、たぶん言葉で説明するより一回見た方がわかりやすいから、これ見てみ」
言いながら凛太朗は龍之介の方にスマホをぐいっと差し出してくる。画面には、YouTubeのとあるページが映っていた。
『初めまして! 私の名前はキズナマイです! よろしくお願いします!』
見るとそこには、3DCGで描かれたキャラクターが滑らかに動く、まるで映画やアニメのような映像が流れていた。未知との遭遇に、興味津々の龍之介であった。今朝の桜並木の時と同じくらい目が輝いている。
『チャンネル登録よろしくね~!』
気合いの入ったオープニングとエンディング、動画の中でもテレビ番組を意識した編集が多々見られるといった点は通常のYouTuberと何ら変わりない。しかし、そこに出演している人物に明らかな差があった。
「なるほど、それでバーチャルYouTuberか。理解した」
「おっ、理解が速いね」
「だがこれをやりたいとしても、俺に手伝える事が見当たらんぞ。いったい彼女は、俺の絵でどう協力して欲しいと言っているんだ」
確かに、彼の言うことはもっともである。絵が上手いからといって3DCGが作れるのかというとこれは全く異なる技術である。
すると、その質問を待ってましたと言わんばかりに凛太朗が新しい動画を検索し始める。
「うん、例が悪かったね。今のは登録者数が一番多いVTuberを見せただけだ。VTuberには大きく分けて二種類ある。一つ目がさっき見せた3DCGを動かすタイプの物。そして、二つ目がこれ」
次に凛太朗が見せてきた映像は、先程の物とはいくらか毛色の異なるものであった。映像の背景や動画の構成等はおおむね一緒であったが、そこに映るキャラクターが二次元のイラストなのである。
否、確かに二次元ではあるのだが、瞬きをしたり、声に合わせて口が動いたり、髪や胸がふわっと揺れたりと、しっかりとしたアニメーションが付与されているのである。
「これは……なるほど、どういう技術なのかわからんが、イラストレーターが描いた絵が人間のように動いているわけか」
「そう、それで柴崎さんは、龍之介にこの絵、”バーチャルモデル”を描いてほしいんだと思うよ。で、VTuber目線でイラストレーターの事を生みの親、つまりはママって呼ぶのが流行ってるんだって」
「なるほどなぁ……お前、なんでそんなに詳しいんだ」
この会話が始まった頃から感じていた違和感だったが、流石に内容が濃くなってきたので聞かずにはいられない龍之介であった。
「あぁ、僕けっこうVTuberの動画見るんだよ。最近ネットでホットな話題だからね。さっき見せた二次元のVTuberなら個人でやってる人も多いみたいだから、柴崎さんはそういうのになりたいんじゃないのかなぁ」
腕を組み、何か考えている表情の龍之介。どうやら、体育館での優子との会話を思い返しているらしい。
「で、どうだい? 映像には興味持ってたみたいだけど、画家としての感想は」
「くだらんな」
少し前の輝いていた目とは打って変わって、針のように鋭い目つきで言い捨てた龍之介。愚問だとでも言いたげである。
「確かに娯楽としては面白い物だ。が、その程度の物に過ぎん。有象無象を笑わせ、賑やかして金銭を稼ぐ、所詮は低俗な大衆文化だ。芸術と一緒にするな」
これくらいの返答が来る事は、親友の凛太朗からしてみれば想定通りであった。しかし、彼の顔は龍之介の言葉とともに青ざめていく。みるとその目線は、龍之介ではなくその後方、少し高めのところを見ていた。
「柳川君……今の話、もしかして……」
龍之介が振り向くと、そこには不安げな表情の優子が佇んでいた。誤魔化そうにも、凛太朗がしまったと言わんばかりの表情を浮かべているため最早どうしようもない。
「龍之介、その子もしかして――」
「VTuberの話、だったら何だ?」
凛太朗の気遣いをよそに、堂々と威圧をかける龍之介。芸術に対するプライドのせいか、どうやら変なスイッチが入ってしまったらしい。
「えっと……その……低俗な大衆文化って……」
「事実を言ったまでだ。俺の絵をあんな娯楽に使おうと思ってたなら、断固として拒否する。だいたい、体育館で一度断ったはずだ。しつこいぞ」
彼の威圧と言葉に押されて、優子の目はしだいに潤んでゆく。すると限界が来たのか、彼女はこう叫んだのであった。
「違うもん!」
恐怖、悲しみ、怒り、どの感情が爆発してかはわからないが、彼女の思いの一切が籠った一言であった。
その言葉を最後に、彼女は少しづつ後ずさりし、勢いよく教室から飛び出して行ってしまう。
「龍之介……流石に言いすぎじゃ――」
キーンコーンカーンコーンと、凛太朗の心配をよそに、新学期最初のホームルームが幕を開けるのであった。
φ
ホームルームが終わり、放課後がやってくる。放課後といっても、今日は入学式とホームルームしか無いのでまだ十一時だ。
この日、西園学園の部活動はみな、躍起になって新入部員の勧誘に出向く。一年の教室まで突撃するものもあれば、部室で展示を行うもの、グラウンドで練習体験を行うものなど様々である。
「おっし、じゃあ行きますか!」
「行くって、何処にだ」
気合いの入った凛太朗に対して、きょとんとした表情の龍之介である。
「何処って、部活だよ部活! 美術部に入るって言ってたろ? せっかくだから一緒に見に行こうよ」
「あぁ、そうか。そういえば全ての部活を見て回るとか言ってたな、お前」
やれやれといった表情の龍之介を、半ば強引に引っ張っていく凛太朗であった。
道中、教室から少し離れたあたりで凛太朗がふと口を開く。
「なぁ龍之介、さっきの子って柴崎さんだよな」
「あぁ、そうだ」
やはり凛太朗は先ほどの龍之介の発言を気にしているらしい。
「流石にあれは言い過ぎなんじゃないのか。そりゃ刺激した僕も悪かったけど、あれは柴崎さん、可哀相だよ」
「そうか? 俺はそうは思わんがな。俺に執着するだけ時間の無駄なんだから、あれくらい言って諦めさせてやった方がいい」
「あのねぇ、そもそも柴崎さん、教室でまだ何も言ってなかったでしょ? 体育館での事を謝りに来てたんだったらどうすんのさ」
ただの勘に過ぎなかったが、凛太朗のその主張は的を射ていた。
「それは……そうか、それは悪いことをしたな」
少し熱くなると猪突猛進になってしまう、悪い性格の龍之介である。先刻も、彼女が謝りに来ているなどとは思いもしなかったのだろう。
「だがまぁ、あれだけ言ったんだ。嫌われただろうし、もう今後の学園生活で関わることも無いだろう」
「そうかもしんないけど……」
どうしたもんかと眉をしかめる凛太朗であった。
そうこう言い合っているうちに、二人の歩みが止まる。
「ここか」
言いながら、龍之介が見上げた扉の上には、美術部の文字が掲げられていた。
コンコンという丁寧なノックに、失礼しますの一言で扉を開ける凛太朗。龍之介と一緒に見学に来たのは、もちろん全部の部活を見て回るという目的もあったが、どちらかというと失礼のないように龍之介を見張るという意味の方が大きかった。
「こんにちは、一年四組の元村凛太朗です! 部活見学に来ました!」
「同じく、柳川龍之介です」
部屋に入るとそこには、棚に並ぶ数多の画材や資料、綺麗に磨かれた額に収まる肖像画や風景画とその絵の賞状と思しきものが、寸分のズレも許さぬと言わんばかりに整然と鎮座していた。
部屋には持ち主の性格が出ると言うが、なるほどどうやらこの部活の部長は相当に几帳面であり、抜かりの無い人物のようだ。
「部長ー。新入部員っすー」
半ば軽いノリの部員が、部屋の奥で作業をしている部長に声をかける。
「おう、聞こえてるよ! ちょっと待て!」
龍之介たちからはちょうど見えない角度になっているが、どうやら床に大きな紙を広げて絵を描いているらしい。
「ごめんね二人とも、そこの空いてるイス使っていいから、ちょっと待ってて」
「ありがとうございます!」
相変わらず返事の良い凛太朗である。
二人が座ってから束の間、部屋の奥の方にいた部員たちが何人かざわつき始めた。どうやらみな龍之介の方を見て、なにかヒソヒソと話し込んでいるらしい。
「へぇ、流石は超一流画家、
「ふん、くだらん」
凛太朗の茶化しを一蹴する龍之介。
そう、彼の父親である柳川重之助は、全国にその名を轟かす有名な画家である。その血を継いでか、龍之介も幼少の頃から日本画のジュニア賞を総なめにしており、業界ではその名を知る者も少なくなかった。
ただ、当の本人はただ良い絵が描ければ満足であり、コンクール等は自分の実力を測る場でしかなく、賞金や名声等には全く興味が無かった。
しばらくすると、へやの奥からぬっと大きな体が姿を現す。龍之介もたいがいな身長だが、それをさらに頭一つ分上回る巨体の持ち主であった。
「お待たせ。君たちだね、部活見学の二人は」
綺麗にまとまった短髪をワックスでがっちり逆立てた大男は、爽やかにはにかみながら喋りだした。
「こんにちは、俺がここの部長をしている
「よろしくお願いします!」
元気な返事をする凛太朗に対して、龍之介はだんまりを決め込んでいた。いくら彼でも普段なら軽く挨拶をする所だが、何やら気になる所があるらしい。
「お前、柳川龍之介だよな? 一本松の。俺、実はあの絵の大ファンでさあ。よかったら二人で話さねぇか? いろいろ聞きたい事があんだよ」
「はぁ……そうですが……」
「いよっし、決まりだ。ちょっと外で話そうぜ!」
言いながら、龍之介を誘導するようにして部屋から出ていく部長。後には凛太朗とその他部員が残されたのであった。
「やっぱすごいなぁ龍之介は。あ、すみません、僕は特に絵とか描いたこと無いんで、いろいろと教えてほしいんですけども――」
言いながら凛太朗が部員たちの方に目をやると、何やら様子がおかしかった。みな、先程までとは違い顔が青ざめ、部屋の入口の方を心配そうに眺めている。
どういう事だと凛太朗が声をかけあぐねいていると、部員の一人が声をかけてきた。
「元村君だっけ? 悪いことは言わないから、今すぐ柳川君と一緒にこの部活から離れた方がいい。そして一生ここには、あの部長には関わらないで欲しい」
「え……?」
部員の深刻そうな表情での申し出に、事態が掴めないでいる凛太朗であった。
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