ぶいちゅー部!
越山嘉祈
バーチャルYouTuberに、興味ありませんか!
『バーチャルYouTuber』という存在を、読者諸君はご存知だろうか。
『YouTuber』と言われれば、「動画投稿サイトに動画を投稿し、その広告収入で生計を立てている人物である」と答える事ができる者が多い時代だろう。バーチャルYouTuber、縮めてVTuberと表記するが、これらもYouTuberと大差ない存在である。
何が違うのかと問われると、その答えはこれらの存在そのものにある。VTuberとは、YouTubeなどの動画サイトに配信する架空のキャラクターのことを指す。生身の人間ではなく、存在そのものがバーチャル。だからVTuber。
この物語は、そんなVTuberには全く縁の無かった青年が、ある出会いをきっかけに電脳世界へと巻き込まれていく、そんな物語である。
φ
四月三日、ここは
「桜が綺麗だ……こんなことならスケッチブックなんかじゃなく、キャンバスでも持ってくるんだった……」
どこにでもいる普通の高校生……とはちょっと変わった、いわゆる変人の彼の名は
「おぉ……美しい……この構図もいいな……」
両の手の親指と人差し指を使って長方形を作り、景色を切り取っている龍之介。そんな彼に、大丈夫かと横から話しかけるもう一人の青年がいた。
「もしもーし。聞いてるか、龍之介」
声の主の名は
「おぉ、すまん凛太朗。あまりにも桜が綺麗だったんでな。どうした」
「やっぱ聞いてなかったか。部活どうすんのって話だよ」
高校生活の核になりうると言っても過言ではない、所属団体。それが部活である。運動系から文化系まで様々な物が存在し、稀に帰宅部を選択する者もいるものの、ほぼ全ての生徒がこの部活動に所属し、日々精進している。
自分の高校生活を左右する部活動の選択に、凛太朗もまた心の躍動が隠せないでいるのであった。
「あぁ、部活か。俺はやっぱり美術部かな。絵を描くことぐらいしかできないし、絵が一番好きだ。凛太朗は?」
「僕はとりあえず全部の部活を見て回ろうかと思ってるよ。自分に合う部活がどこにあるかは、やっぱ見てみないとわかんないし。中学の時もそうやって選んでたからね」
なかなかの無茶を平然と言ってのける凛太朗だったが、龍之介は顔色一つ変える様子もない。彼のこういう所は、親友である龍之介にとっては日常茶飯事だった。
「そうか、時間は足りるのか?」
「大丈夫だよ。今日から二週間は部活動を選ぶための仮入部期間になってるから、その間に毎日二つくらいのペースで見て回ればだいたい全部把握できるさ。兄貴の話じゃ、この二週間の間に新しい部活を作るやつもいるっていうから、そういう線も有りかなって――」
「やめとけ。入学早々悪目立ちするもんじゃない」
彼の部活計画に割って入る龍之介。そそくさと歩くその後ろ姿に、凛太朗はボソッと突っ込むのであった。
「いや、常にスケッチブック持ち歩いてるやつが言うなよ……」
かくして、彼ら二人をはじめとする新入生一同は、桜並木のその先にある体育館へと、入学式のために向かうのであった。
φ
『入学式開始、十分前です。新入生は指定された席に着席の上、お待ちください』
体育館のスピーカーから女子生徒の声が響き渡る。龍之介と凛太朗が体育館へと到着したのは、かなりぎりぎりだったようだ。
「あー、あったあった、ここだよ龍之介」
入学直前に渡された資料を頼りに、どうにか席にたどり着いた二人だった。
「じゃあ僕、ちょっとトイレ行ってくるから待っててね。かってにほっつき歩いたりしたらダメだよ!」
「お前は俺を何歳だと思ってるんだ……」
自分に対する扱いの酷さに、半ば呆れる龍之介であった。
凛太朗がトイレに立ち、話し相手がいなくなってしまった龍之介。周りをキョロキョロと見まわしてみるが、左の席の凛太朗はおらず、右側は通路になっているため誰かに話しかけるのも不自然な状況である。
仕方がないかと体育館の前方に目をやった時、その姿は目に飛び込んできた。
「あれは……美しい!」
龍之介が見ていたのは、体育館の端、凛とした姿でマイクを握っている一人の女子生徒だった。
「あの姿……先ほどのアナウンスの声の主か! 美しい声だと思っていたが、容姿まで端麗とは! 肩の高さで切りそろえられた綺麗な黒髪! 小野小町にも引けを取らない純白の肌! 何もかも吸い込んでしまいそうな深いその瞳! どれを取っても素晴らしい! 美しい!」
以上の感想を、彼は口に出してスラスラと述べる。周囲から見れば非常に異様な光景だろう。
ちなみに龍之介と彼女との距離は百メートル以上の隔たりがある。十五年間、ひたすら絵を描いてきた彼だからこその観察力と視力であった。
「腕章を付けているな……生徒会長だろうか……そういえば、入学式の資料に何か……」
ふと思い出したかのように、龍之介は自分の持っていた資料を確認する。するとそこには、『【司会進行・生徒会長】
「しののめ……さくら……」
ハッと、彼は突然、雷にでも打たれたかのような表情を浮かべる。
「思い出せ……思い出せ……いける……いけるぞ……」
頭を抱え込み、その瞳を半ば充血させて、必死に何か思い出そうとする龍之介。周囲の生徒に警戒されている事に気づく余裕など、彼には無かった。
「きた! 来たぞ! いける!」
叫んだ瞬間、バッという効果音が聞こえるかのような迫力で、彼はスケッチブックを開き、胸ポケットにしまっていた鉛筆を取り出した。
「桜……! 桜! さくらさくらさくら! サクラァ!」
さくらの三文字をただただ呟きながら、彼の筆は進む。ものの十数秒のうちに、その絵はできあがっていた。
「ふぅ……完成だ。我ながら見事な出来だ」
スケッチブックの一枚には、東雲会長が桜並木の中央で振り向いている、見事な鉛筆画が描きあがっていた。どうやら、必死に思い出そうとしていたのは先刻眺めた桜並木の風景だったらしい。
満足気な表情を浮かべて彼が再び顔を上げると、先ほどの生徒会長の姿は視界に無く、目の前には小さな一人の女子生徒が立っていた。
「あ、あの……その絵……」
彼女は恐る恐るといった雰囲気で口を開く。
「ん? この絵がどうかしたか?」
「そ、その! すっごく上手だと思います!」
どうやら、あまり初対面の人間と話すのは慣れていない様子だ。にもかかわらず龍之介の絵にわざわざ反応したというのは、何か理由があるのだろう。
「そうか、ありがとう。自分の絵が褒められるのは、やはり嬉しいものだな」
言いながらニコっと爽やかな表情を浮かべる龍之介。そういう社交的な部分はしっかりと備わっている変人である。
「その……とっても綺麗なのもそうなんですけど、描くスピードも速かったですね。見ててびっくりしちゃいました」
「あぁ、そうか。ありがとう」
女子生徒が褒め、龍之介が感謝するだけの繰り返し。少々ぎこちないやり取りに、彼も半ば感づいていた。この少女、何か言いあぐねているなと。
「自己紹介がまだだったな。俺の名前は柳川龍之介だ。君は?」
「はぁっ、失礼しました! 私、新入生の
顔を赤らめてペコっとお辞儀をする柴崎優子という少女。見るとその頭は後ろの方で短く二つにくくっており、綺麗な茶髪の中に朱色の髪留めが輝いていた。前髪は長く、小さな丸眼鏡にかかるくらいに伸ばしている。
先ほどの彼女の様子や、目を隠さんとする長さの前髪、あまり人と付き合う事に慣れていないのだろうなといった様子が見て取れる。
「柴崎さんか。同じ新入生同士だ。敬語は無しにしよ――」
「ああああの、ば、バーチャルYouTuberに興味ありませんか!」
龍之介の言葉を遮るような形で、彼女は非常にテンパった様子でそう言い放った。周囲はしんと静まり返り、沈黙がさらに彼女の羞恥を掻き立てている。
「ば……? え、バーチャル? なんだって?」
「あの、その、私すっごくバーチャルYouTuberが大好きで! キズナマイちゃんとかミライア・キャリーちゃんとかの動画も毎日見てて! それでその、VTuber自分でもやってみたくて、でも絵とか描けないしどうしようって思って、部活作れば皆でできるかなって思ってて、それであの、一緒に部活やってもらえませんか!」
弾丸のようなスピードで、めちゃくちゃな文章を一気に喋った優子。その様子に、さすがの龍之介もいくらか困惑している。
「えっと……すまない、柴崎さん。バーチャルYouTuberというのが何だか俺にはわからないんだが、部活はもう、美術部に入ろうかと決めていた所なんだ。期待に沿えず申し訳ない」
彼女の勢いをなだめるかのように、一言一句言葉を選んでゆっくりと話す龍之介だった。
「あっ、美術部……そっか、そうですよね……こんなに絵が上手いし……」
言いながら、先程の勢いが失われシュンとなってしまう優子。勇気を揺り絞って話しかけた結果のコレに、少々涙ぐんでいる様子だった。
「えっと、気にしないでください! あなたの絵、とても好きです! 美術部で頑張ってくださいね!」
そう言い残すと、彼女はそそくさと駆け出していってしまった。
残された沈黙を打ち破るかのようにして、あの男が返ってくる。
「おっす、龍之介! ちゃんといい子にしてたか~? いやぁ、トイレめちゃくちゃ混ん……でてさぁ……」
言いながら、龍之介とその周囲の異様な空気に気づく凛太朗。困惑している龍之介の姿に、さらに困惑を重ねていた。
「……どしたの?」
「なぁ凛太朗。バーチャルYouTuberって知ってるか?」
「えっと……どしたの?」
多くの謎を残したまま、入学式は幕を開けたのであった。
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