ライバルにしない?
放課後、部室に四人が集まり約一時間が経過したころ、彼らはみなソファに座って同じ体勢でうなだれていた。目の前の机に顎を乗せてほっぺたをマシュマロのようにぺたんとさせる、あの体勢である。
「なーんで誰も来ねぇんだー」
魂の抜けたような細目の表情で麗華が愚痴をこぼした。
「う~ん……完璧な作戦だと思ったんだけどなぁ……」
全く同じ表情で、隣に座る凛太朗も魂を宙に浮かせている。
「私のスピーチ、ダメだったのかな……」
あれだけ練習したのにと、不安そうな顔をする優子。時刻は五時を回ろうとしている上に、本日は水曜日、仮部室が使えるのは今日を含めてあと三日である。追い詰められた状況で、ネガティブになるのも仕方なかった。
「いや、そんな事はないはずだ。現に今日の昼休みのタイミングで、自己紹介動画の再生数は一気に七十以上増えている。優子のせいじゃない」
龍之介の冷静なフォローも、今の優子や他の二人には気休め程度にしかならなかった。
「んーーーっ! 何もしないで愚痴ってても仕方ねーか! なんかしよーぜ!」
先ほどまで抜けていた魂を回収して、麗華がすくっと立ち上がり伸びをする。流石ムードメーカーである。切り替えが早い。
「何かすると言ってもな……今から収録という雰囲気でも無いだろう」
龍之介が言う事も尤もである。今の精神状態で動画を撮っても、良いものが出来上がるとはお世辞にも思えない。やる気スイッチの操作も、ここまで憂鬱になると難しいものである。
「おう! そう言うと思って、レイから一つ報告事項があるぞ! テンションが上がるかどうかは分からんが、まぁネガティブな話するよりは楽しいだろ。聞け」
半ば強制的に、麗華の報告タイムが始まるのであった。
彼女はそのまま自分のパソコンへと移動し、カタカタカタと簡単な操作を済ませる。すると、部室の天井の一部が小さくパカっと開き、何やら機械の箱のようなものがにゅいーんと下りてくる。箱の前面についていた丸いレンズのような物が光り、部室の壁に麗華が操作しているパソコンの画面が映し出された。どうやらプロジェクターのようだ。
「お前、いつの間にこんなもの仕込んでたんだ」
「ふっふっふ、かっこいいだろ! 見てもらいたいのはこれだ!」
兄のツッコミを華麗にスルーして報告を始める麗華。ついに部室の改造にまで手を染めてしまったが、果たしてこれで部屋が剥奪されてしまったらどうするつもりなのだろうか。
ばばんと手を開き、麗華が画面に映したのはブラウザに表示されたバーチャルYouTuberのランキングページであった。『VTuber ランキング』等で検索すると、様々な企業が運営しているVTuberのランキングページがヒットする。その中でも、更新頻度が最も多く、ランキングや放送時刻表等がしっかりと網羅されているサイトがチョイスされていた。
「おっ、VTuberランキングか。僕もたまに見てるやつだ」
凛太朗もなんとか魂を取り戻し、壁に表示された画面を眺めている。
「そうだ! 登録者数一位のキズナマイちゃんから、順に数多くのVTuberが掲載されている。このランキングサイトに、日向明星の自己紹介動画を投稿した直後に掲載申請を出したんだが、この申請が通ったのを確認した!」
「ほ、ほんと⁉」
机に突っ伏しながら画面を眺めていた優子が少し元気になる。VTuberとしてYouTube上に動画を投稿していれば基本的に申請は通るのだが、それでも数多くの有名VTuberと同じランキングに載れるというのは何だか心躍る物がある。
「なるほど。で、明星は今、何位なんだ?」
非常に気になる所を、単刀直入に聞く龍之介。しかし麗華の返答は拍子抜けしてしまうものであった。
「残念ながらランク外だ!」
腰に手を当てて真剣な顔で報告する麗華。「VTuberの世界はそんなに甘くない」と言いたげである。
「このサイトのランキングは二千位までしか載ってないからな。二千位のチャンネルでも、登録者数は六百だ。まだ登録者数が二桁の日向明星チャンネルとしては、もう少し先の話だ」
なるほど確かに、昨日始めたばかりでそこまでとんとん拍子に話が進むわけもないかと納得する龍之介である。
「ん? じゃあどうして申請が通ったと分かったんだ? ランク外にいるんじゃ、確認のしようが無くないか?」
「ふっふっふ……本題はここからだ。こっちのページを見てくれ!」
麗華がクリックしたのは、同じランキングサイトの急上昇ランキングのページであった。急上昇ランキングとは、チャンネル登録者数の合計ではなく、直近の二十四時間で登録者数がどれだけ増えたかで順位付けされるランキングである。メインのランキングとは違い、こちらは三百位までが掲載されていた。
「この急上昇ランキング、なんと上昇数が三十六で、二五七位にギリギリランクインしている‼」
ページをスクロールして、ランキングの該当部分を表示する麗華。その画面には確かに、日向明星チャンネルの文字と明星のイラストが表示されていた。
優子は思わずガバっと立ち上がり、画面を見て目を丸くする。
「えっ……えっ……」
嬉しくて言葉も出ないといったところだろう。自分で動画を収録し、皆で作り上げたチャンネルが数多くのVTuberが切磋琢磨するランキングに食い込んでいるのである。嬉しくないはずがない。
言葉に詰まった優子の肩を、麗華がポンと叩いてこう続けた。
「急上昇ランキングに入ったのは、お昼の放送の直後だった。シバっちのアピールも、レイたちが作った動画も、みんな間違ってなかったんだよ。これからも、この調子で頑張ろうぜ」
「うん……麗華ちゃん、みんな、ありがとう!」
弱い涙腺をぎゅっとこらえて、笑顔を見せる優子であった。
「そういえば、登録者数ランキングはもちろんキズナマイが一位だろうが、急上昇はどうなんだ?」
「ん? どうって、急上昇も基本的にはマイちゃんが一位だぞ?」
龍之介のふとした質問に、麗華は何を当たり前の事をといった調子で答え、画面を一番上までスクロールした。
「ほら、日向明星チャンネルが三十六人増えている間に、マイちゃんは二千人くらい増やしている」
「馬鹿な……既に累計ランキング一位だというのに、まだ最大加速度で登録者数を増やしているというのか?」
確かに、登録者数が増えれば増えるほど、新規登録者の数は減りそうなイメージがあるが、そうやらそういうわけにもいかないらしい。
「確かに、ほとんどのVTuberの場合は、他のVTuberを見ているファン層を取り込むことによって登録者数を増やすからその理論が通用するのもわかる。けど、四天王レベルになってくると話は別だ。奴らはテレビなんかのメディア露出も多くなってきてるから、そもそもVTuberを見たことがないといった層を新たにファンとして獲得している。だから常に登録者数も伸び続けている」
確かに、キズナマイやミライア・キャリーのレベルになってくると、朝の情報番組や夜のゴールデンタイムのバラエティに出演している例も少なくはない。他のVTuberと比べると、全くもって別次元の話であった。
「なるほどなぁ」
「ねぇレイちゃん。その二位の人、誰だ?」
龍之介の話を半ば遮るような形で、凛太朗が口を挟む。画面に注目すると、キズナマイを追う形で登録者増加数が千五百の、見たことのないVTuberがそこにいた。
肩まである真っピンクのロングヘアーが特徴的で、左目の下にはハートマークのフェイスペイントのような物が確認できた。登録されている名前は桃倉平和。凛太朗が見たことも聞いたこともないVTuberであった。
「あれっ、ほんとだ、誰だこれ……
「いや、麻雀じゃないんだから」
麗華のマニアックなボケに冷静に突っ込む凛太朗である。
なんとインターネット関連の事柄には一番詳しいであろう麗華ですら存在を把握していないVTuberが、キズナマイ以外の四天王をも差し置いて急上昇ランキングの二位に鎮座していた。
「この位置にいるって事は、只者じゃあないな。ちょっと見てみないか」
「そうだな」
龍之介の言葉に促され、麗華は桃倉平和のチャンネルページをクリックし、投稿動画のリストを確認する。すると、この場にいる全員に理解できるレベルの衝撃が走ったのであった。みな、言葉も発さず、自分の目を疑うように画面をじっと見つめている。
「お、おい……嘘だろ……」
「この人、すっごい……」
麗華はただただ衝撃といった様子だが、優子のその反応はどこか憧れのような感情も見て取れた。
桃倉平和について調べようというのか、麗華はもう一台のパソコンでカタカタとインターネットを漁り始める。
「なあ、龍之介……今、何年だっけ……」
「二〇一九年だ。俺の記憶が正しければな」
まるでタイムリープ物の映画のようなセリフを発する二人。それも仕方ないだろう。画面に表示された十本の動画、その最初にあたる自己紹介動画の投稿日は二〇一九年四月一日。ほんの十日前の出来事であった。
デビューして十日しか経っていないにも関わらず、画面上部に出ている登録者数は九千を超え、早くも一万人に達しようかという勢いである。
「なんて勢いだ……レイ、どこの所属だかわかるか?」
十日でこの数字である。どこかの企業の宣伝力無しではとうてい成せない伸び方であるとの判断であろう。しかし、龍之介の質問に対する麗華の返答はまたしても衝撃的な物であった。
「それが……今ざっくりと調べてみたんだが、どこの大手VTuber事務所も、四月一日に新しいVTuberは発表していなかった……」
「えっ……レイちゃん、それってまさか……」
皆の視線が麗華に集まる。目の瞳孔が開き、本当に信じられないという表情の彼女から発せられた言葉は、そのまさかであった。
「このVTuber――
個人勢。大手VTuber事務所に所属する、四天王を始めとした数多くの企業所属VTuberを企業勢と呼ぶのに対して、どの企業にも属さず自分たちの力のみで活動を行うVTuberを呼称する時に使われる単語である。
そもそも個人勢でチャンネル登録者数をここまで伸ばすのは長い時間をかけても非常に至難の業であり、それを十日でやってのけたと言うのであれば、もはや前代未聞と言ってもよい勢いであった。
「なん……だと……?」
あまりの衝撃に、言葉を失う凛太朗。龍之介も麗華も同様の表情をしていたが、優子だけは少し違った。
「ねえねえ、この子の動画見てみようよ! 四月一日から毎日一本、全部十分くらいの動画だから今日中に見れるんじゃない?」
確かに驚いてはいるらしいが、目がキラキラとしている。ピースが個人勢だと判明して、なおさら憧れの感情が強くなったのだろうか。
「よ、よし……じゃあ再生するぞ」
『よぉ! 俺様の名前は桃倉ピースだ! 今から自己紹介すんぞ!』
非常に可愛らしい声で発せられる、ぶっきらぼうな口調が特徴的である。
優子の提案通り、この後実に百分におよぶ桃倉ピース鑑賞会が実施されたのであった。
φ
一時間半後。部屋の壁に投影された画面で、桃倉ピースの昨日の動画の再生が終わった。豪華なソファに並んで腰かけ、巨大な画面でVTuberを見る四人。傍から見ればただのファンである。
「なんというか……すごかったな……」
「うん、確かにこれなら伸びてもおかしくないかも……」
龍之介も凛太朗も、納得のクオリティだったらしい。
桃倉ピースの作っている動画を簡単にまとめるとこうだ。動画のジャンルは様々であり、ゲームを遊んでいる物もあれば、絵を描いている動画やただただ喋っているだけの動画も存在する。しかし、その全てにおいて一つだけ言える事があった。上手いのである。
絵を描いている動画に関しては、バーチャルYouTuber四天王を全員描くというシンプルな物であったがそのクオリティは非常に高かった。また、ゲームの腕も見事な物であり、ぶっ通しで収録した物であるにも関わらず負けた試合は一切無かった。その上、動画内で自分の衣装や放送機材、配信環境等も全て一人で管理していると発言しており、その技術力には目を見張るものがある。
「一言で言えば、完璧超人だな……」
動画を見終わり、伸びをしながら麗華が呟いた。そう。絵のクオリティ、ゲームの腕、配信機材の管理。そのどれを取っても、ぶいちゅー部のレベルと引けを取らないのである。それを一人でこなしているというのだから、まさに完璧超人であった。
この完璧超人を目の当たりにして、しかし打ちひしがれるどころかさらに目をキラキラさせている少女が一人いた。
「ねえみんな! この子、ライバルにしない?」
何を言い出すのかと思えば、また非常に突拍子もない事である。遥か遠く、雲の上とは言わないまでも、自分たちより数段以上先にいる相手の動画を見て、本来ならば心に負荷がかかってもおかしくない所であろうに。
しかし、この状況においてアレをライバルとし、その上に行って見せようという気概を持てるのが、この数日間で成長した柴崎優子であった。
「やれやれ……さっきからの反応見てたら、そんなこと言い出すんじゃないかと思ったよ」
「乗りかかった船だ。レイはどこまででもシバっちに付き合うぜ」
二人も同調し、最後に龍之介の方へと視線が集まる。
「ふふっ……いいだろう、面白い。絵のクオリティでは俺が負けない。ゲームの腕では優子が負けない。機材の管理ではレイが負けない。そして、ネタの作りでは凛太朗が負けない。つまり、日向明星は桃倉ピースに負けない!」
一切の迷いを交えず、言い切る龍之介。その目は真っすぐに、画面に表示された桃倉ピースの顔を見つめていた。
「よし! じゃあ決まりね!」
水曜日。活動終了時刻は間もなく、ライバルが見つかったぶいちゅー部の四人であった。
仮活動期間終了まで、あと二日である。
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