これからよろしくね!
「ふぁああ……眠い……」
新学期三日目、がたんごとんと電車に揺られて、昨日に引き続き少々眠そうな様子の龍之介が欠伸を上げる。
「今日もかよ……また一晩中VTuberの動画でも見てたっての?」
「いや、今日は違うぞ。もっとちゃんとした理由だ」
隣に座る凛太朗からのツッコミに、しかし突然キリッとして龍之介は反論する。
「ぶいちゅー部の勧誘用ポスターを作っていた。徹夜でな!」
「えぇ⁉︎ 龍之介また徹夜したの⁉︎」
「いや突然入ってきたな!」
何の違和感も無く龍之介の
「あ、元村くんおはよ!」
「おはよう柴崎さん。その様子だと、どうやら色々と進展あったみたいだね」
「うん、おかげさまで! ねえ龍之介、完成したポスター見せてよ!」
龍之介の鞄をチラチラと見ながら、上半身をゆっさゆっさと揺らす優子。完成品を見るのが待ち遠しいらしい。
「ふふ……もう少し勿体ぶっておこうかと思っていたが、そこまで言うなら仕方ないな!」
ニヤリと笑い、得意げに鞄の蓋を開ける龍之介。彼のバッグの一番手前には、紙に傷が付かないタイプのファイルが厳重に保管されていた。
「見て驚け! これが俺の芸術とレイの技術が融合した努力の結晶! ぶいちゅー部勧誘ポスターだ!」
二重に封をされたファイルの中から現れたのは、昨日龍之介が下書きをしていたイラストを綺麗にカラープリントしたポスターであった。丁寧に、イラストレーターとメカニックの上からは募集締め切りのシールが貼られ、現状募集されているのはネタ作りと雑用の二人だけであった。
「おおー! すごい! すごいよ!」
完成したポスターを前にして、最大限の興奮を露わにする優子。後ろにまとめた髪がぴょこぴょこしている。
「いや、優子には今朝データで送っただろう」
「見たけど! でもやっぱ本物を見ると嬉しいよ! なんかこう、グッと来るものがあるじゃん!」
少ない語彙力から精一杯の感情表現を試みる優子である。どうやら、下の名前で呼ばれるのには少々の耐性が付いたらしい。
「流石だね、龍之介。っていうか、レイちゃんも一枚噛んでるんだ?」
「ああ、噛んでるというか、入部してもらう事になった。レイは機械に詳しいからな」
「確かに。それでメカニックか」
幼少の頃より交流があったため、凛太朗は龍之介の家族とは面識があった。
レイの機械に関する知識はプロも顔負けのものであり、プログラミングのコンテストで賞を取るレベルのものであるため凛太朗もよく知っている。
「じゃあ、とりあえず同好会には成れちゃうわけ?」
「ああ、それなんだがな……」
凛太朗からの無邪気な質問に、先ほどまでのウキウキ顔を一気に陰らせる龍之介と優子。
「ど、どしたの……」
二人は沈みきった空気の中で、昨日の生徒会長とのやりとりを説明した。
φ
「とまあ、そんなわけで部員をあと二人探さなければいけなくなった」
「なるほどねぇ。同好会の人たちの勧誘がやけに気合い入ってたのはそういうわけか」
電車を降り、学校までの自転車路をゆらゆらと進む三人。昨日ほどの危うさは無いものの、龍之介の足取りはやはりどこか不安定であった。
「元村くん、ぶいちゅー部に興味ない?」
「ごめんね、興味はあるんだけれど、まだ半分も見てないから……」
全部活動を見て回るという妄言を本当に実行している、大した男である。
「そうだよねぇ……」
「まあそう落ち込むな、優子。人集めのためのポスターだ」
「うーん……そだね。今日から本格的に活動できるだろうし、頑張ろっか」
そうこうしているうちに、三人は学校へとたどり着く。駐輪場もクラス別に並んでいるので、優子だけ少し離れた所に止めに行った。
二人きりになった隙を見て、凛太朗が口を開く。
「ねえ龍之介、一日で仲良くなりすぎじゃない?」
「ん? そうか? まあ昨日いろいろあったからな……」
言いながら龍之介が思い出していたのは、部室で優子にのしかかられた時の光景であった。
甘い景色に浸っていたのも束の間、優子の声で現実へと引き戻される。
「お待たせー! るみちゃんの自転車、もう置いてあったよ。朝早いんだねぇ」
「何? そうなのか? てっきり風邪でもひいたのかと思っていたが」
一緒の時刻に駅に来ない留美を不思議に思ってはいたものの、まさか先に登校しているとは思いもよらない龍之介であった。
「ああ、留美ならきっと水泳部の朝練だよ」
「えぇ⁉︎ まだ三日目なのに⁉︎」
凛太朗からの説明に、やや大げさに驚く優子。その反応になるのも無理はない。そもそも学校としては部活動体験期間なのだから。
「一年だから本来行く必要は無いんだけど、そういう所に行っちゃうのが留美なんだよ」
「まあ、確かにそうだな」
留美のことをよく知っている二人からしてみれば、特に違和感のある事では無かったらしい。
「なるほどー。熱心なんだね。私たちも負けないように頑張らなきゃ!」
「ああ、そうだな。それじゃ、掲示板まで行くか」
「うん! 確か麗華ちゃんが先に行ってくれてるんだよね?」
「そのはずだ。一本早い電車で出て行ったから、そろそろシールを貰って待っている頃だろう」
掲示板とは、勧誘ポスターを貼るための物の事である。学校行事に関する掲示はたいていここで行われるが、この時期は部活動の勧誘ポスターで埋まっていた。
生徒が掲示を行う場合には生徒会の認可シールを貰う必要があるのだが、会長と共に仕事をしている麗華が適任だという事で抜擢されたのだった。
「それじゃ、僕は先に教室へ行ってるよ。龍之介、優子ちゃん、頑張って」
「ひぇっ⁉︎」
小さな叫び声を上げて、龍之介の陰にさっと隠れてしまう優子。彼の腕をそっと掴み、プルプルと震えている。
「ん……?」
何が起こったかわからず、凛太朗は頭の上にハテナを並べる。
「ああ、凛太朗。まだ下の名前で呼ぶのはやめた方がいいかもしれない」
「あー……なるほど。気をつけるよ」
全てを察したという顔で、凛太朗は教室の方へと歩いていくのであった。
φ
「麗華ちゃん、おはよー!」
少し掲示板から離れた所から、大きな声で呼びかける優子。流石に、一度家にまでお邪魔して夕飯を共に過ごせば心は打ち解けるらしい。
「おっ、シバっちおっはよ! ん……?」
赤いメガネをくいっと上げて、麗華はじーっと優子を見つめている。
「ど、どうしたの……?」
言いながら近づくと、麗華が見ていたのは優子の顔ではなく首元の方のようだ。
「リボン曲がってるぞー。朝からだらしない!」
言いながら、優子の制服のリボンに手を伸ばす麗華。
「ふぇっ⁉ あ、ありがとう……」
ピンピンと軽く引っ張り、麗華はリボンの形を整える。あまり傾いていたようには見えなかったが、女子特有の観察力というやつだろうか。
「珍しいなレイ。普段は制服を着崩してるのに、リボンが曲がってるのは気になるのか」
「うっさい! シバっちはちゃんとしてた方が可愛いの!」
「まあ、確かにそうか」
「か、か、可愛いだなんてそんな! えへへ……」
満更でもない様子の優子に、どう反応すればよいのかわからない二人であった。
「あ、そんな事より! 麗華ちゃん、シールは?」
「おうよ! ばっちり回収できたぜ!」
言いながら、麗華はポケットから五センチ四方の小さなシールを取り出しヒラヒラと見せる。透明な膜に赤い字で『生徒会認可』と書かれている。
「よし、じゃあさっそく貼るか」
龍之介もポスターを取り出して備え付けの画鋲で掲示板に張り付ける。
「こーれーでー、よしっと!」
ポスターの端にシールが貼られ、ようやくぶいちゅー部の最初の活動が果たされたのであった。
「やったー! 二人ともありがとう! これから頑張ろうね! 私なんもしてないけど!」
「ふふっ、その通りだな。だがまあ、これから一番大変なのは優子だろう。一緒に頑張ろう」
「おう! よろしく頼むぜ、シバっち!」
二人の言葉に少々嬉し涙を浮かばせながらも、優子はしっかりと返事をするのであった。
「うん! これからよろしくね!」
このポスターが後に一波乱起こすことなど、ここにいるメンバーは誰も予期していなかったであろう。
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