ぶいちゅー部の活動を本格的に開始する!
「それでは、今日こそぶいちゅー部の活動を本格的に開始する!」
「いえーい!」
放課後、麗華の号令によりぶいちゅー部の活動が開始された。優子もノリノリの返答である。
一方の龍之介はというと、昨日の遅れを取り戻さんとする勢いでスケッチブックに向かってただひたすらに絵を描き続けていた。
「はい! じゃあまず兄ちゃんから現在の進捗報告!」
「あ、あの……麗華ちゃん、一ついいかな?」
「ん? 何だね柴崎部長?」
「どうして麗華ちゃんが仕切ってるの……?」
確かに、高一組の二人がソファに座り、麗華がホワイトボードの前でペンを握って司会進行を務めるという、少々奇妙な構図となっている。ちなみにこのホワイトボードも麗華が勝手に持ち込んだものである。
「ん? いやだって兄ちゃんやシバっちじゃ頼りないし」
座っていた二人に言葉の矢がぐさりと突き刺さった。
「は、はっきり言ってくれたね……」
ぷるぷると手を震わせながら麗華に対してツッコむも、その顔はくすくすと笑っていた。
「にひひっ。はいじゃあ兄ちゃんよろしく!」
「了解した」
言いながら龍之介はすくっと立ち上がり、麗華が差し出したマーカーを受け取る。このあたりのスムーズな動きは、流石に兄妹の連携である。
「まず、新入部員についてだが、入部希望者等は一切現れる気配がない。ポスターだけではインパクトが足りない可能性も考えて、何か別の手段を講じる必要があるかもしれない」
「なるほど。続けて」
議長の貫禄を保ったまま、麗華が軽い相槌を打つ。
「二つ目、今日はこっちがメインになると思うんだが、俺たちで作るVTuberの構図案をいくつか描いてきた。綺麗に仕上がったものを五十枚ほどピックアップしてきたので、二人にも見てもらいたい」
「ピックアップで五十枚って……龍之介、何人分描いたの?」
「たぶん千キャラくらいは描いたと思う」
サラっととんでもない数を言ってのける龍之介だが、麗華のみならず優子にも彼の早描き耐性はついてしまったらしく、大した驚きは生まれなかった。
「はいはーい。兄ちゃんに一つ質問」
「なんだ?」
「新入部員の勧誘よりもキャラの選定を先にする理由を聞かせてもらいたい」
「いいだろう。まず、ポスターを貼ってからまだ日が浅いため、このまま放置して数日待てば何かしらの動きがある可能性は充分に残っている。これが一つ目の理由だ」
彼の説明にコクコクと頷く二人。いつのまにか、先ほどまで龍之介がいたポジションに麗華が座っていた。
「そして二つ目の理由が、この部活のアピールポイントだ。現状、この部には実績も無ければ、何かしらの目を引くような特徴も無い。部室が無駄に豪華な点を除いてな」
「確かに」
右手の人差し指をびしっと突き出して、部室を無駄に豪華にした張本人が相槌を打つ。
「そこで、先にキャラクターの概要をある程度決めてしまった方が動きやすいというわけだ。ポスターを作り直すにしても、人に直接的に声をかけるにしても、キャラクターのイラストが有るのと無いのとでは印象が違うだろうからな」
「おぉ~。龍之介って、もしかして賢い……?」
龍之介の筋の通った解説に、両手で小さくペチペチと拍手しながら感心する優子であった。
「もしかしなくても俺はそこそこ成績がいい方なんだが……ともかく、これがさっき言った五十枚だ、見てくれ」
言いながら、龍之介はカバンから一つの紙束を取り出した。スケッチブックの切れ端なので、五十枚でもなかなかの重厚感である。
「いっぱいあるねぇ。机に並べよ!」
言いながら、優子はテーブルに置いてあったティーカップを片付けはじめた。さっそく部室での放課後ティータイムが恒例になろうとしている。
二人の席から見やすいように、丁寧にキャラクターのラフを並べていく龍之介。実際どの絵も完成度が高く、また見た目のバリエーションにも富んでいた。
「ほほう……さすが兄ちゃんだな……既存の有名どころとは被らず、それでいて斬新なデザインも豊富だ……」
これには自称VTuberソムリエの麗華も納得である。有名どころ以外のVTuberも含めればいくらか特徴の被ってしまうデザインも存在するが、五千人以上も存在するキャラクターと一切被るなという方が無理な話である。
「この中のどれかならしっかりとイラスト化しても申し分のない出来になると思うんだが、どれがいいだろう」
VTuberを見始めて数日の自分だけで決定するよりは、いくつか案を出した上で目の肥えている二人に見てもらう方が良いという判断だ。
「ん~どれどれ」
台所でティーカップを洗い終えた優子がハンカチで手を拭きながら戻ってきた。どうして部室に台所があるのだというツッコミはもう無視させていただきたい。
「なるほど……みんな可愛いねぇ」
鉛筆で描かれた見事なラフ画を、まじまじと眺めていく優子。奇抜なデザインから清楚な女子高生まで揃っているのであっちへこっちへと目移りしてしまう。
「どうだ優子? 受肉してみたいキャラクターはいるか?」
『受肉』とは本来、キリスト教にて使用される単語である。近ごろでは実在の人間が架空の体になりきる事、すなわちVTuberになることを示す語として普及しつつあった。
「うーん……なんだろう……その……」
全てのデザインを見終えた上で、優子は何か言いあぐねているらしい。
「どうしたシバっち? 何かあるなら遠慮せずに行った方がいいぞ? これから長いこと世話になる体なんだから」
一度受肉してしまえば、その体を変えてVTuberの活動を続けるというのはなかなかに難しい話である。マイナーチェンジとして、衣装変更をしたり髪形を変えたりするVTuberは多いが、印象を大きく変える事は少ない。
「えっとね、みんな素敵なデザインなんだけど……なんていうか……その、一昨日の昼休みに龍之介が描いてくれた絵ほど心打たれるものが無いっていうのかな……」
「一昨日? なんだそれ?」
龍之介がスランプから抜け出したその瞬間、教室に居なかった麗華には何の話をしているのかさっぱりである。
「ああ、あの絵か。確かあれはスケッチブックから切り離してないから――」
言いながら、龍之介は自分のカバンをごそごそとまさぐる。中にはどうやらスケッチブックが十冊ほど入っているらしい。
「これだな」
件のページを開いて、龍之介はスケッチブックを二人に渡した。
「これこれ! なんだろう、やっぱりこの絵からは、何か感じるんだよね」
絵に関して褒める語彙を持ち合わせていないので上手く表現できないらしいが、優子がこの絵を大層気に入っているのは充分に伝わった。
「この絵……なるほどシバっち本人を描いたわけか。いやでもこれじゃああまりにも現実の人間すぎるだろ」
「そう……なんだよね」
確かに、今テーブルの上に並んでいる五十枚と比べるとこの絵は画風が違いすぎる。このままVTuberにするというのは難しい話だろう。
「うーん、でもやっぱりこの絵が一番かわいいし素敵! どうしよう!」
「シバっち……もしかしてナルシスト……?」
自分の描かれた絵を褒めちぎる優子に少々冷たい視線を向ける麗華であった。
「確かにこの絵……今見ても完成度が高いな……」
自分が描かれた絵を褒める優子と、自分が描いた絵を褒める龍之介。良きナルシストコンビである。
「よかったら、この絵をそのままデフォルメしてみようか? その場合、少し時間が欲しいが……」
「えっ、できるの⁉」
龍之介からのまさかの提案に、優子の目はキラキラしている。
「俺を誰だと思っているんだ」
長年の経験から来る自信であろうが、やはり龍之介も筋金入りのナルシストである。
「ああでも、中の人に寄せるってのは、VTuberとしてどうなんだ?」
『中の人』というのは、主にインターネットスラングで声優を指す単語である。VTuberに声を充てる人物にもこの語が使われる場合が多い。
龍之介からの一点の不安に、しかし麗華は軽く切り返した。
「ん? 別に問題ないと思うぞ。声優みたいに本人が表に出る機会も無いだろうし、特に個人勢ならそういう人も結構いるんじゃないか?」
『個人勢』とは、VTuberの分類の話だ。企業に所属していないVTuberの事を総称してこう呼ぶ。
「そうか。よし、ならこの絵の優子を最高に可愛いVTuberにしてやろうじゃないか。明日の放課後まで待ってくれ」
「ありがとう!」
「おっし! んじゃ今日のところはそんな感じで解散! あ、兄ちゃん、この絵どうするよ?」
テーブルの上に散乱したラフ画たちが、少しばかり哀愁を漂わせていた。
「とりあえず片付けようか。このままじゃティータイムが楽しめないしな」
昨日よりも確かな進捗を生んで、本日のぶいちゅー部の活動は終了した。
φ
登校五日目、金曜日。校門が開いてすぐの頃合い、学校の掲示板の前に一人の人影があった。短髪の大男、城ケ崎蓮司である。
「ぶいちゅー部……だぁ?」
ガムをくちゃくちゃ噛みながら、彼は一つのポスターにガンを飛ばしていた。
「このデザイン……」
どうもポスターの内容が非常に気になるらしい。
チッと小さく舌打ちをして、彼は部室棟の方へと歩いて行ってしまった。
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