きます!

 登校二日目の授業が全て終わり、放課後がやってきた。四組の凛太朗、龍之介の席の周囲には、先程の四名が特に打ち合わせもなく自然と集まっていた。


「いやぁ、やっぱ春休み明けてすぐに六限授業は体に堪えるねぇ」


 イスに跨るようにして後ろ側を向いている凛太朗。龍之介とは違い授業は真面目に受けるタイプなので、非常に疲れているらしい。


「ほんっと、あんたのタフさには恐れ入るわ。今日も部活見て回るんでしょ?」

「いやいや、ずっと水泳やってる留実には敵わないって」


 確かに凛太朗の行動力は凄まじいものだが、留実も留実で体力には自信があった。小学生の頃から水泳を続けており、中学の部活では全国大会まで行っている。


「で、龍之介たちは今からどうするの?」


 昼休み、無事に和解した龍之介と優子はこれからやらなければいけない事が沢山ある。全部活を見て回ることを目標にしている凛太朗としては、興味津々な所であった。


「どうする……そういえば、何から始めればいいんだ、柴崎さん?」

「えっと、まずは部活の申請を出すところからだね。あ、放課後の活動がメインになりそうだから部活って形でやろうと思ってたんだけど、そこは問題ないよね?」

「あぁ、異論ない」


 言いながら、優子はゴソゴソと鞄をあさり、彼女の小さな手に収まるほどの小型手帳を取り出した。


「授業中にこの学校の部活動に関するルールをまとめておいたの。見て見て」


 四人で手帳の開かれたページを覗き込む。そこには、部活動設立から部費の管理等まで、基本的なルールがびっしりと書かれていた。


「すごいやる気だな……」

「えへへ。柳川くんが協力するって言ってくれて嬉しかったからつい」


 眼鏡の奥の小さな目をニコっと輝かせる優子。本当に心から喜んでいるらしい。


「まず、部活動の申請をしなきゃいけない。基本的に最初の二週間は仮押さえで部屋も用意してもらえて、部活動への勧誘をするもよし、活動準備をするもよし。二週間の期限が終わるまでに三人集まれば正式な同好会、五人集まれば部活になれる。同好会にさえなれれば一年間部屋を使うことは保証してもらえるから、同好会と部活の違いは主に下りる部費の量くらいね」


 手帳に書いてある内容を指でなぞりながら丁寧に説明する優子。非常にわかりやすくまとまっている。


「なるほど。しかし、本格的にVTuberをやるとなると機材やその他でかなりお金がかかるだろう?」


 ハマってから一日とはいえ、徹夜で百本の動画を見てきた龍之介だ。VTuberの大変さは既に理解しつつあった。


「うん。だから目指すは五人の部員! もう二人いるから、あと三人だね」

「了解した」

「じゃあ今日はとりあえず申請するところから! 行こっ!」


 ワクワクが抑えられない様子の優子。座っていた龍之介を急かしながら、はやくはやくとぴょんぴょんしている。


「よし、んじゃあたしらも行きますか」

「そだね」


 凛太朗と留実も、今から部活動体験の様子だ。


「今日は凛太朗は水泳部か」

「うん。水泳部とテニス部と天文部」

「授業終わりに三つも行くのか……頑張れ」

「そっちも頑張って! 目指せ登録百万人!」


 なかなかの無茶を言い残して、そそくさと教室から出ていく凛太朗と留実だった。



 φ



 教室を後にした龍之介と優子。現在向かっているのは生徒会室だ。教室からは少々距離があるので、二人は今後の流れをおさらいしていた。


「まずは生徒会長に新規部活動申請書をもらって、その後部員集めだったな。勧誘ポスターのデザインは俺がやろう」

「おぉ、さっすが! 頼りになるママだ」


 ぴょんぴょんと軽いステップを踏みながら歩く優子。部活を作れるのが相当嬉しいらしい。


「幸いにもイラストレーターは俺だから、部員集めと並行してどんなVTuberにするのかもある程度の話は進められそうだな」

「うん! そうだね!」


 少しばかり先行していた優子がぴたりと足を止め、全身で振り向いてさらに続ける。


「柳川くん、ホントに真剣に考えてくれてるんだね。すっごく嬉しい」


 昼休みに見せた時と同じくらいの笑顔でニコっと笑う優子。打ち解けてしまえば、会話するだけでアガってしまうことは無いらしい。


「当然だ。やるからにはとことん本気でやるさ。これからよろしくな」


 午前中の眠気はどこへやら、非常にきりっとした頼りがいのある龍之介であった。

 そうこうしているうちに、二人は生徒会室へとたどり着く。


「えっと……柳川くん、お願いしていいかな?」

「ん? あぁ、そうか」


 やはりこういう場にくるのは緊張してしまうらしい。初対面の時のことを思えば、確かに龍之介が先陣を切るというのは良い判断だろう。

 ノックをすると、中からは聞き覚えのある返答が聞こえた。


「どうぞ。入っていいわよ」


 龍之介が手をかけると、すっと、音も立てずにスライドドアが開く。しっかりと整備されている部屋だ。


「失礼します。一年四組、柳川龍之介です」

「いぃ! 一年五組、柴崎優子です!」


 龍之介の後ろにさっと半身を隠しながらも、なんとか挨拶をする優子であった。

 生徒会室にいたのは、入学式の際に進行を務めていた生徒会長の東雲桜ただ一人であった。他の役員は新学期のドタバタで出払っているのだろう。


「いらっしゃい。何か用かしら」


 心なしか、彼女の声が上ずったように聞こえる。どういうわけか龍之介の姿を見て少々驚いているらしい。


「新しい部活動を作りたいと思いまして。新規部活動申請書をいただきに来ました」

「あら、そうなの。わかったわ、そこに座って」


 彼女が指さしたのは、応接用の物と思われるソファだった。なかなかの高級品と思われる。他にも、部員個人用のパソコンが置いてあったりと、この学園の経済力を思わせる部屋である。


「柳川くんって、一本松の柳川くんよね? そこの美術館で展示されてる、金賞の」

「あぁ、えぇ。その通りです。ご存知でしたか」


 以外といった素振りは特に見せず、平然と振る舞う龍之介。町行く人が自分の事を知っているというのは、稀にあることだった。


「絵を見るのが趣味なの。あなたの一本松には感動したわ」

「ありがとうございます」


 座りながらも、軽くお辞儀をする龍之介。頭の高さが同じになった隙を見て、優子が耳打ちをした。


「柳川くんって、本当にすごい人だったんだね」

「まぁ、よくあることだ」


 話している間に、生徒会長は一枚の紙と二つの鍵を持って向かいのソファに座った。


「私は生徒会長の東雲桜。部活動に関する事務的処理は、基本的に私と部の代表で行うことになるわ。よろしくね」

「よろしくお願いします」

「よ、よろしくお願いします!」


 非常に整った姿勢で挨拶を済ませる桜。高校生とは思えない貫禄を背負っている。対照的に、まだ慣れるのには時間がかかりそうな優子の姿があった。


「で、これが新規部活動申請書よ。それからこっちがあなたたちが自由につかえる部屋の鍵。運動部なら控室とか物置とかに使えるし、文化部ならそのまま部室になるわけだけれど、どっち?」

「文化部です」

「そう。何をしようと思っているの?」

「それは……柴崎さん、君の口から説明してくれ」

「ほぇっ⁉ は、はい!」


 今後密に関わっていく事になる相手だろうから、早めに慣らしたほうがいいという龍之介の判断だったのだろう。しかし、突然のバトンタッチに驚きを隠せない優子であった。


「えっと、そうですね。生徒会長さんは、バーチャルYouTuberってご存知ですか?」

「えぇ、知ってるわよ」

「えっ」

「あら、意外そうな顔をするのね、柴崎さん」


 こんなオーラを纏っている人物がVTuberを知っているというのは、さすがの優子も少々驚くところだったのだろう。


「あぁ、いや、その……ごめんなさい」

「いいわ、続けて」

「は、はい! 端的に言いますと、その、バーチャルYouTuberになりたくて、部活を作ろうかと思っています!」

「なるほどねぇ、面白いじゃない」

「あ、ありがとうございます!」


 意外にも、VTuberの話には好印象を示したらしい生徒会長だが、その後に続く言葉には威圧感があった。


「勝算はあるのかしら?」

「へ……?」


 想定していなかった質問に、面を食らってしまう優子。それもそのはずだ。勝算なんて、おおよそ部活の設立に関する議題で出てくる単語ではない。


「勝算……ですか……」

「そう、勝算。西園学園の部活動は、運動部も文化部も共に実績至上主義なところがあるわ。コンクールや全国大会で入賞すると学校側からも勝算され、逆に何の成果もあげられなければ上からの圧力がかかる。VTuberをやるって話になれば、コンクールなんかは無いにしても、一番目に見えてわかる指標があるでしょう?」

「……チャンネル……登録者数……」


 生徒会長の勢いに、少々たじろいでしまう優子。その姿を見かねてか、龍之介が口をはさんだ。


「もちろん、その点は理解しています。既にバーチャルYouTuberの世界は飽和しており、ただ動画を上げればやれ百再生だ千再生だといかない状態になっていることも。しかし、彼女のVTuberに対する熱意と、俺の絵を描く力があれば、時間はかかれど結果は自ずと付いてくるかと思っています」

「なるほど、上手い具合に保険をかけた表現ね」


 やたらと厭味ったらしい言い方をする生徒会長だった。何かVTuberに対して個人的な恨みでもあるのだろうか。


「ま、少なくとも仮新設を拒否する理由はないわ。やるからには全力で頑張ってちょうだい。ただし、来週の金曜までに部員を合計五人集めること。それができなければ、新設を認めることはできない」


 今日が四月四日の火曜日なので、来週の金曜というと残された期間はあと十日ということになる。否、それよりも、今の発言に少し気になる点があった。


「あの、東雲さん。三人集まれば同好会として活動できるという風に聞いてはいたんですが」


 流石の注意力を持つ龍之介だ。危惧すべき処はしっかりと拾っている。


「えぇ、去年まではね」


 生徒会長は相変わらず厳しい口調で対応する。


「ただこの数年、新しい部活の申請が相次いでいて、去年の部費管理がカツカツだったのよ。だからといって、今まで与えていた部費を突然カットするわけにもいかないわ。優秀な部に圧力をかけることになりかねないしね。だから、今年度からは同好会そのものを廃止すると昨年度末の議会で決まったの。全ての部活と同好会には通達していたんだけれど、一年生にはそもそも伝える機会がなくて。ごめんなさい」


 まったくもって申し訳なくなさそうな謝罪であった。なるほどしかしそうなると、これから二週間は大忙しである。

 そうとわかると、龍之介は突然立ち上がってこう言った。


「承知しました。必ず来週末までに部員を五人集めて戻ってきます」


 優子も立ち上がり、こう付け加える。


「きます!」


 短い言葉だが、彼女の決意の表れだった。


「では、頑張って。ああそうだ、今から机とイスを手配するから、しばらく部室にいてもらえるかしら」

「わかりました。それでは、失礼します」


 言い残すと、二人は一瞬顔を見合わせて頷き、入り口の方へと戻っていく。

 後に残された生徒会長が口を開き、最後にこう言った。


「ねえ柳川くん。水を差すようで申し訳ないのだけれど、どうして美術部じゃないの? あそこには城ケ崎くんもいるし、お互いに切磋琢磨できると思うんだけれど」


 耳をぴくりとさせ、入り口のところで振り返って龍之介はこう言った。


「あの部活は、腐っています」


 では、と。生徒会長とは目を合わせずにそそくさと出て行ってしまう龍之介であった。

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