第5話 妹彼氏 ばれる!!
秋風が冷たくなり始め冬支度を始めた日曜のある日の夕方。
柳原家での食事会当日となった。
『ちゃんとした格好で来なかったらお前死す、殺す』
前日にこういったとても礼儀正しいラインが妹から来ていた。
今回は流石に今後のお付き合いもある事なので、ちゃんとしたジャケットを着て行く事にする。
久しぶりに袖を通すお洒落ジャケット。
読モをしていた元彼女に選んでもらった物だから、どこへ着て行っても評判が良い物だ。
昔の彼女を思い出し少し感傷に浸る。
32歳にもなるのにまだ結婚出来ない私。
まだ若い妹達はもう結婚間近。
大酒呑んだ後サングラスにアロハシャツ、ニッカボッカ着て行って無茶苦茶親族の印象を悪くしてこようかな、とも思ったが万が一これで破談にでもなったら一生結婚出来ない妹の面倒を見させられる危険性があったので、そのままネクタイを締め玄関を出た。
妹と柳原君が同居し始めた我孫子市のマンション前まで車で迎えに行く。
柳原君はいつも通りの爽やかポロシャツにチノパン。
妹はいつも絶対着ない様な白のワンピースに綺麗目のポーチを持っていた。
2人に乗ってもらい住所をカーナビに入力する。
「世田谷とはずいぶん良い所に住んでいたんだね」
操作しながら柳原君に話しかける私。
「ええ、まぁ……」
何か後ろめたそうな表情だ。
妹も何だか複雑そうな顔をしている。
いったい何だというのだろうか?
首都高に上がって近道。
車で1時間ちょっとで柳原君の実家近辺まで来た。
実家マンションだというので駅の近くにあるコインパーキングに車を停めた。
そこから5分も歩くと柳原家のマンションに着いた。
古くもなく新しくもない普通のマンション。
でもお高いんでしょうねぇ、と思いながらエレベーターに乗った。
マンションの4階一番奥に柳原家の住居があった。
ピンポンを押すと、
「ようこそいらっしゃいました」
と、おばさんが出てきた。
中に入ると満面の笑みを浮かべたおじさんが玄関に立っている。
両親と思われるおじさんとおばさん。
2人共全然柳原君には似ていない。
「初めまして。美咲の兄、古村俊と言います」
丁寧に挨拶をする私。
「これつまらない物ですけど」
そう言ってお土産の地元名物羽二重餅を差し出した。
すると、
「そうかね、アメリカでは贈り物はつまらない物、なんて言って出さないものだけどね」
イヤらしい言い方をするおじさん。
何だコイツ。
そう思ったが黙っておく事にする。
今日は古村家の人間として来ているのだから。
髪も黒くしてきたし、ちゃんとしたジャケットも着てきた。
ガマンガマン。
そう思って何気なく妹を見ると、なっ、ムカつくだろ? という顔をしていた。
ああ、いつもこんな感じなんだなぁ、と思った。
食卓にはもう料理が並んでいた。
何だかわからない謎料理ばかり。
一体何料理なのだろうか。
「じゃあスープよそってきますから」
おばさんが台所に移動する。
「お母様私も手伝います」
妹も後をついて行った。
手伝いますねぇ。
実家でもその位動けや。
こいついつボロが出るのかなぁ。
「どうぞ召し上がれ」
おばさんの声で食事会が始まった。
まずはスープを飲む私。
……
味がしない。
おかしい。
何回飲んでも味がしない。
その割にはダイレクトに胃がもたれる。
何じゃこりゃ。
次は肉の様な物を食べてみる。
砂が入りまくっているアサリの様な肉。
噛む度にジャリジャリいう。
そしてこれも味が無い。
いや噛む度に何だか苦みが出てきた。
「それ美味しいでしょ。スプラテブィッチイズ、という人工の健康お肉なのよ」
おばさんが自信満々で言う。
「はぁ美味しいです」
引きつっていたと思うが何とか笑顔で言えたと思う。
「スープの方は超健康クログィッエバラライノスープよ」
さらに自信満々で言うおばさん。
「こういった良い物を食べているから私達は健康なんだ」
おじさんも楽しそうに言う。
柳原君の方を見るとごめんなさい、という風に手を合わせていた。
ははぁ。
これは難儀ですね。
「後でエレレッペーネザンも出しますので。その前にプエプエプリュシューム酒をお出ししますわ」
全部聞いた事が無い物ばかり。
本当に人間の食い物なのですか?
そう聞きたくなる。
が、ガマンガマン。
多分意識高い系の人達なのだろう。
そう思い味が無くて胃がもたれるスープを飲み続ける私。
とても美味しくて2度と飲みたくないそれを、ものの数分で飲み干した。
「あらっ、お兄さんそんなにクログィッエバラライノスープお好きならお代わり持ってきますわ」
「いや、そんな結構です」
慌てて制止しようとしたがもう器を持って行ってしまった。
またあれを飲むのか。
何だかがっかりしていると、
「ところで、俊君はどこ大学を出ているのかね」
おじさんが私に話しかけてきた。
「はぁ、私は高校退学させられましたので夜学に行きまして……大学は行っていないんですよぅ」
頭をかきながら言う私。
途端におじさんは明るくなる。
「ほう、そうなんだ、へぇー、私は〇都大学を出ているんだけどね」
わぁ凄いなぁ。
「妻は立〇大学で上の息子は〇波大学」
物凄く早口で言うおじさん。
「そうかー高卒かぁー。それじゃあ中々良い派遣の仕事も見つからないだろう。それともフリーター?」
はぁ?
何勝手に人の職業限定してんだ?
それに馬鹿にした様な口調で言いやがったけど派遣社員もフリーターも立派な仕事だぞ!
でもここで暴れて妹が結婚出来なくなる方がやばい。
我慢だ。
街であったらお顔をトントンしてやればいいじゃないか。
月夜の晩だけではないですしね。
そう思ってニコニコしながら戯言を聞き続ける事にする。
「独身だってねぇ、美咲ちゃんから聞いたよ。やっぱり大学を出てちゃんとした所に勤めないと結婚なんて出来ない出来ない。君達の両親、子供の教育は大丈夫なのかなぁ、やっぱり子供は親の鏡だっていうし、ね」
よし暴れよう。
とても気の長い私はまずテーブルをひっくり返す事にした。
しかし、
「いい加減にしろよ父さん!!」
テーブルに手をかけたその時、驚いたことに柳原君が怒鳴りながら立ち上がった。
「自分が学校の先生だったからって人の家の教育までどうこう言う権利は無いよ。第一兄さんは〇波大出たけど部屋から出てこれないニートだし俺は高卒だし父さんは子育て上手くいっていないじゃないか」
嫌らしい笑顔が引きつるおじさん。
「それに父さんだって今はフリーターみたいなものじゃないか」
「違う、父さんは期間契約講師と言って……」
「それを非正規雇用って言うんだよ!! フリーターみたいなもんだろ!!」
「お前……」
「それにこのマンションだっておじいちゃんが買ってくれたものじゃないか。お兄さんは高卒だけど年収は4桁いっているんだぞ!!」
いや、そういう年もあるというだけだよ、と言おうとしたのだが柳原君は止まらない。
よっぽど普段から不満があったのか、爆発したように怒鳴り続ける。
私の器にスープを入れて戻ってきたおばさんもビックリしている。
「俺だってチャームを作る事も無くなってきたし永久指名が増えてきたし高いシャンパンも入れてもらえる様になってきたから年収は父さんを超えるぞ。高卒だって頑張れば大卒を超えられるんだ!!」
そう言い切った後、
「お兄さん行きましょう。こんな人と話をしていると気分が悪くなるでしょう」
私の手を掴む柳原君。
「美咲ちゃんも行こう。こんな人の話を聞いていても面白くないだろ」
「いやでもお母さまがせっかく作ってくださったお料理……」
「大丈夫。これ全部いつもの意識高い系健康食品だから、また買わされるよ。それとも買いたい?」
その言葉を聞いて勢い良く立ち上がる妹。
「少し頭を冷やしてくれ。あとこの謎食品を買わせる為の食事会ももう止めてくれ。不愉快だ!!」
そう言って私と妹の手を握ると柳原君は外に出た。
外はもう暗かったが街を包む明かりは優しかった。
外に出て車を停めてある駐車場に向かって歩き出す私達。
「あの、父さん母さん達が心配なので俺やっぱり戻ります」
そう言って私達に深く頭を下げると、柳原君は実家の方に向かって走っていった。
「本当にいい奴だよなぁ。何であんな親からあんないい男が生まれてきたんだろう」
「生まれた時からあれ見てて嫌だったんじゃない」
「なるほど」
妹と2人、夜の道を歩く。
「ところでチャームってなんだ?」
やっぱそこ気づいたか。
やべーな、とは思ったんだがね。
「……おつまみかな」
何か答えとかないとすぐ妹はググってしまうので、嘘でない範囲で答える私。
「おつまみ作らなくても良くなると何で収入が上がるんだ?」
「……あれは新人が作るから。地位が上がったんじゃない」
「あと永久指名ってなんだ?」
「……料理を作る職人を指名できるんだろ」
「高いシャンパンって何だろうな?」
「……そりゃ居酒屋なんだからシャンパン位あるだろ」
「それを入れるって、まさかホストじゃねーよな?」
あらっご存知でしたか。
「いや違うんじゃない」
苦しいが一応フォローしておく。
「でもそうだと色々つじつまが合うんだよなぁ。後で聞いてみるか」
ご愁傷様である。
秘密が多い柳原君。
引っ越しの荷物梱包した後、妹がどの程度知っているのか確認の為電話したのだが結局フィギュアも同人誌も内緒の様だった。
いや色々ばれないと良いですねぇ。
どうかこのまま末永く仲良くして下さい。
そう祈りながら夜の駅前商店街を2人で歩く。
風が少しだけ強く冷たく吹いていた。
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