第3話 妹彼氏 ホストになる

 4年程前 4月




 桜が咲き終わり暖かさが続く日々の中、私の生活が少しだけ変化した。

 保険の代理店を独立開業したばかりの私。

 雇われだった頃と違い全てを1人でやらなくてはいけないので大変だった日々。

 そんな毎日にほんのりと刺激が加わった。



 ガソリンスタンド併設の喫茶店で煙草をふかしながら外を眺める。

 夕方だというのに太陽に勢いがありまだ辺りは明るい。

 そんな明るさと勢いを増すかの様な勢いで、1台の黒塗り高級車が駐車場に入ってきた。

 やっぱ良い車だよなぁ。

 V8、4000CC。

 惚れ惚れする車体。

 私の中古社用車とは大違いだ。

 とても色っぽくて堂々としている車。

 もっとも停車して降りてきた人物はもっと色っぽく堂々としていたが。

 ベージュのチノパンに白いオックスフォードシャツという普通の格好なのにとても素敵な色男。

 彼が店内に入る前、すれ違った女子2人が振り返る位のイケメン。

 自動ドアが開く。

 細い体に不釣り合いな大きな腕時計。

 光り輝く高価であろう靴。

 そんな彼がキョロキョロと人を探し立ち止まる。

 店内の視線が彼に集まるのがわかる。

 まるで男性アイドルか俳優の様。

 そんな彼に手を振る私。

「あっ、お兄さん」

 気が付いて手を振り返してくれる柳原君。

 意外にも彼の住んでいる所と私の住んでいる所が割と近かったので、よく会うようになっていた。

「お待たせしてしまってすみません。また4人お願いしたいって言っている子がいました」

 そう言って4枚の名刺を私に差し出す柳原君。

 保険に入りたい、と言ってくれている新規さんをたくさん紹介してくれるので開業したての私は本当に助かっていた。

「いつもありがとう。助かるよ」

「その代わりと言っては何ですが……」

「わかっているよ。今日も深夜まで君と呑んでいた、って事で良いんだよね」

「……すみませんお兄さん」

 柳原君はその後居酒屋を辞め、ホストになっていた。

 女性店員に惚れられてしまい居づらくなってしまったので美咲ちゃんの為にも男だけの職場に行きたい、と言っていた結果の様だ。

 まぁそれもあるのだろうけど、正直めんどくさくなったというのが本音の様な気がする。

 最近よく会うので今までの職歴を聞いてみた。

 2年間続いた自衛隊以外仕事はほぼ続いていない事がわかった。

 どうしてそんなに仕事が続かないのか聞いてみた事がある。

 

 つまらない事をやりたくないという自分の中の素直な気持ちに従っているのです。


 と、自信満々に言われてしまった。

 それは我慢が足りないと言うんじゃないですかねぇ、とも思ったが妹が良いのならまぁ良いか、と思い私は特に何も言わない。

 なので彼とはとても上手く付き合えていた。

 本当にしょうもない男なら妹の鉄拳制裁もあるだろうし。

「あっ、もう行かないと」

 大きくて高そうな腕時計を見ながら言う柳原君。

「今日は早いんだね」

「同伴があるんですよ」

「美咲には絶対に見つからないでね」

「はい、じゃあ行ってきますお兄さん」

 そう言うと慌しく外に出る。

 そしてV8エンジンを響かせて颯爽と柳原君の高級車は出て行った。

 



 日曜日の朝。

 暖かいベッドの上で眠っていた私。

 穏やかな日差しで目が覚める。


 デデデ~デッデデ~デッデデ~


 穏やかでない携帯着信音で目が冴える。

 枕元で鳴っている携帯電話。

 私は人によって着信音を変えている。

 〇ースベイダーのテーマは妹からだ。

 仕方がないので出る。

「おめーよー昨日またカズ君と呑みに行っただろ!! いい加減にしろよ、あっ?」

 柳原君にも聞かせたいとても上品な言葉遣いの妹。

「ごめんよ~仕事手伝ってもらっているからね、そのお礼もしないといけないからさぁ」

「だからお礼と誠意はお金だっていつも言ってんだろうが!! それだけで良いんだよ!! いい加減、り、か、い、し、ろ!!」

 土曜と日曜以外は居酒屋修行の為会えない、と妹に言って今のホスト業に就いた柳原君。

 しかし太客の同伴が土曜や日曜に入ると、私と呑んでいる事にして妹と会えない状況を作っていた。

 因みにこいつらはまだ同居していない。

 親父殿が条件を出したからだ。

 美咲と同居するなら2人の引っ越し費用と敷金、礼金、初期費用は全て柳原君が出す事。

 そして結婚するなら300万円貯めてその後の資金とする事、という2点。

 因みに結婚式の費用は親父殿が全額出すと言っていた。

 早く妹と同居して結婚もしたい柳原君。

 私が見せ金を貸すと言っているのに、馬鹿正直な彼は一番早くお金が溜まるであろう水商売に手を出したのだ。

 妹に内緒で。

「ごめんごめん。ちゃんと報酬は渡しているから」

 私が妹に謝ると、

「まぁだいぶ多く渡しているみたいだな」

 一応納得した様な声を出す。

 柳原君はホストで稼いだお金を私が渡している報酬という事で妹に見せている。

「はぁ~」

 電話の向こうから長いため息が聞こえた。

「カズ君浮気していないかなぁ」

 切なそうな声の妹。

「何で?」

 不思議に思ったので聞いてみた。

 今の所そんな兆候はまるで無いのに。

「だって最近女の香水の匂いがする」

 まぁそれはそうでしょうねぇ。

「それに何か高そうな物身に着けているし。あんなのカズ君しないもん。女からのプレゼントっぽい」

 まぁそれもそうでしょうねぇ。

 一応フォローを入れておこう。

「でも今働いている居酒屋さん、スタッフ男の人しかいないみたいだよ」

 ホストクラブだから当たり前の事だが。

「お客さんからかもしれないし……」

 うーん正解。

「大体私はお店に来ちゃダメ、っていうのが理解できない」

 婚約者呼ぶわけにはいかないでしょ。

 ドンペリゴールドでも入れるの?

「まぁ浮気は絶対していないよ。俺が保証する」

 苦笑いしながらも自信満々に言う私。

 だって美咲と一緒になりたくてあんなに頑張っているのだから。

 でも、

「何でてめーがわかんだよ!!」

 切れられてしまった。

「もうホント出会いの多い接客業とかムリ。やって欲しくない。私みたいに普士通(世界的総合エレクトロニクスメーカー)とか大きな所じゃなくても良いからスーツ着て普通に働く所に行ってほしい」

 いやスーツ着て働く所に行っていますよ。

 ブランド物でサラリーマンが着る様なやつじゃ無いですけどね。

「という訳でお前と違って私は金曜の夜と土曜、日曜しかカズ君に会えないんだから。そこを理解してもう呑みに誘うなよ。次誘ったらお前死す、殺す」

 おお怖い。

 でも、

「死す、殺すって何だよ」

 高学歴のくせに。

 意味不明の文法だったので注意する。

「いえふぃvlsbじぇrkgwrんbごろす!!!!」

 あーあ。

 理解不能な怒鳴り声を上げはじめたので無言で電話を切る私。

 ため息1つついてベッドから出る。

 新しいマンションの2階。

 私の部屋。

 窓を開けベランダに出て外を見る。

 空はとても青く良い天気。

 しばらく続くみたいだけど今日はたくさん洗濯をしようと思う様な日差しに誘われ、2度寝をする事無く起きる事にした。




 柳原君はとても頑張ってお金を貯めている様で、ホストクラブで働き出してまだ4か月位だと思うのだがもう100万円以上貯金をしていた。

 とても順調な彼。

 更に1か月後にはもう美咲と住む為のマンションの敷金礼金及び引っ越し費用に、家具購入代金までも溜まってしまっていた。

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