第4話 妹彼氏 趣味が素晴らしい
3年程前 秋
『すぐに来い。車で』
風が心地良くなってきたある日の事。
いつもの如く主語の無いラインが来ていた。
土曜日の夕方だというのにこんな物が来るととても憂鬱になる。
何の用だ? と返信しても当然の様に既読もつかない。
また保険に入りたい人を紹介してくれるのかな、と前向きに考えマンションに向かう事にした。
そう、妹のマンションに、である。
私が住んでいる新松戸から電車で約30分、妹の住んでいるお茶の水駅に着く。
そこから10分も歩くと、妹が学生時代から住んでいるマンションにたどり着く。
オートロックの玄関。
インターホンを押すと、
「早く来い」
とドスの効いた声と共に玄関が開いた。
今日は何の用なのかな?
変な用じゃないと良いなぁ、と思いながら3階にある妹の部屋に向かう為、エレベーターに乗った。
ピンポーン
ドアの前で再びインターホンを押す。
ガチャ
「どうぞ~お兄ちゃん」
かわいらしい声を出す妹。
こういう時は、
「あっ、お兄さんこんばんわ」
柳原君が一緒にいる時だ。
「じゃあお兄ちゃん行こうか」
妹が私の右腕に絡みつき外に出ようとする。
「本当に良いんですか? すみません」
柳原君も靴を履く。
話が全く見えない。
どこへ行くんだ? と聞くと、
「前からお願いしてあったカズ君の引っ越しだよー」
そう言って私を引っ張る妹。
「そんなのは初めて聞いたぞ!」
と少し声を大きくして言うと、
「てめーが休みの日にカズ君を呑みに連れて行くから全然引っ越しの準備が終わっていない。だから今から行くんだよ理解しろ」
いつも通りの口調で私の耳元に囁く妹。
柳原君は何とこの短期間に親父殿との約束であった引っ越しの費用と、それとは別の結婚初期費用の300万円を全て稼ぎ終わっていた。
その代わり金曜、土曜、日曜もホストとして働く為妹と会う時間が少なくなってしまった。
相変わらず誰かと呑みに行く、という理由で週末同伴やアフターをこなしてきた柳原君。
そして最も多い呑みに行く人として、口裏合わせをしていたのが私だったのだ。
妹に引きずられ歩く後ろを柳原君もついてきた。
はぁ。
ため息をつく私に、
「そんな顔してんじゃねーよ。今度会社のかわいい先輩紹介してやるから」
とても魅力的な提案が耳をくすぐった。
「よーし、じゃあ張り切っていこうかー」
元気になった私。
走り出す。
「ちょっと待ってよーお兄ちゃーん」
「お兄さん足速いですねぇ~」
夕暮れは次第に夜の帳を下ろしつつあった。
柳原君のアパートは東京と千葉の境目、金町にあった。
古くて家賃6万円。
しかし無駄に大きく3DLKもある。
友達の多い柳原君。
よく人を泊めるからこの位は必要なのだろう。
しかしそういえば私は彼の家に行くのは初めてだった。
階段を上がりドアの前に立つ私達。
ブランド物のキーケースからカギを取り出し、
「さぁどうぞ」
当たり前の様にドアを開ける妹。
ほう、もうそういう仲なのね。
後戻り出来なくなっている柳原君に少し同情しつつ中に入る。
初めて見るその部屋の中。
意外にもかなり片付いていた。
しかしリビングの荷物はある程度荷造りされていたものの、まだ半分以上が箱の中に入っていなかった。
「さぁ今日中にやらないと明日引っ越し屋さん来ちゃうからね。この前決めた通り私は台所と客間をやるからカズ君は自分の部屋を荷造りして。お兄ちゃんは遊び部屋ね」
各自分担の部屋を指示する妹。
さてやりますか。
私も割り振られた部屋に向かう事にした。
部屋のドアを開ける。
6畳位の広さ。
乱雑な室内。
さてどこから片付けましょうかねぇ。
本棚から手を付ける。
今流行っている漫画が中心だ。
大体巻数が揃っているそれらを段ボールに詰めているとある物に気づく。
それは卒業アルバムだった。
ほう。
興味が湧きそれを開く。
ほほう。
柳原君はすぐ見つかった。
当時から爽やかで背が高い。
たくさんのクラスメイトに囲まれ楽しそうにしていた。
まぁリア充だったんだろうなぁ、と納得しそれを段ボールに入れた。
本棚は割と早く終わったので、次は散らかっているパーティグッズやおもちゃ類を片付ける事にする。
「うおっ」
思わず声が出てしまった。
大きなハンディ電気マッサージ器(電マ)があったからだ。
いやでもこれは疲れた時に使っているのだろう。
本来はマッサージ器なんだから。
きっとそうだ。
無理やり納得し片づけを再開する。
「うおおっ」
更に大きな声が出てしまった。
今度はピンク色の小さなハンディ電気マッサージ器が出てきてしまったからだ。
「どしたー」
妹がドアを開ける。
「なっ何でもない!」
私がそう言うと大して興味も無い様な顔をしてドアを閉める妹。
いやこんなの使ってんの?
自分の身内がこういうのを使っていると思うと何だか複雑な気分になる。
……いや、これも本来はマッサージ器なんだから別にやましい物ではない。
断じてない。
きっと2人のマイマッサージ器なのだろう。
多分違うけど無理やりそう思う事にする。
段ボール箱に『健康器具』と書きそれらをしまう。
そして片づけを続ける事にした。
室内は大体綺麗になり、後は捨てて良いかどうか判断付かない物をとりあえず端に除けた私。
さあ次は押し入れだ。
襖を開ける。
……。
1回閉める。
どうしよう。
もう1度開ける。
……。
「うゎあ~い」
思わず気の抜けた声が出てしまった。
そこには山の様にアニメのフィギュアや、いかがわしい漫画がこれでもかという程積み上げられていた。
どうしよう。
妹はこういうオタグッズ大嫌いなのに。
これはどう処理したらいいんだ?
途方に暮れて1冊手に取ってみる。
その漫画は某軍艦の擬人化ゲームに出てくる女の子が凄い事になってしまう漫画だった。
これはまずいですよぅ。
手早く段ボールにしまう私。
中にはまともな漫画もあるだろうから、それを1番上に持ってきて段ボール箱を閉じようと思った。
しかしほぼ全て同人のエロ漫画だった。
しかも普通のエロだけだったらまだ笑えるのだが、某少年サッカー漫画の男キャラがボールと絡み合うという思考が停止しそうな内容の物や、某有名住宅事業のマスコットキャラクターが玄関の所をいじられ〇へ顔になるというどこに需要があるのかよくわからない物まであった。
いやいやまさかこんな趣味があったとは。
後で妹がどこまで知っているのか聞いておかないと大変な事になるぞ。
私は物凄い速さで片づけを続ける事にした。
同人誌を段ボールに全部しまう。
そしてそれをしまっている箱には『仕事書類』と書き、フィギュアをしまった箱には『仕事器具』と書いておいた。
あっという間に片づけが終わってしまった。
やる事が無くなったのでリビングに行くと妹が両手に1つずつ、15キロのダンベルを持ち上げ布袋に入れようとしている所だった。
「あ~んおもたくてもてな~い」
そう言ってこちらを振り返るが、
「何だよお前かよ」
私だと確認すると普通に持ち上げて布袋にしまっていた。
「で、お前の方はどこまでやったんだ?」
偉そうな妹。
この姿を柳原君にもぜひ見て頂きたいものである。
「終わったよ」
「終わった~」
私がそう言うのと同時位に柳原君も部屋から出てきた。
急に態度を豹変させ、
「あ~つかれたぁ~うでいた~い」
そう言って柳原君に抱き着く妹。
「ごめんね美咲ちゃん。ありがとう」
優しく妹の腕をさする柳原君。
こいつ15キロのダンベル普通に持ち上げていましたよー、と教えてあげたかったのだがその後が怖いので止めておく。
「お兄さんもすみません」
私にも謝る柳原君。
そして遠慮がちに言う。
「あの、ちょっと今実家から電話があって再来週なんですけど」
そこまで言って一旦言葉を止めたがまた喋り出す。
「美咲さんを家に呼んで食事会があるのですけど、両親がお兄さんにも会いたがっていますので宜しかったら来ていただけないでしょうか」
何だかとても申し訳なさそうに言う柳原君。
いや別にタダ飯が頂けるのなら有難いし、その日は何の予定も無かったはずだ。
「いいよ。楽しみにしているよ」
簡単にそう返事した私。
しかしその時、妹が変な笑い顔をしているのが少しだけ気になった様な気がする。
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