第17話 妹彼氏 就職活動をする
「おい、お前の家にカズ君来ていない?」
やばい。
もう来たか。
焦りが募る。
「何で? 最近会っていないけど」
思い切りしらばっくれてみよう。
「いや……来ていないなら良いんだわ」
そう言ってすぐ電話を切った妹。
いや良かった~。
ドキドキする私。
手汗が凄い。
「あの、電話大丈夫なんですか? すぐ切れてしまったみたいですけど」
電話を覗き込む様にして、首藤さんが私に体を近づけて来た。
「いや、これは世界で一番どうでもよい奴からの電話ですから」
慌てて電話をしまう。
「そうですか。何だか女の人の声が聞こえましたけど」
何やら首藤さんの視線が冷たい。
あっ、まさか。
「いや、妹からですよ」
「妹さん?」
「そうですよ、ほらっ」
携帯電話を取り出し、妹達と福井で撮った写真を見せる。
「凄く可愛い……」
妹の画像を見て驚く首藤さん。
いや、
「誰がどう見ても首藤さんの方が綺麗ですよ」
普段言えない様な事を素面で言ってみた。
だって本当にそう思っていたからだ。
「えっ、え」
するとどうだろう。
物凄く赤い顔になってオロオロし出した首藤さん。
普段のクールな感じは微塵も無い。
「わっ、私が、ですか?」
真っ赤な顔で自分を指さす。
なのでもう一度、言う事にした。
「はい、首藤さんが、です」
目を見てしっかりと言う。
「もっもぅ~古村さん、女性全員にそんな事言っているんじゃないですかぁ~」
恥ずかしそうに笑う首藤さん。
「いいえ。首藤さんにしか言いませんよ」
更に目を見て言う。
「何だか古村さん、意外と女性慣れしているんですね。さっきはあんなだったのに」
困った様に笑う首藤さん。
キャバクラも少しは役にたっているのかな。
そんな事を考えながら目の前にある綺麗で華奢な手を握る。
少し強めに握り返される。
改めて顔を見る。
黒瑪瑙の瞳がこちらを見ている。
鮮やかなルビーの唇。
その唇を怪盗の様に静かに奪う。
冬の夜なのに寒さはほとんど感じなかった。
食事は首藤さんのリクエストで焼肉にした。
○たみな太郎や○肉安安で良い、と言ってくれたのだがどうにも私は見栄っ張りで、わざわざタクシーを呼んで○くら亭まで行く。
そしてお腹いっぱい焼肉を食べた後、『空手CEO異世界』を漫画喫茶で見る私達。
とても満ち足りた時間。
とても楽しいデート。
学生時代の自分や妹にぜひ見せたい。
妹。
妹……
いや、今は考えるのはよそう。
しかしどうしても頭の隅には残ってしまっていた。
帰り道。
首藤さんをタクシーに乗せた後、一人で歩く田舎道。
夜の静かな道を歩くのが好きな私。
今日の余韻に浸りながら、この道を首藤さんと歩ける日が来たら良いな、と考えながら歩く。
しかしけたたましく電話が鳴った。
誰だ?
電話に出ると松山ちゃんだった。
「古村さん所のドア、物凄い勢いで蹴っている人がいるんだけど」
まさか……
「その人男? 女?」
「女性だけど。何かホモSMクラブサイコー寺の者ですけど、未納代金の集金に伺いましたー、ってさっきから叫び続けているけど。早く帰ってきた方が良いんじゃない?」
……。
確実に妹だ。
しかしまた何ちゅー事を叫んでいるんだ。
俺がホモSMクラブに通っていて、しかも金払っていないと思われるだろうが。
くそっ。
ありがとう、とお礼を言った後電話を切り、私は走って家路を急いだ。
マンションの前まで来ると妹の声が聞こえてきた。
「古村さ~ん、マサオ君の肛門治療費だけでも払って下さいよ~」
バカッ。
なんちゅう事を叫んでいるんだ。
本当に俺がそういう所に通っているみたいじゃないか。
相変わらず妹の居留守しているであろう家のドアを無理やり開けさせる技術は、本当に凄まじい。
急いで戻ろう。
私は走り出した。
「古村さ~ん。じゃあ肛門科に行くタクシー代だけでもお願いできませんかねぇ~タクシー代~。もしもしぃ~」
近所に聞こえる様に大声とドアを蹴る音で嫌がらせを続ける妹。
そのお尻を思い切り蹴る。
「いったぁ~い」
飛び上がる妹。
「お前はいい加減にしろよ。俺がここに住めなくなったらどうするんだ」
呆れながら言う私。
「うるせーんだよ。この嘘つき」
怒りの表情な妹。
「はぁ? 何が嘘つきだこのブス」
言い返す私に、
「お前にはこれが見えないのかブ、サ、イ、ク」
携帯電話を見せつける妹。
まさか。
その画面にはこのマンションの所在地に赤い矢印が刺さっていた。
しまった!!
「お前の所にカズ君いるんだろうが。あっ?」
そこまで気が回らなかった。
まさか携帯のGPS機能とは。
こいつ普士通に勤めているだけあって、こういうの詳しすぎるからなぁ。
恐らく携帯も自社製品を持たしているのだろうし、多分お金を払っているのも妹だろうからそれ位付けているだろう。
万が一の襲撃に備えてあの目立ちすぎる柳原君の車はマンションオーナーの北井さんの実家に停めさせてもらっていたし、常に携帯もマナーモードにさせていたのに。
いや。
盲点だった。
頭を抱える私。
「んで、カズ君は?」
足先で汚い物を触る様に、私の足をツンツンと小突く妹。
仕方がないので答える事にする。
「今はいない」
「はぁ?」
「だから今はいない」
「どこに行ってんだよ」
「ハローワークだ」
「……へぇ」
少し怒りが消えた様になった妹。
「だから就職決まるまで家にいさせるから、ちょっと待っててくれや」
ようやく帰った妹。
その背中が消えるまで見送る私。
ふぅ。
いなくなったのを確認した後、家の中に入る。
「もう帰ったよ」
そう言いながらリビングのドアを開ける。
「そうですか……ご迷惑をおかけしてすみません」
白い顔が更に白くなっていた柳原君。
小さくなりながら椅子に座っていた。
「携帯のGPSだってさ、君の位置わかったの」
笑いながら種明かしをしてみた。
「そうでしたか……」
電子機器に疎い柳原君ではこれは気づかなかっただろう。
私もそこまでは気づけなかった訳だし。
「まぁでも君がハロワ通っている事を教えたら、少し怒りが収まったみたいだから明日からも続けて通ってみたら?」
「……はい」
そう。
就職さえ決まってしまえば。
どうにか
なる?
のかなぁ~。
「じゃあ行ってきます」
次の日朝早く、柳原君はハローワークに出掛けた。
とりあえず就職でもしてもらわない事には妹の怒りが収まらない、というのが昨日の出来事で伝わった事だろう。
ベランダから彼を見送る私。
何気なく冬空を見ると、今にも雪が降り積もりそうな色をしていた。
それから数日が経った。
一向に職が決まらない柳原君。
まぁこんな物なのかなぁ、と思いつつも、高校を繰り上げ卒業(退学)させられた私でも選ばなかったらすぐに仕事が見つかったというのに、未だ面接1つ決まらない。
「お兄さん今日はジャーマンポテトですよ」
今日も夜、私が帰宅した時には既に帰っていた。
相変わらず食事も作ってくれるので特に文句も無いのだが、このままの状態が続くのは大変良くない。
名残惜しいが仕方がない。
「そろそろ良い仕事は見つかったかい?」
もし見つからない様だったら余計なおせっかいかもしれないが、私の知り合いも当たってみようかと思った。
少し俯き、考える様な仕草になった柳原君。
「中々決まりませんねぇ」
苦笑いをこちらに向ける。
「そう。因みにどんな職業を探しているの?」
「それもまだ……」
「決めていないんだ」
「はい」
あらっ。
ずいぶん呑気な事で。
ひょっとして真面目に探していないんではないだろうか。
「お願いだから明日は1つ位、面接予約だけでもしてみてはどうかなぁ。こう進展が無いと美咲も可愛そうだからさぁ」
美咲の名前を出した所で表情が変わった柳原君。
「そうですか。お兄さんにまでご心配をかけてしまっていてすみません」
真面目な表情になる。
「わかりました。じゃあ明日はとりあえず仕事を決めてきます」
おおっ。
何かやる気になってくれたみたいだ。
「おせっかいな事を言って悪いとは思っているんだけど、美咲がそんなに長い事待てるとは俺には到底思えないんだよね」
私の中の素直な気持ちを伝える。
「本当にご心配ばかりかけてすみませんでした」
素直に謝る柳原君。
その顔は何かを決意した様な顔だった。
明日は朗報があると良いなぁ。
端正に作られたその素敵な顔を見ながら、良い続報を待つ事にした。
次の日の仕事中、ラインの着信音がして携帯電話を見ると柳原君からだった。
そしてその内容は驚くべきものだった。
『お兄さん。とりあえず仕事決めてきました。日立で働きます』
何と決めてきてしまったのだ。
しかも超1流企業だった。
すごいコネがあるんだなぁ。
高校まで進学校みたいだったから友達関係を頼ったのかな。
それともお父さん〇都大学(国立旧帝大)卒だからそっちのコネかな、等色々な可能性を考えてみたが何にせよめでたい。
おめでとうと返信し、早速妹にも教えてやろうと電話をかける事にした。
電話は1コールで出た。
「よう元気か」
明るく話しかける私の声が気にくわなかったのか、
「何の用だ」
不機嫌そうに返してくる妹。
「今日は良い話があるぞ」
「良い話だぁ~。それは金になるのか?」
相変わらずだ。
こんなに変わらない奴もいないのではないだろうか。
「お前の大好きな金関係の話だよ」
気を取り直して言う私。
「ほう」
途端に興味を持った様な声を出す妹。
「聞いて驚くなよ。柳原君なぁ、今日ちゃんと就職を決めてきたぞ。しかも超大企業の日立だぞ。どうだビックリしただろう。だからそろそろ彼と仲直りしたらどうだ?」
お金大好きな妹の事だ。
すぐにでも仲直りになるだろう。
「ハァ~」
意外な事に大きなため息をつく妹。
何で?
「おい、日立に何の不満があるんだよ。お前の勤めている普士通で社外秘が漏れるとまずいから他のインフラ系会社の奴と付き合うな、みたいな通達でも出ているのか?」
妹の失望した様なため息に納得がいかず問い詰める。
「それよ~繋ぎで決めてきた、とか取り合えず決めてきた、とか言っていなかったか?」
気だるそうな声を出す妹。
「……言っていたけど」
そこには私も違和感があった。
日立みたいな大企業に就職できたなら、繋ぎだとか、取り合えず、とかいう言葉は私なら絶対に出ない言葉だ。
何でだろう。
その答えが妹の口から発表された。
「それ、日雇い立ち仕事の略だからな」
は?
「だ~か~ら~、お前が想像しているのは日立製〇所だろ。あいつの言っている日立ってのは日雇い立ち仕事、主に交通整理の事なんだよ」
全身の力が抜け、思い切り来客用のソファーに寝転がる私。
何なんだよあいつはぁ~
交通整理の正社員だったらいいけど日雇いなのかよ~
「ラインか何かで来ただろ。私も何回か引っかかっているから」
呆れた様な声で話す妹。
あっ、貴方もやられているのね。
「そういう奴なんだよ、あ、い、つ、は!!」
そう怒鳴って電話を切った妹。
後には静寂だけが残った。
家に帰り柳原君を見ると脱力してしまう私。
「お兄さん、随分お疲れですね」
お疲れの原因が話しかけてくる。
「日雇いの立ち仕事は見つかったみたいだね」
「はい。なので泊まらせて頂いている間の宿泊料を払わせて頂きます。あと美咲ちゃんに何かプレゼントを買わないと」
「そんなのは良いからさ」
「そんな訳には……」
「いや本当に良いから。それよりも君、本当に正社員で就職する気はあるのかい? ここの所随分と帰ってくるの早いみたいだし、あとさぁ結婚の条件には入っていなかったけど正社員にならないとうちの親父殿が良い顔をしない事はわかっているんだよね」
「……はい」
「だったらさ、もうちょっと真剣に仕事を探してくれないかなぁ。もし見つからない様だったら俺も知り合い当たってみるから」
半分お願いする様に言ってみた。
少し考える仕草をした柳原君。
「お兄さんありがとうございます。しかし私は自分の中の素直な気持ちに従って生きています」
「それは知っているよ」
「なので自分が納得した仕事でないとやりたくありません。何でも良い、という訳にはいかないんです」
「しかしだね、結婚に向けて一瞬だけでも社員になってもらえない物かね。それとももう美咲の事はどうでも良いのかな?」
「そんな訳無いじゃないですか。でも……一瞬でもやりたくない物はやりたくないんです。すみません」
そう言って深く頭を下げる柳原君。
これで更にはっきりとわかった。
こいつ相当働きたくないんだな、と。
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