第18話 妹彼氏 クリスマスイブの数日前……
「どうされたのですか」
首藤さんとのデート中、急に声をかけられた私。
「……何が、ですか?」
「何だか携帯電話をずっと気になさっているから」
普段首藤さんと一緒にいる時は携帯電話なんぞ絶対に触らないし、もし仮に触るとしてもデートに必要な物を調べる時だけだ。
仕事の電話すら取らないし、ましてや私用の電話など絶対に出ない。
それなのに先程からやたらと携帯電話を気にしている私。
余程いつもと感じが違ったのだろう。
「すみません」
謝る私。
妹が家に押しかけてきて数日が経った。
あれから日立(日雇い立ち仕事)に行って働いている柳原君。
自分のやりたくない事はやりたくない、と言っていた割には真面目で今の所欠勤無く働いている。
しかし正社員の方はまだ決まらずにいた。
一応彼もハローワークや求人サイトを見ている様子なのだが、相変わらず決まらない。
飽きっぽい妹の事だ。
このまま仲直りさせなかった場合、彼らの関係は自然消滅してしまう事だろう。
それなので私は焦っていた。
(日立の帰りに正社員の仕事探しますので、決まったらご連絡させて頂きます)
柳原君の有難いお言葉を信じ、待つ私。
一刻も早く、仕事を決めてもらって仲直りさせなくては。
気持ちばかりが逸り、楽しいデート中だというのに落ち着かないでいた。
「あの……どこか具合でも悪いのですか?」
心配してくれる首藤さん。
妹とその彼氏の仲は相当具合が悪かったが、私自体は大丈夫だったので、
「いや、本当に大丈夫です。ご心配おかけしてすみません」
深々と頭を下げ、ちゃんと謝る。
そんな様子の私を訝し気な目で見ている首藤さん。
参ったなぁ。
冬空は急く様に辺りを暗く染めていく。
もう聖夜は数日後だった。
一向に職が決まらない柳原君。
日立には真面目に行っているものの、ずっとそればかりでは妹との結婚後は困るだろう。
そう思って私も正社員の仕事を知り合いのツテで探してきて紹介してみるのだが、どうもお気に召さない。
私の家でもかなり熱心に転職サイトを見ているかと思いきや、動画サイトを見て笑っている。
基本的にあまり働きたくない様である。
クリスマスイブまでにはここを出て行ってもらいたいものである。
首藤さんが来てくれて料理を作ってくれるのだから。
やっぱりその後の事を考えるとその日までにはご退去して頂かなくてはならない。
(もういいかな)
クリスマスイブ前までに職が決まらなかったら出て行ってもらおう。
その後の事は彼らに任せよう。
そう思い、あまり煩く言うのを止めた。
冬の寒さが心までを凍らせる寒い日が続いていた。
次の日、職場から帰ってきて駐車場に車を停めようとした時、私の目にあるものが見えた。
近所の女子高生が集まって何やら話し込んでいる柳原君。
女子高生は大泣きしていて、柳原君はそれを慰めている。
どうやら悩み相談でも受けている様だった。
人の悩みを解決している場合でもないと思うのだが、ちゃんと話を聞いてあげている様子がうかがえた。
近寄るのもあれなのでタバコに火をつける私。
彼女達の相談が終了するまでゆっくりと車の中にいる事にした。
その次の日。
特に寒い冬を感じる日。
やっぱり仕事が決まらない柳原君。
だが、
ピンポーン
柳原君とお酒を呑んでいたら室内にインターホンが鳴り響く。
「はーい」
そう言うと当たり前の様に玄関に向かう柳原君。
もうそれ程に私の家に慣れてしまっていた。
そして、
「柳原さーん、昨日はありがとうございましたぁ。処置が早かったのでうちの娘もうすっかり元気ですぅ」
このマンションの住人からもここの住人だと認知されていた。
何やら会話が聞こえてきているが、どうやら転んでいた子供を負ぶって病院へ連れて行ったらしい。
私がやったら人さらいと間違われそうだが、イケメンの彼がやると百パーセント善行として受け取られる様だ。
「それでぇ、私離婚していてぇ、家に男がいないんですよぅ。ですからぁ、良かったらぁ、クリスマスの日なんですけどぉ、家に来ませんか。男嫌いな娘があんなに懐くのですから娘も喜ぶと思うんですけどぉ~」
声はどうやらバツイチだけどセクシーで、私が首藤さんと付き合う前に散々アプローチをしても食事1回言ってくれなかった安里さんだった。
彼女の娘はしょっちゅう私の家に来て、リビングのオーディオ上の大きな空き缶内に大量に入っている外国のお金を私に投げつけて遊ぶ、という大変教育上宜しくない事をしに来るのだが安里さんは迎えには来るものの、すぐに帰ってしまう。
なんなんだよくそっ、と思っていたら、
「えっと、やっぱり私も男だから嫌いだそうです。あと娘さんは私よりも古村さんに懐いている様ですけど」
ナイスな返答をする柳原君。
「えっとそうでしたっけ。あはははは。じゃあ失礼します」
ざまぁ、と心の中で思う私。
「待って下さい」
鋭い柳原君の声が響く。
「僕は婚約者がいるので女性しかいない家に行く事はできません。あと娘さんの男の人嫌いはかなり酷い物なのでゆっくり治した方が良いと思います」
真っ当な内容の声が聞こえてくる。
「娘さんには貴方しかしないんです。男に色目使っている場合じゃないでよ。……生意気言ってすみません」
私が言ったら殴られそうな事を言っている真摯な声。
数秒の静寂。
ドキドキの時間。
「……すみません。そうですよね」
小さく聞こえてくる安里さんの声。
「目が覚めました。ありがとうございます。……こんな素敵なご主人で奥様羨ましい」
セクシーな声が遠ざかる。
玄関のドアを閉めた音の数秒後、現れた勇者に話しかけてみる。
「いやよく言ったねぇ」
驚く私。
しかし勇者は、
「自分の中の素直な気持ちに従って言っただけです」
笑顔でそう答えた。
また次の日。
寒い日が続くがほんの少し暖かさも感じる日。
柳原君はゴミ捨てに行ったまま、また帰ってこない。
まぁいつもの事になってしまっていたので出勤の準備を整え、家を出た。
ゴミ捨て場の方を見ると今日も奥様方に捕まっていた。
「じゃあ結婚はいつなんですかぁ?」
「えーまだ若いのにもったいないよぅ~」
「そうだよ~結婚したら遊べなくなっちゃうよ~」
ベタベタ奥様方から触られまくっている柳原君。
その中には笑顔の安里さんもいたので少しホッとする私。
みんな楽しそうに柳原君を囲んでいた。
その様子を見る私。
「古村さん」
そんな私の肩を叩く松山ちゃん。
「どうしたの?」
そういえば少し顔が赤い様な気がするけど。
「あのね、この前コンビニにヤカラが来たのは聞いた?」
「そんなのは初耳だけど」
「そのヤカラ達がね、私をしつこく口説くの。もう凄く長い時間粘って。その間お客さんも買い物できないし」
まぁこの子はレズッ子だからヤカラ君達も無駄な努力をしたものである。
「で、その時ね、柳原さんが入ってきたの」
「ほう」
「柳原さん私が困っているのを見るとね、一番怖そうなヤカラに向かって「外に出ませんか?」って言ってくれたの」
えー、超意外~。
あんまり暴力とかしなそうだけど。
でもはっきりものを言うし、少し強引な所とかあるから案外そういう所もあるのかな。
「でね、ヤカラを全員外に出した後どうするのかな、と心配して見ていたら」
「見ていたら?」
「一番怖そうなヤカラにむかってね」
「むかって?」
「かかって来いヤァ~、って怒鳴って」
マジかよ。
まぁ自衛隊にいたからなぁこの人。
「……ものすごい勢いで逃げ出したの」
あら~。
ちょっと期待外れの答え。
「でもね、ヤカラ達が唖然としていたらパトカーの音がしてきてヤカラ達全員逃げちゃった。多分警察呼んでくれた後時間稼ぎしてくれていたんだと思う」
ほう相変わらず機転が利くなぁ。
「本当に助かっちゃった。だから、これ、渡しておいて」
そう言って紙袋を私に渡し、走り出す松山ちゃん。
「おーい、本人そこにいるから自分で渡したら~」
大声で呼び止めるがそのまま走ってどこかへ行ってしまった。
紙袋を持ちながら考える私。
そして少しだけ笑った後会社に行く為、社用車を停めている駐車場へ向かった。
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