第22話 妹彼氏 脱力する

 何なんだよ~

 思い切り脱力する私。

 その場に座り込んだ。

「なっ、何入って来てんだよ!!」

 物凄い大声を出して驚く妹。

 タオルを体に巻いて立ち上がる。

 いや私の家であるから当然だと思うのだが。

 呆れてため息が出る。

「いいから早く出、て、行、け、よ!!」

 何で私が出て行かなくてはならないのだろうか。

 しかし反論する気力も無くなっていた。

「はいで~て~く~、はい行くー!!」

 そんな私を無理やり立たせようとする妹。

 もう笑いしか出なかった。

「うっ」

 急に力が抜けて倒れそうになる妹。

 しかし柳原君がその肩を支える。


 全裸で。


「動かない方が良い。今日はそんな簡単な責め方をしていない」

 間抜けな格好だが、カッコいい言い方で妹をお姫様抱っこするとベッドに寝かせた。

「ちっ、ちょっと、急に、また、あっ」

 まるで私なんていない様な体で行為を再開する柳原君。

「おい、という訳だからお前あと2時間位どっかに行っとけ。あっ、ちょっと、待って、ほんとに、もう」

 そういえば思い出したわ。

 妹の喘ぎ声って大きくて煩いんだったよなぁ~。

 あと喘ぎ声の他に殺される、とか死ぬ、とか言うんだったよなぁ~。

 実家にいる時、彼氏連れてくるとすぐにわかったもんなぁ~。

 まぁ今回も仲直りしたんだよな。

 良かった良かった。

 末永くお幸せに。

 背中で祝福しながら私は静かに寝室を出た。

 


「皆様お騒がせ致しました」

 ドアの外で事の顛末を見守ってくれていた方々に向かってしっかりと頭を下げる私。

「いや大丈夫なんですか」

「中では何があったんですか」

「やっぱり……DVとか?」

「いや、あの感じだと刃物とか使っていたりしませんでしたか?」

 私の部屋前に集まった奥様方の間で様々な憶測が飛び交う。

 しかし中で何がおこなわれていたかをどうやって説明したら良いのだろう。

 まさかSE〇していました、とは言えんしなぁ~。

「ぎゃー死んじゃうよ~」

 ドアを閉めたのにまだ微かに聞こえてきてしまう妹の大きすぎる声。

「古村さんやっぱり通報しようか」

 心配そうに言う北井さん。

「いや本当に大丈夫ですから」

 慌てながら言う私。

「でもあんな声出しているんだよ。ただ事じゃ無いでしょう。というか中にいる人達は貴方とどういう関係なの?」

 深刻そうな顔の北井さん。

 どうするんだよ~。

 どこまで説明して良いのか。

 それとも悪いのか。

 私のしどろもどろの苦しい説明の時間は妹の声がしなくなるまで続いた。

 


 1時間が経過した。

 今家の中にいるのは私の妹とその彼氏で中できつい柔軟体操をしていた為、苦しそうな声が上がってしまいました、という苦しすぎる言い訳をした私。

 しかしほとんどの人がその説明には納得がいかない顔をしていた。

 中には察してくれた人もいた様だが、北井さんをはじめ殆どの人が納得がいかない表情だった。

 明日2人を連れて必ずご挨拶に伺います、という約束をしてどうにか全員帰ってもらう事に成功する。

 はぁ疲れた。

 崩れる様にその場に座り込む。

 そして首藤さんに電話をしたが出てくれない。

 怒っているのかなぁ。

 心配だけが募る。

 誰もいないマンションの廊下。

 外気に晒され体が芯まで冷えている事に気がついた。

 中ではまだ芯まで熱くなる事をやってやがる事だろう。

 くそっ。

 煙草を吸おうと胸ポケットを探るが、禁煙中だったので入っていないのを思い出す。

 くそっ、くそっ。

 思わずコンクリートの壁を殴る。

 痛い。

 そして寒い。

 くそっ、くそっ、くそっ。

 何気なく自宅のドアを見る。

 これで本当に仲直りしたんだろうなぁ。

 してくれてなかったら怒るよ俺は。

 空を見上げたら私に笑いかける様に明々と満月が出ていた。



 それから3時間以上が経過した。

 ガソリンスタンドの中にある喫茶店で時間をつぶしていた私。

(いくらなんでもそろそろいいだろう)

 時計を見てそう思い、そろそろ帰る事にした。



 家に帰るともう2人共服を着て何事も無かったかの様にコーヒーを飲んでいた。

 大きなため息が出る私。

「おい、俺に何か言う事は無いのか?」

 怒りを含ませた声で聴いてみる。

 しかし妹はほっこりした表情でコーヒーカップを包む様にして持ち、柳原君は脱力したまま視界が定まっていなかった。

 ドン

 テーブルを思い切り叩く私。

「うるっさい」

 面倒そうに言う妹。

「お前らなぁ、何でドア開けたままあんな事やるんだよ。外に丸聞こえだったぞ」

「んな訳ないしー。ちゃんとドア閉めましたー」

「傘立てが倒れていてちゃんと閉まっていなかったんだぞ」

「マジで?」

「おおマジだ。お前の声がうるさ過ぎるのと物騒過ぎるののコラボだったから近所の人達が集まってきちゃって言い訳するのが大変だったんだからな」

「それはご愁傷さまです~。でもそんな倒れやすい傘立てを買ってきたお前の責任ですー。……てか外に丸聞こえだったってマジ?」 

「残念ながらマジだ」

 少し動揺したようなそぶりを見せた妹だったが、

「別に変な事してないですしー」

 すぐに何時もの態度に戻った。

「あれが変な事じゃなかったら何が変な事なんだよ!!」

 イライラしてきて声が大きくなる私。

「はぁ? 私達はトレーニングしていただけですぅ~。なに変な事想像してんの? キモいんですけどぉ~」

 コーヒーカップをもてあそびながら、気だるげに言う妹。

「全裸でトレーニングするのか? しかも人の家のベッドの上で?」

「そういうトレーニングなんですぅ~。第一私達がSE〇していたって言う証拠は? 大体私達の挿入している所をちゃんと見たのかよ」

 親父殿が聞いたら泣き出しそうな事を平気で言う妹。

「それは見ていないけど。でもな、あんな格好であんな動きをしていたら」

「ほーら見ろ。見てねーじゃねーか。トレーニングだ。ハードなトレーニング。お前近所の人にはそう言っておけよ」

 切れそうだった。

「おい、カズ君も何か言ってやれよ」

 無言で脱力している柳原君の肩を揺らす妹。

「良い、良かった……」

 脱力しながら何やら他人事の様に呟いた柳原君。

 もう完全に頭に来た私。

「もうお前帰れ!!」

 無理矢理妹を立たせる。

「ちっ、ちょっと何切れてんだよ」

「うるせー帰れ!!」

「わっ、わかったわよ、このぶ、さ、い、く。おらっ、カズ君行こう」

 この一言でわかったのだが一応確認しなくてはならないので、煩い妹だけ外につまみ出す事にした。

 ドガッ

 妹がドアを蹴ったであろう物凄い音がした。

 しかしいつもより蹴りの威力が弱い様な気はした。

 ずいぶんハードなトレーニングだった様で。

 まぁそれは良いとして、もう1人のトレーニング相手に確認しなくてはならない事が有る。

 私がリビングに戻ると、

「お兄さん、ご迷惑をおかけしました」

 正気に戻ったのか、立って深々と頭を下げる柳原君がいた。

「仲直りはしたのね」

「はい」

 良かった。

 これが確認したかったのだ。

 ホッとする私。

「じゃあもう帰っていいよ。お疲れさん」

 疲れ切っていたので早く帰って欲しかった。

 しかし、

「お兄さん、あの……」

「いいからいいから、帰った帰った」

 何か言いたそうだったが、もう本当に疲れていたのでそのまま寝室に入る私。

 しかしベッドのシーツがぐっしょり濡れていた。

「すみません、こういう事になってしまったので……」

「ずいぶんハードなトレーニングだった様だね」

「はい。なのでちゃんと洗濯と掃除をしてから帰ります」

「……好きにしてくれ」

 もう本当にどうでもよくなった私はソファーに寝転がった。

 そして寝室から持ち出した布団を被る。

 まぁでも良かった。

 仲直りして本当に良かった。

 柳原君がシーツを洗濯機がある所まで持っていく姿を薄目を開けて見ていた私は心底そう思った。



 瞼の隙間から明かりを感じて目を開ける。

 窓の外が白み始めていた。

 夜が明けた。

 そして今日はクリスマスイブだった。

 ゆっくりと体を起こす。

 部屋を見渡すがもう柳原君はいない様だった。

 そして何だかフローリングもカーペットも綺麗になっていた。

 立ち上がり寝室を見に行く。

 あれほど荒れ放題だったベッドとその周りは綺麗に片付いていてシーツもちゃんと新しくなっていた。

 コーヒーでも飲もうとリビングに戻ったら、1枚のメモ用紙があった。

『色々ご心配とご迷惑をおかけしてすみませんでした。よいクリスマスイブを。柳原一馬』

 何だか少し笑ってしまった私。

 そうか。

 今日なんだよな。

 人生で初めて、まともな彼女がいるクリスマスイブ。

 かなり寒いが天気はとても良い。

 ベランダの植木に目を向けるとそれを祝うかの様に1輪、松山ちゃんが持って来てくれた小さなジャノメエリカが咲いていた。


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