第20話 妹彼氏 クリスマスイブ1日前の出来事
今日は12月23日。
明日は待ちに待ったクリスマスイブ。
街中はどこか浮かれた様子を隠し切れないでいた。
そしてそれは私も同じだった。
柳原君の事を心のどこかで受け入れきれなかった私。
しかしもうそんな気も失せて共に問題を解決していこう、という気持ちに切り替わっていた。
今までの彼の行動や、一緒に住み始めてからの行動、周りからの評価を総合して考えてみるとそうせざるを得ない、と諦めの様な、それでいて何だか楽しい気分になっていた。
それが、それこそが彼の魅力であり、妹が好いている柳原君という人なのだろう。
なのでクリスマスイブとクリスマスだけビジネスホテルにでも泊まってもらおう、と考えていた。
どうせ彼もクリスマスに友達の所に行く訳にもいかないだろうて。
そう考えていた。
……そう軽く考えていたんだ。
12月23日朝
「柳原君大変申し訳ないんだけど」
「どうされました?」
まず彼に2日間どこかに行っていてもらわなくてはならない。
「申し訳ないんだけどクリスマスイブに今付き合っている彼女がここに来てね、クリスマス料理を作ってくれるんだ。だから悪いんだけど……」
「よかったじゃないですか。あのこの前の写真の人ですよね。おめでとうございます」
心から喜んでくれている柳原君。
「うんありがとう。それでね」
「わかりました。じゃあ3日位カプセルホテルにでも泊まっておきます」
じゃあ他の家に行きます、とはならなくて良かった。
ホッとする私。
「それじゃ悪いからさぁ、ちゃんとした所に泊まって。ほらこれで」
財布に入っているお札をあるだけ出して、柳原君に握らせる。
しかし、
「お兄さん。それはクリスマスにお使い下さい。僕も日立で働いているから数日過ごすお金は持っていますから」
素敵な笑顔で言う柳原君。
男の私から見ても惚れそうな位、素敵な表情だった。
「そう? でもそれじゃ悪いからこれだけでも取ってくれない?」
1万円を渡す。
「じゃあ食器類やグラスをピカピカにしておきますよ。あと調味料の入れ物も綺麗にしておきますね。そうですか~何だか最近家の中綺麗だな~って思ってはいたんですよ~」
そう言って笑う柳原君。
そっか。
台所やトイレ、リビングに寝室は掃除しておいたけどそこには気づかなかった。
さすがである。
「じゃあ悪いけどそうしてもらえるかな」
「はい。じゃあ綺麗にしたら出て行きますね」
「うん、何だか俺だけクリスマス楽しんでゴメンね」
「いいえ~」
彼のすばらしい提案を有難く思いつつ出勤する事にした。
夕方の松戸駅。
仕事があっという間に終わったので喫茶店で待つ私。
今日は金曜日。
土曜日がクリスマスイブだ。
人生で初めての楽しいクリスマスイブを迎える私にとっては最高の日程である。
腕時計を見た後、今までのクリスマスイブを思い返えす。
ブラック企業の徹夜忘年会(強制参加)、スピード違反で免停、原付がパンクして6号を金町から新松戸まで歩き続ける、初めてのクリスマスデートだと思って浮かれていたのに待ち合わせ場所に相手が来ないのでずっと待ち続けて肺炎になり死にかける、等とても素敵な事ばかりだった。
思い出すたびに少し涙が出てくる。
しかし今年は違う。
「古村さんお待たせしました」
水色のコートに白いフェイクファーのマフラー。
派手に見えるかもしれないそれらを上品に着こなしているクールな美人。
首藤さんが私の向かいの席に座った。
そう。
彼女がいてくれる今年はそれは最高のクリスマスイブになる事だろう。
ニヤニヤが止まらない私。
「ちょっとどうしたのですか?」
クールな表情を崩して笑う首藤さん。
「いえ別に」
取り繕う私に、
「今見ていましたけど1人で楽しそうに笑っていましたよ」
いたずらっ子の様に私をからかう。
「いや、それは楽しいですよ。明日の事を考えたら。何しろ私は生まれて初めて楽しいクリスマスイブを迎えるのですから」
正直に言ってみた。
ワンテンポ空いて、
「そうなんですか?」
驚いた様に言う首藤さん。
「ええ、35歳の今になっても彼女がいるクリスマスイブなんて迎えた事が無かったのですよ」
「本当に?」
「ええ、本当です」
少し黙る首藤さん。
呆れてしまったのだろうか。
嫌われちゃったかな?
「じゃあ、私が初めてのイブを過ごす相手なのですね」
そうでは無かった。
今までに見た事が無い様な笑顔で私を見る首藤さん。
良かった。
初めての楽しいクリスマスイブが彼女と一緒に過ごせる事を、クリスチャンでも無いのに神様に感謝した。
プルルルル
そんな気分をぶち壊すかの様に携帯電話が鳴った
この着信音は2つ持っている携帯電話の内、仕事関係や契約関係にある人からのものだった。
無視だ無視。
しかし留守電になったと思うのだが何回も何回もしつこく鳴り続ける。
仕方がないので首藤さんには申し訳ないけど出る事にした。
「はい、もしもし」
「もしもしー北井ですけどー、あのねー古村さんの部屋で物凄い喧嘩をしている声がするんですけど~」
電話はマンションオーナーの北井さんからだった。
しかし言っている事がよくわからない。
家には今柳原君しかいないはずなのだが……。
…………
……
まさか。
「すみません、ひょっとして男女の声ですか?」
「そうだけど」
来たか。
いつか来るとは思っていたけど。
「とにかくみんな心配しているから静かにお願いしますね」
「……はい」
静かに電話を切る私。
「どなたからですか?」
心配そうな顔な首藤さん。
「いや別に何でもないです」
少し引きつった顔で答える私。
「本当ですか? 何だか顔色が悪い様ですけど」
首藤さんはよく見ているというか、かなり感が鋭い。
恐らく今、家に妹が来ていて彼氏と喧嘩中です、なんて言ったら余計に心配させてしまうので黙っている事にした。
「ええ、少し冷えたかもしれません。今日予約しているステーキを食べれば治ると思いますのでそろそろ行きましょうか」
席を立とうとするが動揺してよろけてしまう。
「ほっ、本当に大丈夫ですか?」
倒れそうになった私を支えてくれる首藤さん。
「はい……大丈夫ですよ」
動揺を隠す様に言う。
しかし内心は物凄く心配だった。
馬鹿みたいに高いステーキ鉄板焼きの店。
明日は首藤さんがクリスマスディナーを作りに来てくれるので、今日はそのお返しに今まで行ってみたかったが高すぎて中々行けなかった超高級店、シェフが目の前でステーキを焼いてくれる鉄板焼き屋にご招待した。
綺麗な内装に素敵な調度品や食器。
雰囲気も良く、お肉もホタテも全て美味しい。
だがどうも心に気になっている事があって、味わいきれないでいた。
とんでもない事になっていなければいいけどなぁ。
そんな心配ばかりしてしまっていた。
そして食事が終りかけた頃、
プルルルル
また電話が鳴った。
これも仕事関係や契約関係からの鳴り方だった。
もう無視で良いか、と思ったのだが何だか気になってしまう。
ちょっと失礼、と席を立ち店の外に出て電話に出る。
「もしもし」
「あ~古村さん。あなたの部屋からねぇ、女の人の悲鳴が聞こえるんだけど大丈夫なの?」
電話してきたのはやっぱり北井さんだった。
しかし悲鳴とは何だろう。
「男の人の悲鳴じゃないですか?」
そっちだったら十分にありえる事だ。
しかし、
「いや女の人の悲鳴なんだけど。さっきからずっとね」
北井さんははっきり言いきった。
いや、絶対にそんなはずは無いのだけど。
しかもずっとって。
「うわ~今凄い音がしたよ~。あっ、また女の人の悲鳴が。死ぬーって凄い大きな声だよ……」
まさか。
日頃のうっぷんが炸裂したのだろうか。
「古村さん今部屋にいないの? もうマンションの中の人達集まってきちゃったから俺通報するよ?」
これは大事になってしまった。
柳原君も自衛隊にいた位だから本気で喧嘩にでもなったら妹でも敵わないだろう。
早く帰らないと。
「すみません、私すぐ帰りますのでまだ通報しないで下さい」
「そう? でも遅かったら俺が通報しちゃうからね」
「本当にすぐ帰ります。なのでそれまでは待っていて下さい」
そう言って電話を切ると、いつもお願いしている個人タクシーに電話をする。
「はい加味風タクシーです」
ワンコールで出た。
個人タクシーとしては恐ろしい名前だが、安全運転でしかも道を熟知しているので変に飛ばすタクシーより全然早い。
「すみません、今ステーキの鉄板焼き可士和屋にいるんですけど新松戸の私の家までどの位で着きます?」
オロオロしながら聞く私。
しかし加味風さんはいたって冷静に答えてくれた。
「ん~今から3分でそこまで行けるから20分で」
相変わらず速い。
「じゃあ外で待っていますので、すぐお願いします」
お願いして店内に戻る。
そして心配そうな顔をしている首藤さんに深々と頭を下げ、
「緊急事態が発生してしまいました。すみませんがこの中からここの支払いお願いします。この中の現金はどう使って頂いても結構です。ここから帰りのタクシー代も出して下さい。では失礼します」
コードバン製の長財布を首藤さんの目の前に置き、私はダッシュで外に出た。
北井さんに私の到着時間を報告してそれまでは絶対に通報しないでくれ、と念入りにお願いをした後、電話を切ったと同時位に加味風さんのタクシーが目の前に止まった。
タクシーに飛び乗る私。
「しっかりシートベルトしておいて下さいよ」
加味風さんはそう言うと私が返事をする間も無く車を急発進させた。
ビックリするくらい安全運転なのだが裏道裏道を縫うようにして行ってくれて、それでいてスムーズに車を動かす加味風さん。
本当に風の様に車を操る。
急いでいる時本当に有難い人だ。
ものの15分もしないうちに自宅マンションに着いてしまった。
「いつもありがとうございます。おつりいりません」
そう言って首藤さんに渡す前に抜き取っておいた1万円札を置いて車の外に飛び出した私。
自宅前を見る。
何と私の部屋の前から少し距離をとって凄い人だかりができていた。
こりゃやばい。
私は走り出した。
「ごめんなさい今帰りました」
人だかりに向かって頭を下げる私。
「ああ、古村さん。だんだん声しなくなってきたんだけど大丈夫なのかなぁ」
北井さんが心配そうに言う。
集まって来てくれていた奥様方や松山ちゃんも心配そうに私を見る。
「どうもご迷惑をおかけして申し訳ございません」
「ところで中には誰がいるの?」
「はいあの」
「ぎゃー、殺されるー!!」
説明しようとしたその時、妹の悲鳴が聞こえた。
奥様方や松山ちゃんがビクッとする。
「ちょっと本当に大丈夫なの? さっきからこんな感じなんだけど。事件にならないだろうねぇ」
心配そうに北井さんが言う。
「大丈夫……だと思います。失礼します」
これは一大事になってしまった。
どんなDQNでも大体対応可能な妹の事だから柳原君位大丈夫だろう、とずっと思っていた。
しかしこんな事になってしまうとは。
私は人ごみをかき分けて自宅ドアの前に移動する。
傘立てが倒れていてドアが閉まり切らないでいた。
それで中の声がこんなにはっきり聞こえていたのか。
傘立てに感謝をしながら家の中に入る。
「もっ、もうやめて……。死んじゃう。本当に死んじゃうから……」
初めて聞く妹の声。
こんな事を言うとは思わなかった。
そして柳原君がこんな奴だったとは……。
驚きながらもとにかく妹を救助しなければ、と思い声がする寝室を思い切り開ける私。
「おい、何やってんだ!!」
大声を出して中に入ると。
そこで。
2人は。
何と……
ああ
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