第12話 妹彼氏 大変な事になる
お盆休み
『明日はどこへ行くのですか?』
職場から家に帰る途中に寄ったスーパーの駐車場、車中で携帯電話を確認していると首藤さんからこの様な文章のラインが来た。
『とても楽しい所に行きます。みんな楽しんでくれる所です』
すぐに返す私。
『楽しみにしています。21時に新松戸で良いですか?』
『はい、ホームのソバ屋前でお待ちしています』
『わかりました』
その後、首藤さんとは何回か呑みに行ったり遊びに行ったりして仲良くなっていた。
そしてお盆休みも遊びに行く事になった。
ここで。
ここで決めるぞ。
首藤さんに愛の告白をするんだ。
私は物凄く燃えていた。
デート当日。
待ち合わせ時間より30分近くも早く到着した私。
久しぶりに袖を通したシルクのアロハシャツ。
竜と虎が戯れている大変お洒落な一品で心なしか周りの人から距離を取られている様な気がする。
でも、
「古村さんおはようございます」
首藤さんはこの様な格好が好きな様で別に嫌がられたりしないどころか、
「わぁ、今日のシャツも素敵ですね」
むしろ褒めてくれる。
「どっ、どうも」
私の趣味を理解してくれる大変ありがたい女性だ。
もう本当に結婚したい。
しかしまだ彼女にもなってもらっていない。
なので今日こそ決めるつもりだった。
「これからどこへ行くのですか?」
私の好きな青いシャツ、黒デニムに高そうなキャメルの靴を合わせたとてもお洒落な首藤さんが楽し気に訪ねてきた。
「はい、今日は世界ネギ博覧会に行きます」
自信満々に答えた私。
はぁ、という顔をした首藤さん。
「じゃあ行きましょうか」
「えっ、あっ、はい」
武蔵野線の乗り場に向かって意気揚々と歩きだす私。
はてな? と言う様な顔でついてくる首藤さん。
千葉県で一番楽しいアミューズメント施設、世界ネギ博覧会をどうぞ楽しんでくださいな。
夏の暑い勢いと共に私の心も勢いが増していた。
電車で数十分。
次第に潮の香りが近づく。
それにつれて彼女の顔も明るくなってきた。
そして到着する。
「舞浜~舞浜~」
この時にはもう首藤さんの顔は満面の笑みだった。
「さぁ着きましたよ。それでは世界ネギ博覧会に行きましょうか。私チケットを持っていますのでどうぞ」
1枚首藤さんに渡す。
「ありがとうございます。もう~本当に今日一日ネギを見るのかなぁ、と思っちゃいましたよ」
笑いながら言う首藤さんの顔はいつものクールビューティーでは無く、とても可愛らしい笑顔だった。
本当にここはみんな笑顔になるなぁ。
舞浜なのに東京を名乗っている図々しい施設。
日本が誇る世界的アミューズメントパーク。
東京ネズミーランド。
そして私が買ったのはネズミーランドシーのチケットだった。
「おっと間違えてネズミーランドのチケットを買ってしまいました。申し訳ないのですが今日はネズミーランドでも宜しいでしょうか?」
恭しく聞く私。
「えー本当はネギ博覧会に行きたかったなー」
無茶な事を笑いながら言う首藤さん。
よし掴みはオッケーだ。
「誠に申し訳ございませんが今日はネズミーランドに行きましょう」
「では次ネギ博に連れて行って下さいね」
楽しい夏休み。
素敵な時間の幕開けだった。
首藤さんがネズミーランドを好きかどうかはちょっと不安ではあったが、意外にも好きな様で初めて会った時の様子からは考えられない程のはしゃぎ方をしていた。
「久々にこんなに笑いました。古村さんって面白い人なのですね」
こんな風に言われたのはキャバクラ以外で言われたのは本当に久しぶりで、私もとても嬉しかった。
そして様々なアトラクション、素敵なショーを楽しんでいたらもう夜になってしまった。
「そろそろ食事にしましょうか」
さて勝負の時が来たぞ。
「はい、どこに行きますか?」
「マクドがあったのでそこに行きましょうか」
「フフッ、マクド、ですか。好きですね古村さん。どんな素敵なマクドなのか楽しみ」
あらっ、ばれているかな。
感が良さそうな首藤さん。
私はマクドも好きですが、大事な時には大事な所を使う男ですよ。
食事は船上レストラン『イントレピド号』を予約していた。
「いらっしゃいませ」
ドアにはドアマンがいて私達を確認すると開けてくれた。
「予約の古村です」
受付にいたスタッフに告げると席まで案内してくれた。
スタッフが席を引いて首藤さんに着席を促す。
少し照れた様な顔をしたが笑いながら座ってくれた。
私も着席するとワインをどうするか聞かれたので取り合えず食前酒で首藤さんの好きなシャンパンを頼んだ。
「ちょっと、そんなに高いシャンパン頼むんですか?」
驚いた顔をする首藤さん。
「いや今日はとても楽しいのでお金使いたいのですよ。普段は100均のパスタですけどたまには私も美味しい物が食べたいのです。どうか値段なんて気にしないで。引き続き楽しみましょう」
私の言葉にクスッと笑う首藤さん。
とても大きくて綺麗な双眼が私の目を捕えた様に見る。
「古村さん」
言葉を発する唇に見とれる私。
「何でしょうか」
慌てて返事を返す。
「父が言っていた事がわかりました」
「ほう、どんな事でしょうか」
「私、男を見る目が無いしこんな性格で可愛くないし全然モテないんです。付き合ってもすぐ別れてしまうし」
まぁ美人ではあるがちょっと近づきにくい雰囲気はあるよなぁ。
「でも父が言っていました。お前は付き合うなら経営者が良い。至らない所とか少し冷たい所とかもわかってくれて全て包んでくれる。経営者はそういう奴が多い、と」
そうか、決して金持ち狙い、という訳では無かったのだな。
「それにうち、父親が怖すぎて家に連れて行くと彼氏に引かれちゃうんです。だから少し父にも対抗できそうな輩チックな人誰かいないかなーと思っていたんですよぅ」
そしてまた私を見つめる首藤さん。
「お待たせしました」
ここでシャンパンが来てしまった。
いやむしろチャンス。
首藤さんのグラスに注がれるシャンパンを見ながら私は呼吸を整える。
そして私の方も注ぎ終わったのでグラスを持ち、
「楽しい夜に」
と言ってグラスを合わせる。
その音が合図となり私の心を決めさせた。
「首藤さん」
「はい?」
「好きです」
「えっ」
「貴方の事が好きです」
「ええっ」
「付き合って下さい」
目を見据えて言った私。
心臓がバクバクいっている。
平衡感覚がおかしくなっていた。
汗が物凄い。
暫く沈黙。
それを破る様に首藤さんの透き通った声が私の耳に届いた。
「はい、私で良かったら」
店内に静かな音楽が流れ出した。
良かった。
本当に良かった。
嬉しすぎて少し涙ぐむ私。
もう何年ぶりになるかわからない彼女が出来た瞬間だった。
それからはもう楽しすぎてワインも2本開けてしまった。
素敵な夜。
楽しい夜。
そして、
「何か酔っちゃったなー」
お楽しみの夜。
なのだがここで全てをひっくり返す事をしてはいけない。
彼女は特別だ。
払うと言って聞かない彼女に財布を引っ込めてもらい会計を済ます私。
夜風に吹かれながら舞浜駅に向かう。
私にぴったりとくっ付き離れない首藤さん。
胸が当たりまくって気持ちが良い。
もう彼女なのだから揉めばいいだけの事なのだが、それをやってしまうとまた失敗するので必死に我慢をしながら改札に入った。
電車を待つ私達に心地よい風が吹く。
「ちょっと真っ直ぐ歩けるかなぁ」
そう言ってうるんだ眼で私を見る首藤さん。
物凄く魅力的だが我慢だ。
マジで我慢だぞ。
新松戸に到着した。
降りる私達。
首藤さんは千駄木に住んでいる様なのでここから乗り換えなくてはならない。
しかし一緒に改札を出た。
新松戸駅周辺にはちょっと行くと素晴らしいホテルがたくさんある。
しかし流石に今日は素晴らしいホテルに行くのは我慢しようと思った私。
断腸の思いでタクシーを停めた。
そして歩行困難になっている首藤さんに乗る様に促す。
「本日はありがとうございました。どうも長い事歩くのが無理そうなのでこれでお帰り下さい」
タクシーの運転手さんに2万円を渡す。
その様子を見て少しため息の様な物が聞こえた様な気がしたが、
「ありがとうございます。今日も本当に楽しかったです」
首藤さんはそう言って私の口にその素敵な唇を重ねた。
「じゃあ着いたらラインします」
タクシーが発進した。
突然の事で呆然としている私の方を、遠ざかるタクシーの中から首藤さんが
笑顔で手を振り続けてくれていた。
夏に彼女が出来た私。
夏祭りに花火大会。
首藤さんの様な浴衣が似合う美人と一緒に行く事が出来るとは。
人生というものはわからない物である。
そして秋になってもまだ別れる兆候は無かった。
本当に運命の人なのでは? と思う。
35歳。
結婚するとしたらこの人だ。
本当にそう思えた。
思えば私の人生は本当にモテなかった。
中学、高校では彼女なんていた事無かったし、東京に出てきてからもとにかくモテなかった。
高校をとある事情で早期卒業(ラグビー部と喧嘩をして相手を階段から突き落とす)をしてからという物、我慢に我慢を重ねて努力をし小金を持つ様になった私。
自分の中の素直な気持ちに従っているのです。
こう言っていた柳原君。
自分の思った通りに人生やって上手くいく程、世の中そんなに甘くないよ。
そう言ってやりたい気分だった。
しかし最近全然連絡ないなぁ。
冬
楽しい夏は足早に去っていき充実の秋を過ごした後、冬がやってきた。
クリスマスムードの新宿の街。
「今日の映画本当に素敵だった~」
感動した様子の首藤さん。
「そうですねぇ。ユーリヤと最後結ばれて良かったですね」
驚くべき事に私達はまだ続いていた。
絶対短期間で振られると思っていたのだが。
「もうすぐクリスマスですね」
首藤さんがイルミネーションを見ながら言う。
「ああ、もうそんな時期ですね」
私も同じ方向を見る。
クリスマス。
正直この歳まで楽しいクリスマス、というのを経験した事が無い。
いつもこの時期になると喧嘩をしたり、実は2股だったり、ネットワークビジネスだったりでまともなクリスマスなんて送った事が無かった。
今年は。
今年こそは。
楽しいクリスマスになるのではないか。
そんな予感がした。
「会社はいつからお休みですか?」
クリスマスに一緒に過ごしたかったので何とか予定を聞こうとする。
「うちは官庁と一緒ですよ。でも」
「はい?」
私の耳元に口を近づける首藤さん。
「クリスマスイブの夜は早く帰れるんですけど」
とても魅力的な声で言ってくれた。
「じゃあ」
「はい」
「いっ、一緒にいてくれますか」
「はい。そのつもりでしたけど」
良かった。
本当に良かった。
こんな嬉しい事がおこるなんて。
「じゃあ、じゃあ恵比寿に行きましょう。日本で一番美味しいレストランを予約しておきます」
ここは物凄く高いが何回か行くとすぐに顔と趣向を覚えてくれて、とても頼りになるレストランだ。
ここで過ごしたら何て素敵だろうか。
そんな事を考えていたら、
「私料理得意なんですよ」
含み笑いで私を見る首藤さん。
「ええ、この前作って来てくれたお弁当本当に美味しかったですからねぇ」
「フフッ、ありがとうございます。で、ですね。ご迷惑でなければ」
「はい」
「クリスマスイブの日、古村さんのお家でクリスマス料理を作らせてもらいたいのですが」
何と素晴らしいご提案なのだろうか。
1人暮らしが長い私にとっては何より嬉しい提案だった。
「ぜひ、ぜひお願いします」
子供の様に喜んでしまった私の顔を、楽しそうに見る首藤さんの笑顔が素敵で見とれてしまう私。
冬の夜。
新宿の街を探照灯の様な光が伸びる。
その光の中で私達の顔が重なり口を合わせる。
いつまでもこんな素敵な日々が続けと願いつつ。
この日はとても浮かれていたと思う。
スキップをしながらマンションの玄関まで向かいオートロックを開ける。
そこで携帯電話が鳴った。
誰だ?
着信を見ると柳原君だった。
暫く見ていなかったし連絡も来なかったから存在もすっかり忘れていた。
何の様だろうか。
少しだけ、ほんの少しだけ嫌な予感がしながらも電話に出る私。
「お久しぶりですお兄さん」
本当に久しぶりに聞いたその声はどこか悲し気だった。
「何? どうしたの?」
心配になる私。
「じつは……」
「? どうしたー?」
「はい……コミケに行ったのがばれてしまいまして……」
ああ、バレたのね。
しかしだいぶ前の事だったと思うのだが。
「それとガンダ〇の限定フィギュアを買ったのがばれてしまって……」
「? 美咲は別にガンダ〇は嫌いじゃなかったと思うけど。別に自分の小遣いで買う分には良いんでない」
「じつは私また無職でして……」
「きっ、君また無職なの?」
「……はい。無職のくせに高い物買ってと怒られてしまい……」
これは流石に美咲も怒るだろう。
呆れる私。
「それで家を追い出されてしまって」
あらっ、結構深刻な事になっていた様だ。
「それ以降友達の家を転々としていたのですが……」
何かあったのだろうか。
まぁとりあえず事情を聴いてみないと何にも言えない。
「とにかく電話じゃ事情が分からないから会って話をしようよ。松戸まで来られる?」
「はい、車はまだ持っていますので」
「じゃあいつもの喫茶店で」
「はい」
これは大変な事になったぞ!!
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