第13話 妹彼氏 大変な事になっている 

 真夜中のガソリンスタンド。

 その中にある深夜3時まで営業している喫茶店で柳原君を待つ私。

 まったくえらい事になってしまった。

 妹とはどれ位拗れてしまっているのだろうか。

 不安になりながらコーヒーを飲む。

 どの程度時間が経っただろうか。

 かなり長時間待った様にも思えるし、それ程待っていない様にも思えたが黒塗りの大きなセダンがスタンドに入ってきたのを見ると、疲れがどっと出てきてしまった。

 降りてきたのは相変わらず美男子な柳原君。

 少し痩せた様にも見える。

 相当な心労があったのだろう、と推測できる。

 しかし今回は美咲よりも柳原君の過失が大きい。

 話によってはちょっと説教しないとなぁ。

 店内に入ってきて私を見つけた柳原君。

 深々と頭を下げると近づいてきた。

「お兄さんすみません」

 久々だというのに彼の第一声。

 大きなため息が出てしまう私。

 しかし美咲もあれだけ柳原君の事が好きだったのにそう簡単に追い出す訳がない。

 きっと他にも原因が有る筈だ。

「まぁ大変だったようだねぇ」

「……はい」

「しかし美咲が〇ンダムのフィギュア購入位でこんなに怒るかねぇ」

 カマをかけてみる。

「実は……コミケに行ったのがバレたのは隠していた同人誌が発見されたからでして……」

 あ~まさか。

「お前はこんな物を読んでいるのかー、と大激怒されまして……更にその時に内緒で購入していたガンダムのフィギュアもばれてしまって……」

 最悪だ。

 予想以上に最悪だ。

「私がいるのにこんなの読むの? エロだけならまだしもBL物まであるじゃない、とバーベルを持って暴れ出してしまい……」

 そこまで言って肩を落とす柳原君。

 それを聞いて更に肩を落とす私。

「でもこないだ君が売っていた作品はちょっと俺でもビックリしたから、美咲はもっとビックリしたんじゃないかな」

 一応美咲のフォローもしておく。

 しかし、

「お兄さん、『ボールはホモ立ち』は確かにBL物ではありますが、美男子サッカー少年の感動的な青春グラフィティ作品で美咲ちゃんにあんなに悪く言われていい作品じゃありません!!」

 強く反論してくる柳原君。

 そういう所だぞ。

 まったく。

 まぁ大体わかった。

 今回はどうも完全に柳原君が悪い様だ。

「それで今日は話があるんだよね」

「……はい」

「どんなお話かな?」

 大体想像がつく。

 どうせ金貸せだろ。

 20万か30万位だったらもう返さなくてもいいから握らせようと思った。

「実は……北九州の友達に相談したら暫く住んでも良い、と言ってくれたので美咲ちゃんの怒りが収まるまでそちらに泊まらせてもらおうと思います……お兄さんには色々お世話になったので今日はご挨拶に」

 いかーん。

 それはいかーん。

 それ絶対戻って来ない気だよね。

 まずい。

 これはまずいぞ。

 柳原君みたいな良い人逃したら妹はまた輩とばっかり付き合うぞ。 

 私は別にそれでも良いが、妹を溺愛する親父殿とまた戦いになるのは困る。

 それに彼を逃すと妹は生涯独身の様な気がしてならない。

 うーむ。

「では本当にお世話になりました。失礼します」

 いや。

 失礼しないでくれ。

「す、住む所無いんだったら俺の家に来れば? 一人暮らしだけど3DKで部屋余っているから」

 九州に行かせない様、必死に説得を試みる私。

「お気持ちはありがたいのですが」

「? どうしたの?」

「はい。何軒か友達宅に泊めて貰っていたのですが、行く先々になぜか美咲ちゃんが現れてしまい住んでいる人に多大な迷惑をかけてしまったので……お兄さんにまで迷惑をかける訳にはいきません」

 やっぱりか。

 またあいつやったのか。

 本当に深いため息が出てしまう。

「ねぇ柳原君」

「……はい」

「友達の家に泊めてもらう時、車はどうしているの?」

「はぁ、友達のアパートに隣接している駐車場に停めさせてもらっていました」

「全員の所で」

「はい」

「よしわかった。ついて来て」

 そう言うと私は外に出た。

 不思議そうな顔をして柳原君も私の後に続く。



 外の駐車場に停まっている柳原君の高級車。

 しゃがんでその車体のバンパー付近を探る私。

 やっぱりあったか。

 ベリッ

「柳原君、これ気づいていた?」

 はがした物を見せる私。

「何ですかこれ?」

「GPS。聞いた事無いかな」

 そう。

 妹は休日白ギャルみたいな恰好で過ごすが、意外にも普士通(総合エレクトロニクスメーカー)に勤めているのでこういうのに詳しい。

「えっ、まさか」

「そうだよ。これで君の居場所を見つけていたのさ」

 過去何回か私がやられたことがあるのであいつのやり口はわかっていた。

 唖然とする柳原君。

 あっ、

 やばい、

 引いちゃったかな。

「という訳でさ、これで美咲も来ないと思うから。北九州は遠すぎるでしょ~」

 やんわり言ってみる私。

 それでも渋る様子の柳原君。

「そっ、それにさぁ、俺も少し君の持っている漫画に興味があるんだよね」

 別に興味が無いどころか捨ててほしいという願望は妹と同じなのだが、引き留めるために必死でつい口から出てしまった。

 するとどうだろう。

 途端に目を輝かせる柳原君。

「そうですか!! お兄さん興味があるのですね。漫画もゲームも車の中にたくさん入れてきましたから。ぜひ今から名作を紹介させて頂きます」

 何やらスイッチが入ってしまった様だ。

 あれ、何か余計な事を言ってしまったかな?

 自分の言動ながら少々後悔しつつ、柳原君と共に喫茶店を出た。



 マンションに戻って来た私。

 勿論柳原君も一緒だ。

 物凄く笑顔の柳原君。

 ため息が出る寸前の私。

 そんな私の気持ちも知らず車のトランクから数冊の本を取り出していた彼。

「良いですかお兄さん。まずはこれとこれは絶対に読んで下さい」

 まず渡された同人誌はやたらと爽やかなクロスを付けた少年が表紙の『ペニサス流星拳』というショタコン物と、どこかの局でやっていたアニメに出てきたプロ野球選手が表紙の『本田ゴメン、俺実はずっと奥さんの事が……』という寝取られ物だった。

 両方とも何かの有名作品2次創作じゃないの? 

 もうこの時点で既に読む気が全く失せてしまっている私だったが、ニコニコ私を見つめる柳原君に悪いと思い、まずは『ペニサス流星拳』から読む事にした。



 ……意外な事に結構感動的な内容になっていた。

 18禁シーン以外は。

 いかがわしい部分を全て読み飛ばしても感動的な内容だった。

「どうでしたかお兄さん」

 読み終わってすぐ私に話しかけてきた柳原君。

「いや、正直感動したかな」

 驚きと共に答える私。

「でしょー。18禁シーンは読み飛ばしても全然ストーリーしっかりしていますからね」

 満足そうな柳原君。

 やっぱり君もそこは読み飛ばしていたのね。

「では次のも読んで見て下さい。少し長い作品なのでゆっくりどうぞ。その間俺夕飯作りましょうか?」

 ありがたい申し出があったのでお願いする事にしてまた私は読み始める。



 ……正直言うと泣いた。

 本当に良い作品だった。

 18禁シーン以外は。

 茂野の男気と本田妻への愛情で本当に泣いてしまった。

「お兄さん~ご飯できましたけどどうでしたか~」

 柳原君が様子を見に来た。

「いや本当に泣けたよ。これは美咲も読むべきだわ」

 18禁シーン以外は。

「そうでしょー美咲ちゃんは読まず嫌いなんだと思うのですよねー。じゃあご飯にしましょうか」

 ニコニコと得意げに言う柳原君。

 あれ、私結構洗脳されていないかなぁ? と少し気にはなったが気にしない事にして食卓に向かう事にした。



 テーブルには黄色いソーセージとベーコンスクランブルエッグ、味噌汁にサラダが並んでいた。

 一時期居酒屋で修行をやっていただけあって彩も良く美味しそうだ。

「相変らず美味しそうだね。でもこんな黄色いソーセージなんてうちにあったかなぁ」

「お兄さん、それ辛子です。美味しいですよ」

 一口食べてみたがなるほど美味しかった。

「少し辛いけどこれは旨いよ」

「良かったです。それじゃあ頂きましょうか」

「あっお酒何が良い?」

「すみません。じゃあビール頂けますか?」

「オッケー」

 楽しい夜の宴が始まった。



「しかしああいう同人漫画、ていうんだっけ? 初めて読んだけどみんなあんなにストーリーがあって感動的な物ばかりなの?」

「いえ、あの2作品は特殊です。大体はエロに突き抜けた作品ばかりです」

「……なるほど。しかしいつ位からああいう漫画に興味を持ち始めたの?」

「同人誌はたまたまコミケの手伝いで呼ばれてから読む様になりました。それ以前から美咲ちゃんの嫌いな漫画もゲームも大好きです」

 意外だった。

 本当に意外だった。

 リア充を絵に描いたようなイケメンの柳原君がこういった趣味がある事が、私には本当に理解出来なかった。

「僕の家小中学生の頃、漫画とかゲームを禁止されていてスポーツや習い事ばかりさせられていました」

 柳原君が嫌な事を思い出したかのように語り出す。

 まぁあの両親ならさもありなん、な事である。

「だけどたまたま高校の頃、部活帰りに友達の家に寄った時に読ませてもらったガンダ〇が本当に面白くて。それからですかね、バイトしたお金で親に隠れて漫画やアニメを見る様になったのは」

 そこまで話してビールを一飲みした柳原君。

「僕は本当に高校で変わりましたね。結構進学校に通わせてもらっていたのですが、友達の家で戦争漫画を読ませてもらったらどうしても自衛隊に入りたくなってそれで試験を受けたんです」

 結構思いきった事をするんだなぁ。

「親は反対しましたけどね。でも僕の人生ですし、その頃には自分の中の素直な気持ちに従う、というのが僕のポリシーになっていたので迷いませんでした」

 なるほどなぁ。

 私もビールに口をつける。

「人生は我慢したもの負けですよ。だから思い切り楽しまないと」

 やけに饒舌な柳原君。

 少し酔いが回っている様にも見える。

「だから僕は何も諦めたくないんですよ。同人誌もフィギュアも漫画もアニメもそして」

 そこで言葉が止まったがまた口を開く。

「美咲ちゃんも」

 おお。

 別れる気は無いのか。

 かなりホッとした私。

 しかしなぁ。

 人間生きている限りそうそう自分の思い通りにはいかないし、いくら自分の中の素直な気持ちに従っているからといって周りに合わせなかったり働かなかったりしていたら妹だって愛想をつかすだろう。

 彼が家に泊まっている間にそういう話も1回位しようかな。

 とりあえず今日はそういう話は止めよう。

「よし、じゃあ美咲との仲直りを願い、今日は呑もうか」

「はいお兄さん」

 私はとっておきの久米仙ブラック(古酒泡盛)を開ける事にした。


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