第14話 妹彼氏 相変わらずモテる

 気が付くとデパートにいた。

 あれ? 

 どうやら私の地元、だるまや西武8階の様だ。

「やあ君が俊君か、何だかヤンチャそうな男の子だなぁ。わっはっはっは」

 親父殿だ。

 ずいぶん若い。

 髪の毛もまだ物凄く黒い。

「さぁ俊、ご挨拶して。こちら古村信三さん」

 母親もいる。

 こちらも若い。

 田舎者のくせに無理して新宿伊勢丹で買った一張羅のお洒落着を着ている。

 どうも、と小さい声で挨拶をする私。

「何だ元気が無いぞぅ~わっはははは」

 豪快に笑う親父殿。

 つられて笑う母親。

 状況がまるでわからない私。

「ねぇ、この集まりは何の集まりなの?」

 母親に聞いてみた。

「何を言っているの、俊。今日はお母さんの再婚相手に会ってくれるってあなた言ってくれたじゃない。大丈夫?」

 そうか。

 今日は母親の再婚相手に会う日だったか。

 再婚。

 再婚!!

「じゃあまた苗字変わるの?」

 本当に嫌だった私。

 すがる様に母親に聞く。

「何よ今更。それも良いって言っていたじゃない」

 困惑した様な顔をする母親。

 苗字が変わり、持ち物の名前を書き換える。

 その作業が本当に嫌だった。

 自分が自分で無くなる様な気がしたからだ。

「嫌だよ!! 古村なんて嫌だよ!! 若槻のままが良いよぅ~」

 突然悲しくなり人目もはばからず大泣きする私。

 親父殿も母親も本気で困った顔をしている。

 こんな事を言ってはいけない、というのはわかっていた。

 でもどうしても悲しくなってしまい泣き続ける私。


 ガツン


 急にかなり強い力で頭を殴られた。

 痛い。

 誰だ?

 頭を押さえながら顔を上げる私。

「いつまでも泣いてんじゃないわよ。中学生のくせに。苗字が変わるのなんてどうってことないわよ。それよりも親の事を考えてあげなさい」

 そこには小さい小学生位の女の子が私を睨んで立っていた。

「こら美咲!!」

「ごめんなさい、まさかこんなに嫌だったとは思わなくて。今日は俊を連れて帰ります。すみません」

 慌てる親父殿と母親。

「甘やかさなくても良いわよ、こいつ男なんだから。ほら行くよ」

 そう言って私の手を強く引っ張る女の子。

 古村美咲。

 この日から私の妹になった子。

 この時、小さい体だったけど大きなデパートの中で一番大きく見えた。



 昔の夢を見ていた様だ。

 気が付くと私はリビングのソファーで寝ていた。

「うっ」

 頭が割れる様に痛かった。

 あたりを見回す。

 窓の外はもう明るかった。

 時計を見る。

 もう8時を過ぎていた。

 体を起こす。

 テーブルを見るともう綺麗に片付いていた。

 そして台所の方から良い香りが漂ってきた。

 水が飲みたくなったのでそちらに向かう私。

 そして台所で料理をしている彼に声をかける。

「おはよう」

「あっお兄さんおはようございます」

 あれだけ呑んだにも関わらず、相変わらず爽やかな柳原君。

「体調大丈夫?」

「はい、ホスト時代に鍛えていますからどれだけ呑んでも大丈夫な体になっています」

 まるで健康な感じで菜箸を動かし続ける。

 頭が痛く、まだお酒が抜けていない感じだったので水を飲もうとする私。

「あっ、ちょっと待って下さい」

 菜箸を置いて湯飲みにお湯を入れた後、水で割ってくれて私に渡してくれた。

「こっちの方が二日酔いには良いですよ」

 そう言ってまた菜箸を動かす柳原君。

 本当に気が利く男である。

「お兄さん燃えるゴミの日は何曜日ですか?」

「ん? 火曜日と土曜日だけど」

「だいぶ燃えるゴミがたまっていましたから出してきますね」

 おお、それは有難い。

「お願いします」

「はいでは行ってきます。朝ごはん出来ていますので先に食べていて下さい」

 柳原君はエプロンを外してゴミ袋を掴むと部屋を出て行った。

 テーブルには焼いたパンと目玉焼きにコーヒー。

 目玉焼きの下には野菜炒めが敷かれていた。

 彼みたいな人が1人いると便利だろうなぁ。

 そう思いながら朝食を頂く事にした。

 


 朝食を食べ、出勤の支度が終わったのにまだ柳原君はまだゴミ捨てから戻ってこなかった。

(どうしたのだろうか?)

 心配になったのでそのまま出勤出来る様にして外に出る私。

 マンションの駐車場の横にゴミ置き場がある。

 そこに何やら人だかりが出来ていた。

「えー独身じゃないんですかぁ」

「ご結婚なさっているんですねぇ」

 奥様方の楽しそうな声が聞こえる。

 その中心には近所の奥様方に十重二十重に囲まれた柳原君がいた。

「あっ、お兄さん」 

 私を見つけるなり声をかけてきた柳原君。

 奥様方に挨拶をしながら近づく私。

「もう俺は仕事に行くから鍵を渡しておくよ。家にある物は好きに使ってくれて良いからね。じゃあ行ってきます」

「ありがとうございます。いってらっしゃい」

 柳原君と大量の奥様方のお見送りを受けながらその場を後にしようとする。

 しかし柳原君の周りに纏わりつく奥様方は、増える事はあっても一向に減る様子が無い。

 みんな笑顔で、しかも女の顔をして会話をしている。

 俺にはそんな顔をした事なんて1回も無いくせに。

 くそっ。

 少し不機嫌になりながら去ろうと思ったのだが、

「私は古村さんの方が好きだな~」

 よく家に漫画を借りに来る近所の女子小学生が察する様に言ってくれたので、その子の頭を一撫でして会社に出かける事にした。

 君の結婚式に呼ばれたらご祝儀は立つ位上げようね。



 仕事が終わる少し前、事務所の電話が鳴った。

 出たら柳原君だった。

「お兄さん今日何が食べたいですか?」

 おお、夕食も作ってくれるのか。

 これは有り難い。

 しかしあんまり作らせても悪い。

「良かったら今日は外で食べない?」

 提案をする私。

「良いんですか? ありがとうございます」

 乗って来た柳原君。

「じゃあすぐ帰るからね」

「はい了解しました」

 電話を切る私。

 今後の事も話し合わなくてはならないだろうから外食の方が良いだろう。

 外に出ると早くも日が暮れようとしていた。



 マンションの駐車場に車を入れる。

 ん? 見慣れない光景が広がっている。

 同じマンションに住んでいる女子高生達が駐車場の隅、タバコを吸う為にあるベンチの所で柳原君に髪の毛を結ってもらっていた。

「はい、出来たよ」

「ありがとうございますぅ~」

 綺麗に三つ編みにしてもらった女子高生は凄く喜んでいた。

「次私も良いですかぁ?」

「別にいいよ。おいで」

 ナチュラルに女子高生の手を引き、ベンチに座らせる。

 キャー、と女子高生の楽しげな声が駐車場にいる私の耳をかき乱す。

 何をしとるんじゃあの男は。

 相変わらずというか何というか……。

 これじゃあ妹もたまらんだろうなぁ。

 何て思いながらその様子を見守る私。

「あっ、お兄さんすみません。この子の髪終わるまで少々お待ち頂けますか」

 私を確認して慌てて言う柳原君。

「まぁどうぞごゆっくり」

 別に急ぐ訳では無いからその様子を見て待つ事にした。

 長く綺麗な指先で女子高生の長い髪を纏める。

 その様子を上気した顔と潤んだ目で見守る女子高生達。

 そして少し頬を赤らめて髪の毛をされるがままにされている女の子。

 私が同じ事をしたらどうなってしまうのかな? 

 事案で済むのかな? 

 そんな事を考えながら、髪の毛が出来上がっていく様を女子高生達と共に見守り続けた。



 髪の毛が完成し、

「じゃあ行くね。お兄さんお待たせしました」

 そう言ってその場を離れようとする柳原君。

 しかし女子高生達が纏わりついて離れない。

「また、やってくれますか?」

「貴方のお陰で凄く綺麗になれました。こんな経験初めてです。またしてほしいです」

「何だか凄く気持ち良かったです。また会いたいです」

 傍から聞いたら逮捕されそうな事を言いながらついて来る。

「別にいいよ。暫くここのマンションにいさせてもらえるから」

 キャー、と歓声を上げる女子高生達。

「ありがとうございますぅ~」

「じゃあライン交換しませんか?」

「お願いしますぅ~」

 ライン交換、という言葉を聞いた柳原君。

 急に動きが止まった。

「どうしたんですかぁ?」

 女子高生達の中で1番可愛い子が、固まっている柳原君の顔を覗き込む様に近づいた。

 それに気づき距離をとった柳原君。

 不思議そうな顔をしている女子高生達。

「彼は暫く私の部屋に滞在しているからね。ゴミ捨てを親の代わりにやると彼に会える確率が増えるよ」

 そう教えてあげた後、固まり続ける彼を車まで引っ張っていく私。

「やっぱり女の子にラインを教えるのは禁止になっているの?」

「……はい」

 よっぽど恐ろしい事になった事があるのだろう。

 柳原君は固まったままだった。

 やれやれ。

 固まっている柳原君を何とか車の中に搭載すると、私は目的地に向かって走り出した。



「いらっしゃいませー、あら素敵、ってえっと柳……原さん?」

 私がいつも行くお好み焼き屋さん。

 久しぶりに柳原君を見た美人美乳ママの第一声がこれだった。

 私や金古先輩の事なんか中々覚えてくれなかったくせに。

 くそっ。

「ママー、奥空いているー?」

「どうぞー空いていますよ~」

 さてどうやって仲直りさせるかなぁ。



 ビールが運ばれてきたので乾杯をする私達。

「それでさ、一応確認なんだけど」

「はい」

「美咲の事は今でも好きなの? もしももう付き合えない、と思っているのだったら手切れ金位は渡してあげるからそのお金であいつの来そうもない所で」

 暫く暮らしてみたら? と言おうとしたら、

「何を言っているのですかお兄さん。僕は絶対に別れるつもりはありません」

 言葉を遮って断言してくれた柳原君。

 ちょっとホッとした。

「ただ、今回はだいぶ美咲ちゃんを怒らせてしまったので……反省しないといけませんね」

 何だ。

 ちゃんとわかっているじゃないか。

 それなら話は早い。

「因みに美咲が何で怒っているかはわかっているの?」

 さぁどうかな?

「それは美咲ちゃんがライブやクラブに行こうと誘ってくれても見たいアニメがあるから行かないと断る事が多い事と、フィギュアやコミケの漫画大量所持、それと僕が無職な事が重なってしまってあんなに怒ったんだと思います」

 そこまでわかっているのか。

「じゃあその内1つでも解消すれば美咲の気持ちも収まるんじゃないかな。それじゃあこの中で君がやってみよう、と思う事はある?」

「就職だと思います」

「そうか。じゃあ明日からハロワでも行ってみる? ガソリン代とお小遣い位はあげるからさ」

「いや、そこまでして頂く訳にはいきません。これからの美咲ちゃんとの生活の為にも必ず自分に合った職業を探したいと思います」

「じゃあ就職出来たら美咲の所に一緒に謝りに行こうか」

「はい」

 ドケチな美咲が無職の男とよくまぁ長い事一緒にいたものだ、と感心するのだがそれ程柳原君は特別なのだろう。

 そんな事を考えながらビールを呑む。

「はーい今からお好み焼きますよ~」

 美人美乳ママがやってきた。

 また今日も胸のボタンが多めに開いている。

「あっ、それとはい、どうぞ~」

 頼んでもいないのに瓶ビールをテーブルに置いてカウンターに戻っていった。

「ママーこれ頼んでいないよ」

 瓶ビールを指さして言う私。

「サービスですよサービス。ねぇ柳原さ~ん。お幾つなんですか~?」

 コップを3つ持って戻ってきたママ。

 私達と一緒に呑むつもりらしい。

 ちゃっかり柳原君の隣に座った。

「ママ彼はダメだよ。俺の妹の彼氏なんだからさぁ」

「えーそうなの~」

「そうだよ。これ料金に入れていいから早く離れて」

「別に隣にいる位良いですよね~柳原さ~ん」

 柳原君にもたれかかるママ。

 やばい。

 ロックオンされてしまったみたいだ。

「じゃあお店が忙しくない様でしたら一緒に呑みましょうか」

 君もそんな事言うんかーい。

 本当に自由な男だなぁ。

 


 しまった寝てしまった。

 時計を見たらもう夜中を通り越して4時過ぎだった。

 いかん。

 またママに怒られてしまう。

 体を起こそうとする私。

 すると目の前には仲良く呑んでいる柳原君と美人美乳ママがいた。

 美人美乳ママの方はもう顔が真っ赤で酔い潰れる寸前なのが目に見えてわかる位になっていたが、柳原君の方は相変わらず顔色一つ変わらないでママの愚痴とも口説きともとれる戯言を笑顔で聞き続けていた。

「あっお兄さん起きましたか」

 私に気づいた柳原君。

「そろそろ帰ろうか。ママ遅くまでごめんね」

 そう言って財布を取り出す私。

「帰るの? 帰っちゃうの? ヤダ! イヤだ!!」

 柳原君に抱きつき我儘を言う美人美乳ママ。

 俺にも抱き着いてくれよ。

 そんな事を考え困っていたら、

「今日は楽しかったです。また来ます」

 そう言って美人美乳ママの両手を優しく包む柳原君。

 力が抜けた様になる美人美乳ママ。

「もう今日はお休み下さい。僕達も帰ります」

 そう言って付けている時計を外した柳原君。

「明日会計に来ますので預けておきます。シャッターは閉めておきます。カギは新聞入れから入れておけばいいですか?」

 もうママがまともに立つ事も出来なくなっていたのがわかったのだろう。

 水商売経験者だからこういう配慮が本当にできる。

 黙って頷き、カギを差し出す美人美乳ママ。

「じゃあ失礼します、おやすみなさい。お兄さん立てますか?」

 そう言ってママに一礼して私を気遣う柳原君。

「待って」

 急に立ち上がった美人美乳ママ。

 柳原君を強く抱きしめる。

 そして強引に唇を奪った。

「待っているから、ね」

 そしてママは目を潤ませながらよろける足でカウンターの奥へ消えて行く。

 ドキドキしながらその瞬間を見ていた私。

 ビックリしすぎて相変わらずモテるなぁ、位の感覚しか湧かなかった

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