彼女が出来る。 妹彼氏と同居する。

今村駿一

第1話 妹彼氏、実家に来る

 家族が増えるという事。

 子供ができた。

 兄弟姉妹の結婚。

 親の再婚。

 様々なシチュエーションがあるだろう。

 大抵の場合は喜ばしい出来事として受け入れられる。

 しかしそうではない場合も世の中にはある様で。




 5年程前 夏



『福井帰るから』


 お盆休み前のある日、当時まだ大学生だった妹からたったこれだけのメールが来た。

 相変わらず主語が無い。

 多分里帰りがしたいのだろう、と思い何時が良いかと返信する。


『8月12日から2日間』


 すぐに返事が返ってきた。

 ずいぶん短いな、と思ったが特に変だとも感じなかったので了解、とだけ返す。


『ちゃんとした格好をして来い』


 変だと感じたのはこの文面を見てからだった。

 当時私は社会人にも関わらず、休日の格好はブランド物のジャージや軍パン、ニッカボッカと楽で輩チックな物が多かった。

 しかし実家に帰るのに何でちゃんとした格好をしなくてはならないのだろう。

 そこに少しだけ違和感を感じた。




 5年程前 8月12日 




 ド派手な虎が書いてあるシルクのアロハシャツにニッカボッカ、ブランド物のサングラスというとてもちゃんとした格好で待ち合わせ場所のお茶の水駅前に到着した私。

 車を停めて窓を開け辺りを見渡す。

 どこにいるのかな? 

 探すがまだ来ていない様だ。

 どうせ化粧に時間かかってんだろ、と思い近くのコインパーキングに車を入れてコーヒーでも飲んでいようかなと思ったその時、

「古村さんですか?」

 突然声をかけられた。

 はいそうですけど、と答え声の方向に目を向けると、


 ビックリするくらい美青年が笑顔でこちらを見ていた。


 背が高く顔が小さく色白で手足が長い。

 要するに物凄いイケメンだ。

 体に合った細身のスーツを着こなしている。

 あれっ、こんな知り合いいたかなぁ?

 一生懸命記憶を辿っていたら、

「何してんの」

 イケメンの後ろから妹が現れた。

「あっ、美咲ちゃんのお兄さんってこの人だよね」

 ん? 

 妹の名前を知っている人なんだ。

「そうその人。じゃあお兄ちゃん宜しく」

 相変わらず主語が無い妹。

「よろしくお願いしますお兄さん」

 そう言って後部座席に乗り込む2人。

 どういう状況なのかまるで把握できない。

 この人も福井行くの? 

 というかこの人は誰? 

「行くに決まっているでしょ、彼氏なんだから。カズ君真面目だからさ、私とこれから一緒に住む事をお父さんに許可貰いに行くんだって」

 想像もしていなかった事を言われた。

 はぁ?

「だから~私、この人と同居するの」

 そう言ってイケメンに抱きつく妹。

 はぁぁ?

「本日ご挨拶に伺わせて頂きます柳原一馬と言います。宜しくお願い致します」

 イケメンも爽やかな面持ちで深々と私に頭を下げた。

 まだ大学生なのに同居の許可ねぇ。

 ……黙って勝手にやりゃいいのに。


 やけに暑い日だったことだけは覚えている。

 


 高速道路を福井県に向かってひた走る。

 しかし彼はどうして私が美咲の兄とわかったのだろうか。

 美咲とは血がつながっていないから顔が似ている訳がない。

 まぁどうせ文京区に似つかわしくない品の無い車で迎えに来る、とか言ってやがったんだろ。

 くそっ。

 バックミラーに映る2人を見る。

 柳原と名乗った彼と妹が物凄くイチャイチャしていた。

「はいカズ君どうぞ」

「ありがとう美咲ちゃん」

 抱き合ってガムを食べ始めた。

 俺にはねーのか。

 まぁ無いよな。

 いつもの事だ。

 妹はそういう奴なんだ。

 と思っていたら、

「お兄さん前をみたまま口を開けてください」

 柳原君が言う。

 言う通りにしたら口の中が甘くなった。

 妹のガムを私の口に放りこんでくれた様だ。

「眠気防止になりますので。運転させてしまってすみません」

 素敵な笑顔で言う柳原君。

 その後も色々話しかけてくれたり気を使ってくれたりしてくれた。

 この短時間で彼に対し物凄い好感を持つ私。

 しかし親父殿は大丈夫かなぁ。

 それはとても心配だった。



 お昼にサービスエリアでご飯を食べる事にする。

「ちょっと電話してくるからこれで先食べていて」

 妹に1万円を渡す。

「ありがとうお兄ちゃん」

 ペコリ、とお辞儀する妹。

 お兄ちゃんなんて呼ばれた事は今までトータル5回位しかない。

 高校の頃は黒ギャル。

 大学に行ってからは白ギャル。

 性格は超短気で付き合う男は大体輩。

 痴話喧嘩で男にひっぱたかれようものなら、やった相手を骨折させてきた。

 地元にいた時、妹が誰かと付き合った噂を聞くと私も随分冷や汗ものだった。

 そんな妹が今日はやけにおしとやかで清楚な格好をしている。

 髪の毛も長く黒い。

 それだけ今日連れてきた彼氏は特別なのだろう。

 まぁ今回は長く続くと良いですねぇ。

 そう思いながら外のベンチに座り、大体着く時間を伝えようと実家に電話をする。



「とんちゃん(福井名物モツ焼肉)用意して待っているね」

 楽しそうに言う母親。

 この感じだと来訪者がいる事は一応伝わっているのだろう。

 しかし同棲のお願いだからなぁ。

 親父殿に代わってもらう事にする。

「ねぇ、今日来るお客どんなお願いしに来るか知っている?」

「シッテイル」

 棒読みな返答の親父殿。

「どうするの?」

「オレモヨクワカラナイ」

 ロボットの様に言う親父殿。

 相当なショックを受けている様だ。

「まぁ感じ良さげな男だからあんまり緊張しないで待っていてよ」

「うwvじゃえいfじょえすあcいやば」

 ん? 

 何を言っているのかまるでわからなくなった。

 壊れている様だ。

 おそらく相当量のお酒が入っている事が想像できた。

 もう話しをしてもしょうがない、と思い電話を切る事にした。



 いやいやこれは大丈夫ですかねぇ。

 気が重くなり煙草を吸う。

 やけに苦い。

 天気だけはやけに良く、植えられている木々も緑が深く勢いがあった。

 そのままサービスエリア内の花木をぼーっと見ていたら突然後ろから頭を叩かれた。

 痛い! 何だ?

「早く来い」

 振り返るといつも通りの妹が立っていた。

「お前がいつまでも戻って来ないからカズ君が心配している」

 いつも通りの低い声で言う妹。

「彼氏の前ではその声出さねーの?」

 ドゴッ

 私の右上腕に妹のパンチが炸裂した。

 長い事格闘技をしてきて外人SPやプロボクサーのパンチも知っているが、1番痛いのはコイツのジャブじゃないかと本気で思う事がある。

「あとよ~ちゃんとした格好して来い、って言ってあっただろ。なんて格好してきてんだよ、あっ?」

 ああ、完全にいつもの妹に戻った。

 妙に安心して言い返す事にした。

「ちゃんとしているだろうが。このアロハはアメリカ製のシルクで」

「おめーの御託聞いてる暇ねーから! さっさともーどーるー! はい行くー!」

 話の途中なのに私のアロハの袖を引っ張りまくる妹。

「あっ、柳原君ごめんねー来たんだ」

 妹の後ろに向かって手を振る私。

 途端に手を放し、髪形を直しながら振り返る妹。

「はい嘘ー」

 ゲラゲラ笑う私

 顔が真っ赤になった妹。

「ういふぉせんrgといrkbnydprごtmrsごろす!!」

 謎の言語で怒鳴った後、私の足を蹴飛ばし手を物凄い力で引っ張ってきた。

 相変わらずだ。

 本当に相変わらず。

 なのに彼氏の前では別人の様だ。

 一体彼氏はどんな動物の調教師なんだろうか?

 物凄く柳原君に興味がわく私だった。

 


 高速道路を降りると町並みは物凄い田舎になった。

 相変わらずの風景。

 変わらぬ故郷。

 しかし今日は相変わらずでも変わらぬでも無い人が一緒にいる。

 妹を溺愛している親父殿はどう出るのか。



 実家に到着。

 もう夕方になっていた。

 車を駐車場に停める。

 車が停まったと同時に柳原君が降りてドアを開けたまま、妹に手を差し出した。

 どや顔でその手を取り、車を降りる妹。

 はえーずいぶん女性の扱いに慣れている事だ。

 感心していると運転席のドアも開いた。

「さあどうぞお兄さん」

 笑顔でドアを持つ柳原君。

 これは悪い気しないなぁ。

 女ならイチコロだろう。

 しかしこんな素敵な彼がよくうちの妹なんかと同棲しようとしたなぁ。

 何だか納得しない気持ちのまま家の玄関を開けると、


 親父殿が仁王立ちしていた。


 しかも着物を着て。


 親父殿とは中学1年生の頃から住む事になったが、私が関東に就職して家を出るまで1度も家で着物なんか着た所を見た事が無かった。

 威厳でも出したかったのだろうか。

 身長は普通位だが関西の某有名大学ラグビー部出身で、必要以上に首が太い親父殿。

 今日は何故だか怖いオーラを出していた。

「ちょっと~お父さ~ん。何怖い顔してんの?」

 笑いながら話しかける妹。

「お父様はじめまして、柳原一馬と言います。本日はお時間取って頂きましてありがとうございました」

 その横で何の緊張も無く笑顔で言う柳原君。

 この後大丈夫かなぁ。

 私は心配しかなかった。



「さぁどうぞ」

 ニコニコ顔の母親。

 全員居間に集結する。

「東京はこっちと比べて暑いでしょう。今麦茶持ってきますからね」

 全員イスに座るのを確認して母親が台所に向かう。

「あー私も手伝う~」

 妹がその後ろを追う。

 おめーその甘ったるい声何とかならねーの? ていうかこの空間に俺をおいて行くんじゃねーよ。

 テーブルを挟んで親父殿と柳原君が向かい合って座っている。

 その間に私が座っているのだが親父殿の謎オーラが怖い。

 ついでに呑み過ぎていて臭い。

 しかし柳原君の方はやけに冷静で笑みまで浮かべていた。

「今日は話があるようだが」

 親父殿が重々しく口を開く。

 普段そんな口調で話なんかした事無いのに。

「はい」

 爽やかにそう言った柳原君。

 急に立ち上がる。

 そしてその場で土下座をした。

「本日は急に押しかけてすみません。美咲さんとの仲を認めて貰う為にどうしてもご両親の許可を頂きたく、ご挨拶に伺った次第です」

 ほう。

 思わず感心してしまった。

 見た目はどう見ても清楚なチャラ男、といった感じなのに物凄くしっかりとした口上だった。

 親父殿も面食らっていた。


 重い静寂。


「……まさか……妊娠とかは……していないよね」

 ようやく口を開いた親父殿。

「いいえ、美咲さんには指一本触れていません」

 更に感心してしまった。

 どうも嘘を言っている様には思えない。

 いつの間にか母親と妹も戻って来ていて、この状況を見て立ち尽くしていた。

「では……なぜ……」

 絞り出す様に声を出す親父殿。

 そりゃそうだ。

 同棲位黙ってやりゃいいのに。

 今時こんな律義な男もいないだろうて。

「はい、僕は今まで美咲さんの様な素敵な女性に会った事がありません。芯が強く、自分の考えをしっかり持っていて、とても美人です。でも美人な容姿に甘える事無く、周りにも気を使え、誰からも好かれ、バイト先の上司にもしっかりと正しい意見を言える素晴らしい女性です。共に生涯を生きていたい、と思った初めての女性です。半端な気持ちで付き合っていくつもりはありません。どうか、どうか……結婚を認めていただけないでしょうか。お願いします」

 そう言って更に深く頭を下げた柳原君。


 結婚? 


 この人今結婚って言ったよね。


 結婚!!!!!!


 え~


 心の中でおろおろする私。

 誰も口を開かない。

 重い沈黙が長く続いた。

 

「柳原さん」

 沈黙を破り親父殿が言葉を発した。

「美咲の事芯が強い、と言っていたがそれは間違いだ。本当はとっても弱い子です。だから強がっているのです。強がって必要以上に人に強く当たってしまうのです。そんな性格だから心配していたのですが東京では慕われている様で安心しました。聞いているかもしれないが美咲は先妻との子供です。先妻と離婚した後私と2人きりになって寂しかったと思うのですが、文句1つ我儘1つ言いませんでした」

 ここで声を詰まらせた。

 しかし再び話し出す。

「再婚していいか? と聞いた時お父さんの好きにすればいい、と言ってくれました。本当はとても嫌だったと思うのです。先妻との事がありましたからね。しかし寂しさに負けた私の我儘を聞いてくれました。強いだけではなく、こういうとても優しい所もあるのです」

 親父殿は鼻をすすり目は赤くなっていた。

 母も両手で顔を覆う。

「本当にいい子に育ちました。いつまでもこの子は私が守ってあげたいのですが人には寿命があります」

 イスから立ち上がり、土下座している柳原君の前に正座する親父殿。

「柳原さん。我儘言わない娘が連れてきたのだからよっぽど貴方と結婚したいのだろうと思います。先妻と私と今の妻とで一生懸命育てました。どうか娘を、美咲の事を宜しくお願い致します」

 そう言って深々と頭を下げた。

「はい、必ず幸せにしてみせますお父様」

 柳原君は号泣していた。

 そして抱き合う親父殿と柳原君。

 母親も笑いながら泣いていた。

 居間は感動の渦に包まれる。

  

 いや、いいの? これ?


 この情景を見て焦りまくる私がいた。

 だって妹は大学4年生だし、就職も某有名企業に決まっていて来年から新社会人なのに。

 まぁ当事者達が良さそうだから良いのかなぁ? と思っていたらもう1人何言ってんだ? という顔をしている人がいた。

 それは何と妹だった。

 まるで結婚なんて聞いてねーぞ、と言う顔だった。



 まぁそんなこんなでプロポーズより先に結婚が承認されてしまった妹と、この後私に多大な迷惑をかけ続けるお騒がせ旦那、柳原君。

 本作品はこの人達の他人から見たらとても面白いであろう(当事者はたまったものではない)お話です。

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