第24話 妹彼氏 妹旦那になる
深い眠りだった。
深い。
深い。
ふかい。
不快。
……
「おい起きろ」
聞きなれた声がして目を開ける。
そこには上京したての頃の妹が立っていた。
東京の大学に合格したのと同時にガングロを止め、美白に努めていたので真っ白な肌。
金髪にシャギーを入れている。
久しぶりにこの姿を見た。
妹は東京の超有名私大を受験し見事合格したのだが、妹の事を溺愛する親父殿が東京での1人暮らしをどうしても許可しない。
「東京は怖い所なんだよ。1日に何千人も行方不明になっちゃう様な所なんだよ」
そんなにいなくなっていたら日本から人がいなくなってしまうと思うのだが、そういう意味不明の事を言ってでも福井に引き留めようと必死な親父殿。
しかし当然妹はそんな説得には応じない。
「私仕送り無しでも行くからね」
どうやって稼ぐつもりかは怖くて聞けなかったが、とにかく親の支援無しでも東京に行く決意は固かった。
話し合いは深夜まで平行線で続き、空が明るくなってきた時、ついに親父殿が折れた。
「じゃあ俊君と一緒に住むんだったら東京に行っても良いよ」
冬休み、久しぶりに里帰りしたと思ったらこんな話し合いに巻き込まれ、しかもなぜか私の許可無く妹と同居しなくてはならなくなってしまったのだった。
いつか可愛い彼女が出来た時に一緒に住もうと思って2DKを借りていたのに、その1部屋をこいつに占領される事になろうとは……(しかし妹が同居している間は家賃全額親父殿持ち)
「こんな所で寝っ転がってんじゃねーよ」
文句を言いながら私を蹴り続ける。
どうも玄関で寝ていた様だ。
ゆっくりと起き上がる。
そして妹の姿を見た。
派手な化粧。
ジャイ〇の黒Tシャツにホットパンツ。
腕には何やらジャラジャラした金属の腕輪を付けている。
多分合コンの朝帰りだろう。
「昨日の社会人との合コンマジ最悪。ホントロクな男がいなかったわ」
ぶつぶつ言いながら冷蔵庫を開ける妹。
「お前だってロクなもんじゃないだろ。向こうもそう思っていたと思うぞ」
私が正直な感想を述べると未開封のマヨネーズを投げつけてきた。
「お前と違って私はもてるから~」
冷蔵庫を閉め、牛乳を飲みながら胸を張る妹。
何を偉そうに、と思ったが案外本当の事なので黙る事にする。
「1人だけ普段渋谷で働いているとか言っていたイケメンがいたけど何か東京じゃない所に本社がある製作所? に勤務しているとか言っていて将来性が無さそうだから名刺捨ててきちゃった~」
牛乳を飲み終わり、冷蔵庫に戻す妹。
渋谷に支社がある製作所ねぇ~。
まさか、
「本社京都とか言ってなかったか?」
一応確認してみようと思い聞いてみる私。
「そうだけど……何で知ってんだよ」
怪訝そうな顔を向けてくる妹。
「あと〇学院大学の近くに勤務しているとか言っていなかったか?」
更に確認をする。
「その通りだけど、何でお前知ってんの?」
驚く妹。
返答を聞いて大きなため息が出る私。
それ多分村〇製作所だろ。
超一流企業だぞ。
福井県にもあるだろうが。
本当に頭が痛くなる私。
でも名刺を捨ててしまった様だし、今更言ったってしょうがないと思いマヨネーズを持って立ち上がる。
「しかし良い男でも金持ってない奴はダメだよな~。私が働かなくても良い様にしてくれなくちゃダメじゃない。ねー国税不服審判君」
しょうも無い事を言いながらテディベアの国税不服審判君(何でこんな名前を付けたのか未だに不明)に話しかける妹。
「有名私大に入ったのは将来働かなくて良い様な旦那様を見つける為、てのは本当の様だな」
呆れながら言う私。
「あったりめーだろ。福大にそんな奴がいると思うか? いねーだろ。だから上京してきたの。り、か、い、し、ろ!!」
相変わらずだ。
本当にぶれない。
いっその事清々する。
そう思いながらマヨネーズを冷蔵庫にしまう私。
「まぁでもよー」
妹は振り向き笑顔でこう言った。
「お金より大事だと思える人がいたら、私その人と結婚するわ」
「おい、おい起きろ」
体を大きく揺すられる。
何だ。
何事だ。
「おいこんな所で爆睡するなよ~」
笑う声。
よく聞きなれた声。
ゆっくりと目を開ける私。
「わっ」
目の前の人物を見て驚く。
そこには純白のウェディングドレスを着て立っている妹がいた。
不覚にも綺麗だと思ってしまった。
周りを改めて確認する。
ここは結婚式場の家族控室だ。
うっかり熟睡してしまった。
慌てて体を起こす。
母親も親父殿もどこかへ行ってしまっていてこの中には私と妹だけだった。
「どしたー、私が綺麗すぎて声も出ないのかー」
悔しいがその通りだった。
しかし、
「そんなの着ていたら誰だって綺麗に見えるわ」
精一杯悪態をつく私。
「そうかーそうかもなー」
そんな私の心の中を見抜いた様に余裕な妹。
くそぅ、腹が立つ。
しかしそれもこれで終わりかもなぁ。
そう思うと何だか心にこみ上げてくるものがあった。
今日は妹の結婚式の日だった。
そしてその旦那は、
「あれ、お兄さん起きたんですね」
勿論柳原君だった。
クリスマスイブのあの日以降、仲直りした妹達。
どうやら結婚の約束をした様だった。
私の絶望的なクリスマスとは対照的にこっちは上手くいった様だった。
しかし仕事がまるで決まらない柳原君。
日立で働きながらまた正社員の働き口を探し続けるが全然見つからなかった。
だがある日、突然投資会社に勤務を始めた、と報告があった。
非常に仕事ぶりは優秀の様で働き始めてすぐに30万円を妹に渡したというから驚きだった。
またすぐ辞めるかと思ったら案外に続き、歩合制の職場だというのに次の月にも35万円を妹に渡し、その次の月は45万円。
その次の月は35万円に戻ったが、その翌月は何と50万円を妹に渡した。
一安心した私。
その後も仕事は順調な様で、妹の持ち物もドンドンブランド物になっていった。
こうなるともう両家とも認めざるを得ない。
こうして春になった今日、ついに結婚の運びとなったのだった。
(この投資会社に就職、というのが実はただ単にパチンコや競馬、競輪、競艇をしていただけ、という事実がバレるのは約1年後のお話。それまでは疑う所が無い位勝っていたのだ)
白いタキシードがその長身に似合う柳原君。
そして純白のウェディングドレス姿の妹がその横に並ぶ。
そうか。
そうなんだな。
彼がそうなんだな。
良かった。
本当に良かった。
何度も頷く私。
「何頷いているの」
おかしそうに笑う妹。
その顔は本当に幸せそうだった。
「何でもないよ。ちょっと行ってくる」
そう言って私は家族控室を出た。
兄として最後の務めをする為にだった。
ずいぶんと来賓がいる様でさっき来た時はずいぶんと結婚式場の受け付けは込み合っていたが、今はだいぶ落ち着いた様子だった。
よし、じゃあ行くか。
近づく私。
「すみません。本日は受付をして頂いてありがとうございます」
その中で見覚えがある福井時代の妹の友達に声をかける。
「あ、お兄さん。本日はおめでとうございます」
向こうも覚えてくれていた様で、笑顔で私に話しかけてくれた。
「おひさしぶり。今日は本当にありがとうね。あとゴメン申し訳ないんだけどこれ、他のご祝儀と一緒に渡して頂けませんか」
鞄から大きなご祝儀袋を取り出した私。
そして受付テーブルの上に置く。
私の分厚いご祝儀袋は見事に立った。
「面倒だとは思いますが、どうか宜しくお願い致します」
深々と頭を下げ、その場を去る私。
「えーちょっとこれ凄くない?」
「美咲のお兄さん何やっている人なの?」
受付の子達がパニックになっているのが聞こえてきた。
そりゃこんなご祝儀袋が置かれたらそうなるわな。
因みに中身は現金10万円の他、旧円紙幣1000円分、旧ジンバブエドル紙幣2000億ジンバブエドル分、旧ドン紙幣(ベトナム)40万ドン分
の他に為になる夫婦の心得を私が書いた手紙(これが一番多い)が入ってカサ増しされた物だった。
世の中そんなに甘くは無い、といういい人生経験になるだろう。
よし。
これで兄としての仕事は全て終了だ。
後は結婚式を楽しむ事にした。
厳かな教会。
その一番前の方に座る私達。
新郎の柳原君は神父の前に立っている。
いよいよ結婚式が始まる。
「では新婦の入場です」
式場スタッフの声と共に後ろの立派な扉が開く。
ウェディングドレス姿の妹が親父殿の腕に寄り添い、1歩、また1歩、と柳原君に近づく。
そして柳原君の前で歩を止めて妹だけ柳原君に近づく。
その時小さな声であっ、と親父殿が漏らした。
やはりこの期に及んでも寂しいのだろう。
しかし貴方の娘は立派に……とは少し言い難いがちゃんと育ち今、更に立派とは言い難いがしっかりと愛してくれる男の下に嫁ぐのですよ、と心の中で呟いた私。
柳原君と並ぶ妹。
そして2人仲良く腕を組んで神父に近づいて行った。
ああ。
ついにこの時が来たのだ。
神父がお互いの愛を確かめる。
2人共生涯の愛を誓う。
そしてベールがめくられる。
少し恥ずかしそうに笑っている妹。
綺麗だ。
本当に綺麗だった。
「それでは誓いのキスを」
神父の言葉と共に口をあわせる。
この瞬間、古村美咲は柳原美咲となった。
おめでとう。
本当におめでとう。
教会内に大きな拍手が鳴り響いた。
外は快晴だった。
凄い量のライスシャワー。
沢山の花びら。
そして紙吹雪の祝福を受けながら妹夫婦が外に出てきた。
「ミッサおめでとうー」
「おめでとー」
「幸せになってねー」
友達の祝福を受けながら出てきた妹と柳原君。
本当に幸せそうだった。
「じゃあいきまーす」
ブーケトスをする妹。
しかし無駄に腕力があるのでかなり遠くまで飛んで行ってしまった。
その結果、その花束を受け取ったのが結婚2回離婚1回という私の先輩だったというのは笑い話としていつまでも語り継がれる事になった。(後に離婚したので離婚も2回となる)
その様子を複雑な顔で見つめた後、新郎と共にお色直しに向かった妹。
「よし、余興の再確認しようぜ」
柳原君の友達達が集まって何やら打ち合わせをはじめた。
その様子を見ながら何だか少し泣けてきた私。
ああ。
本当に結婚しちゃうんだな。
久しぶりに煙草に火を点ける私。
影が動いたので上を見上げると、白い鳥が祝福するかの様にその上空を旋回し続けていた。
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