第7話 妹彼氏 仕事が長続きしない理由が判明

2年程前 春



『この度は普士通株式会社中島亜美先輩の彼氏募集に応募頂き誠にありがとうございました。慎重に選考を致しましたが古村俊様の採用を見送らせて頂く事になりました。何卒ご了承ください。俊様の今後に於ける恋愛活動の成功をお祈り申し上げます 採用担当 古村美咲』

 家に帰りパソコンのメールフォルダを開くと妹からこんなメールが来ていた。

 何じゃこりゃ。

 そう思った後ため息1つついて台所に向かう。

 そして冷蔵庫からビールを1缶取り出し、私はベランダに出た。


 去年の妹と柳原君の大喧嘩以降、たまに会社の先輩や学生の頃のサークルの先輩を紹介してくれる様になった妹。

 しかし紹介してくれた人と会ってもあまり長続きはせず、中には写真の段階でこの様に断られる事も多かった。

 何で彼女作るのこんなに上手くいかないんだろうなぁ。

 学歴は無いけど年収は1千万以上余裕であるのに。

 ポケットから携帯電話を出して妹に送った私の写真を見る。

 やっぱり容姿か……

 角刈りに茶髪、後ろ髪はジャンボカットな私。

 高校生の頃からずっとこの髪形なので変えるのを躊躇っていた。

 ふぅ。

 ため息しか出ない。

 しかし段々巧妙になっていく妹のお断りメールにも腹が立った。

 怒りに任せてビールを一気に飲む。

 げっぷ

 そう言えばお祈りメールで思い出したけど、柳原君の就活は上手くいっているのかなぁ。

 暫く会っていないけど。

 彼を思って暗い空を見上げる私。

 空気は春だというのに冷たかった。




 2人の結婚は両家の反対でまだ実現していなかった。

 それも当然で柳原君は全然仕事が長続きしなかった。

 最長でも3か月。

 最短でその日のお昼休みで辞めてしまう。

 これでは結婚なんて許可出来る訳がない。

 私が親でもそうだろう。

 しかし妹達の同居は奇跡的に続いていたのだった。




 そんなある日。

 柳原君から仕事の事で相談があると電話が来た。

 一体何事かと思い夜に会う事にした。



 金曜の夜、私のマンションに来る柳原君。

 

 ピンポーン


 チャイムが鳴ったので開ける。

「すみません、お時間取らせてしまって。これつまらない物ですけど良かったら」

 会って早々、手土産を渡してくれる柳原君。

 久しぶりに見るが細身で長身、色白で手が綺麗。

 相変わらず美男子だ。

 今日はビシッとリクルートスーツを着ていた。

「久しぶりだね。まぁどうぞ上がって」

「はい失礼します」

 また就活しているのか。

 そう考えると少しだけ気が重かった。



 台所からポテトチップとビールを持ってきてテーブルに置く私。

「お酒でも呑みながら話そうか」

 どうせ呑みながらでもないと聞けない様なろくでもない相談だというのは容易に想像できていた。

「すみません。頂きます」

 頭を下げながらビールを開ける柳原君。

 

 ピンポーン


 また来客だ。

 先輩や友達だったら今日は帰ってもらおう。

 妹だったらちょうど良いから一緒に話を聞いてやろう。

 そして今日は私も少し言わせてもらおう。

 柳原君もいい加減就職して身を固めても良い頃だろうし、妹も甘やかしすぎなのではないだろうか。

 そう思いながらドアを開ける。

 すると面識のまるで無い小太りのアラフォー位な女性が仁王立ちしていた。

「はぁ? 誰あんた」

 ドブの様な口臭を漂わせて言う小太りな女の人。

 いや私の家なのに誰? って言われても……

「あーカズ君はっけーん」

 小太りな女の人はテーブルの前に座っている柳原君を見つけると私を突き飛ばし、フゴフゴ言いながら家の中に入ってきた。

 ゆっくりと立ち上がる柳原君。

「もう~私がいないと何も出来ないくせにぃ~会社辞めてどうするのぅ~」

 フゴーフゴー言いながら柳原君の頬を両手で包む様に撫でる。

「北川さん、僕にもう付きまとわないで下さいって言いましたよね」

 毅然と言う柳原君。

「何言ってんの~もう~なまいき言っちゃって~可愛い」

 北川さんと呼ばれた肉団子は脂ぎった手でわしゃわしゃと柳原君の綺麗な髪の毛を撫で回した。

 いやいやこれは強烈なキャラが出てきたなぁ。

 この人とはどんな関係なのだろうか。

 でも柳原君嫌がっている様だし、やんわりとここからご退去願おうかな。

 明日は粗大ごみの日だし。

 そんな事を考えながらされるがままになっている柳原君を見つつ、北川さんの背後に近づく私。

 大きな北川さんの背中。

 ほのかに臭い。

 こりゃとっ捕まえて捨てに行くの大変だなぁ、なんて考えていたら急に振り向く北川さん。

「カズ君これ誰?」

 私を指さし言う。

「これとか言わないで。僕の彼女のお兄さんだよ」

 冷静に言う柳原君。

 その言葉を聞いて急に震え出した北川さん。

「嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だぁアアアアあああああああああ~」

 大音量で叫び出した。

「じゃあ彼女も見せてよ!!!!」

「ここにはいない。それに北川さんには見せられない」

「じゃあ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ~」

 噛まずに嘘だと言い続ける北川さん。

 アナウンサーや声優になれそうである。

 需要があるかどうかまではわからないが。

「嘘じゃないです」

 またも冷静に言う柳原君。

 フゴーフゴー言いながら私を睨みつける北川さん。

 うわーこっちに来たぞ。

「ねぇあんた柳原君の彼女のお兄さんなの?」

 物凄く臭い口臭に耐えながら、

「はいまぁ」

 と答える。

 少し怒りに震える様な素振りを見せた北川さんだったが、何故だか急に笑い出した。

「ふん、私にはわかっているわよ」

 意外と冷静だ。

 しかし予想もしていなかった事を言われる。

「BLでしょ」

 どや顔で言う北川さん。

「はぁ?」

 思わず声が出てしまった私。

「ボーイズラブ」

 更にどや顔で言う北川さん。

 キモイ。

 2年前なら確実に殴っている。

「こんな角刈り茶髪ジャンボカットな輩おっさんのどこが良いのよ。それにもし彼女がいるのが本当だとしてもこんな奴の妹ならたかが知れているわよね」

 私の事を指さした時、プ~ン、と腐った玉ねぎの様な臭いもした。

 ワキガまで有るようですね。

 困った豚だなぁ。

 保健所は何をしているんだ。

 早く回収しに来ておくれ。

 しかし北川さんは止まらない。

「これの妹なんだからどうせブスでしょ。大体彼女いるなんてそんな明らかな嘘つかなくてもいいから。この輩おっさんとBLしてたんでしょ。私にはわかるんだからね」

 柳原君を見ると震えていた。

 それゃそうだろう。

 私も少しこの人怖い。

「だからぁ~BLなんかよりも~いもしないブス彼女よりもぉ~お姉さんがもっとも~っと良い事をしてあ、げ、る」

 柳原君に抱き着き、右の人差し指で右の頬、左の頬、そして唇を軽く突く北川さん。

 これはもうダメだ。

 気持ち悪すぎる。

 室内警備行動発令。

 正当防衛を開始しよう。

 そして北川さんの奥襟を掴もうとしたその時、

「いい加減にしろ!!」

 突然室内に怒鳴り声が鳴り響く。

 驚く北川さんと私。

 声の主は何と柳原君だった。 

「僕の事は何を言ってもいい。何で彼女とお兄さんの悪口まで言うんだ!!!!!」

 メチャクチャ怖い。

 北川さんもびっくりした顔をしている。

「それに北川さんと僕は職場の先輩後輩という仲でしかないですよね。それに僕は会社を辞めたのだから今は全く関係が無いはずだ!!」

「いや、でもぉ~」

「帰れ!!!!!」

 なおも怒鳴る柳原君。

 その後もでもぉ~、とか、だってぇ~、とか言って言い訳じみた事を言おうとしていた北川さんだったが何を言おうとしても帰れ、と柳原君に怒鳴られるのでとうとう泣き出してしまった。

「何でぇ~やなぎはらくんわだしのことすぎじゃないのぉおおおお~」

 座り込んで子供の様に泣く北川さん。

 物凄く気持ち悪い。

 帰ってくれないかなぁ、土に、とか考えていたのだが中々帰らない。

 そんな北川さんの肩を優しく抱く柳原君。

「北川さんの気持ちはとても嬉しいです。でも前にも言いましたが僕には婚約者がいます。だから北川さんの気持ちには応えられません。ごめんなさい」

 そう言って優しく背中を撫で続ける。

 少しずつ収まっていく北川さんの涙。

 そして、

「そう、じゃあ今の彼女さんと別れたら私の所に戻って来てくれるのね」

 とても図々しい事を言い出した。

「今の彼女と別れる様な事は無いと思います。でも北川さんの気持ちも嬉しかったです」

 傷つける事無く女性を振る言葉でこれ以上があったら教えてもらいたい。

 完璧な断り方だ。

 北川さんも泣き止む。

 そして、

「ありがとうカズ君。じゃあ別れそうな頃を狙ってまた来るね」

 そう言って立ち上がると柳原君が止める間も無く、物凄い速さで走り去って行った。


 後には静寂しか残らなかった。


「よう、外で呑まない?」

「……はい」



「いらっしゃいませー、あら素敵」

 私がいつも行くお好み焼き屋さん。

 柳原君を見た美人美乳ママの第一声がこれだった。

 俺には一度もそんな事言った事無いのに。

 くそっ。

「ママー座敷空いているー?」

 気を取り直して確認する私。

「どうぞーとりあえずいつもの2人分で良いー?」

 小気味良く聞いてくるママ。

「はいーお願いしますー」

 そう言いながら私達は奥の座敷席に座った。



「あれ何?」

 早くも出てきた生ビールを飲みながら聞く私。

「前の職場でお世話になった北川さんです」

 申し訳なさそうに言う柳原君。

「そんな人が何でまだ君に付きまとっているの? ていうか何で俺の家に来たの?」

 気になった事を聞いてみた。

「何か僕が誘惑した、とか告白した、とか言ってずっと付きまとってくるんです。そしてよく僕の事を尾行しているみたいで……帰り道とか気を付けているんですけど……本当にすみませんでした」

 少し泣きそうな顔で言う柳原君。

「まぁ気にしないで。それに君らの家がばれても中にいるのは美咲でしょ。そうそう危険な目には合わないと思うから」

 ビールに口をつけず下を向いている柳原君にどうぞ、とジョッキを近づける私。

「実は今住んでいる所もばれてしまっていて……」

「来たの?」

「はい、僕がいない時に来たみたいです。美咲ちゃんが私が彼女だ、と再三言っているのにも関わらず付き合っている形跡を見つける、とか言って中に入って来ようとしたみたいで。でも美咲ちゃんが空気清浄機で殴って撃退してからは来ていないみたいですけど」

 相変わらずだ。

 本当にあいつは相変わらずだ。

「でも逆効果でした。家には来なくなりましたが『あんな世紀末覇者みたいなのが彼女の訳が無い』とか言ってますます僕に付きまとう様になってしまって」

 ため息をつく柳原君。

「今回の仕事を辞めたのは北川さんがしつこく職場に来る様になってしまって……。でも最も悪いのは原因を作ってしまった僕ですが」

 そう言って更に暗くなってしまった。

「はーい、水野屋特性スペシャルお好み焼き作らせて頂きますねぇ~」

 物凄く良いタイミングでママが来てくれた。

「ほらっ、柳原君。ママが谷間を全開にしてくれているからそれを見ながら食べようじゃないか」

 普段よりボタンが2つ多く開いている。

 俺達がいくら通ってもこんなに開ける事無いのに。

 くそっ。

「いや~ん」

 そう言ってクネクネしながらママはお好み焼きを作る。

 しかし柳原君は見ようともしない。

 イケメンはこんな物いつでも見れるから別に良いってか。

 そんな事を考えてふと思う。

 モテ過ぎてもこうやって好きでもない相手から好かれてしまって大変なのだなぁ、と。

 そしてこの様に不快な思いをする事もあるのだなぁ、と。

「ねぇ、ひょっとして仕事辞める原因って女性問題があったりするの?」

 もしやと思った事を聞いてみる。

「はい。結構トラブルになります」

 更に小さくなる柳原君。

「あらーじゃあ私と付き合う?」

 お好み焼きを焼き終えたママが柳原君にぴったりとくっつく。

「ちょっとママ、この人は俺の妹の婚約者だからダメだよ~」

 慌てて言う私。

「あらー残念。じゃあごゆっくりー」

 柳原君の肩を撫でるとママはカウンターに戻っていった。

 これで何となくわかってしまった。

 柳原君の仕事が続かない理由が。

 行く先々でこうやって好きでもない女性に言い寄られてしまうのだろう。

 それで居づらくなって辞めてしまうのではないだろうか。

 男が多い職場である自衛隊は満期除隊だし、男しかいない職場であるホストは長く続いていて妹の怒りが無かったら今でも続いていたかもしれない。

 なるほどねぇ~。

 モテ過ぎるのも難儀な事で。

 でも柳原君も悪い所がある。

「さっきもそうだったけどさぁ、君優しすぎるんじゃない? あんな事されたら女の人も勘違いしてまた来ちゃうよ」

 少し呆れながら言う私。

「でもお兄さん。酷い事を言い続けてその人が深く傷ついてしまったらかわいそうじゃないですか」

 ようやくビールに口をつける柳原君。

 本当に彼は優しい。

 しかしその優しさが仇になっている事に気づいていない。

「時には突き放す事も必要だよ」

 諭すように言うが、

「お兄さん」

 そう言って私をしっかり見る柳原君。

「僕は自分の中の素直な気持ちに従っているだけです」

 だからそれが原因でこういう事になっているんじゃない? と言おうとしたのだが止めた。

 こうやって優しくて真っ直ぐな男が一人位いても良いのではないだろうか、と思ってしまったからだ。

 妹もこういう所に惚れたのだろうし。

 まぁ今後も見守ってあげましょうかね。

 ビールのジョッキを傾けながらそんな事を考える私。

「よしそうか。じゃあ今日はもう呑もうか」

「はいお兄さん」

 その日はママがもう帰れ! と言うまで2人で呑み続けた。

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