第19話 エルフィアの城門にて
北の共和国の首都、エルフィアまでは、マルコアから更にほぼ丸一日馬車で揺られなければならなかった。
着いたのが夜遅くになってからというのもあってか、エルフィアの街は、確かにマルコアよりも更に寒く感じられた。
空を飛ぶ、黒竜王よりも三周りほど小さなドラゴンが何頭か見える。よく見ると、その更に上に、誰かが乗っているように見えた。
「あれが、飛竜隊よ。北の共和国の誇る空中戦力ね」
「なるほど」
エルフィアの街の城壁は、さすがに一国の首都だけあって、高かった。僕らが先に酔った聖教国の聖都ラメンと比較しても遜色ないぐらいである。
ただ、大きな違いとして、城壁の所々に、大きな台のような、平らな場所が存在していた。よく見ると、飛竜隊のポニードラゴンが、飛び立ったり、下りて休めたりする場らしい。
「ポニードラゴンという空飛ぶ存在を家畜化した北の共和国は、有効な空中戦力と言えば投石器ぐらいしかない私達の東の王国や、海軍中心の南の海洋帝国と拮抗するに至ったと言われている。
実際間近で見てみると、あれがなかなか手ごわいことはよく分かるわね」
ナタリーが、僕に言うとも、独り言ともつかない口調で、言う。その表情は、一国の王女として他国を偵察する者のそれであり、中々険しかった。
「今回は、外交免状で通ります。ヘイのことは、便宜上、仮に私の使用人とさせていただきますが、構いませんか?」
口調が改まったナタリー。これから交渉に入るからかもしれない。その引き締まった表情と澄んだ瞳。これもまた、可愛い。
多分、僕はいつの間にか、ナタリーの全てが好きになってしまったのだろう。恐ろしいことだ。
「ああ、構わないよ」
まあ、さすがに実際に使用人として酷使されたら愛想尽かすかもしれないけど、どうなんだろう?
とりあえず、名目上は、使用人扱いされても構わない相手には違いない。東の王国の王女殿下だもの、仕えるのは光栄なことのはずだしね。
「では、そうさせていただきます。…あ、しばらくは口調も、使用人らしくお願いしますね」
「えっと…承知しました」
「そう、そんな感じでお願いしますわ」
まあ、使用人が一国の王女殿下にタメ口だったら、さすがにおかしいもんね。
打ち解けてきて、僕自身忘れかけていたけど、本来はこれが正しい姿なのだから、納得できる。
唯一の問題は、田舎出身で使用人らしい口調に疎いことなのだが…。まあ、何とかなるだろう。天下のナタリー王女が何とかしてくださるはずさ。
根拠のない自信とともに、他の乗客たちの後、最後に馬車を降りた僕らは、美しいエルフの門番が立っている門へと向かう。
門番のエルフは、美しい二人の男女で、実年齢はよく分からないが、人間で言うと20代ぐらいの見た目に見えた。
男の方が、僕らに声をかけてきた。
「お前らは、人間族の者か?とすると、この国の者ではないな?
国内の人間だったら、まずわざわざ殆どの人口をエルフが締めているこのエルフィアまで足を運ぼうなどという愚かなことは考えないからな。
大方観光か冒険が目的だろうが、いずれにしても人間にとってはいづらいし、エルフからしても汚らわしい。帰れるなら、今すぐ国にでも帰った方がいいだろう。
だが、今日は既に夜が遅いから、一泊はやむなし、というところだな。早速、国際冒険者免状を見せてもらおうか」
傍らのナタリーが内心ムッとしたのを感じた。僕もその気持ちは分からないでもないが、王女であるナタリーに比べたら、きっとそれほどでもないだろう。
そのナタリーの気を察したのか、女の方、ナタリーにこそ敵わないが、かなり美形に入るであろうエルフが、僕らに声をかける。
「悪いね。グッチョは口が悪くてね。でも、彼の言ったことは間違いない。こんな時間に来ちまった以上仕方がないけど、できれば人間は来ない方がいい場所なのは確かだからね。
とりあえず、彼も言っている通り、免状、見せてくれるかな?」
「なるほど、エルフ族の皆様は、本当に知的なのですね」
ナタリーは、そう言って皮肉な笑みを浮かべながら、いつもとは異なる緑色の免状を取り出した。
「が、外交免状だと?」
「ひ、東の王国の王女殿下だと!?聞いてないぞ。偽造免状だな?」
「私はこの国の第一大臣と、ある重要な話をしたくてここに参りました。電撃訪問となったことはお詫び申し上げますが、これは、あなた方の手に負える話ではありません。しかるべきお方に、取り次いでいただけますか?」
「偽物に取次ぎを行う余地は…」
「待って!
グッチョ、万一この人たちが本物だったら、そのような対応は国家全体の問題になりかねない。
頭に血が上りやすいあなたを残しておくと心配だから、念のため外交大臣のところまで取次ぎをお願い」
「……」
「もっとかみ砕いて説明しないと分からない?」
「ちっ、分かったよ」
あからさまに嫌そうな顔を浮かべたまま、グッチョと呼ばれた男のエルフは城壁の内側へと入っていった。
一人残った女のエルフは、あからさまに社交辞令を口にする口調で、僕らに言う。
「本当に王女殿下なのだとしたら、大変失礼なことを申し上げてしまったことをお詫びします」
「構いませんわ」
ナタリーも、皮肉な笑みを浮かべたままだ。大事にならなければいいけど…。
その最強、実は最弱につき 如空 @joku_novel
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