第12話 検問所にて
馬車が、検問所の前で止まる。
検問担当の兵士が二人、馬車の中に乗り込んでくる。
その一人、太っていて、赤ら顔の男が、ドスの利いた声で言う。
「えー、これから北の共和国に向かう諸君は、旅券、国際冒険者免状、あるいは外交免状を手元に用意するように。
身分証を持たない者や、本聖教国の国境地帯の街に用がある者は、別の馬車にて案内するので、今すぐ降りて、所定の場所で待機するように」
乗客の三割ほどが降りていく。残された僕らは、それぞれの有効な身分証を用意する。
その動きが落ち着いたころ合いを見計らって、男は言った。
「では、検問を開始する。ガリ、お前はこちら側の人たちを担当しろ。俺は残りの半分を確認する」
「了解」
ガリと呼ばれた痩せた兵士は、僕らとは反対側に座っている乗客のところへと向かっていく。
僕らの側の旅客については、太った赤ら顔の兵士が一人ずつチェックしていく。
「ふむ。旅券か…。目的は、観光か?」
「はい」
「良かろう」
旅券を持った客に対しては、簡単な目的を聞きつつ、出国のスタンプを押していく。
「国際冒険者免状の持ち主か。じゃああんたはパスだな」
「はい」
「おや、お前か。また北で冒険するのか?」
「ええ」
国際冒険者免状を持った客については、免状を見るだけで済ませる。ただ、中には、越境の常連で、この兵士と顔見知りの人もいるようだ。
赤ら顔の兵士が、ついにナタリーの前に来た。
「お嬢ちゃんのも見せてくれるかな?」
「お願いしますわ」
お嬢ちゃんと呼ばれてやや不機嫌に見えるナタリーが、憮然としつつ国際冒険者免状を見せる。
「ほう。まだ若いのに、国際冒険者とはな。だが、少し気になるな」
やれやれ、ここでもスムーズにはパスしないのか?
「ナタリー・エレンスタインと言えば、東の王国の王女殿下のはずだ。実際、昔マギッターで出回っていた王女の写真と、あなたはそっくりに見える。
その王女が、外交免状ではなく、国際冒険者免状を出すのは、どうも解せないな」
兵士が、ぎろりとした光を目に宿らせて、ナタリーを睨む。
ナタリーは、答える。
「いかにもその通り、私は、東の王国の王女、ナタリー・エレンスタインでございますわ。
ですが、あなたはご存じないようですね。私達王族にとっては、冒険者として若いうちに世界を回っておくことも、重要な教育の一環であることを」
優雅に答えるナタリーの前に、兵士は少しひるむ。
「そ、そうなのか?」
「ええ。それに、仮に私が外交免状も持っているとしても、有効な国際冒険者免状を出している訳ですから、どちらにせよこの検問はパスできます。
規定上、二種類以上の身分証を持っている場合に出すべきものの優先順位は、定まっておりません。どれを出してもいいのですから、それはあなたが心配すべき問題ではないでしょう」
「し、失礼しました」
「お分かりになればいいのです」
やっぱり、王女としてのナタリーは別格だな、と思っていると、兵士は僕のところに来た。
「何をボーっとしている。お前の身分証も出さないか」
僕は、発行したての国際冒険者免状を出す。
「ふむ。お前も国際冒険者なのか。だが、発行したのは今日じゃないか。こんなにすぐに外国に出ようとするのは、どうも怪しいな」
うん、確かに怪しい。やばいかもしれない。
だが、僕は、言い返す。
「そちらのナタリー王女に冒険者になるように誘われてね。それまで僕は冒険者じゃなかったから、今日初めて冒険者免状を発行したんだ。
ところが、ナタリーに言わせれば、僕らが西の魔女と黒竜王を倒してしまった今や、この国にいる理由はないらしい。そんなわけで、僕は初日から北の共和国に向かうことになったんだ」
「嘘を言うな。お前のようなひよっこが一国の王女殿下とご一緒に旅するなど、考えられない。第一、四大魔女や黒竜王は、トップクラスの冒険者ですら倒せないとされる実力者だ。お前ごときに倒せるはずはなかろう」
兵士がそう言い終わらないうちに、ナタリーは、さっと立ち上がり、剣をその兵士の喉元に突き付ける。
「確かに、彼はなりたての冒険者です。が、彼の言っていることに間違いはありません。
私と、東の王国の名誉にかけて保証します。
そして、これ以上彼を侮辱するようでしたら、私はあなたを許しません。
彼の腕前については、私のマギッターアカウントに詳細を記していますので、必要があれば後程ご確認ください」
いちいちここでマギッターのことを宣伝するのはやめて欲しいけど、助け舟を出してくれるのはありがたい。
「なるほど、殿下が自らそうおっしゃるのであれば、信ずることとしましょう」
兵士は、そう言って苦笑し、ナタリーもそれに応じて剣を戻す。
その後は特に何も起こることはなく、僕らは無事に検問を通過した。
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後に、この兵士はマギッターで、「王女も相当な実力者だった」とつぶやいたようである。
それが拡散された結果、社会全体ではまだあまり知られていなかった最強の冒険者としてのナタリーの存在も知られるようになり、僕らは「最強コンビ」として名を馳せていくことになるのだった。
僕は全く最強ではないので、内心冷や汗しか掻いてないんだけどね。
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