北の共和国編

第13話 駅間馬車と各国軍のこと

 北の共和国に入った僕らは、そのまま馬車に揺られて、旅を続けていた。


 道は緩やかな坂道になっていて、徐々に外の空気が寒くなってきたように感じられる。


「どうも冷えてきた気がするのだが」

「そうですね。北の共和国は、全体的に寄稿が冷涼なことで知られていますから」

「そうなのか」

「ええ。南の海洋帝国が最も温暖で、基本的にはそこから北に行けば行くほど、寒い気候になっていきます。

 国家全体が高地にあることも重なっている北の共和国は、四つの国の中でも、最も寒いと言って良いと思いますわ」

「なるほどなあ…ところで、王女としてお忍びの訪問ではなくすと言っていたが、僕らは結局どこに向かっているんだい?」

「共和国の首都、エルフィアですわね。ただ、今日中に到着することは厳しそうなので、どこかで宿を取らざるを得ないでしょう」

「宿だけじゃなくて、できれば服も買っておきたいかもな」

「確かに、私達のどちらも、北へ行くための備えは全くと言って良いほどしていませんでしたわね。

 そうなると今日は、次の街で降りるのが良さそうですね」

「ああ」


 この国の街は、所々に出てきた道しるべを見る限り、今進んでいる大きな街道からちょっと引いたところにあるらしい。

 その点は、西の聖教国、つまり僕の故郷と大差ないようであった。


 大きな街道は森林を貫き、街の雑多な物流とは切り離されたところを走っていく。

 その設計はなかなか合理的であり、人込みの中を走り抜ける必要性がないわけだから、長距離を旅する馬車などにとっては、便利と言えそうであった。

 しかし、東の王国や、南の海洋帝国も同じ方式を採用しているかは、正直分からない。


 その辺は、今後の僕の旅における楽しみとさせてもらうか。


 そんなことを考えていると、何個か見てきたのと同じような道しるべが、目に入った。


「マルコア 1.4センフ」


 御者が、振り向きもせずに、客室に向かって声をかける。


「マルコアでお降りの方はいらっしゃいますか」


 ナタリー王女が、いう。


「ええ。私達は、ここで降りさせてもらいますわ」

「了解しました。間もなく、マルコア前にて、一時停車します。お降りのお客様は、お忘れ物などなきよう、お願いいたします」


 僕らが乗ってきた馬車は、駅間馬車と呼ばれるもので、このように各都市の前となる分岐点で、乗降客がいれば一時停車する。原則として都市そのものまで運んでくれることはないが、始点や終点となる都市については、例外的に城門前まで運んでくれる場合もあるにはある。

 …というのは、ナタリーが僕に教えてくれたことである。木こりだった僕は、ナタリーがいなければ、この馬車の使い方もろくに知ることができなかっただろう。

 旅のことを色々教えてくれる彼女には、感謝はしている。まあ、発端がマギッターの件だから、ある意味では帳消しにしかならないかもしれないけど。


 話を戻すと、今日移動しているような辺境地帯では、多くの旅人が終点まで移動しようとするため、あまり乗り降りは見られなかった。が、前に聖都ラメンに向かったときは、ラメンに近づくにつれ、少しずつ乗降客が増え、停車頻度が上がった記憶がある。


 センフは、標準的な成人男女が1000歩歩いて進む距離をもとに定められた距離の単位である。1.4センフであれば、30分もしないうちに、街までたどり着けるであろう。


 そう思った僕らは、マルコア前にて降りると、別の馬車を頼むことなく、二人で歩くことにした。


 マルコアに向かう道は、馬車で揺られてきた街道よりもやや狭く、土の固められた街道とは異なり、石畳で覆われていた。


 馬車で移動するには揺れて不快になりそうだが、歩いていく分には、なかなかしっかりしたふみ心地がして、悪くはない道だった。


 10分ほど歩くと、森林風景が晴れて、見晴らしのいい草原に出た。


 草地では、何頭もの牛馬が、飼い主に見守られながら、草を食んでいる。


「主に移動用と、農業用だと思いますわ」


 彼らのことを見ていると、ナタリーが言った。


「なるほど」

「牛馬はこの北の共和国では、原則として軍事利用はされておりません。故に、使うとすれば、移動用、食肉用、あるいは耕作用と言ったところに落ち着くと思われます」

「軍は使わないんだ?」

「ええ。彼らの代表的な戦力は、ポニードラゴンに乗った飛竜隊です。

 家畜化した小型の竜に乗って戦う空中戦力は、少数精鋭ながら、陸戦戦力しか持たない東の王国や、海洋戦力に長けている南の海洋帝国とも、その気になれば十分戦えるだけのものですのよ。

 そしてそれだけに、北の共和国は、城門の護衛兵などの少数の例外を除くと、陸戦戦力は持ちませんの。

 だから、牛馬が戦闘用に使われることもないという訳ですわ」

「なるほど」


 話しながら草地を抜けていくと、やがて、マルコアの城門前にたどり着いた。


 門前に建つのは、二人の衛兵。今回は無事に通れるといいが…。

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