第9話 戦闘能力を測る柱
泣いてしまって、両手で顔を覆っている女性の頭を、ナタリーは優しく撫でる。
「で、でも…」
「大丈夫。あなたの身に何も起こらないことは、私が保証しますわ。
全ては、この私、東の王国の王女、ナタリー・エレンスタインの責任です。
あなたは、安心して免状を発行していいのですよ」
「うう…」
「私がこう言った以上、その意向を無視してあなたに何かしようとしたら、それもまた外交問題になります。西の聖教皇は、それを知らぬお方ではありませんから」
「うう…、わ、分かりました。でも…」
「でも?」
まだ何か言おうとしている女性を見て、ナタリーの表情がやや険しくなる。
少し落ち着いた女性が、涙をぬぐって、顔を上げて、言う。
「免状は発行します。
それでも、せっかく最強と言われるヘイ・ボーンさんがここにいらしたのに、その実力を見ずに終わってしまうのだと思うと、それだけが返す返すも残念で…悲しいのです」
それを聞いたナタリーは、安心したのか、表情を緩めて、言う。
「そういうことなら、大丈夫ですわね。半日も潰される筆記試験と異なり、戦闘試験だけなら、5分で済みますから」
いやいやいや。待ってくれ。
さっきナタリーの出してくれていた助け舟が、ナタリー自身の手で丸ごと沈没させられていく姿が見えるのだが?
そんな僕の想いも知らずに、彼女は微笑んで、私に向きなおって言う。
「ね、それなら大丈夫でしょ?ヘイ。
正直私が心配だったのは、さして学がないであろう辺境の木こりのあなたが、筆記試験で点を取れないことだけでしたから。もちろん、時間を無駄にしたくなかったのも確かですけど」
ああ、そっちの心配はしてくれていたのか。優しいのは嬉しいが、しかし、決定的に方向性がずれている。
しかし、あの微笑みは、有無を言わせないものだ。
なるようになれ、と思った私は、言う。
「分かった。やってみるとしよう」
視界が霞む。しかし、もう慣れてきたのか。どこに誰がいて、どっちに何があるのかぐらいは、分かる。
先ほどまで泣いていた女性が、喜びの色を浮かべて、言った。
「どうぞこちらへ」
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建物の3階にある試験場には、一つの柱が立っていた。
柱の脇の壁には、何やら四角くて、黒い板がくっついている。
女性が説明する。
「この柱に対して、あなたの全力の技をぶつけてください。その攻撃を受けた柱は、一定範囲の戦闘能力を測定することができます。
例えば、こんな感じで」
女性が、柱を殴りつけると、四角い黒い板に、「39」という数字が出た。
「御覧の通り、私の実力は、一般人に毛が生えた程度のものでしかありません。平均的な一般人は、5~10程度の戦闘能力があるといわれていますが、冒険者としては、最低20は必要なので、この装置はそれ以上の実力がなければ、『測定不能』の文字を返します。
今度は、ナタリーさん、お試しいただけますか?」
「分かりましたわ」
ナタリーは、剣を抜いた。彼女が何やらつぶやくと、その剣が、紫色の炎を纏い始める。
「参ります」
彼女は、その剣で、優雅に柱を斬りつける。
そして、出てきた数字を見て、唸っている。
「うーん、戦闘能力、まだたったの9991しかありませんわね。まだまだ修行が足りないようですわ」
ここで、女性が解説する。
「と言っていますが、このナタリーさんは、世界でもトップクラスの冒険者と言って間違いありません。
この柱が測れる戦闘能力は最大9999までで、50年前に活躍した歴代最強の冒険者が出した、今に残る最高記録でも、戦闘能力は9998でしたから。
それ以上の戦闘能力もまた、『測定不能』と出てきます。
つまり、測れる戦闘能力は、20から9999までなのです。
それでは、いよいよヘイ・ボーンさんの腕を見せていただくとしましょう。お願いします」
限界を超えた戦闘能力に対しても「測定不能」と返すと聞いて、僕は、ひとまず安心した。
結果、震えが止まり、視界が開けた。
「えっ?」
女性が驚いている。
「ボーン・ミストを出すまでもなく、測定限界を越えられるということなのですね、ヘイ」
ナタリーが、うっとりとした笑みを浮かべて言う。
また、何か勘違いされていそうなのだが?
しかし、気を取り直して、なるようになれと願いつつ、僕は、全力の拳を振るって、柱を殴りつける。
「えーーいっ!」
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