第8話 免状担当庁と交渉者ナタリー王女
その建物は、10階建てぐらいのレンガ造りの建物で、入り口には「免状担当庁」の札が貼られている。
「ここですわ」
ナタリーが、そういって入っていくので、僕もついていく。
中には、カウンターがあり、そこには、美しく伸びる茶髪をなびかせた女性が立っていた。
「こんにちは。本日はどんなご用でしょうか?」
カウンターまで進むと、女性はそう声をかけてきた。事務的で、愛想はないが、きりっとした美人であるこの人にはよく似合っている。
ナタリーが言う。
「今日は、こちらの肩の国際冒険者免状を発行してもらいに来ましたの。お願いできますかしら?」
女性は、僕を足から頭まで一通り見まわすと、言った。
「では、こちらの書類にご記入ください」
僕に差し出された書類には、名前や現在の職業、出身などを記入する欄があった。
ラメン聖教が、布教も兼ねて各地の教会での初等教育に力を入れているため、辺境の木こりである僕ですら、文字は問題なく書ける。
僕は、それらの書類に必要事項を記入して、女性に提出する。
「お願いします」
女性は、さっと目を通して、言う。
「では、これから国際冒険者免状発行のための、簡単な試験を受けてもらいます。内容は、筆記試験と、戦闘試験となっております。どうぞこちらへ」
僕は震えた。
戦わなくては免状が発行されないのであれば、平々凡々な僕は終わってしまう。
視界が霞む。
ああ、これがナタリーの言うボーン・ミストか。無駄な特技を身につけてしまったものだ。
だが、実力がバレたら処刑されかねないのだから、今はこれでもいいかもしれない。
驚く女性の声が聞こえる。
「これは、まさか…」
「そう。ボーン・ミストですわ。私達は急いでおります。試験は省略して、免状を発行していただけますか?この方が最強の冒険者であることは、私が保証します」
ナタリーが、口を挟む。そういえば、書類を記入しているときから、ずっとどこか苛立たしげだったな、と思う。
結果としてこれは僕にとっての助け舟になっているので、ありがたい。
が、女性は、すげなく断る。
「それはできません」
「私と彼が、どこの誰なのかご存知の上で言っているですか?」
「承知しております。東の王国の王女にして、当代でもトップクラスの実力を有する冒険者、ナタリー・エレンスタインさんと、そのナタリーさんがマギッターで最強だと拡散してやまない男、ヘイ・ボーンさんですね?」
「分かっているのなら、話は早いですわ。
王国の王女である私が実力を保証する折り紙付きの人間に対して、もしこの国が免状を発行しなければ、外交問題になりますわよ?」
「それでも…」
「そもそもこの聖教国は、我が東の王国と、北の共和国が土地を寄進して成立したもの。
大衆のラメン聖教への信仰心がかつてほど強くはない今、我々が元の土地を取り戻しに行ったとしても、誰も文句は言わないでしょう。
あなたたちの軍事力はたかが知れていますから、私達はスムーズにこれを取り戻すこともできるでしょうね。
万一北の共和国が私たちの動きを気に入らずにあなたたたちへの援軍を派遣したとしても、結局戦場はこの国になる。どちらにせよ、この国は、大損害を被るでしょうね」
ナタリーが、見たことのないような暗い微笑を浮かべる。王女だけあって、外交や交渉にも慣れているのかもしれない。
敵には回したくないと、つくづく僕は思った。
だが、女性は、それでも折れない。
「それでも、私は公務員です。法律を曲げる訳にはいきません!」
わずかだが、初めて感情のこもった声を出す。
ナタリー王女は、それを見て、ニッコリと笑って、言う。
「確かに、公務員としては立派な志だと思います。その点では、あなたを尊敬しますわ。
ですが、それならあなたには責任が取れるのですか?
この国が、あなたのせいで損害を被ったとして、その責任が取れますか?」
「うう…」
言葉に詰まった女性の目が、少しばかり潤む。
ナタリーは、優しい口調に切り替えつつ、追い討ちをかける。
「これは、内政ではなく、既に外交の場なのです。そして、外交の場においては、時として国法の元首は足枷になる。
内政を担う公務員であるあなたが、そこまでの重荷を背負う必要はないのですよ。外交における責任は、それぞれの国家の首脳が追えばいいことなのですから」
そして、ポンと女性の肩にナタリーが手を置くと、女性は、とうとう泣き出してしまった。
交渉者・外交官としてのナタリーも、恐るべき実力がありそうだ。
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