第15話 マルコアの服屋と「宣伝官」ナタリー
辺境都市であるマルコアは、全てが西の聖都ラメンより一回りか二回りほど小さく見えた。
城壁もやや低く、ラメン聖教の教会も、僕の出身の村のものよりは大きかったが、聖都のように天まで届かんばかりとまでは言えなかった。
商店街については、さすがに商店そのものの高さが一回り低いということはなかったが、町全体の規模や、個別の商店の奥行きなどはやはり一回りぐらい小さいように思われた。
ただ、
「いらっしゃい。新鮮取れたての野菜はうちが一番でっせ!」
「へいよー、活きのいい魚、買っていかないかい?南の海洋帝国からの高速空輸瓶だぜい!ポニードラゴンの運んできた高級鮮魚、買っていかないかい?」
「肉はこのわしにお任せい!質のいい可食モンスターから、この国名物雪見牛まで、何でもあるよーい!」
「おーい、食べ物もいいけど、服も見ていかないか?何といっても、北の共和国一暖かい服を作れるのはうちでござんすぞ!」
と、人を呼び込もうとする声がよく響いていて、聖都ラメンにはない活況があった。
「では、早速拝見させてもらうとしますわ」
ナタリーは、最後に声をかけてきた服屋に、迷わず足を向けた。
僕も、他の店にしなければならないほどの理由は感じなかったので、ついていく。
「お、いらっしゃいでござんす。何かお探しでござんすか?」
「これから更に北、首都エルフィアへ向かいます。防寒性に優れていて、後は…」
ナタリーが言い淀む。
「後は?」
「その…、可愛い服は、ありませんか?」
僕が先を促すと、少しばかり頬を朱に染めながら、彼女は言った。
王女と言えども、その辺は普通の女性と変わらないのだな、と思うと、少しだけ親近感がわいた。
でも、それだけのことを言うのに照れているということは、普段は言えないことなのだろうか?
「了解でござんす。男女ペア向けの可愛い服でござんすね?」
「はい、よろしくお願いしますわ」
ん?
ナタリー王女はいいけど、何故か僕まで可愛い服を着せられそうになっていないか?
少なくとも僕は可愛いというよりはカッコいいと思われたいのだけど…。
「何か問題でもございますか?」
「…いいえ」
ナタリーのあまりに無邪気なまなざしに、根負けしてしまった。
国際問題を持ち出すときのあのえげつない眼光は、どこへやら。これも王女の人心掌握術の一つなのだろうか?
まあ、いいや。可愛らしい服装にしておいた方が、最強だと勘違いして僕に迫ってくる輩も減るだろうし。
「良かったですわ。後でちゃんとマギッターにツーショットを上げさせていただきますわね」
…減るだろう、と思いたいし。
「なんでそんなにマギッターに広めたいんだ?」
「だって、最強の男ヘイ・ボーンと旅できるなんて、幸せなことじゃありませんか。幸せなことは、広めることで人々の希望になるのですよ。
例えば、この国の人でしょうか、『北の魔女を倒すついでに階級社会も倒して欲しいです、救世主様』なんてリプライも、既に入ってきています。
あなたは、行く先々で人々の希望となるだけの力をお持ちなのです。だからこそ、その存在を知らしめるのが、旅の伴侶にして専属宣伝官の私の役目ですわ」
国家や大商会にいる宣伝官は、主にマギッターを中心としたテレパスネット情報網を介して、自分たちの実績の宣伝を行う。
僕は国家でもなければ商会でもないのに、ナタリーからはそれらに匹敵する存在だとみられてしまったらしい。
だが、それにしたところで、一国の王女その人が宣伝官を名乗るなんて、贅沢過ぎる。真に最強の実力があったとしても、僕は内心ヒヤヒヤしていたことだろう。
今となっては、そのステージを越して、なるようになれと開き直りたくもなるのだが。
「そう…なのか?」
「私では、役不足ですか?」
僕が疑問を呈したことは、彼女にとって余程響いたらしい。普段の気の強いさまからは想像できないことに、僕をのぞき込んでいる瞳はわずかに潤んですらいた。
「いや、むしろ一国の王女が宣伝官を務めてくれるということのすごさに、僕は見合うのかな、って思って」
ほっとしたように表情がパアッと明るくなるナタリー。
さっきからずっと、ずるいぐらいに可愛い。
僕は、このままだと理由もないのにひれ伏して許しを請いたくなるぐらいだ。
「何をおっしゃるのですか?
ヘイは最強の男なのですから、私でも役不足の可能性はあっても、逆はありませんわ。
私には、あなたほどの力はありませんから、できることと言えば、未来の東の王国を辛うじてまとめ上げることぐらいでしょうし…」
ナタリー王女は、そう言って伏し目がちになった。今日の彼女は、やけに表情が豊かだ。
そう考えていると、
「お待たせしましたでござんす。こちらはいかがでござんすか?」
と言って、店主が戻ってきた。
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