第16話 魅了と素顔
店主が持ってきたのは、もふもふとした白い毛が袖口や首周りについている、真っ黒な防寒着だった。
「お嬢ちゃんの場合は、元々見目麗しうござんすので、変に服で引き立てるよりも、元を生かせるシンプルなデザインが最も可愛く見えると判断しましたでござんす。
旅人、そして恐らくは冒険者であるあなた方にふさわしく、もふもふとした可愛らしい見た目ながら、武器を装備しやすく、かつ動きやすい服となってござんす。
いかがでござんすか?」
「私は構いませんが、こちらのヘイにはもっと服自体が可愛らしいものを用意していただけますか?」
いや、僕は、割とシンプルで男女どちらでも使えそうなあの防寒着が来て、ちょっとだけホッとしていたんですけど?
「了解でござんす。男性向けの可愛い防寒着となりますと…」
よく見るとボサボサの茶髪で耳を隠しているものの、どうやら獣人らしいその店主は、別の服を探しに奥へと入っていく。
「あの…」
「何でしょうか?ヘイ」
「僕は、普通にあれでよかったんだけど?」
「何をおっしゃるのですか?比較的平凡な容姿の最強の男が可愛らしい服を着て歩いているのですよ?
その何とも言えないギャップは、私とのお揃いであるという条件を崩してでも、追及するべきものですわ」
「僕のファッションなんだから、僕の好みを反映してくれてもいいんじゃないかな」
「私には、ファッションのセンスがないと言いたいのですか?」
さすがに、ちょっとうんざりしてきた。
「そろそろ、そういう言い方で丸め込まれるのも疲れてきたよ」
王女は、目を丸く見開いた。
「私が魅了の術をかけているのを知っていながら、そしてその術が効いていないにも拘らず、話に乗っていてくれたのですね。
私の負けですわ。さすがは、最強の男、ヘイ・ボーンですね」
何となく従いたい気分にさせられたのは、彼女自身の魅力というよりも、魔術が生み出した幻想の結果だったらしい。
「魅了?」
「周りが、自然と私に惹きつけられるようになる魔術です。
周囲に向けては常時一定濃度で発しているのですが、私が殊に想いのある相手に対しては、意図的に強く働かせることもできるのですよ」
ああ、そういうことなら、ナタリーの術が僕に効かなくなってきたのは、僕が最強だからではなく、あんまりナタリーがしばしば使ってきて、単に慣れてしまったからだろう。
「ナタリー」
「はい?」
僕が、改まった調子で言うと、ナタリーは戸惑ったような表情を浮かべる。
「ナタリーは、魅了の術なんか使わなくても、僕にとっては十分魅力的な女性であり、旅仲間でもある。
時には僕とは全く異なるセンスに戸惑うこともあるけど、おかげで僕がこの旅を楽しめるのも事実だし。
だから、無理にとは言わないが、僕の前では、魅了の仮面を外してくれても構わない。ずっとその仮面を着けているのも、疲れるだろう?」
なんとなく、口説くような口調になってしまった。僕としては、その気はなかったのだけど。
ナタリーは、赤面しながら、僕の前で、初めて本物の表情を見せた。
泣きそうな、でも、嬉しいということを伝えたくて笑おうとしている、何とも言えない表情。普段の、思えばどこか乾いていたスマイルとも、さっきまでの、今考えるとどこかわざとらしかった潤んだ表情とも異なる、人としてのナタリーが見える表情。
作られた、あまりに何もかも照らし出され過ぎた底の浅い無邪気さではない、奥深く渦巻く想念が見える、複雑な表情。
おいおい、魅了をやめたナタリーが、こんなにも魅力を増すなんて…。予想外だし、今度こそ本当に反則でしょ。
王女じゃなければ、無言で抱き寄せているレベルだと思う。
その表情は、意図的に人を魅了しようとするナタリーよりも鮮明に、僕に、ある叶わぬ夢を意識させる。
永遠のような数瞬が流れ、ナタリーは、言った。
「ありがとう。
あの…私も、あなたに普通の口調で話して、いいかしら?
国民から慕われる姿を演出しなければならない王女としては、あるまじき、恥ずべき行為なのに、どうしても、お父様やお母様の前にいるときのように、あなたの前だと、うっかりするとタメ口で話したくなってしまうのです。
しっかりした口調で、外では政治家とやり合い、内では国民が安心できる存在として生きていかなければならない私なのに。誰から見ても、隙のない、国家を代表して立ち回れる完全な存在であるべきなのに…」
既に口調が乱れているように思えるが、まあそこは気にしないであげよう。
正直、僕も王女に丁寧語を使わせて、僕自身はタメ口であることに、違和感を感じていたから、言った。
「いいよ。その方が僕としてはむしろ話しやすいかも」
「やった!ありがとう。
お礼じゃないけど、ヘイには絶対ここで一番可愛い服を選んであげるからね!」
結局そこは変わらないのか。でも、素顔の、奥行きを感じさせる生き生きとした笑顔のナタリーにそう言われちゃ、さすがに敵わないや。
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