第17話 種族差別と宿場

 こうして僕は、何やら可愛らしい、というよりは本音を言うとダサい、白地に水色の水玉模様がついた防寒着を着せられることとなってしまった。


 ナタリー曰く「可愛い」のだが、僕に言わせれば、これではまるで大道芸人である。正直、街の人々からも奇異の目で見られて、恥ずかしい。


 マルコアでの宿を探すために街を歩いていた僕らは、活気あふれる商店街を抜け、人々の活気を建物の中に移した飲食店・宿場街に出た。


 そろそろ傾いた日に照らされる建物の内側からは、明かりと陽気な人々の声が漏れている。


 様々な色のレンガで立てられた建物の中に、ひときわ目立つ、金色の建物が立っていた。


「あそこにしてみようか」


 僕が言うと、ナタリーは表情を曇らせる。


「あんなに高級そうな建物だと、人間の私達が泊まれるとは限らないわね」

「まあ、でも、物は試しじゃないかな?」

「分かったわ。ヘイがそういうのなら、試してみるわ」


 決意を固めたナタリーとともに、僕は入る。


 すると、フロントにたどり着く前に、どこからか駆け付けた二人のエルフに止められた。


 確かにエルフは美しいと思ったが、表情を見るに、今はそれどころではなさそうだ。


「お前らは人間だな?今すぐ出て行ってもらおうか?」


 答えるのは、交渉モードに入ったナタリーである。


「どういうことでしょうか?」

「…共和国文字の読めない、外国からの旅の者か。書いてあったはずだ、『エルフ専用宿』とな」

「そう、なのですか?」

「ああ、そうだ。だから、出ていけ」

「お金は、常識的な範囲内ならいくらでも払いますわよ」

「お前ら、この国の法では、階級による分離が合法で、それに背けば違法になることを知らないのか?

 大体、お前ら人間は、すぐ金で解決しようとするからいけない。だから、いつまで経ってもドワーフ並みに賢くなることすらままならないで、獣人とどんぐりの背比べする羽目になるのだ」

「それはどうですかしら?」

「言っておくが、国際冒険者免状も、外交免状も、何の価値を持たないからな。ことに金で動く他国の愚かな人間どもが出した免状などは、種族の前では何の価値も持たぬ」


 ナタリーは、ため息をついて、僕に向きなおって言った。


「これが、この北の共和国の現状なのよ。今のところは、どうにもしがたいわ。

 …だから、別のところを当たらない?」


 彼女は、東の王国の王女としての切り札は切ってはいなかった。その情報を出せば、事情も変わったかもしれない。

 だが、切りたくなかったように見えたので、僕は同意することにした。


「分かった」


 何となくしょんぼりしているナタリーと共に出た僕は、しばらく歩いて、街中の、僕の知っている文字ではっきりと「人間専用宿」と書かれた、おんぼろな宿屋で一夜を過ごすこととなった。


 扉の密閉性が悪く、隙間風が床から入ってきて、あまり暖かくない。


 壁も薄く、隣の部屋の客が立てる物音がわずかに聞こえてくる。


 しょぼんとしたまま、ベッドに座っているナタリーが、ポツリと話し始めた。


「この国では、場所によってはトイレも種族ごとに分けられているのよ。それほどまでに、差別は根付いている。

 本では読んでいたし、マギッターなどの情報で一応知ってはいたのに。実際に体験すると、差別は、こんなにつらいものなのね。

 でも、これも、世界を知るいい経験と割り切ったほうが良さそうね。

 私、独りだったら、多分無理だったけど…。だから、今夜は、この部屋で一緒に過ごしていいかしら?」


 良いも悪いも、空きがなくて一室しか取れなかったから、ここで過ごすしかない、はずなのだけど。


「いいと言わなかったらどうするつもりなんだい?」

「この部屋はあなたに譲って、私は外で寝るわ」

「王女たる君が僕を追い出すのなら分かるが、逆はないと思うな」

「王女だろうと、今はただの一人の人間、被差別種族よ。それに、世界を経験したいという私の理屈で、あなたを無闇に苦しめたくはないから…」


 苦しそうな表情を浮かべるナタリー。可愛い。背中を、そっと抱きしめてあげたい。


「僕は構わないよ。でも、君は怖くないのかい?男性と同じ部屋で過ごすなんて」

「ええ。あなたなら、本当に愛している人にしか手を出さないと思うから」

「本当に愛している人がいるとしても、身分違いだと思う。だから、そんな無謀なことはしないさ。でも…」

「でも?」

「苦しんでいる仲間を見て、手を差し出すことは許して欲しい」


 そう言って、僕は、彼女の背中にそっと手を回す。その温もりが、服越しでも伝わってくる。


「僕は、ナタリーほどいろいろ抱え込んでいる訳じゃない。それでも、僕が支えとなれる範囲で、君のことを支えていけたらな、と思っている」


 微かに震えるナタリー。表情は、まだ残されている王女のプライド故か、良く見えない。だが、その震えは、溢れ出す奔流を示していた。

 僕は、開いていた左手で、優しく彼女の頭を撫でる。


 夜が、ただただ寂しく更けていく。

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