その最強、実は最弱につき
如空
西の聖教国編
「最強」伝説の始まり
第1話 全ての始まり
全ての冒険の始まりは、思わぬことがきっかけだった。
あの時、僕、ヘイ・ボーンは、いつも通り木こりとして、森の中でいい木を選んで切ろうとしているところだった。
(このまま、何の変哲もない毎日が、いつまでも続くのかなあ…)
もちろん、世界には恐ろしいモンスターなどもいる。特に、西の聖教国の中でも、最西端、世界をぐるりと囲む最果ての山脈からほど近いこの森では、いつ、どんな凶悪なモンスターが出て来ても、おかしくはない。
にもかかわらず、ここしばらくは、モンスターが出没したという情報も聞くことがなかった。
モンスターが出没しそうであれば、冒険者に護衛を頼んで出かけるか、その日の仕事を休むかしかない。
だが、ついつい今日は大丈夫だろうと思っていた僕は、護衛も頼まずに、一人で森に出て木を切ろうと出てきたのだ。
この一帯では、まず非常識なことなのに。
その油断のツケは、すぐに支払わされることとなった。
ドシン、ドシン。
これまで聞いたこともないような、不気味な重い足音が、僕のいる方向に向かって近づいてきたのだ。
(しまった!モンスターが近ごろ出て来なかったのは、強力なモンスターが弱いものを駆逐したからにすぎなかったのか…。全く、油断というのは、したときに限ってつけを払わせに来るものだ)
ドシン、ドシン。
足音は、ますます近づいてくる。
僕は、その方角を見ずに、すぐにどこかに立ち去るべきであったのに、気になって、うっかりその方角を見てしまった。
「グルラララアアアアーーーーッ!」
そこには、美しいといっても過言ではないほど洗練された滑らかなシルエットで、これまた美しく黒光りする鱗に覆われた、巨大な竜がいた。
あまりに大きいので、森林の中でも頭一つ出ているのが目に見えるほどだった。
僕がうっかりそちらを見てしまったことで、竜と目が合う。
そして、目が合ったことで、モンスターのご多分に漏れず、竜は、僕に猛スピードで迫ってきた。
僕は、ともかく恐怖で一杯になって、走り出した。逃げなくては、死ぬ。逃げても手遅れかもしれないけど、僕は、まだ生きるための抵抗をしたかった。
「オノレ、ニンゲンフゼイガ、コノワレヲオソッテニゲルナド、ユルサヌ。イッピキノコラズネダヤシニシテヤル」
竜の機械的で、幾重にも響くような声が、どこかぎこちない人語の発言を紡ぐ。
(いや、確かに目が合ったけど、襲ってなんかないぞ!一体どういうことなんだよ!あんな立派な竜を怒らせたら、誰にも勝ち目なんかないだろうに)
僕は、逃げる。ひたすら逃げる。
バサッ、バサッ。
竜は飛翔して迫って来るらしい。いつしか、足音は翼の音に変わっていた。その音が、みるみる大きくなっていく。
「クッ、まだ、死にたくないのに…」
気付かぬうちに、僕の声が漏れる。その声がどうしようもなく心に刺さり、僕の視野が霞む。
僕は逃げる。
逃げられるだけ逃げた、もうダメかも、と一瞬思ったその時、急に木々が見えなくなり、僕は、崖のふちに近づいてしまったことに気付いた。
これではダメも何も、そもそも逃げ道がないと思い、僕は、動揺してとにかく走る向きを変えようとしたが、小石に躓いて、転んでしまった。
(ああ、終わったな。ありがとう、世界。今まで楽しい夢を見させてくれて。そして、さようなら…)
竜が、頭上にやってきたのを感じる。
ものすごい勢いだ。直接当たってしまえばひとたまりもないだろう。
僕は、覚悟を決めた。
だが、何故か竜の気配は、急速に離れていった。
(あれ、通り過ぎた…?)
僕は、恐る恐る、顔を上げようとした。
その時。
「グギャアアアアアアアアアーーーーッ!」
「ヒャ、ヒャアアアアアアーーーーッ!」
二種類の悲鳴が、崖の下から聞こえてきた。
そのうちの一つは、あの竜のものだった。
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