旅の始まりと聖都
第4話 馬車とモンスター
マギッター上で最強だなんて広められてしまった以上、僕はできる限り早く、知り合いに会わないようにしながら、この地を離れたいと思っている。
ナタリーもナタリーで、できる限り早く、僕への国際冒険者免状を発行してもらいたいと考えている。
二人の思惑が一致した結果、僕らは、西の聖教国の聖都ラメンに、馬車で揺られながら向かっている。
芸術と学問の進んだ東の王国が力を入れて研究してきた、テレパスネットが世界中で使えるようになったおかげで、情報は世界中を高速で飛び交うようになった。
しかしながら、人は情報ではないので、その移動には、未だに昔ながらの馬車が使われている。
馬車から見える風景は、単調な森林で、正直見飽きる。
ナタリーもそれは同じらしく、ふとため息をついて、ぼそりとこぼした。
「人も、テレパスネット上の情報並みに速く移動できるようになればいいのですけどね。
テレパスネットは、各地の魔力塔が整流した人々の脳波を媒介としている以上、人を載せることは今のところ無理なのですから、仕方ないですわね」
何やら、僕が聞いたことのない難しい言葉を並べて、ナタリーの言葉は、独り言のまま自己完結してしまった。
やはり一国の王女ともなると、知っている世界が違ってくるらしい。
何はともあれ、独り言で暇をつぶせるほど僕は賢くないので、ナタリーに話しかけることにした。
「ナタリー、大丈夫か?何か言ってたけど」
ナタリーは、ハッとしたような表情を浮かべ、僕の方を見て、言った。
「大丈夫ですわ。ちょっと、この馬車、遅すぎるなあ、と思っていましたの。
マギッターで流せる情報のように、素早く世界の隅から隅まで移動出来たら、どんなに良かったことでしょう。
そうですね。帰ったら、国の研究機関に、早速高速交通網の研究・開発を命じることとしましょう」
王女の気まぐれでこの世界の技術が進んでしまうのであれば、恐ろしいことである。
「すごいんだな、ナタリーって」
「いえ、私はあなたと違って、最強ではありませんもの。ヘイに比べれば、取るに足らない存在ですわ」
と口にしながら、まんざらでもなさそうな表情を浮かべているナタリー。
わずかに赤みがさした頬が、可愛らしいと思う。王女様ともなると、美貌も含め、あらゆる方面で秀でるものなのかもしれない。
そんなことを考えていた時だった。
「ンムーー」
「ンヌーー」
前方から、モンスターらしき鳴き声が聞こえてきた。
「ヒェッ!」
見ると、御者が怯えて叫び声をあげたようだ。
見回すと、他のお客も、それぞれの仕方で怯えていた。
ぶるぶる震えている痩せた女、歯をガチガチ鳴らしている初老の男、いきなり、「ラメン様、悪神パ・スタの差し金を追い払ってください!」と叫んで地面に必要以上に激しく頭を打ち付けて祈りを捧げる聖職者らしき男、そして、どうしても目に入ってしまう目立った濡れ方をしているマッチョな大男。
このままではいけないだろう。
そう思っていると、同じことを悟ったのか、ナタリーが言った。
「私が出ますわ。ヘイは、敵がどこにいるか見える範囲で教えて頂けますか?」
思えば、先に黒竜王を見てしまったゆえか、そこまで怖くはないと思っていた私がいたが、いくら心理的に鍛えられたところで、僕が戦力にならないことには変わらない。
ナタリーが自ら出ることを宣言した以上、ここはナタリーに任せるのが一番だろう。
「分かった。戦いは任せたぞ、ナタリー」
ナタリーは、ニッコリ笑って、言った。
「ええ。では、行ってきますね」
そして、ひょいと馬車から飛び降り、モンスターの鳴き声がした方へと進んでいった。
僕は、呆然としている御者の脇から、前方を覗き見る。
すると、前方には、番の魔牛が二頭、鼻息を立てて、今にもこの馬車に突進せんばかりに足を踏み鳴らした状態で、立っていた。
「ンムーー」
「ンヌーー」
二頭は、それぞれに鳴き声を上げると、馬車から降りてモンスターに接近しているナタリーに突進してくる。
「ナタリー、来るぞ!」
僕が言うと、彼女は無造作に片手を上げて、伝わった旨を示した。
そして、迫りくる二頭のモンスターに対して、言った。
「今は素材袋がいっぱいですの。ですから、大人しく森に帰ってきていただきますわ」
ん?モンスターは、倒せばいいものじゃないのか?
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