第3話 冒険の始まり
「いや、僕は、ただの木こりなんだけど…」
「木こりですか?
そうですわね。確かに、冒険者であれば黒竜王をただの竜と見間違えるとは考えられませんわ。
いくら芸術では東の王国にかなわない西の聖教国でも、流石に黒竜王の雰囲気を伝えることのできる絵ぐらいはあるはずですからね。
なるほど、では、最強の木こりさんということでいいですわね?」
僕の発言を遮った少女は、勢いよく考えを展開した後、ニッコリとほほ笑む。
(ああ、ダメだ。これは、何を言っても聞かない思い込みの激しいタイプに違いない。こんなに純粋な笑顔を見せるのは、子供でなければ狂信者ぐらいのものだ)
僕は、彼女の説得を諦めた。
「さあな。僕はずっと木こりだったから、よく分からないよ。
でも、このことは、君と僕との間の秘密ということにして欲しい。
黒竜王と西の魔女とやらを倒した実績は、君の者で構わないから、くれぐれも僕が最強だなんて言いふらさないでくれ。
いいな?」
僕が最後の質問を断固たる口調で口にすると、彼女は途端に震えた。
「ご、ごめんなさい。
もう、遅いですわ。
マギッターで、最強の冒険者現ると言って、あなたの画像ごと全世界中に拡散してしまいましたもの」
「はあ!?」
これは、もう、僕の人生は終わったな。
もし万一広まってしまえば、僕は周り中から最強だということにされてしまう。そして、訳も分からずモンスターとの戦いに駆り出され、死んでしまうだろう。
せっかく生き延びたのに、なんてことだ。
「それに、私のアカウントは、これでもフォロワー数が100万人近いのですわ。仮にも東の王国の王女ですから」
本気とも冗談とも取れないが、ちらっと見せられたスマートボードに映る彼女のマギッターアカウントのフォロワー数は、確かに100万に迫らんばかりであった。
しかも、件の投稿は、瞬く間に1000以上のアカウントによって拡散されているらしかった。
僕は、へなへなとくずおれた。
「もう、これ以上僕に追い討ちをかけないで下さいよ。東の国の王女殿下が、何でこんなところにいらっしゃるのか不明ですし、冗談にしてもタチが悪いですよ。
というか、いつの間に僕の写真を撮ったのですか?」
少女は、何故か安心したような表情を浮かべた。きっと、僕が最強などではないことに気付いたのだろう。
良かった。これで修正投稿を出してもらえるはずだ。
それでも、投稿を見た人がもしいれば、ネタにはされるかもしれないけど、少なくとも死にはしないだろう。
「あら、私があなたを、このスマートボードでできる限りスピーディーに隠し撮りしたことをお察しの上で、私に配慮してくださっているのですね。うれしいですわ」
相変わらず勘違いされたようだ。彼女は続ける。
「そのような配慮もできてこその、最強の木こりさんですわね。ですが、確かにそんなにお困りになることを広めてしまったとなりますと、どうしましょうかしら…」
彼女は思案する。
「そうですわ。お詫びに何か一つ、あなたのお願いを叶えて差し上げるとしましょう」
僕は、その思わぬ発言にまたもや驚く。
「えっ!?」
「大抵のことは私の力があればできますわ。事実、私は東の王国の王女、ナタリー・エレンスタインですから」
少女の言葉に、嘘はなさそうだった。
それなら、何もしてもらえないよりは、何かしてもらえた方がいい。
「とりあえず、この土地から離れたいですな」
少女の顔が、パッと明るくなる。
「そうですか。冒険者になって、私を守ってくださるのですね?ありがとうございます。
それでは、早速聖教国の最寄りの役所にて、国際冒険者免状を発行してもらうとしましょう」
「そんなこと言って…」
とんでもないことになりかけているのを悟った僕は言いかけるが、ふと言葉を止めた。
少女、ナタリー王女が、ボロボロの服を着ていて、所々に傷も負っていることに、今更ながら気づいたからだ。
「あの、その服は…」
僕がそういうと、ナタリー王女はこう答えた。
「恥ずかしながら、私は黒竜王一体と互角の戦いを交えるのがせいぜいでしたの。これは、さっきまで戦っていたことによる傷ですわ」
(この王女、普通に強いんじゃないか?でなければ、ただの竜どころか竜王だったというモンスターと互角に戦えるはずなどない。
そうだとすれば、いっそのこと、本当に彼女と行動を共にし、楽しめる限り楽しんだ方が、まだマシな生活ができるかもしれない)
そう思い直した僕は、王女の勘違いに乗っかることにして、こう言った。
「そうだったのですか。それは大変でしたね。でも、もう大丈夫ですよ。殿下が仰ったとおり、この僕が旅のお供をさせていただきますので」
少女の顔が、更に明るくなる。
「やった!嬉しいですわね。では、早速、国際冒険者免状を発行してもらうことにしましょう。
あ、そういえば、木こりさんのお名前は、何でしたっけ?」
「僕は、ヘイ・ボーンと申します。ヘイと呼んで欲しいです」
「そうですか。これからよろしくお願いしますわ、ヘイ。
あ、私のこの口調は政治談議を想定しての訓練ですから、あなたは、普通の口調で話してくださって構いませんわ。
何故ならば、もうあなたは、私と対等な仲間の関係なのですから」
他国とはいえ、仮にも一国の王女殿下でいらっしゃるお方にタメ口を使うなど、僕には恐れ多いことだ。
だが、その有無を言わさぬ眼差しに射抜かれて、僕は、それに同意するしかなかった。
「分かったよ。これからよろしくな、ナタリー」
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