第3話 あの空の向こうに

私があの喫茶店で澤村 あやめに出逢ったのは奇跡だったのか?それとも、偶然だったのか?それとも、必然だったのか?それとも、神様のいたずらだったのか?それとも悪魔の囁きだったのか?未だに私はその時を思い出すと不思議な気持ちになるのだった。

ただ言える事は止めどなく涙がこぼれ落ちて温かい気持ちになるのであった。


私は、吉岡 カズ(92歳)は最近の日課は健康の為に散歩をする事を楽しみにしている。

近くの有料老人ホームに入所して、すでに、5年以上になる。

居室担当の村松 ユリさんは大学を卒業して有料老人ホームで働いていて自分の孫のように接してくれてとても助かっている。

最初は、私の部屋に来ては先輩社員からイジメを受けて涙を流すような弱い女の子だった。

しかし、5年も過ぎた頃にはおばさんのように「消灯は21時です。甘いお菓子はこちらで預りますなど」小言を言うまでになっていた。

とはいえ、成長する姿に輝きを感じるようになっていった。

しかし、久しぶりに部屋に来たと思ったら、突然、「今月一杯で退職します。アナウンサーになる為に専門学校に通います。」と言ってきたのだった。

私はとても信頼していたスタッフの退職で寂しい思いでいた頃に、少しづつではあるが物忘れが始まった。

まだ、幸いにも、健康な為に、介護福祉士の身体的なお世話にはなってはいないが、「最近、物忘れがひどくなってきたみたいです。」とスタッフが話をしているのを聞いた事がある。

しかし、現実に物忘れがひどくなってきたと自覚し始めた頃に、カンファレンスが開かれた。

私にとっては些細な事ではないが、私の日課の散歩は来週からスタッフが付き添うような話が上がったのはいたたまれななかったが同意してしまった。

新しい担当スタッフが「吉岡さん、とても、楽しみにしている朝の散歩ですが来週から午後にスタッフと一緒に散歩しませんか?最近、物忘れが多くなったみたいですので…」と遠慮気味に話してきた。

「そうですかぁ、私も少しずつ、物忘れが多くなったと感じてはいました。スタッフが迷惑でなければお願い出来ますか?」と素直に受け入れたが、本当は駅の近くの公園で、あの人を思い出している事は言えなかった。


朝の散歩も後、わずかかぁ…今日は少し早めに外出する許可を得る事が出来た。

念の為に、GPSを持たされているけど、時間内に帰ってくるので、スタッフも不安を感じてはいないのはありがたい。

とはいえ、4時30分だなぁ…

久しぶりに、30分早く起きたので外出出来る時間は1時間もあるなぁ…駅の反対側に足を伸ばしてみよう。


「日曜日だけあって道も空いていて私の貸し切りかしら…あらぁ、素敵な花だわぁ…あの人が生きていたら、何て言うかしら?」

「カズ、綺麗な花だなぁ…でも、綺麗なカズがもっと素敵になるなぁ…何て言うのかしら?」

「あらぁ、私ったら…でも、ちゃんと日曜日の朝だけは思い出してますよ。和男さん。」


あらぁ、こんなところに、この時間に営業している喫茶店があるなんて…入ってみようかしら?「花言葉喫茶?」


「いらっしゃいませ。こちらにどうぞ?」

「お嬢ちゃんが店番ですか?朝から親のお手伝いとは関心ねぇ?」

「いえいえ、私がここの店長ですよぉ。」

「えぇ…お嬢ちゃんではないのですか?女学生かと…思っていました。」

「とても、嬉しいですけど…これでも20歳は過ぎてますよぉ…」

「あのぉ、ここはお水やおしぼりは出ないのですか?」

「あぁ…もう、いやだぁ〜うっかりしてました。ただいま、お持ち致します。」

「はい、どうぞ。ところで、朝早くから出掛ける用事でもあるんですか?美術館とかに行かれるのですか?お姉さんなら、似合いそうですねぇ?」

「あらぁ、嬉しい事言ってくれますねぇ?ありがとうございます。私はすでに、90歳をすでに、越えてますよぉ。」

「えぇ?嘘でしょ?どう考えても、50歳ぐらいかと…」

「いえいえ、お世辞でもうれしいわぁ。ところでメニューありますか?」

「はい、ただいまお持ち致します。」

「はい、こちらになります。今日は5月1日ですねぇ?」

「あぁ、そうだったかしら、私はてっきり4月だったと思っていました。」

「そうだったのですか?もう、5月ですよぉ…今日は25度をこえて暑くなるみたいですから、気をつけてねぇ?」

「ありがとうねぇ。」

「こちらこそ、ありがとうございます。ありがとうねぇ。」

「はい?」

「私のモットーはありがとうの倍返しなので気にしないでねぇ?

それでは、メニューを説明します。

5月1日の誕生花・花言葉ですが…

まずは、エーデルワイス「大切な思い出」「勇気」が花言葉です。

花言葉の由来ですが、花言葉の「大切な思い出」は天使に恋をした登山家の言い伝えにちなんだとも言われています。」

「へぇ、素敵ねぇ?」

「はい、そうですねぇ…私も天使にあってみたいなぁ…天使がピヨピヨって鳴くみたい?」

「ティンカーベルは鳴かないかも知れませんけど…」

「はぁ…お姉さん、ティンカーベル見たんですか?」

「いえいえ…そうではないですけど…」

「私は見たんだからねぇ?ピヨピヨって言ってたもん…えーん…」

「あらぁ、ごめんなさい…泣かすつもりでは…」

「何てねぇ?驚いたぁ?えへぇ」

「もう、本当に泣いたと思ってびっくりしました。」

「あぁ、そうだった…もう1つがスズラン「再び幸せが訪れる」「純粋」「純潔」「謙遜」が花言葉になります。

花言葉の由来が花言葉の「再び幸せが訪れる」は、スズランが北国の人々にとって春の訪れの喜びのしるしになっている事に由来します。又、ヨーロッパでは古くから聖母マリアの花とされており、花言葉もそれにちなんで「純粋」「純潔」となりました。はい、どちらが良いですか?」

「はい?」

「こちらがメニューですが…」

「食事のメニューは?」

「あぁ、食事のメニューですか…トーストとサラダとコーヒーですけど…玉子とベーコンなら追加出来ますけど?」

「では、玉子とベーコン付きで」

「ところで、どちらの花言葉が良かったですか?」

「どちらの花言葉も素敵でしたがスズランが良かったので、そちらでお願い致します。ところで、花言葉の意味するのは?」

「あぁ、お伝えしていませんでしたねぇ…花言葉を選んで頂いて、大切な人と食事が出来るんです。」

「はい?そんな事が出来るのですか?」


カラン、コロン!

来ましたねぇ?

「ただいま、戦地より帰ってきました。南方、ビルマ戦線より帰還いたしました。吉岡 和夫少尉であります。南方ビルマでは、敵陣に囲まれ玉砕してしまい大変申し訳ありませんでした。」

「和夫さん、すごく逢いたかったわぁ…あなたにずっと、逢いたかったのよぉ!何度も、ビルマに行って、遺骨を探したのぉ…」

「カズさん、私も逢いたかった…でも、戦地では、銃の引き金を引けずに逃げてばかりで恐くて、恐くて…最後は敵に見つかって、玉砕した。悔しくて、ビルマでは、地縛霊としてさまよっていました。何度かぁ、カズさんに逢いに行った、毎日、日曜日の朝に思い出してくれていたのも知っていた。だから、涙を流していた側にいたんだぁ。でもなぁ、戦地では貢献出来なくて、カズさんにはすごく逢いたかったけど逢えなかった…ごめんねぇ?」

「和夫さんの虫を殺せない程の優しさを知っていたわよぉ。それに、誰よりも責任感を感じる性格だと知ってるから、未だに戦争の辛さ感じて出て来れない事も感じていたわぁ。もう、良いのよぉ、戦争はとっくに終わったのぉ。もう、自由になって…ありがとうねぇ?いつも、見守ってくれてねぇ?私はあなたと短い結婚だったけど幸せでしたよぉ。」

「いや、何もして挙げられなかった…たった1ヶ月だぁ…一緒に手をつないで、散歩する程度だった。それに、当時は手を繋ぐのさえ、死ぬ覚悟でないと憲兵に注意を受ける世の中だった。まともに手をつなぐ事も出来なかったんだよぉ!それに、結婚生活だって、お粥に箸が立つようなまともな食事もあげる事も出来なかったじゃないかぁ…そんな、夫を持つた事に恨んでいなかったかぁ…」

「和夫さん、あの戦争中でも、誰よりも愛してくれました。いつも、笑顔で私にたくさんの思い出をくれました。ホタルを取ってきて、放して幻想的な光景をみせてくれたり、戦争に行きたくないって、泣き崩れて私の手に大粒の涙を流した事や私の為に歌を歌ってくれたり、たくさんの花を積んでくれたりしてくれたじゃないですか?そして、戦地に行く日に「カズ、俺は誰よりも愛している。必ず戻って来る。大丈夫だぁ…」ってキスをして、頭をポンポンと撫でてくれたでしょ。すごく、嬉しかったし、この人を一生大切にしなきゃって決心しました。でも、桐の箱に吉岡 和夫の戦死通知だけで…その場でふさぎ込んで、ずっと泣き崩れていたら、和夫さんが霊になって現れてくれましたねぇ?あの時に私は涙を流していて、ひどい顔になっていたねぇ?ごめんねぇ?」

「カズさん、あの時はひと目だけ逢いたくて、必死だった…だから姿を現す事が出来た。カズさんが死ぬ覚悟だと知っていたから、生きて欲しかったんだぁ…でも、その後も結婚もしないで独身を貫いたのは辛かった…」

「和夫さん、そんな事はないわぁ。私は幸せでしたよぉ。ありがとうねぇ?死なないで、貴方を思い続けた事を誇りに感じてますよぉ!」

「もう、泣かないで下さいよぉ!」

そろそろ、食事がさめてしまいますので、どうぞ?

「カズさん、食べましょう。」

「こんな美味しい食事は初めてだぁ…戦死した戦友に食べさせてあげたかったなぁ…」

「もう、泣かないでぇ…久しぶりに逢えたのに、涙は似合わないわぁ…笑っている和夫さんは好きよぉ。」

「そうだよねぇ、カズさん、ハッハッハッハッ」

「そうですよぉ。」

「それにしても、今も昔と変わらない姿で綺麗ですねぇ…」

「何を言っているのぉ、90歳を過ぎたお婆さんですよぉ。」

「ほらぁ、窓を見て下さいよぉ!」

「あらぁ、不思議…これが私?」

そうですよぉ、ここでは、逢いたかった当時の姿に一歩入った段階で戻ります。

「いやぁ…美味しかった。ありがとう。カズさん、カズさんに逢えて、これで向こうの世界に行けるよぉ!ありがとう。カズさん、愛してます。あの空の向こうには私がいます。私はこれからもカズさんを見守っています。」

「私も、和夫さんに逢えて幸せな時間を持てて、共有出来ました。ありがとうねぇ?私も残りの人生を楽しめそうです。私も、和夫さんを愛してます。向こうの世界にいったら一生、添い遂げます。ありがとうねぇ。」

「じゃ、カズさん行くねぇ。」

「ちょっと、待って。これを持っておいて欲しいのぉ。」

「これは…」

「そうよぉ。あなたがくれたお守りよぉ。きっと、私があの世にくるまで守ってくれるわぁ。」

「あぁ、有難う。君にはこれを渡しておくよぉ。」

「これは?」

「ビルマで拾った綺麗な石だよぉ。君に渡したかったから…」

「有難う。」



「本当にありがとうございました。とても、素敵な時間を持てました。何と感謝すればよいか…」

「いえいえ、こちらこそ、素敵なお話を聞かせて頂きありがとうございました。出口はこちらになります。ありがとうございました。」


「いやぁ…、素敵なお婆さんだったなぁ…戦争がなかったら、幸せの人生を歩んでいたのかなぁ…でも、この世に未練を残さないで来世を楽しんで欲しいなぁ…」

「あれぇ、そう言えば、会計!忘れてたぁ!!お客さん、会計!!」



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