第12話 秋の夕暮れになる頃には…

私が、あの喫茶店で澤村 あやめに出逢ったのは奇跡だったのか?それとも、偶然だったのか?それとも、必然だったのか?それとも、天使の誘惑だったのか?それとも、悪魔のささやきだったのか?未だに謎にみちて不思議な感覚になるのだった。

しかし、あの時を思い出すととめどなく涙が溢れ、温かな気持ちになるのであった。


 長内 時子(95)は長内財閥の次女として、生まれた。長内財閥は銀行や不動産、証券会社、劇場など様々な分野で業績を伸ばし、戦前の日本において、知らない人がいなかったのであった。しかし、戦後の財閥解体を受け今では財閥だった面影さえもないのであった。

長内家の跡地は巨大なビルになっていたのだった。


長内 時子はアルツハイマー型の認知症を持っており、初期症状の作話や物盗られなどの訴えにより、財閥の娘だった事に疑問を持つ人が大半を占めており、実家を離れてから疎遠になり、財閥の娘だった事を知るすべがなかった。

最近では昔話のように『20歳になると突然、今まで優しかった両親が急に怒りに満ちた、鬼のような顔つきになり、荷物と札束をばらまいて追い出された過去があり、何度も、謝罪に行くが、お手伝いさんには理由を告げずに居留守をされたり、ヤクザまがいの護衛に殴られるという話』を話すようになっていた。


しかし、時子の娘の聡子(75)も母親が戦後の混乱期に財閥解体と借金を抱えていた長内家と繋がりがあるとは気づく事もなく、歴史の中で長内家が反映していた事すら知らなかったのだった。

一度、時子を頼ってきたが、薄汚れた叔母さんが本当の母親なのかも解らずに月日は流れていった。


唯一の肉親である兄の長一は時子よりも22歳も年上で幼い頃に戦争で中国で戦死をしていた。そして、長女の和も時子が5歳の時に23歳の若さで自殺をしていた。未だに、自殺した原因が解らないでいた。


しかし、現在は時子は25歳の時に知り合ったご主人を10年前に肺炎の為に亡くしてから遺産と年金でほそぼそとマンションで10年近く、一人暮らしをしていた。

たまに、最近の安否確認の為に、近所に住む聡子(75)と孫の優子(50)が大学生の香(20)と訪問するのが日課であった。

「あれ、今日は珍しく早く来たのにおばあちゃんいないねぇ?」

「大丈夫よぉ…今日は駅前のパン屋に行ってるみたいよぉ…さっき、ヘルパーさんから連絡入ったから…」

「すぐ、戻ってくるみたいよぉ…あぁ、それと、久しぶりに朝食を食べて帰るみたい。」

「そうなんだぁ…でも、アルツハイマーの初期症状出てるから大丈夫かなぁ?」

「まだ、大丈夫よぉ…ヘルパーさんからはまだ深刻ではないと言われているけど…」

「そうなんだぁ…なら、大丈夫だねぇ…」


一方その頃…

「はぁ、嫌だねぇ…ヘルパーさんの目を気にして、外出も最近は出来もしない。聡子さんの目を盗んで以前は外出も出来たのに孫の優子や香が来るとそうもいかないなぁ…それにしても、久しぶりに駅の方まで来たけど遠いなぁ…20分程の距離も歩行器がないとしんどいなぁ…ちょっと、休憩でもしなきゃねぇ…あれぇ、あんなところに喫茶店なんか?あったかしら…「花言葉喫茶?」まぁ、いいか…入ってみよう。」

「いらっしゃいませ。こちらにどうぞ?」

「はい。あれぇ、お母さんのお手伝いかい?お嬢さんは小学生かなぁ?それとも、中学生かなぁ?えらいねぇ…それに、かわいいから、ここの看板娘かなぁ?」

「はぁ?私はここの店長ですよぉ…これでも、もう少しでアラサーですよぉ…」

「えぇ…お嬢さんが店長なんですか!あぁ、こりゃ恐ろしい。ナンマイダァ、ナンマイダァ…びっくりですよぉ。どう見ても…中学生にしか見えないけどなぁ…」

「ちょっと、念仏なんか唱えないで下さいよぉ。恥ずかしいじゃないですか…この辺にも、童顔の若い人は多いですよぉ。それに、朝のニュースであまりに童顔過ぎて園児がニュースを読んでますって…騒ぎになった事もあるぐらいですから…」

「そうかい?今はそんな時代なんだねぇ?」


「そうなの、聞いてお兄ちゃん、私が可愛いって、それに、看板娘ですてぇ?あり得る?」

「はぁ…はいはい、そうですかぁ…」

「ちょっと、今日は嫌に冷たいじゃん…何か悪い事した?」

「だってなぁ…あやめはお兄ちゃんの手伝いを頼んでも連絡よこさないだろ?こっちに最近、来ないから…」

「ごめんなさい…こっちも、色々とあってねぇ…拗ねないでよぉ…来週には必ず、行くからねぇ…」

「わかったよぉ。あやめに謝られたら許すよぉ。」

「ちゃんと、カレンダーに来週の日曜日に行く事を予定入れたから、お兄ちゃんの家を綺麗に掃除してご飯作るねぇ!」

「本当かぁ…半年振りに逢えるのかぁ…うれしいなぁ!やっぱり、あやめはお兄ちゃんの最高の妹だなぁ…」

「もう、お兄ちゃんたら…」

すいません、すいません、看板娘の店長…

「あぁ…ごめんねぇ。じゃ、来週の日曜日にお兄ちゃんの家に行くねぇ。待っててねぇ!お客さん待たせているからきるねぇ。」


「はい、お待たせしました。どうしましたか?」

「あのぉ…ここはお水とかおしぼりはないんですか?」

「あぁ…すいません、お客さんが可愛い、看板娘って誉めたから、つい、うれしくてお兄ちゃんに電話してました。」

「そうだったんだぁ…うらやましいなぁ…私には兄と姉がいたけど、年齢も離れていて、私が幼い頃相次いで亡くなったから、一人っこみたいだったからなぁ…」

「そうだったんですか…それじゃ、寂しかったですねぇ?」

「そうねぇ…寂しかったねぇ…」

「あぁ…ごめんなさい、辛い気持ちを思い出させてしまいまして…」

「いえいえ」

「はい、お待たせしました。お水とおしぼりです。どうぞ?」

「ありがとうございます。ところで、メニューとかはないですか?」

「あぁ…すいません、気がつかなくて…今、お持ち致します。

今日は9月15日です。誕生花と花言葉ですが…「ススキ」です。〜「活力」「心が通じる」という花言葉があります。

花言葉の由来〜花言葉の「活力」はススキの生命力の強さに由来すると言われます。」

「なるほど…ススキにも花言葉があったんですねぇ?知らなかったなぁ…ところで、食べ物のメニューはありませんか?」

「はぁ?ここは、トーストとサラダとハムと玉子にコーヒーだけです。ハムはベーコン、玉子はスクランブルエッグ又はゆで玉子に変更は可能ですけど…」

「あぁ…なるほど、だからメニューがないんですねぇ。では、ベーコンとスクランブルエッグでお願いします。」

「ところで、今日の誕生花は一種しかなくてすいません。「ススキ」で良いですか?」

「はぁ?花言葉の意味するのは?」

「あれぇ、お伝えしてませんでしたかぁ…実は花言葉が意味する言葉を元に今後の人生において、出逢っておかねばならない人、どうしても、あなたに逢っておきたかった人に出逢えるんです。死んだ人に限られますけど…」

「えぇ…?ちょっと、待って!このご時世で死んだ人に出逢えるのは神様が奇跡を起こすか?又はよほどの想いがなければ難しいし、寧ろ、不可能ですよねぇ?」

「確かに、現実には不可能かも知れませんが…異世界なら可能ですよぉ…」

「はぁ?あり得ないでしょ?」

「あれぇ、もしかして、信じていない?なら、この窓を見ていて下さい。」

「はぁ…外は、駅前の風景…よねぇ…えぇ!なんで、なんで、エッフェル塔が見えるのぉ!ちょっと、ちょっと、どうなっているのぉ!」

「まだ、驚くのは早いですよぉ…あちらの窓を見て下さい。」

「はい。えぇ…!こっちの窓から見えるのは…関ヶ原の戦いですか?」

「よくわかりましたねぇ?豊臣家と徳川家が戦ったあの歴史的な戦いですねぇ?でも、外には出ないで下さいねぇ?フランスに行くのか?それとも、関ヶ原の戦いのど真ん中に行くかは?運しだいですからねぇ?まぁ、どちらにしても、最悪なシナリオしかないですけど…」

「なるほど…やっと、ここが異世界で異空間だと理解出来ました…では、「ススキ」で大丈夫です。」

「はい、かしこまりました。では、素敵な時間をお過ごしください。」


カラン、コロン〜

「時子かい?時子何だよねぇ?すごく逢いたかったよぉ…ごめんねぇ、一人にして…本当にごめんなさい。」

「はぁ、どちら様ですかぁ…覚えていないのですが…」

「私よぉ…私、和ねーさんよぉ!」

「えぇ…和ねーさんなのぉ?いつも、元気で活力があった和ねーさんなの?」

「そうよぉ…あなたが5歳の時に亡くなった和ねーさんよぉ!あなたには黙っていた事があったから、今日は伝えにきたのぉ…」

「和ねーさん、ひどいじゃない!何で、何で、私をおいて自殺何てしたのよぉ!すごく寂しかったんだから…」

「ごめんねぇ、泣かないでぇ…私も辛い選択だったのよぉ…自殺するとは思わなかったから…というよりも殺されたのぉ…」

「えぇ…どう言う事?」

「正直に話すからしっかりと聞いて欲しいのぉ…大丈夫かなぁ…?」

「解ったわぁ。」

「昔の悪習は知っている?女性は常に牛や馬のように、子孫を残すのが責務だったのぉ…当時は立派な男子を残さなければ女性としての地位がなかったのぉ…その為なら、近親相姦も行い、子供が産めるかどうかも確認する事もあったのぉ…寧ろ、財閥等では悪習として、日常的に行われていたのぉ。実は私も兄との間で近親相姦を行ったのぉ…あなたは私と長一さんとの間に生まれた子供だったのぉ…」

「えぇ…そんなの嘘でしょ!嘘って言ってよぉ!あり得ないよぉ…私のお母さんはウメよぉ!40歳で産んだって言ってたわぁ…産んでから亡くなったって聞いていたわぁ?それに、戸籍にはウメさんの名前があったわぁ…」

「当時は戸籍はお金を出せば変えた時代なのぉ…時子には衝撃的でも、40歳で仮に産んでも長一兄さんは22歳も離れていたら、いくつで産んだ事になるの?18歳で産んだ事になって、17歳には妊娠しなければつじつまが合わないでしょ?お母さんはいつ結婚したのぉ?24歳よぉ…それに、ウメさんを写真などで見た事はある?本妻は、キクさんよぉ…あなたはキクさんとは血縁関係がないから、20歳で絶縁されて、長内家の敷居をまたげなかったでしょ?」

「そんな、そんな事実は知らなかった方が良かったわぁ…知らないで和ねーさんのままで良かったのに…」

「しょうがないわぁ!私が悪習として、一度は受け入れたけど…時子を見る度に、長一兄さんを本気に好きになってしまったから…自殺のきっかけは長一兄さんの結婚よぉ…私は、長一兄さんに好きになった事を伝えたわぁ。一緒に心中する為に、伊豆に行ったわぁ…そこで、長一兄さんから毒をもられたのぉ…殺されたわぁ…馬鹿よねぇ…あんなに愛した人に裏切られたのぉ…悔しかったわぁ…その後、長一兄さんは他の財閥の娘と結婚したわぁ…あなたを守る為に私は、キクさんと長太郎夫婦の枕元に出たわぁ…20歳まで育ててって…」

「そうだったんだぁ…もしかして、私は、存在しなかったかも知れなかったのぉ?」

「そうよぉ…本来なら戸籍に載る事がなかった命だったから…」

「そんな、そんな事とは知らずにいつも、キクさんと長太郎夫婦は私を実の子供のように、可愛いがってくれた…でも、20歳になると鬼のような形相になり、荷物とお金をばら蒔いて追い出したのねぇ…やっと、理解出来たわぁ…和ねーさんと一緒に殺してくれでは幸せだったのに…20歳で家族を失った気持ちはわかる?どんなに孤独で辛かったかぁ…頼る人がいない気持ちはわかる?私が辛い時に実家に帰ったら本気で刃物を出されて殺されかかるし、塩を浴びせられた気持ちはわかる?」

「ごめんねぇ、ごめんねぇ、泣かないでぇ…私が全て悪いのぉ…あなたを育てたいって両親にお願いしたのが不幸の始まりよぉ…本来なら施設で過ごした方が良かったわよねぇ…それに、本気で長一兄さんを好きになった私が悪いのぉ…許してとは言わないけど一度だけで良いから「お母さん」と呼んでもらいたかったのぉ…ごめんなさい。」

「和ねーさんはどおりで、小さい時から心が通じると感じていたわぁ。私も、もしかしたら…と思っていたけど…もう、和ねーさん泣かないで…苦しかったんだねぇ…ありがとう、告白してくれて…勇気が必要だったねぇ?」

「もう、時子ったら、大人になったねぇ?母さんはうれしいわぁ…ありがとうねぇ。」

「お母さん、逢いたかったわぁ…お母さん…寂しかったよぉ!」

「時子、お母さんの胸で思いきり泣きなさい。最初で最後になるからねぇ…ありがとうねぇ。」

あのぉ…すみません、そろそろ、料理が冷めますので…どうぞ?

「ほらぁ、時子食べましょう?」

「お母さん、美味しいねぇ?」

「本当ねぇ?時子と一緒に食べる事が出来て幸せよぉ!これで、成仏出来そうよぉ…ありがとうねぇ。」

「お母さん、まだ行かないでよぉ…まだ良いでしょ?」

「ダメよぉ、少し時間をオーバーしているから行かなきゃ…でも、秋の夕暮れになる頃には私を思い出してねぇ…」

「お母さん、お母さん、行かないでよぉ…お母さん!」

「ほらぁ、泣かないのぉ…もう、立派なお母さんでしょ?残りの人生を楽しむのよぉ…」


「ありがとうございました。なんと、お礼を言っていいか…和ねーさんがお母さんだったのは衝撃的でしたが私を大事にしていた事に感謝する事が出来ました。本当にありがとうございました。」

「いえいえ、私の方も素敵な出逢いを過ごす事が出来て良かったと感じます。私の方こそ、涙がこみ上げてます。ありがとうございました。ありがとうねぇ。出口はこちらになります。気をつけてお帰りくださいねぇ…」


「はぁ…昔は、女性は生きにくい時代だったんだなぁ…子孫を残す為にかぁ…あり得ないなぁ…でも、お兄ちゃんならありかなぁ…って、嫌だぁ…なに考えているのかしら…それにしても、何か忘れているようなぁ…しまった!忘れていた、お客さん会計!会計!!」

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