第7話 汗が滴る中で…
私があの喫茶店で澤村 あやめに出逢ったのは奇跡か?それとも、偶然だったか?必然だったか?神様のいたずらか?それとも、悪魔のささやきだったか?未だに不思議な感覚があり、夢を見ているように感じる。
しかし、あの時を思い出すととめどなく涙が落ち、温かい気持ちになるのだった。
岩村 元五郎(82)は駅前で「元五郎ラーメン」を30年近く営業している。
周囲から元さんと言われている。
「へい、らっしゃい!」
「そこに座って。」
「すいません、味噌ラーメン。」
「はぁ?うちは醤油一筋じゃ…」
「あぁ…すいません、醤油ラーメンを。」
「ハイよぉ!はい、お待ち!」
「ズルズル、うわぁ…美味しいなぁ…」
「すいません、お会計を…」
「はぁ?まだ、食べ終わっていねぇぞぉ!」
「はい?食べ終わっていますが…」
「はぁ…?スープ残しているし、麺だって残していて、ご馳走さまです〜って、なめてんのかぁ!」
「はぁ、すいません、食べます。食べます。」
「よし!偉いぞぉ!若いのぉ!」
「お代は、入らねぇよぉ!食べっぷりに感心した。」
そう、「元五郎ラーメン」は頑固一徹の元さんが、醤油一筋で作り上げた名店であった。
しかし、スープの一滴でさえ、残すのが嫌いであった。
周囲からは元さんを隠居させて、2代目の元太に譲ってやれと言っていた。
しかし、元五郎と奥さんの間には子供がいない為に60才の時に施設から養子として引き取った事により、弟子と2代目の元太の間には常に溝があった。
引き取った時は、元太は10才だった為に、醤油一筋のラーメンをとても気に入り、元五郎をとても尊敬していた。
1番弟子の佐藤 和義(72)と高齢により、去年、施設に入ってしまい、最近は2番弟子の二宮 義雄(52)がきりもりしていた。
しかし、22年の歳月が経過し、醤油一筋で頑固一徹の元五郎の弟子と反発するようになっていた。
「よしさん、古いっすよぉ!今はネットの世の中ですよぉ!」
「元、それは解るがなぁ?施設で育つた俺はなぁ…元さんが行商でラーメンを売っていた気持ちを知っているんだぁ!だから、新しい事はしたくないしなぁ、未だに元さんが売上に関係なくても孤児院に行っているんだよぉ?老体にムチ打ってもなぁ…
元、おまえは一度でも、孤児院に行った事あるかぁ?」
「知らねよぉ!ばーちゃんと元さんが始めた事だろ、知るかよぉ!」
「元、おまえはその孤児院から引き取られたのに…それは、ひどくねかぁ?」
「そのせいで、煮干しクセぇ〜し、友達も出来なかったんだぁ!こんな店辞めてやるよぉ!」
「馬鹿野郎!元さんがどれだけこの店を守りたいかぁ…わかんねぇのかぁ?バシィ!」
「痛いなぁ…何すんだよぉ!よしさん。」
「頼むよぉ!店を辞めると言うのは言うなよぉ…」
「たくぅ…人を殴っておいて、泣くなよぉ…ちょっと、外の空気吸ってくるなぁ!たくぅ、腹立つなぁ…」
「よしさん、ただいま…元は?」
「すいません、さっき、喧嘩してしまいまして…すいませんでした。」
「そっか、でもなぁ…元を支えてやってくれよぉ!」
「解ってますよぉ!元さんが孤児院から引き抜いてくれたおかげで今がありますから…ご恩は返しますよぉ!」
「ところで、喧嘩の原因はなんだぁ…ネットに載せろって…」
「まぁ、売上を伸ばしたいのかも知れないけど、孤児院に行けば気持ちが解るけどなぁ…中学生になってから行ってないから気持ちを忘れているだけだなぁ…あれから、20年が経過するなぁ…」
「そうですねぇ?雪さんが亡くなって20年になりますねぇ?」
「そう、いえば、よしさんもよく孤児院に手伝いに行ってくれたなぁ…そりゃ、元さんの頼みで雪さんと一緒なら楽しかったですよぉ…最近は、元さんが倒れないか?心配なんですよぉ。」
「大丈夫だぁ…施設長の孫の三村君が食材やラーメンの具を用意しておいてくれているから、ここ10年はよくなったからなぁ…」
それにしても…遅いなぁ…元の奴は…
一方その頃…
近くの公園でベンチに寝ころがって寝ていた。
やべぇ、寝ちまったなぁ…また、グラグラ爺の説教だなぁ…
それにしても、腹減ったな…
近くにコンビニでもないかなぁ…駅前だっていうのに、しょぼいなぁ…この町はくさっているなぁ…
あれぇ、あんなところに喫茶店何てあったかなぁ…確か、床屋だったけどなぁ…
「花言葉喫茶?」まぁ、いいかぁ…
「いらっしゃいませ。こちらへどうぞ?」
「ところで、お嬢ちゃんが店番かぁ?偉いなぁ…店主は駅前でパチンコでも打っているのか?」
「はぁい?私が店主ですけど…」
「えぇ?マジかぁ!マジなのかぁ?おまえが?どう見ても、中学生、いやぁ、小学生だろ?あり得ないって…」
「ちょっと、ちょっと、中学生ならまだしも、小学生は失礼ですよぉ…それに、私はこれでも、20歳は過ぎて、四捨五入だと30歳に近いんですよぉ…」
「ちょっと、聞いて、聞いて、今ねぇ?私が中学生ですって…そうなのぉ、嬉しくて…本当だって、お兄ちゃん…」
「はぁ?」
「ちょっと、ひどくない?心がこもっていないなぁ…もう、知らない。」
「ごめん、ごめん、お兄ちゃんが悪かったから…来週、お兄ちゃんの手伝い来てくれって…」
「どうしようかなぁ…」
「すいません、すいません?すいません!
お嬢ちゃん?」
「ごめんねぇ?お兄ちゃん、怒っていないよぉ!お客さん、待たせているから、又、電話するねぇ。」
「はい、ただいま…どうしました?」
「はぁ?どうしました?こっちの台詞だなぁ…お水とかおしぼりはないのぉ?」
「あちゃ〜忘れていた。エヘェ。今、お持ち致します。」
「はい、お水とおしぼりです。」
「はぁ…たくぅ…」
笑顔が可愛くて怒れないなぁ…
「はぁい?何か言いました。」
「いえ、素晴らしいなぁ…って」
「もう、お客さんたら…」
気楽にボディタッチ…おいおい、マジかぁ…
「すいません、メニューはないですか?」
「あぁ…そうでしたねぇ…今日は7月1日です。誕生花と花言葉の由来をお伝え致します。」
「はぁ?」
「ヒメユリ〜「誇り」
花言葉の由来〜花言葉の「誇り」はヒメユリの可憐ながらも誇りに満ちたその花姿にちなむと言われます。
次にクレマチス〜「精神の美」「旅人と喜び」「策略」
花言葉の由来〜花言葉の「精神の美」はツルが細いのに大きく鮮やかな花を咲かせる事に由来します。
「旅人の喜び」の花言葉はヨーロッパにおいて快適に一夜を過ごせるよう、宿の玄関にクレマチスを植えてやさしく迎え入れたことにちなみます。
そして、最後にマツバギク〜「怠惰」「怠け者」「勲功」
花言葉の由来〜花言葉の「怠惰」「怠け者」は日中の晴れた時にだけ花を咲かせ、夜はもちろん雨や曇りの日でも花を閉じてしまうマツバギクの性質にちなむと言われます。
「勲功」の花言葉は、花びらに光沢があり、輝くばかりに美しい勲章のような花姿に由来するとも言われます。はぁ…疲れた、水、水…ぷはぁ〜うまい、うまい、水最高!」
「おい!何が水最高だぁ…それに、これは飲もうとした水じゃないかぁ…」
「あぁ…すいません、水取り替えましょうか?」
「大丈夫。」
よしゃ、間接キスじゃん。
「ところで、花言葉は何とかわかったけど…食べ物のメニューはないのかなぁ…?」
「はぁ、食べ物はトーストとサラダ、卵とベーコンです。コーヒー付きです。あぁ…、卵はスクランブルエッグとゆで玉子に、ベーコンはハムに変更出来ますよぉ?」
「なるほどねぇ、では、卵はスクランブルエッグに、ベーコンはそのままでお願いしようかなぁ…」
「大丈夫ですか?急に、言葉遣いが変わりましたが疲れません?」
「はぁ、やっぱり駄目だぁ、疲れた。」
「ですよねぇ?無理ありましたから…ところで、花言葉は決まりました?」
「はぁ?なんだっけ?」
「ですから、ヒメユリ、クレマチス、マツバギクです。」
「ところで、花言葉の意味するのは?」
「あれぇ、伝えていませんでしたねぇ?実は、花言葉が意味する言葉により、逢いたい人もしくはこれからの人生において、逢っておかねばならない人と出逢う事が出来るんです。」
「はい?なわけないでしょ?証明出来るのぉ?」
「今回だけですよぉ…そこにある鏡を見ていて下さい。」
「はぁ、こうか?」
「貴方が、中学生になります。」
「えぇ?マジかぁ…マジでぇ!何だぁ!ここは?えぇ?どうなっているんだぁ!
わかった、わかった、信じるから、元に戻せって…いやぁ、ビックリした。」
「ねぇ?ここは不思議でしょ?ところで、決まりました?」
「じゃ、最初のヒメユリでぇ!」
「かしこまりました。それでは、素敵な時間をお過ごし下さい。」
カラン、コロン
「あれぇ、元ちゃんかい?こんなに立派に大きくなって、ばーちゃんうれしいわぁ。」
「えぇ?えぇ、マジかぁ、マジなのかぁ!雪ばぁ〜かよぉ!あり得ない、あり得ないって…南無阿弥陀仏、神様、仏様…」
「ちょっと、ちょっと大丈夫かい?」
「いや、いや、大丈夫じゃない…パチィ、痛てぇ!マジだ、マジだぁ…20年前に逢った。雪さんだぁ…」
「ほらぁ、元。水を飲みなぁ?」
「ふぅ、落ち着いた。ところで何で来たんだよぉ?」
「何を言ってるんだい?貴方が、呼んだだろう?ヒメユリ「誇り」を選んだだろう?」
「えぇ?「誇り」って?」
「あんたは、ちょうど、10歳の時に元五郎と私のなれそめを聞いたよねぇ?覚えているかい?その時、ラーメン屋は二人の想いがかたちになったんだぁ!「誇り」何だぁ!って言ったよねぇ?」
「はぁ?悪いけど、覚えてないなぁ……」
「そうかいなら、最後になるけど伝えるよぉ…あれは、今から60年以上前になるわぁ…1945年3月10日に東京大空襲があった事は知っているねぇ?」
「まぁ、元さんからも聞いているけど…」
「私と元さんはあの空襲で最愛の家族を亡くしたのぉ…焼夷弾が無数の雨のように、降って命からがら助かったのぉ…死者だけで10万人よぉ!私達は当時は10歳だったわぁ…私は泣きながら、歩いていたら、手を引っ張って、こっちだぁ…って、助けてくれたのぉ!それが元さんとの出逢いになったわぁ。」
「大変だったんだぁ…」
「一言でいえば、生き地獄よぉ!毎日、食べる物もないから、生きる為に人殺し以外何でもやったわぁ…私は農家に入って、さつまいもを盗んで捕まったわぁ…でも、元さんが私の変わりに死ぬほど殴られたわぁ…そこまでしてまで私を助けたのぉ…バラックで仲間と元さんを連れて帰って2日後に意識を奇跡的取り戻してに助かったわぁ…もう、その間泣いて看病したのぉ…私達は殴られた家に頭を下げて泣きながら助けて下さい。お願いします。って叫んだわぁ…そしたら、殴ったおじさんが泣きながら…元さんの手を握りしめて、米やら芋などを分けてくれたのぉ…そのおかげで飢えて死なずにすんだわぁ。」
「良かったねぇ…知らなかったよぉ!元さんに甘えてばっかりだったよぉ…」
「もう、泣かないで…ほらぁ、涙を拭いて…そして、戦争が終わった翌年にあの孤児院に入ったのぉ…でも、貧しかったわぁ…食べるものがない時代だから、孤児院を抜け出しては闇市や農家に盗みに入ったわぁ…中学に入ると闇市で知り合ったヤクザに身体を売られそうになった時にも、元さんと仲間たちが助けに来たりしたからねぇ…軍刀で切りつけられそうになったり、アメリカさんからチョコや飴やガムを取りに行ってくれたりと元さんは命の恩人、いやぁ、ヒーローだったのぉ…
孤児院を出てからは一緒に住むようになって、靴磨きなど仕事があればやったわぁ…でも、身体は売るなぁ…って何度も怒鳴ったわぁ…そのおかげもあって汚れないですんだわぁ。」
「そうだったんですねぇ…ありがたいです。」
「その後は知っているでしょ?」
「はい、駅前で屋台のラーメン屋を30歳から初めて、毎週水曜日にお世話になった孤児院にラーメンを作っていた。」
「そうねぇ、そんな生活をしていたから、20年近くは屋台で醤油ラーメンだけを作っていたわぁ。そして、平成になって念願のラーメン屋を開業したのよぉ…それだけじゃないわぁ…孤児院を出た和ちゃんを従業員の1人として雇い、その後、当時は酒に溺れて喧嘩に明け暮れていたよしさんを仲間に入れてねぇ。最後に、無口で家族の愛情を受けなかったあんたを仲間に入れたのよぉ…忘れていたでしょ?和さんやよしさんがあなたの事を自分の子供のように、色々なところに連れて行ったの覚えている。動物園や水族館、花見、祭りに江ノ島や鎌倉など…でも、ダメだったねぇ?」
「確かに、色々と気遣ってくれたけど…やっぱり、雪さんと箱根に行った事だけしか覚えてないよぉ…」
「そうだねぇ…あなたは記憶にはないだろうけど…実の父親からは殴られていたし、母親は育児放棄されたのだからねぇ…心を閉ざして当然よねぇ…」
「うわぁ〜〜〜〜!助けて、助けて!僕が悪かったから、ごめんなさい…ごめんなさい…悪い事はしないから…お願いだよぉ、殴らないでぇ…助けて、お母さん…助けてよぉ…痛いよぉ…痛いよぉ…やめて…真面目になるから捨てないで…」
「はぁ、あんたなんてぇ、死ねばいいのよぉ!」
「何でも言うこと聞くから…ウワァ〜〜〜!」
「大丈夫よぉ…怖かったわねぇ…」
「はぁ、はぁ…雪さん…」
「思い出させてしまったわねぇ?でも、あなたには必要だったから…」
あのぉ、そろそろ、料理が冷めますので…
「元ちゃん、食べましょう?」
「美味しいなぁ…雪さん、ありがとうねぇ。」
「何、言っているのぉ?私の方こそ、私達のところに来てくれてありがとうねぇ。」
「雪さんは何で亡くなったのぉ?」
「そうか…それも忘れてしまったのねぇ?私は7月1日に癌で亡くなったでしょ?あの時はあまりのショックで誰とも口を開く事がなくなってしまったでしょ?私はすごく心配になって、亡くなって1年後にあなたの元に幽霊として現れたでしょ?大粒の涙を流して朝まで一緒にいたでしょ…」
「そうだったんだねぇ?…もう、泣かないで…」
「涙は男には似合わないわよぉ!」
「それじゃ、行きますねぇ?
元さんたちにしっかりと謝って老舗の味を残してねぇ?
汗が滴る中で奮闘している姿を見てますからねぇ!頑張ってねぇ?」
「ありがとうございました。本当に何とお礼を言って良いか…貴重な経験をさせてもらいました。ありがとうございました。」
「いえいえ、元さんと雪さんの貴重なお話を聞かせてもらって良かったです。そして何よりも「誇り」を取り戻したのが一番うれしいです。こちらこそ、ありがとうございました。ありがとう。出口はこちらになります。」
「はぁ、今回も素敵な話が聞けたなぁ…良かったなぁ…あれぇ、何か忘れているような…はぁ、会計、お客さん会計!!」
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