第10話 あの夏を忘れない…

私があの喫茶店で澤村 あやめに出逢ったのは奇跡なのか?それとも、偶然だったのか?

必然だったのか?あるいは、神様のいたずらだったのか?悪魔のささやきだったのか?今もなお、不思議な感覚があり、戸惑うのであった。

しかし、あの日を思い出すととめどもなく涙が溢れ、温かな気持ちになり、心の中が幸せで満ちあふれ、前進する事が出来るのだった。


 中山 昭(82)は真夏の太陽が肌を直撃し蝉が今日を一生懸命生きているこの時期になるとあの日を思い出すのであった。


1945年8月15日は当時、9歳の少年であった。

私は、幼い頃から、教師の父親から軍事教育の洗礼を受け、軍隊に入り、天皇陛下から勲章をもらう事を当時の夢となっており、その気持ちは20代まで続いたのであった。

父、中山 金吾は誰よりも正義感が強く、負けず嫌いでとにかく真面目な性格だった為に戦争で日本が負ける事は考えていなかったのだった。

当時、父親は31歳になり、教え子の大半は戦争で命を落としていた。

1936年、大学を卒業した父親は建国した満州国で軍人として、お国の為に働きたいと軍隊に応募した。

しかし、徴兵検査で身長が低い事を理由に見事に落ちてしまい、軍人になれなかった。

その後、憲兵にも応募するも不合格となり、やむを得ず中学の教師になったのであった。

その為、教え子たちの進路は常に陸軍大学校などの軍人のエリートになる為だけを考え、強引に洗脳させる悪魔となっていた。

今では、タブーになっている「男尊女卑」を絵に書いたような男だった。

周囲の住民から戦争にいけない父親には非国民として常に言われていた為に、捌け口として父親から容赦のない暴力と暴言を浴びせ、毎日、褌一丁にさせられ軍隊以上に肉体改造をさせられたのであった。

それを見た、周囲の住民は非国民とは誰一人として、言わなくなり、周囲の子供が軍人になる前に根性を叩き直して下さいと増えていったのであった。

しかし、今、思えば、父親が誕生した1914年は第一次世界大戦が起こったという時代であり、戦争に翻弄されていたのかも知れないと今になり、理解出来るのであった。

とはいえ、戦地に軍隊として行き、軍神として、手足がない状態で帰ってきたり、戦死の通知が来た際は、真っ先に行き、大声で「天皇陛下万歳!お国の為に戦いました。誇りだぁ!」と叫び、先頭となり周囲を煽るのだった。

そんな姿を見て当時、私は父親をとても誇りにして尊敬をしていた。


しかし、忘れないあの日が来たのだった。

あの夏はとても、太陽が燃えるように輝き、その日射しが容赦なく肌に浴びせられ、蝉が一生懸命に変わらず、生きていた。

父親も天皇陛下に参拝し、神棚にお辞儀を行い、朝食には水のようなお粥とおかずには芋の根っこと菜っ葉が少し入った少し味噌の香りがする味噌汁を飲み、家族と一言もしゃべる事もなく食べるのだった。

しかし、その重い空気の中にいると「頂きます。」と言う言葉が出ずに父親からげんこつを浴びるのだった。

「おい!今、戦地でお国の為に汗水垂らして戦っている軍人様に失礼だとは思わないのかぁ!誰のおかげで食べる事が出来るんだぁ…この非国民がぁ!」とげんこつの後に罵声を浴びせるのだった。

母親は父親に対しては何も言わず、「ほなぁ、食べ…」と言うのがやっとであった。

その後、防空壕造りや空襲に備える為に学校に行ったのだった。

しかし、昼になると作業をやめて学校の校庭に集められ、玉音放送が流されたのであった。

私は、当時、何をしゃべっているのか?解らずにいた。その一方で、大人たちは一斉に泣き出した事だけを覚えている。

家に帰ると父親が「日本が負けた。あり得ない。玉砕覚悟で戦わないかぁ!」っと叫び、号泣したのだった。

1時間程すると「一人になるから…」と言い父親は書斎に戻り篭ってしまった。

夕食の準備が出来たので書斎の父親を呼びにいくと返事がない為に書斎を開けると父親は切腹して畳全体に血が赤く燃えて広がり夕日とともに赤く染まっていたのであった。

その光景は父親の死を受け入れる事が出来ずにただ綺麗な絵画でも見ているような感じでその場を立ち尽くした事を覚えている。

その後の記憶は未だに思い出せないでいる。


そんな悪夢みたいな真夏のあの日を忘れずにいるからこそ、今も時より父親が側にきて暴力と暴言を浴びせる夢を見てトラウマになっている。

しかし、今日は終戦記念日の為に、靖国神社に参拝に行かねばならない。

これは、父親の遺書に記載があった為に私が引き受けるかたちとなってしまった。

さてぇ、準備も出来たから行かなければならないなぁ…今、何時だぁ…5時30分になるなぁ…

少し、早いが駅に向かうかなぁ…それにしても、8月にもなるとすでに、25度を越えていると日射しが燃えるように熱くてかなわないなぁ。

何処かに、喫茶店でもないかなぁ…

あれぇ?こんなところに喫茶店があったかなぁ?

「花言葉喫茶店…」

なるほどなぁ…最近は、喫茶店だけでは難しくなったのかなぁ…とにかく、入ってみるかなぁ…

「いらっしゃいませ。こちらにどうぞ?」

「はい。最近は若い人も働いているんだねぇ?お嬢ちゃんは見たところ、小学生かなぁ?お家のお手伝いとは偉いねぇ…」

「はぁ?いえいえ、私は20歳を過ぎて、もう少しで30歳になりますよぉ。それに、私が店長ですが…」

「そりゃ、たまげたなぁ…あまりに、幼くて可愛いので小学生かと…。それに、店長とは恐れ入りました。」

「いえいえ、どう致しまして。」


「お兄ちゃん、聞いて、そうなのよぉ。可愛いって?」

「あぁ…そうかぁ…良かったなぁ…」

「ちょっと、心がこもっていないなぁ…」

「ごめん、ごめん。あやめは世界一だぁ…かわいいなぁ。」

「なら、今回は許そう。」

「そうそう、そう言えば、来週の件は大丈夫かぁ?ちょっと、従業員が体調壊したから、手伝って欲しいんだけど…」

すいません、すいません、店長?

「あぁ!ごめんねぇ…お客さんが呼んでいるから、行くねぇ?じゃ、またねぇ?」


「はい、お待たせ致しました。」

「あのぉ…ここには、お水とか、おしぼりなんかはありませんか?なければ大丈夫ですけど…」

「あぁ…すいません、お客さんが可愛いってほめてくれたのでうれしくてぇ…つい、兄に電話してました。」

「そうなんだぁ…仲が良くて羨ましいですよぉ。」

「そうですか?兄は私に一途で…時より疲れますよぉ。それに、心配症で貴重面で真面目ですよぉ。」

「素敵ですよぉ。私は一人っ子でしたけど親の愛情を受けた事がなく育ちましたから…喧嘩したり、お互いに思いやる事に憧れますよぉ。」

「そうなんですねぇ?寂しかったんですねぇ?」

「そうかも知れません。」

「あぁ…ごめんなさい。今、お水とおしぼりお持ち致します。はい、どうぞ?」

「ありがとうございます。」

「ところで、メニューはありませんか?」

「はい、ただいまお持ち致します。

8月15日の誕生花は「ハス」と「モントブレチア」です。

まずは「ハス」です。〜「清らかな心」「神聖」「離れてゆく愛」「雄弁」

花言葉の由来〜花言葉の「清らかな心」はハスが泥水の中から生じて気高く清らかな花を咲かせることに由来するといわれます。「雄弁」の花言葉は、エジプトでハスがエジプトの神話に登場する神のオシリス(王で死者の審判者)に捧げられ、オシリスが雄弁であったことにちなみにます。」

「なるほどなぁ、蓮にはそんな花言葉があるんだねぇ?知らなかったなぁ…」

「次に「モントブレチア」です。〜「謙譲の美」「陽気」

花言葉の由来〜花言葉の「謙譲の美」は和風の花色とうつむき加減で控えめな花姿にちなむと言われます。」

「なるほどなぁ…人間と同じように個性があり、花にも花言葉があるんですねぇ?この年齢でも、知らない事があり、勉強になりました。ありがとうございます。ところで、食べ物や飲み物のメニューはありませんか?」

「はぁ?うちはトーストとサラダとハムと卵とコーヒーだけです。ハムはベーコン、卵はスクランブルエッグ又はゆで玉子に変更出来ます。」

「あぁ…なるほど。では、ベーコンとゆで玉子に変更出来ますかぁ?」

「はい、かしこまりました。ところで、花言葉は選びましたか?」

「はい?花言葉の意味する事は何ですか?」

「あれ、お伝えしませんでしたか?花言葉の意味する言葉をもとに、これからの人生において逢わなければならない人、逢わなければ後悔する人などに出逢う事が出来ます。もちろん、亡くなっている人に限りますけど…」

「えぇ?そんな事はいくら何でもこのご時世では無理でしょう…?」

「もちろん、このご時世では、神様が奇跡でも起こすか?クローンでも作らない限りあり得ないですが、ここの世界なら可能ですよぉ。」

「いやいや、ここが異世界な訳がないでしょう?」

「そうとは、限りませんよぉ…外を見て下さい。」

「はい、はい、見ますよぉ…えぇ!何で、外がエジプトになっているんだぁ?それも、ピラミッドにサハラ砂漠とは驚いた。」

「まだ、驚くのは早いですよぉ…こちらの窓を見て下さい。」

「えぇ…!地球ではないですかぁ?」

「そうです、月から見た地球ですよぉ。」

「いやぁ、ビックリしたなぁ…外の空気吸って来るよぉ…」

「ダメです。帰れなくなりますよぉ。」

「えぇ…どう言う事ですか?」

「ここは異世界ですけど…外はエジプトであり、月なんです。だから、どちらになるかは運しだいなんです。」

「えぇ…!そうなんですねぇ…これで、ここが異世界だと解りました。」

「では、花は決まりましたか?」

「はい、では、「ハス」でお願い致します。」

「はい、かしこまりました。では、良い時間をお過ごし下さい。」



カラン、コロン〜。

「もしかしたら、昭か?そうだよなぁ?」

「えぇ…どちら様ですか?」

「私を忘れたのか?父親の顔を忘れるとは…」

「あぁ…ごめんなさい、ごめんなさい、殴らないでぇ…父上様」

「ごめんなぁ…辛い思いをさせてしまい。お前には謝っても、謝りたりないなぁ…本当に申し訳なかった。許してくれとは言わないがちゃんと伝える事が出来なかったから最後に伝えに来た。もういいんだよぉ、父さんと呼んでも…」

「私を嫌っていたじゃないかぁ…今さら父さん何て呼べないよぉ…」

「そうだよなぁ…でもなぁ、俺も後悔しているんだぁ…自殺した事により、地縛霊として、今もあの家から出る事が出来ないでいる。亡くなった教え子に謝罪さえもいけないでいる。助けて欲しいんだぁ…どうか、許してもらえないかぁ…おまえが今でもあの時の悪夢と戦い、辛い想いを抱えているのは知っていたが何も出来なかった。父さんとして最低な男だと感じている。父さんが亡くなった後でも、20代まで軍隊に入りたいって本気で思っていた事も知っている。ソ連や中国に行って、共産主義者になり、民主主義のアメリカを倒そうとしていたなぁ…でも、軍隊に憧れていた訳ではなくただの人気者になりたかった事に気が付いて、夜の世界に入り金を稼いで壊れたなぁ…30歳になるとやりたい事が見つからず、自暴自棄になり、酒に溺れてヒロポンにはまり、喧嘩に明け暮れてムショ暮らしをして愛に溺れたなぁ?でもなぁ、そこからトラックの運転手になり、まともな人生を経て、今では、誰よりもやさしい人間になったなぁ…そんなおまえを誇りに感じているんだぁ…」

「父さん、逢いたかったよぉ…辛かったよぉ…」

「泣くなって…俺は、お前が大切だった…母さんと話をして、愛情を注ぐ為に子供は一人と決めていた。おまえだけを幸せにしたかった。あの戦争さえなければ…芝居や旅行や海外にでも行きたかったんだぁ…でもなぁ、戦争ですべてがなくなった。おまえと同じ幼い頃は大正デモクラシーですべてが華やかだったんだぁ…レンガ造りの建物にたくさんの芝居小屋など…母さんともおしゃれをしながらデートしたんだぁ…懐かしいなぁ…あの戦争で悪魔になってしまったよぉ…ごめんなぁ…本当にごめんなぁ…」

「泣かないでよぉ…父さんが悪いんじゃないよぉ…戦争が悪魔にしたんだって…きっと、亡くなった教え子たちも解ってくれるよぉ…でも、小さい時に一度で良かった…抱きしめて欲しかったなぁ…何でだよぉ、何で、強がって、暴力や暴言をしたんだよぉ。何で、何で、自殺なんてしたんだよぉ…!!あの夏を忘れないじゃないかぁ!」

「ごめんなぁ…」

そろそろ、料理が冷めますので…

「ほらぁ、昭、食べよう?」

「いやぁ、美味しいなぁ…こんな美味しいのは久しぶりだなぁ…平和になったんだなぁ…良かった。良かったよぉ…」

「そうだよ。戦争が終わって、夢や希望を持って笑顔になったんだぁ…今では、海外旅行に行ったり映画や舞台や音楽など自由に見たり聞いたり出来るんだよぉ。」

「そうかぁ、教え子たちに見せてやりたかったなぁ…本当に平和になったんだなぁ…良かったよぉ…」

「昭、ちょっと来てくれ?」

「父さん、どうしたのぉ…」

「ほらぁ、父さんのぬくもりだぁ…最後になるけど」

「父さんに抱きしめられたのははじめてだなぁ…ありがとう、ありがとう。父ちゃんを許すよぉ…本当の気持ちを知って良かったよぉ…やっと、清らかな心になれたよぉ。あの夏は忘れないけど新しい一歩を踏み出せそうだよぉ。ありがとう。」

「昭、今まで、ごめんなぁ…ごめんなぁ…じゃ、行くなぁ…これで、地縛霊から解放して旅立つ事が出来るよぉ…ありがとうなぁ…」


「ありがとうございました。何とお礼を言えば良いのか…この出逢いがなければ死ぬまで父親の幻想に追い回されていたと想います。そして、本当は誰よりも私の事を大事にしていた事に気付く事が出来ました。ありがとうございました。ありがとうございました。」

「いえいえ、こちらこそ、貴重なお話を聞かせて頂き、ありがとうございました。ありがとうねぇ。出口はこちらになります。」


「いやぁ、今回も素敵な出逢いがあったなぁ…戦争は人を悪魔に変えるんだなぁ…この平和が続くように…あれぇ、何か忘れているような…何だっけなぁ…あぁ…しまった。会計?お客さん、会計!会計!!」

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