第2話 桜の散りゆく先には

私が、あの喫茶店で澤村 あやめに出逢ったのは幻だったのか?それとも、現実だったのか?偶然だったのか?必然だったのか?それとも、天使のいたずらだったのか?悪魔のささやきだったのか?未だに解明出来ないが…とても、元気になり、涙が止まらなくなった事を覚えている。


高原 美幸(52)は辛い気持ちを思い出しては涙を流し、恐怖に怯えていた。


あれ、あいつは、何処に行った?

あいつは、逃げ足だけは早いなぁ…たくぅ!あの女は店の売上金、盗んで何処に逃げたんだぁ…

捕まえたら、風俗にでも、行ってもらうぞぉ!

必ず、右肩につけた、刀傷を見つけたるぅ!


はぁ、はぁ、はぁ…ここまでくればきっと逃げられる。

ここには騙されて来たんだからぁ…あの人がいなくなってから、私は逃げてばかり、もうこんな人生なんてまっぴらよぉ…

あの人に逢えたら…良いのになぁ…

その後の足どりは掴めないでいた。


月日は流れて、30年以上が経過していた。港町に小さな薄汚いスナック「夜酔」が一軒あった。

「カラン コロン コロン~♪」

「あらぁ、よし君、こんばんわぁ。あれぇ、トヨ吉さんや米次さん達はどうしたのですか?」

「今日は1人ですよぉ。」

「あらぁ、珍しいわねぇ?何かあったみたいねぇ?何か飲みます?」

「そうだなぁ…ビールと揚げ豆腐とおでんをもらうよぉ。」

「はい、お待たせ。それにしても寒くなってきましたねぇ?」

「いやぁ、本当に寒いすぅ!最近は、トヨ吉や米さんが厳しくてあまりに辛くて泣きそうですよぉ。」

「あらぁ、どうしたの?トヨ吉や米さんはあなたが1人前になって喜んでいたわよぉ。小さな船でも魚を取る技術は俺達も敵わないなぁ…よしがいなければ廃業しなければならないなぁ…って言ってたわぁ。」

「マジですか…あり得ないなぁ。米さんに今日はかなり怒られましたよぉ。いつもなら止めるはずのトヨ吉さんも何も言わなくて…」

「あらぁ、そうだったの?なるほどねぇ…そう言えば、3日前にトヨ吉さんと米さんが来ていたけど…よし君はいなかったわねぇ?」

「えぇ?マジですか…誘われてなかったなぁ。」

「実はねぇ…ここだけの話よぉ。トヨ吉さんが船を降りるのよぉ。身体も悪くてねぇ…糖尿病が悪化して入院するのよぉ。これから、どうしたら良いかと米さんに相談していたわぁ。泣きながら、よしを頼むと言っていたわぁ。」 

「マジっすか?あのトヨ吉さんが…米さんに?」

「そうよぉ。だから、米さんが厳しく指導したのよぉ。海は時には悪魔にも天使にもなる…あいつがいずれは世界の海にも出る男になるって…その為に漁業組合にもかけあってくれているらしいわぁ。」

「そう何ですか…。そうよぉ。」

「知らなかったすぅ。俺は高卒でたまたま、トヨ吉さんの手伝いをしただけだったのですが…そこまで、トヨ吉さんや米さんが思ってくれていたんですねぇ。有り難いすぅ。」

「ところでママさん、ここは長いんすかぁ?いつも、うちらみたいなぁ、漁師相手にして、楽しんですかぁ?」

「そりゃ、楽しい事もあるけど…冬の海で亡くなる人や行方不明になる漁師もいるから、辛い事もあるわぁ。そのたびに、涙を流して深酒をしてしまったり、自暴自棄になる事はあるわぁ。」

「そう何ですか…俺でも慰める事が出来ますか?」

「そりゃ、元気なヨシ君は自分の子供のように感じて元気になるわぁ。」

「それなら、1人の男として慰めたいです。もぅ、よし君たら酔っぱらって…やめなさい。怒るわよぉ。」

「ママさんは50歳過ぎても美人で素敵ですねぇ…キスして良いですか?」

「ちょっと、止めなさい…止めない!」

「えぇ、ママさん右肩の刀傷どうしたんですか?」

「良いでしょ…」

「すいませんでした。」と言って帰って行った。

「あぁ、刀傷を見られたらここも潮時かなぁ…すぐに、追ってがくるのは時間の問題だなぁ…」

「まぁ、雇われママだから、このまま居なくなっても、問題ないかぁ…でも、最後に書き置きだけでもおいていかなきゃなぁ…」

たまには、駅前の寂れたシャッター街でも歩いて酔いでも、覚まして始発でこの街を離れるかなぁ…

それにしても、久しぶりに来たけど…寂れたなぁ…コンビニが1軒と飲み屋が2件かぁ…

そう言えば、始発は何時だろう?

6時05分かぁ…

まぁ、この街なら早い方かぁ…

駅の反対側にでも行って見るかなぁ…

そう言えば、始めて来るなぁ…何があるんだろう…潮騒銀座…って書いてあるなぁ。

行って見るかなぁ…


あれ、潮騒銀座…って、こっちもシャッター通りかぁ…八百屋と肉屋と魚屋があるだけかぁ…あれぇ、こんなところに花言葉喫茶?

喫茶店なら時間も潰せて良いなぁ…入ってみるかなぁ…


カラン、コロン…

「いらっしゃいませ。お一人ですか?」

「はい」

「今日は4月15日ですねぇ?」

「そうだったかしら?」

「はい、4月15日です。今日からオープンしました。」

「はぁ?この時間に?」

「ところで、従業員はおまえだけ?」

「はい、私だけですよぉ。」

「はぁ、どう見ても、高校生だよなぁ?」

「はい、ありがとうございます。これでも、かなり歳をとってますよぉ。」

「いやいや、どう見ても高校生じゃないのか?」

「そう見えます?20代ですけど…」

「そっか、20歳は過ぎているんだなぁ?」

「ところで、水とかおしぼりはないのかぁ?」

「はい、忘れてました。」

「おいおい、大丈夫なのかぁ?」

「はい、お水「ウォーター」とも言う。とおしぼりです。」

「「ウォーター」とも言うはいらない。」

「えぇ!髪の毛が茶色だから、外国の人だと思っていた。もう…びっくりですよぉ?」

「おまえ、本当に大丈夫かぁ…まぁ、こんな姿の人はこの街にはいないけどなぁ…」

「そう言えば、メニューないのかぁ?」

「はい、ただいま。」

「はい、こちらがメニューになります。今日、4月15日の誕生花・花言葉は「金魚草(Snapdragon)〜「おしゃべり」「でしゃばり」「おせっかい」「推測ではやはりNO」となっております。なお、西洋の花言葉では、意味合いが、違います。graciousness(上品さ、優雅さ) deception(ごまかし)になります。

そして、花言葉の由来ですが花言葉の「おしゃべり」「でしゃばり」「おせっかい」は口をぱくぱくさせて話しているような花姿に由来します。

西洋ではこの花が仮面に似ているともいわれ、そこから「推測ではやはりNO」の花言葉が生まれたと言われます。

次に、ゴデチア〜「変わらぬ愛」「お慕い致します」そして、花言葉の由来ですが花言葉の「変わらぬ愛」は春から夏に季節が移り変わっても、美しい花を咲かせている事に由来するとも言われてます。」

「はぁ、なるほどそうなんだぁ…って、メニューだよぉ?」

「はい?メニューは出しましたけど…」

「違うわよぉ。メニューはメニューでも、だから、食べ物のメニューの事よぉ?」

「こちらだけですよぉ?トーストとサラダとコーヒーのセットだけですよぉ。」

「はぁ?さっきのは何?」

「逢いたい人に逢えますが…どちらが良いですか?金魚草かゴデチア?」

「イメージがわかないなぁ…金魚草は?」

「春の花(最盛期は5月)、花の色は赤・ピンク・白・オレンジなど」

「ゴデチアは?」

「ピンクに白ですねぇ…」

「あぁ、わかんないなぁ…金魚草にする。」


カラン、コロン…

「よぉ!久しぶりだなぁ…美幸、元気かぁ?」

「えぇ…どうなっているのぉ…?30年前に亡くなったじゃないのぉ…それも、私をかばってピストルで撃たれたのに…健司さんに逢えるなんてぇ…田中 健司さん?」

「おいおい、逢って、田中 健司さんって、ぎこちないなぁ…昔みたいに健さんでえぇって!それに、おまえが、今、呼んだろう?逢いたかったんだろう?」

「どういう事?」

「だから、そこのお嬢ちゃんのおかげでここに来た。お前が金魚草を選んだやんかい?

おしゃべりででしゃばりでおせっかいで推測ではやはりNOのワイを呼んだやろぉ。」

「確かに、逢いたかったけど…逢えるなんてぇ、夢にも思わなかったから…」

「そりゃ、美幸に逢えるなんてぇ、夢みたいやぁ。それに、おまえには苦労かけたから、一言謝っておきたかった。」

「なんで、謝るん?」

「そりゃ、そうやぁ、右肩の刀傷はワシをかばって出来た傷やんかい?惚れた女に刀傷やぁ、謝っても、謝りきれん。」

「ほなぁ、こたない。惚れた男を守るのは女の役目やぁ。それに、この生活も悪くないんよぉ!」

「何、言うてんねぇん?ほなぁこたないやろ…追ってから逃げる日々なんてぇ、辛かったやろ!おまえをずっと、見てたやぁ…とはいえ、追ってこないように、その都度、追ってには恐怖を与えていたけどなぁ…」

「えぇ…ほなぁ、追っては一生来ないのぉ…」

「そりゃ、来ないよぉ…」

「そんな、何の為に逃げてたのぉ?」

「しゃぁ〜ないやん。おまえに逢えなかったんやぁ!」

あのぉ、そろそろ料理が冷めますので…どうぞ?

「ありがとうなぁ…ねいちゃん、ほなぁ、冷めんうちに食おうやぁ。いやぁ…うまかぁ。」

「ほんまやねぇ?」

「こんな美味しいパンははじめてだなぁ…まぁ、久しぶりに美幸に逢えたから、旨さも倍やけどなぁ」

「もう、あんたは…」

「そうやぁ、あの後はどうなったんだぁ…」

「逃げてましたよぉ。」

「そっか、もう、逃げなく良いぞぉ!あいつは、こっちはおらん。もう、死んでるやぁ。それにしても、ほんまごめんなぁ。」

「そうなんだぁ…。もう、辛くて、孤独で毎日が長く感じていたんだからぁ…本当にあんたが好きだったんだから…」

「泣くなって、ほらぁ…ハンカチやぁ。よしよし、ほらぁ、顔あげやぁ?」

「あんた…」

「これは、最後のキスやぁ…桜の散りゆく先にはこれから、新しい未来がある。きっと、ある。だから、これからはその未来を応援してる。俺には出来なかった未来を見せてくれ!頼むなぁ!ほなぁ、行くなぁ…」

「ちょっと、ちょっと、あんた、あんた、健さん、もっと話したいやん。」

「アホ、俺なんて忘れて自分のやりたかった道やらなぁ!そうやぁ、おまえの為に、厳さんに通帳渡してるんやぁ。」

「えぇ…父さんに?」

「そうやぁ、何でなん?」

「堅気になったら、結婚する為に預けた。」「でも、30年前になるから大丈夫なの?」

「大丈夫だぁ…死んだ後に、厳さんの枕元に出て使わないようにしているから大丈夫だぁ…ほなぁ、またなぁ!」

「ありがとう」


「ありがとう、ありがとう、ありがとうねぇ。」


どうでしたか?お客様?

「ありがとうございました。こんなに素敵な出逢いが出来た事に感謝します。かなり、遠回りしましたけど、これから、新しい道に進む為に、美容師でも目指してみます。ありがとうございました。」


いえいえ、こちらこそ、温かい気持ちになりました。ありがとうございました。


それでは、失礼致します。

「あぁ、良かったなぁ…30年かぁ…大変だったなぁ…でも、これで、逃げなくて良くなったんだなぁ……って、忘れてたぁ!会計!お客さん、会計!会計!!」


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