第13話 「蹂躙」
「突撃!蹂躙しろ!」
航空攻撃に怯える逃げ隠れはもう飽き飽きだった。
人民解放軍海軍陸戦隊第164海軍陸戦兵旅団グアム攻略支隊に加わった人民解放軍陸軍第39集団軍戦車大隊は日米軍の航空攻撃に晒され、戦う前にすでに戦力は半減していた。このまま戦わずにグアム島の作戦の趨勢が決してしまうのではないかという不安を抱きつつも懸命に戦車を偽装して息を潜めていた馬少校は、電子戦攻撃に伴う敵の混乱に乗じる反撃のため、束縛から解き放たれ、自由を得て羽ばたく鳥のように解放的な気持ちだった。
戦車はやはりこうでなくてはならない。履帯が地面を噛み締め、ウクライナ製の6TDディーゼルエンジンが咆哮を上げるように唸り、戦車は地上最強の怪物のように敵軍の兵士たちを畏怖させた。
まるで雲の子を散らすように逃げていく天下の米海兵隊の装甲車両の姿を見るのは愉悦だった。
「車長!戦闘室に入って下さい!」
射撃を続けながら砲手の王三級士官(軍曹)が叫んだ。敵も少なくない反撃の火網を張り、時折車体を銃弾が叩き、至近距離で機関砲弾の榴弾が炸裂した。しかしながら戦車兵とはこうあるべきだ。そして堂々と死ぬべきだと馬は思っていた。
戦車将校を目指して軍に進んだ馬少校は第二次世界大戦のドイツ軍機甲部隊の活躍に幼少から魅せられていた。オットー・カリウスやミハイル・ヴィットマンらのように歴史に名を連ねるのが夢だった。
「黙って目標を狙え!一時方向、歩兵戦闘車!榴弾、撃て!」
『発射』
王三級士官は役目も果たしていた。125mm滑腔砲ZPT-98Aが砲声を鳴り響かせ、対戦車榴弾を撃ち出す。高初速の戦車砲弾で海兵隊のLAV-25歩兵戦闘車の砲塔を撃ち抜くのを馬は見送った。せいぜい7.62mm弾への耐弾性のLAV-25の装甲は容易く貫徹され、対戦車榴弾は成形炸薬のモンロー効果を存分に発揮して車内を焼き尽くす。
脱出できた乗員はいなかった。砲塔をこちらに向けつつ離脱しようとするLAV-25を見つけた馬少校はすかさず砲手に目標を指示した。
「進め!進み続けろ!」
馬少校は強引な部隊運用をしているという自覚はあったが、しかしながら時間との勝負に追われている焦りもあった。電子戦部隊による電子支援により敵が混乱している時間はそう長くはない筈で、当然敵も反撃してくる。電子戦攻撃のタイミングで突入した海軍の戦闘機部隊がグアム島上空の日米軍の戦闘機やヘリを攻撃したことで敵の態勢が崩れている今、どれだけ戦果を拡張できるかにかかっていた。
敵の包囲環をずたずたに引き裂いた上で海岸橋頭堡を急襲することが馬少校達に与えられた任務だった。
「進め!」
機関砲弾が僚車の車体で爆ぜ、爆発反応装甲の装甲板が弾け飛んだ。しかし僚車も果敢に反撃の砲撃を撃ち返しながら進み続けた。
自軍がもたらす強力な電子戦攻撃は敵のデータリンク通信さえ妨害するために自軍の周波数帯域にもおよび、保護されている通信は大隊指揮系等に限られていた。戦車同士は今、
99A式戦車は最新の技術を投入して開発され、高額になったために調達数は伸びていないが、馬少校は確かな性能を有していると確信はしていた。以前の乗車であった96式戦車の砲安定能力は低く行進射撃能力は無いに等しかった。
「走れ、走り続けろ!撃ち続けろ!」
電子戦攻撃という魔法が切れる前に。時間は限られていた。馬少校は部隊を激励し、鼓舞し続けた。戦車部隊将校として自身の命を燃やし尽くすために。
アンダーセン空軍基地から脱出後、態勢を整えた第164海軍陸戦兵旅団機械化歩兵大隊はアンダーセン空軍基地からグアム島中央のグアム国際空港へ向かって進軍する日米軍を阻止するため防戦を行っていた。辛くもアンダーセン空軍基地から脱出した金春寧中尉もまた勤保部隊の瑛少尉と共に有り合わせの装備を手にその防戦の前線に加わっている。
趨勢は決したように見えた。日米軍は大挙して占領したアンダーセン空軍基地にヘリどころか輸送機を直接着けて戦力を送り込んでいる。恐ろしい速さだった。しかしながら旅団司令部は徹底抗戦と各防御陣地の死守を繰り返し指示していた。増援と周辺の日本の島々を占領するための陸戦隊を乗せた揚陸艦隊が空母艦隊と共に南下しており、苦戦は一時の物だと政治将校たちは兵を鼓舞している。
本来部下ではない兵士達の士気は決して高くなかったが、今のところ金中尉に従順に従っていた。
マリンコアドライブこと一号線沿いの高校の建物に据えた機関銃と対戦車ミサイル陣地から一号線を進軍してきた日本軍の空挺部隊に向かって横合いから攻撃を行う。
先頭の軽装甲車が破壊され、そこから脱出した歩兵と後続の車輛から下車した歩兵からの猛烈な射撃に高校は晒されていた。さらに上空援護していた戦闘ヘリもフレアを放出しながら高校に向かってロケット弾を発射してくる。
金中尉達のいる校舎の二階の教室も例外でなく激しい制圧射撃に晒されていた。
「くっ」
建物に響く凄まじい衝撃に
壁に据えていた土嚢が砂をまき散らしながら吹き飛び、背後の壁すら砕け散る。
「陣地変換だ、急げ!」
金中尉は対戦車ロケットの射手とそれを装填手らに怒鳴りながら這い蹲って射撃の嵐に見舞われた教室を脱出する。
『甲鉄2、甲鉄2!敵が校舎に取り付くぞ、側防機銃はなぜ撃たない!』
『甲鉄2が応答しない、誰か校舎東側から接近する敵を食い止めろ!』
ヘッドセットで無線が錯綜する。対戦車ロケットランチャーの射手と砲手も弾薬とランチャーを持って這い出てきた。分隊の兵士が廊下で伏せている。二人欠けていた。
「お前たちは予備陣地に砲を据えて任意に射撃しろ、お前とお前、ついてこい」
金中尉は未だに銃撃が飛び交う中を中腰で移動して校舎の東側に急いだ。日本軍のレスポンスが想像以上に早い。
『日帝のドローンが飛んでいる、撃ち落とせ』
『退路を断たれる前に後退しなくては!』
『とにかく敵を食い止めろ!侵入を阻止しろ!』
無線はもはや誰が誰に向かって通信を行っているのか分からない。うるさいだけだったので金中尉は無線を切った。校舎の東側の教室に飛び込んだ金中尉は窓に中腰で近づくと潜望鏡で外の様子を伺った。制圧射撃が一瞬止み、高校の周囲にある建物の陰から日本軍の歩兵分隊が高校に向かって押し寄せ、高校の駐車場を横切ろうとしている。金中尉は体を起こすと95式自動歩槍を連射し、その兵士たちに銃撃を浴びせかけた。金中尉に続いた兵もそれに呼応して射撃する。
日本兵が何名か倒れたが、次の瞬間周囲の建物や様々な場所から制圧射撃が始まった。教室に無数の銃弾が飛び込み、残っていたガラスが全て砕け散り、窓枠すら破壊される。
さらに壁に砲弾が直撃し、金中尉は砕けた壁ごとなぎ倒された。無反動砲の射撃だった。
がれきと巻き起こった砂埃、煙にまみれ、金中尉は激しい痛みと朦朧とした意識の中、懸命に腕を動かして窓際から離れようとした。
金中尉が連れてきた兵士のほとんどが戦闘継続は困難な状況に陥っていた。旋回していた戦闘ヘリが戻ってくる気配がある。窓際から離れようとする金の体を誰かが引きずった。何とか廊下に連れ出される。連れ出したのは瑛少尉だった。
「ここで何してる、予備陣地に行け」
口の中に入った砂やコンクリートの粉塵を吐き出しながら金中尉が言うと瑛少尉が首を振った。
「予備陣地を破壊されました。分隊は壊滅です」
瑛少尉の言葉に金中尉は崩れ落ちたくなった。それでも足を踏ん張り立ち上がる。
「ここからはまた屋内戦だ。時間を稼ぐだけで勝ち目はない。君は脱出しろ」
「どこにです」
瑛少尉は泣きそうな笑みを浮かべた。それにかける言葉が無く、金中尉は無線のスイッチを入れた。しかし無線は空電音が鳴るばかりで全く通じなくなっている。日本軍の電子戦だと思い、ここでの組織的抵抗は諦めて撤退することを決意した金中尉は瑛少尉の腕を掴むと校舎の奥へと急いだ。
「金中尉」
「なんだ」
「攻撃が止みました?」
金中尉は顔を上げるとまだ銃声は鳴り響いていたが、明らかに勢いに欠いていた。破壊されつくした教室のひとつに顔を覗かせ、外を窺うと日本軍の足並みが乱れていた。高校へ攻撃を加えていた戦闘ヘリが尻尾を巻いて地を這うように離れていく。高校を包囲し、攻撃を加えていた日本軍の装甲車も前進を停止し、後退していた。連携の取れていた日本軍の兵士達が分隊同士で何かを喚き合っている。
「なんにせよ、好都合だ。今のうちに生き残りを集めてここを出るぞ」
まだ自分の運は尽きていないようだ。それが幸運なのか悪運なのかを考えると後者だろうと金中尉は思いながらも先を急いだ。
グアム島内のハイウェイを進む非戦闘員への対処に苦慮していた大日本帝国陸軍海上機動団第三海上機動連隊第一中隊の前衛小隊に同行する古森大尉も前進を再興した直後、一変した状況に困惑していた。すべての無線が途絶し、指揮統制システムがダウンした。完全に無線が使えなくなると周囲の状況も戦況も分からなくなる。
前進に伴い先行して飛ばしていた
「どうなってるんだ、一体」
古森は苛立ち紛れにぼやいた。先ほど戦闘機が二機低空を駆け抜けていったが、友軍機ではなかった。その戦闘機の後を上空に待機していた海軍の戦闘機が追いかけていったが、今度は地上の敵の対空火器が息を吹き返して海軍機に高射機関砲や地対空ミサイルによる攻撃を加え、海軍機は離脱していった。その後それらが撃墜されたのかも分からない。
後続の部隊の前進も中止されたらしいが、いつまでこの電子攻撃が続くかも分からない状況だ。砲声らしき爆発音が山に響く。
「この音は?」
地図を睨んでいた古森は顔を上げた。前衛小隊となった第3小隊長である布崎中尉も顔を上げて聞き耳を立てる。
「砲撃ですか?」
「いや……戦車砲だ。交戦してる」
「友軍の戦車は……」
布崎ははっと顔を上げた。米海兵隊は戦車を保有していないし、日本軍も戦車の揚陸は後回しになっていてまだ前線には到着していないはずだ。となればこれは敵の戦車だ。
「戦車が来るぞ」
「まずいですよ、無線が使えません」
「ああ、まずい。敵の機動打撃だ」
機動打撃は防御の一環で、敵を陣地防御などによって拘束しつつ、側面や後方を突く戦術で、装甲グループという戦車や歩兵戦闘車などによる編成で行われる。
戦車の恐ろしさは訓練だけでも身に染みて理解している。この第3小隊が保有する対戦車火器は個人携帯の射程が短い軽対戦車誘導弾や直接照準火器で小銃程度の射程の携帯対戦車火器だ。
本格的な対機甲火力は上空援護の戦闘ヘリと、部隊の後方から続くヘルファイア対戦車ミサイルに相当する中距離多目的誘導弾やスパイクNLOSに相当する96式多目的誘導弾システム等に依存している。戦闘ヘリは地上部隊に航空支援を行うとともに索敵を続けて発見次第攻撃しており、地上の対機甲火器は敵機甲戦力を前線の部隊が発見次第、通報、火力要求を無線等で行い、それらの対戦車火器は直接照準することなく山の反対側程度の距離から座標指定等で間接照準射撃を行って撃破することになっており、その火力要求を行うにしても無線が通じている前提だ。当然ながら迫撃砲等の火砲の支援も受けられない。
「戦車が来たら……蹂躙されます」
布崎の言葉にその現実味が増し、古森は思わず鉄帽を脱いで額に浮かんだ汗を拭った。
「だからと言って無防備な海岸堡まで敵戦車を通すわけにはいかない。地図を寄越せ」
自分が無謀で、そして部下達を危険に晒そうとしている自覚はあった。これは訓練ではない。しかしやらなければならないという指揮官としての判断は残酷にも古森を突き動かした。
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