第16話 「確執」

 月島が臨時編隊長となったクーガー1-2編隊のF-14J二機が離脱するのを見送った麻木はF-14Jの機上から美しいトルマリンブルーの海面のすれすれを飛翔する無数の対艦ミサイル、巡航ミサイルがグアム島の北を南下する中国人民解放軍海軍南海艦隊に向かう様子を見下ろしていた。

 ミリタリーでは亜音速巡航ミサイルは低速の部類だが、その飛翔速度は十分に速いように見える。主翼を大きく広げた巡航ミサイルは低空を巡航しているが、その大きさは鍛えられた視力では容易に捉えられた。


『飽和攻撃ですね。敵は凌げるんでしょうか』


 麻木が海面を見下ろす様子を見ていた藍田が無線で話しかけた。


『レンハイ級とやらのお手並み拝見だな。失敗しても202がASM-3を叩き込むだけだ』


 すでに高みの見物を決めたような象潟の物言い。敵南海艦隊の主力防空艦はレンハイ級巡洋艦こと055型駆逐艦で、中国人民解放軍海軍は駆逐艦という分類にしつつも満載排水量一万三千トンを超え、日本海軍では巡洋艦の部類になる。一一二セルものミサイル垂直発射装置VLSを備え、Sバンドのアクティブ・フェーズドアレイアンテナを艦橋構造物の四面に設置しており、その姿は西側諸国のイージス防空艦を模倣しており、米海軍もその対空戦闘能力がイージス艦並みに高度であると推測していた。

 実際の対空戦闘能力がどれほどかは未知数だ。米海軍が予算獲得のために過大評価している可能性も捨てきれないが、日本国防省もアメリカに追従した評価をしていた。


『こちらソーサラー0-4。米海軍の攻撃隊が攻撃進入を開始する』


 早期警戒機AEWからの通報にレーダー画面を見ると、複数のシンボルが中国艦隊に向かっていた。IFFにより友軍機のシンボルが表示されている。F/A-18Fスーパーホーネット戦闘攻撃機の四機編隊が三個の十二機。第五空母打撃群《ロナルド・レーガン》の第102戦闘攻撃飛行隊ダイヤモンドバックスだ。やや低高度の右翼方向から並進するように飛んでいる。

 機体を傾けて目視で見るとF/A-18Fの編隊の一つが見えた。大きく隊形を開いていて、全機が主翼にAGM-84ハープーン空対艦ミサイルを下げている。F/A-18Fは双発双垂直尾翼に、直線翼に近い後退角の小さな主翼とF-14に比べると細くすっきりした胴体。日本海軍も採用を検討していたが、F-14延命により導入が中止された経緯がある。

 第102戦闘攻撃飛行隊のF/A-18FはブロックⅢと呼ばれる最新型で胴体上部に航続距離延長のためコンフォーマルタンクを増設されており、中身も入れ替わっていてその性能は大きく向上している。

 長射程のLRASMことAGM-158C空対艦巡航ミサイルを搭載した戦闘攻撃機ははるか後方から発射しており、今ここにいるF/A-18FはAGM-84ハープーン空対艦ミサイルを四基ずつ抱えていた。ハープーンは亜音速の対艦ミサイルだが、四十八基もの対艦ミサイルによる飽和攻撃は敵の強固な防空網にも有効だ。


『202の出番は無いかもな』


待てウエイト新たな目標ニューピクチャ、ポップアップ。これは……』


 象潟の言葉に割って入った早期警戒機の兵器管制官の緊張した声が聞こえ、データリンクによってレーダー画面上に表示される輝点ブリップの数に麻木は息を呑んだ。数は軽く二十を越える。さらに増えていた。


「一体どこからこんな数の敵機が……」


 麻木は思わず呟いた。南海艦隊の艦載機とは考えられない機数だ。しかも前触れなく戦闘空域に現れた。グアムはフィリピン海の真っ只中にあり、戦闘機の戦闘行動半径内に中国の基地はない。


『クーガー0-5、こちらソーサラー0-4。敵機ボギー多数接近。全機、対処せよ』


「……簡単に言ってくれるな。全機、エンゲージ。ランサー0-3は避退せよ」


『ランサー0-3、ラジャー。武運を祈る』


 EF-2B電子戦機が離脱し、麻木達は敵機に機首を向け、機上オンボードレーダーで敵機を捕捉する。

 麻木は敵機の様子を見て訝しんだ。レーダー画面上の敵機は入り乱れるように米海軍の攻撃隊に向かってきており、編隊を組んでいないためどの機がどの機と連携しているのかすら分からなかった。


「こいつらは何だ。NCTRは?」


『識別できません。ステルスです』


「ステルス?J-31ではないだろう、デコイなのか」


『デコイではありません。統合電子戦システムIEWS火器管制FCレーダー波を探知』


 デコイでも電波シグナルを発してミサイルなどの誘導レーダーに本来の反射波より強い電波を放射し反射波として偽装し、自機を防護する物などが存在する。索敵レーダー波を発信するデコイの存在も否定できないが、無視できなかった。


「脅威度を判断して優先目標を振り分けろ」


『了解』


 弓削は直ちに自機の脅威となる敵機を類別してレーダーで捕捉した。それを戦術データリンクによって編隊間で共有する。


「各機、攻撃対象ホスタイルとエンゲージ。自由戦闘」


『クーガー0-6、ラジャー。エンゲージ。FOX1、二基ツーシップス


 象潟機が真っ先にAIM-54E長距離空対空ミサイルを発射する。空中に次々にミサイルが駆け抜けていく。麻木も目標を捕捉した。


『ロックオンしました』


 弓削が後席から告げる。


「FOX1、FOX1」


 ミサイルレリーズを押し込むや同時に両翼から一基ずつ二基を、さらに二基の計四基を連続発射。四基の長距離ミサイルの重量から解放され、機体が軽くなる。発射されたAIM-54Eはロケットモーターによってマッハ五の飛翔速度に向けて加速し、視界からあっという間に消え失せる。


『全部命中しても足りない。反転しましょう』


 レーダーを見張る弓削の声は焦りを隠せなかった。


「駄目だ。米軍の離脱が先だ」


 敵編隊は麻木達から放たれた長距離ミサイルに次々に撃墜されたが、損害に構わず突っ込んでくる。しかも数が減ったように感じないほどの機数だ。


『命中直前で回避機動を取っていましたが、動きが不自然です』


「私も見ていた」


 レーダー画面上だけでの所感だが、弓削と同意見だ。

 RWRレーダーウォーニングレシーバーが鳴り響き、コックピット内で警告灯が明滅する。


「発信源を撃て」


『ラジャー』


 レーダー照射してくる敵機に、後席から弓削がAAM-4Bを一基発射する。それでもRWRは激しい警告音を響かせて鳴りやまない。麻木はチャフを放出してビーム機動を開始した。


「全機ブレイク」


『チャフアウト!ブレイクする!』


『凄い数の機に狙われてますよ!』


 麻木のF-14Jを狙っているのは二、三機どころではなかった。他の列機も次々ミサイルを撃ち尽くし、回避急旋回を開始する。敵機のFCレーダー波から逃れようとF-14Jが逃げ惑う。


『クーガー0-5編隊、こちらソーサラー0-4。米軍が離脱しない。米軍機の援護を継続せよ』


 早期警戒機AEWの兵器管制官が緊張を滲ませた声で呼び掛ける。


「馬鹿な。連中、気付いてるのに何故離脱しない」


 たった四機のF-14Jで食い止められる数ではない敵機が接近しているにも関わらず、米海軍の攻撃編隊はまるで意にも介さず攻撃を続行しようとしている。


『米海軍攻撃隊より、援護せよと』


 兵器管制官の声は怒りに震えていた。


「何が共同だ!我々を盾にするつもりか」


 麻木は憤った。追尾してきた敵機が後方に回ってくる。操縦桿を手前に引きながらラダーペダルを踏みつけ、翼を立てて回避急旋回を行う。強烈なGに弓削が呻く声を聞きながら麻木は追尾してくる敵機の旋回半径に割り込もうとGに耐えつつ、顔を上げた。その視界の中に小さな機影が掠めた。


「やはり無人機UAVか」


 機首にカナード翼、主翼は後退翼を採用、二枚の垂直尾翼は外側に傾斜している。米国のXQ-58Aステルス無人戦闘航空機UCAVのように小型で砲弾型の胴体だ。


「何だこいつは。新型か?」


『ボギー、五時方向ファイブオクロック上方ハイ!』


 弓削が鋭い声で警告を発する。レーダーだけでなく目視で捉えられるだけでも五機以上の敵機が周囲を飛翔していた。その全てが対戦闘機の空対空戦闘能力を有していて、レーダーを備え、こちらを狙ってきている。


「このままではもろとも全滅だ。離脱するぞ」


『ラジャー』


 象潟が即座に了解する。


『米軍はどうしますか』


 藍田が聞いてくる。


「奴等に義理もない。せいぜい奮戦を期待するとしよう」


 麻木は恨みを含めつつ、敵の攻撃を凌ぐことに集中した。ビーム機動を行っても複数の敵機に狙われている状況でRWRが鳴りやまない。その中で白石機が無数の敵機にたかられていた。まるで手負いの獲物に群がる鳥だ。


「ホムラ、ボギーが後方に回ったぞ」


『ラジャー』


 白石が荒い息の合間に応答した。二機の新型無人戦闘機が白石の後方に回り、ウェポンベイを開いてミサイルを放とうとしていた。麻木は機首を巡らせ、白石に向かう。


「FOX3」


 コールしながらミサイルレリーズボタンを押し込み、AAM-4Bを発射する。音速で飛翔するミサイルは本来の射程よりもずっと近い距離だったが無人機を直撃し、空中に火球が膨れ上がった。もう一機は回避しようとしていたが、その腹にAAM-4Bが突き刺さる。機体が真っ二つに割れ、片側は爆発四散し、もう片側は破片をばらまきながら落ちていく。


『助かりました──後方警戒チェックシックス!』


 息吐く間もなく白石が鋭い声で警告する。


『低空から……!』


 目視で監視できていない方向から無人戦闘機が麻木を襲った。ミサイルアラートが鳴り響く。


「ブレイク」


 麻木は後退していた主翼を手動で前進させて急旋回し、フレアを放出。桁違いのGが瞬時に襲い、弓削が呻くが麻木は構わず主翼を立てて向かってきたミサイルの旋回半径に割り込む機動を取りつつ、敵機を振り切ろうとする。過荷重警報システムOWSが警報を鳴らし、実用限界荷重の七・五Gを超える急旋回で機体も体も軋む。ミサイルはフレアによって下方に吸い込まれたが、攻撃した無人戦闘機が食い下がってくる。


『数が多すぎる……!振り切れません!』


 弓削が叫ぶ。


「後ろを見張れ、左に振って引き寄せてから右下方に抜けるぞ」


 麻木が声をかけるが、敵機はその余裕すら与えないよう攻撃を仕掛けてくる。RWRが絶叫し、咄嗟にフレアを放出する。放たれたミサイルがフレアに引き寄せられて至近で近接信管を作動させて爆発し、衝撃が突き抜けた。


「っく……!」


『援護します』


 聞き覚えのある声が無線に流れ、無人戦闘機がエンジンを吹き飛ばされて真っ二つに砕け、直後爆発四散した。その爆煙の後方で一機のF-14Jが旋回している。


『ヘイズ、大丈夫ですか?』


 聞こえてきた声に一瞬耳を疑った。離脱した筈の月島だった。


「なぜ戻ってきた、貴様」


 麻木は思わず詰問口調で問う。燃料も兵装も僅かで、列機の撃墜によって動揺した月島は使い物にならないと判断した麻木の指示を無視した月島への怒りが思わず込み上げる。


『多勢に無勢です。一機でも多くの援護が必要では』


 月島は麻木の問いただす声にも冷静に答えた。旋回し、味方を追う無人機の群れに突っ込んでいく。


「馬鹿野郎が……ミッションが終わったら待っていろよ」


 UCAVの群れは三個に分かれつつある。一個目の十機は麻木たちを攻撃し、もう一個は米海軍の攻撃編隊を攻撃し、さらにもう一個のUCAVの編隊が迫っていた。受信機を共同チャンネルにすると米海軍のパイロットが呼びかけてきていた。


『日本海軍機、援護はどうした。こちらに敵機が近づいているぞ』


 米海軍のパイロットは怪訝そうな声色だったが、それが突然焦燥に変わった。


『ミサイルだ!くそ、どうなってる!?』


『ステルスUAVがいる、後ろを取られているぞ!ブレイクしろ!』


『駄目だ、攻撃中止アボート!全機、反撃しろ』


 対艦攻撃を行おうとしていたF/A-18Fは足かせになる対艦ミサイルを捨てて反撃を試みるが、搭載空対空兵装はあくまで限られた自衛用しかない。


『やられた!助けてくれ!』


『2-3、消火しろ!フューエルカットだ!』


『対艦ミサイルを棄てろ』


 共同チャンネルに無線が錯綜し、米海軍の攻撃隊の混乱が伝わってきた。米海軍の攻撃隊は応戦しつつ離脱を試みている。それに無人戦闘機群が群がっていた。無数の空対空ミサイルが飛び交う。

 麻木もまだRWRが警告音を鳴り響かせていてチャフを放ちながら旋回し、戦闘空域から離脱を図る。


「全機集まれ。これより編隊を再編しつつ離脱する」


 麻木が指示する。敵機の攻撃を受けながらも編隊機をまとめ、離脱を開始。全二機編隊が交互に離脱することで互いの後方を守り合う。だが、無人戦闘機は非合理的に執拗に追ってきた。


『振り切れない、追い付かれます』


 象潟が言った言葉は泣き言ではなく、事実だ。その時、合流し始めていたF-14Jのうちの一機が機首を高空に跳ね上げて上昇、ループを始めた。


『迎撃します』


 月島がそう宣言し、ループの頂点でロールを終えてインメルマンターンを決めて反転する。普段の月島も言動と性格からは考えられない積極的な行動に麻木を含め、編隊員は呆気に取られていた。反転した月島機はそのまま追撃してきた無人戦闘機に向かって攻撃を仕掛けた。





日本海軍航空母艦《赤城》戦闘指揮所CIC



 グアム島南側に位置する大日本帝国海軍第二機動艦隊の輪形陣の中心に位置する《赤城》は艦載機の離発艦を絶え間なく続けながら強力な電子防護を行って敵の攻撃から艦隊を守りつつ、艦隊基幹としての役割を果たしていた。

 その《赤城》CICに隣接する旗艦用司令部作戦室FICは今や落ち着きを失い、騒然となっていた。戦場の混乱が伝わり、次々に報告が舞い込んでくる。


「多数の無人戦闘機が現出。攻撃隊のエスコートが交戦中」


「クーガー0-3編隊、兵装消耗激しく、継戦困難」


「第七艦隊より攻撃続行の指示。アメリカ軍の攻撃隊を援護せよと」


「何を言っているんだ、米軍は!状況を分かっていないのか」


 幕僚の一人が拳を卓に叩きつけた。それを南雲は敢えて止めなかった。ここにいる日本海軍の幹部達の思いを代弁していた。

 そもそもこのグアム島奪還作戦の前提が、日本軍が出血を強いられる作戦を担当し、米軍が後詰めを行うという内容のもので米本土奪還に日本が最も厳しい作戦を行ってきた。それに対する米国は、米海軍攻撃隊の援護を日本軍に任せる等、その運用は日本軍を捨て駒の様に扱っているような印象を多くの幹部達は受けている。

 最大の同盟国とはよく言ったものだと南雲も暗い目をして米軍の動きを見つめていた。


「制空隊に制空戦闘継続を指示しますか」


 航空参謀が尋ね、南雲は機動艦隊司令の矢口を振り向いた。航空隊長の紀平大佐が首を横に振る。攻撃隊と共に進出したE-2Dが捉えている敵影を見て矢口も苦い顔をしながら考えている。


「クーガー編隊、残弾なし。撤退を開始した模様。その後方より追撃あり」


 部隊の中には制空戦闘を継続できず撤退する機もある。その交代部隊が間に合っていない。


「援護機はどうなってる」


「現在リンクス及びリングレイスが作戦空域に向かっています」


 第201戦闘飛行隊のF-14と《日向》の第612戦闘飛行隊のF-35Bのブリップが戦闘空域に向かっている。さらにASM-3空対艦ミサイルを装備した第202戦闘飛行隊のF-2もそこへ駆けつけようとしている。


「グアム島内で敵地上軍が大規模電子攻撃を実施。我が地上部隊との通信が遮断された模様」


「グアム島内の敵地上部隊が活性化しつつあり。上陸部隊に反撃中。我が上陸部隊、損害不明」


「陸軍のヘリがグアム島内で被弾、不時着した模様。救難機の要請あり」


「DEADの効果、評価よりも下回っている模様。敵対空火器、活性化の兆候あり」


 報告以外にも主モニターには視覚的にも分かりやすい状況図が表示されているが、グアム島内の状況図は更新が止まっていた。グアム島の部隊は今や通信や位置情報等、ネットワーク化され、リアルタイムで分かるのが当たり前になった情報が全く伝わらない状況に陥っている。味方の配置すら分からない中、敵が打って出て味方の包囲を食い破っているため、敵の動きももはや掴めていない。


「SEADを再開させろ。敵の防空網を沈黙させられないと航空攻撃が実施できない」


「敵艦隊の戦闘機がグアム島上空にも飛来し、空戦が生起している。SEADの前に敵戦闘機を排除されたい」


 地上部隊だけでない。敵は高度に連携しているのか偶然なのか南海艦隊の艦載機がグアム島を射程に収めており、対地攻撃を行っていた部隊も一時的に避退しつつあった。反撃のCAP機が向かうが、双方が長距離空対空ミサイルで撃ち合って牽制しあっている状況で決定打が打てない状況だ。

 CICに立つ艦長の南雲の下にFICから女性士官が駆け寄ってきた。


「《下北》JTF陸上部隊指揮所、吉小神よしおか准将より本艦に対して支援要請です」


「本艦に?」


 南雲は支援要請の内容を確認した。陸海空統合任務部隊のうち、グアム島に上陸する地上部隊の指揮所は揚陸艦《下北》に置かれており、陸軍海上機動団団長の吉小神准将が指揮官だった。


「電子支援の要請か」


 南雲は機動艦隊司令の矢口と顔を見合わせた。


「グアム島における電子領域による劣勢を回復するため、本艦にECCM及びEA支援の要請です」


 南雲の言葉に矢口は頷いたが、艦隊参謀達がそれを振り返って立ち上がった。


「本艦隊は敵艦隊と交戦中です。敵の攻撃を受け続けており、攻撃を成功させ、敵艦隊を撃破するにはEAリソースを陸軍に割く訳にはいきません」


 艦隊参謀の一人、仁内熙じんないひろむ中佐が反対する。


「敵の無人戦闘機群の襲来で攻撃隊主力の米海軍の被害が大きい。この攻撃は決定打に欠ける。すぐに態勢を整えて二次攻撃を行う必要があるだろう」


 南雲は仁内に振り返って言った。


「敵の防空艦のレーダーを本艦のECMで妨害すれば航空隊のASM-3と艦隊の巡航ミサイル攻撃でも十分な打撃を与えられます、それに艦隊防空能力が低下しますよ」


「攻撃が成功するかは分からん。攻撃隊は一部が撤退を始めている。艦隊防空も防空戦闘で必要な時に機能が発揮できればいい」


「原子力艦とはいえ、使用可能な電力は限られています。地上部隊に回すとなると、通常の出力よりも強力な出力で使用せざるを得ません。いざという時に最大発揮できなくなります」


 二人の議論を聞いていた機動艦隊司令の矢口少将は掌を二人に向けて議論を中断させた。


「仁内中佐の意見は分かった。しかし地上部隊の支援は急務だ。議論の余地は無い」


「しかし」


「艦隊の水兵も地上部隊の将兵も陛下の赤子だ、優劣など無い。そして今現状命の危険に晒されているのは銃を持って地面を這い、命懸けで戦う仲間達だ。躊躇っている暇はない」


 矢口は南雲を向いた。


「グアム島攻略部隊の電子支援を直ちに実施してくれ。攻撃隊は呼び戻せ。仕切り直しだ。敵艦隊に対する二次攻撃の作戦を準備しろ」


 矢口の言葉に紀平は素早く動いた。


「行動中の攻撃機の離脱を援護しつつ、制空隊は撤退。攻撃隊は着艦し、再攻撃準備」


 紀平の指示を通信手達が音声やデータリンクで飛ばす。南海艦隊を攻撃していた航空隊には撤退の命令が下り、戦闘空域に向かっていた各機が引き返す。


「しかし、米軍はどうしますか」


 南雲は矢口に確認した。


「こちらの判断を尊重してくれないなら、独力で南海艦隊を撃破してもらうまでだ」


 矢口は断然とそう言い切った。南雲はそれに満足して頷く。日米同盟の政治的にも機微な部分を握っているが、指揮官が腹を括ったのであればそれに従うまでだ。

 そして第二機動艦隊全体を敵艦隊から電子欺騙していた《赤城》の電波探知妨害ESM/ECM装置は、グアム島中国軍部隊に対する電子攻撃を開始した。


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