第17話 「逆襲対処」
マリアナ諸島アメリカ合衆国領 グアム島中部 2026年10月2日
中国人民解放軍戦略支援部隊の電子戦部隊は広帯域妨害装置、多用途妨害装置、自動探知妨害装置、携帯妨害装置の四つの装置を搭載したそれぞれの車両からなり、通信およびレーダー電波を妨害するため、電波探知と電波妨害を同時並行で実施していた。
「島内の敵部隊の通信はほぼ完全に遮断できています」
自動探知妨害を担当する上尉(大尉)は興奮気味の声で中隊長の中校(中佐)に報告した。状況図には島内の敵の電子活動を探知・評定した情報が無数に表示されている。島内の複数個所に配置された自動探知妨害装置によって三角測量の要領で正確な位置を評定しているのだ。
「敵は混乱していますね」
上尉の部下が嬉しそうに言った。
「邪魔な攻撃ヘリも引き上げた。空爆も止んだぞ。凄い成果だ」
「油断するなよ。敵も反撃してくるぞ」
中校は興奮する部下たちを諫めつつも、自分達の成果が司令部にどう評価されているのかを考えると口元がほころびそうになっていた。
しかしそんな最中、システムの評定情報が全て失われてブラックアウトし、警報のブザーが断続して鳴った。
「何事だ?」
中校は初めて見る光景に機材トラブルを疑って尖った口調で問う。
「分かりません。確認中」
先ほどまでの興奮から冷めた上尉は直ちに原因の究明に取り掛かる。
「強力なECMを受けています」
「馬鹿な……敵の電子戦部隊か」
彼らが受けていたのは《赤城》の強力な電子戦攻撃だった。それは中国軍部隊の電波通信を妨害し、遮断すると共に、電波探知装置は飽和攻撃を受けた状態となり、妨害する帯域の特定と指向性を持たせた電子攻撃が実施できなくなった。
「敵ECMにより第2小隊との通信途絶。敵電波情報評定も出来ません」
「やむを得ない。既知点の敵に対する電子妨害のみ実施」
「了解」
指向性電子攻撃が出来なくなったため、持続性と強度、範囲が劣るものの、敵が確認されていた大まかな位置に対する電子戦攻撃に切り替えて対抗する。敵の使用帯域に対応した効果的な電子戦が続行できないため、妨害していない帯域に移行されれば妨害が発揮できなくなるが、やらないよりはマシだ。
しかしその電子活動は日米軍にも評定されることとなった。
※
グアム島中部、ハイウェイ四号線に地響きと低いディーゼルエンジンの音がこだましていた。片側二車線の四車線道路でS字状に屈曲する最初のカーブを曲がって鋭角なシルエットの99A式戦車が姿を現す。一個小隊四輛の菱形隊形で進み、各車が砲塔をそれぞれの警戒方向に振っている。
その後続にも同じ菱形隊形で進む小隊がいることは危険を冒した車両斥候で判明している。全部で八輛の二個小隊だ。車体には偽装のネットや草木が取り付けられている。一昔前の中国軍はこのような偽装をしていなかったが、今では日本軍と同様当たり前のようにやるようになった。練度の高い部隊だ。
鋼鉄の猛獣たちが目指す先には無防備な日米軍の海岸橋頭堡が存在する。彼らを通せば文字通り日米軍の態勢が整っていない部隊は蹂躙されるだろう。
その戦車二個小隊の進む先では一部の民家や乗用車、タイヤが炎上し、黒煙が立ち昇っている。
戦車隊を率いる人民解放軍陸軍第79集団軍第119機械化歩兵旅団隷下第1戦車大隊の中隊長である馬少校はその様子とこの先の地形が気に食わなかったが、彼に残された時間は僅かだ。
砲塔から身を乗り出した馬少校は前進の継続と不停止攻撃、そして特段の警戒を指示した。
『前方、熱源多数。センサーの感度低下』
砲手の王三級士官が報告する。
「ここは地形も良くない。二小隊掩護下で躍進してここを抜けるぞ。警戒しろ」
馬少校達が警戒し、前進速度を僅かに落とした所で、その後続が現れる前にカーブを見下ろす位置で斜面や
先手を打って一斉発射されたのは三基の01式軽対戦車誘導弾改、通称
「出せ!」
軽装甲機動車は敵の射線に入る前に離脱するため、泥を跳ね上げタイヤを空転させながらも全速力で走り出した。
馬少校達戦車兵は恐れていた事態に見舞われ、舌打ちや悪態を吐きながら火点に向かって応射すると共に発煙弾の発射や両翼に散開するなどの対処を直ちに取った。
01式軽対戦車誘導弾は
その機能が功を奏し、射手が離脱した直後、発射位置に戦車より反撃の砲撃が直撃し、茂みや丘で対戦車榴弾が炸裂したが、被害は無かった。
攻撃に晒された99A式戦車小隊は発煙弾を空中に投射して散開し、最後尾の戦車は煙幕の中に隠れるよう後退をかけた。その戦車にトップアタックモードと呼ばれる戦車の弱点である上面を攻撃する方式で01ATMは襲い掛かった。発射された三発は全てそれぞれの目標に命中した。
「ATM、目標に命中。敵戦車二両停止」
直撃を受けた戦車のうち、一輛はエンジンブロックへの直撃で乗員のいる砲塔や操縦席への被害は免れたが、行動不能になった。一輛は砲塔を抜かれ、ハッチ等から勢いよく黒煙を上げている。しかしながら一発は戦車の爆発反応装甲によって十分な威力を伝えることが出来なかった。外装の装備品や装甲板が激しく損壊したが、その直撃を受けた一輛は何事もなかったかのように前進しながら怪しい位置に機関銃弾を叩き込み始めた。
さらに発煙効果が薄れた所へ先ほどの発射位置から離れた位置にいた組も01ATMを発射。ミサイルを発射するや否や命中を見届けずに逃げ出す。機関銃弾が遅れてその位置を薙ぎ払った。さらに砲撃が飛び交い、発射地点には倍近い火力が叩き込まれる。
「目標に命中!」
観測していた兵士が報告する。第一
「撃破か」
「目標は停止。全部で三輛に命中し、うち二輛大破、一輛中破です」
01ATMで攻撃した隊員を乗せた二輛の軽装甲機動車は敵戦車側から見えない下り斜面を使って全速で後退し、予備陣地として選定した位置に進入していた。すべては無線の連携なしで頭上予行と計画だけが頼りだ。
防御戦闘においては携帯型の
戦車というのは防護のために視界が制限され、エンジンの騒音も激しく目も耳も良くないため、その視察能力を高める努力を各国は行っているが、特に移動中に三六〇度への警戒は困難だ。それを補わずに戦うのは戦術的にはかなり無理がある。その敵の不利点を突く事が出来たのが現在の勝ち目だ。
01式軽対戦車誘導弾は特に諸外国の携帯対戦車ミサイルに比べて非冷却型赤外線画像センサーを採用しているため、冷却時間が必要なくなったことで即応性が大幅に向上し瞬間交戦能力が高いこともこの戦闘を有利にしている。
「追って来ますかね」
「さあな」
古森は伏撃を警戒して停止や、機械化歩兵の到着を待つことを期待していた。地上最強の兵器である戦車といえど歩兵との連携なしでは脆弱な部分を守れない。ここで時間を稼いでいる間に味方が電子戦攻撃を無力化するか、戦闘ヘリが戻ってくることを期待したが、攻撃を受けた敵戦車部隊は落伍した三輌の戦車を置いて前進を継続しながら射撃して怪しい物を片っ端から破壊している。かなり近距離で榴弾が炸裂し、土塊やアスファルト片が降ってきた。
馬少校は、ここで反転や停止することの方が敵からの集中砲火を受けて各個撃破されると判断した。そして何よりここを突破すればあとは無防備な敵の腸を食い破るだけだと核心していた。
すでに右腕であるベテランの張五級士官(兵曹長)は戦死し、多大な損害を受けている。しかしそれでもなおここで止まることは戦車兵の役目を放棄することだった。そして戦車に対し、生身で立ち向かう勇敢な兵たちを蹂躙し、絶望の淵へ叩き落さなければならない。
「進め!損害に構うな!」
馬少校は腹の底から怒声を響かせた。各車が速度を上げて馬少校の戦車の前に出ようとする。
『車長!レーザーアクティブ防護が作動しています!中へ!』
「そんなものに怯えて勝てるものか!構うな!」
99A式戦車の砲塔に備わるJD-3と呼ばれる
レーザーは攻撃にも用いられる高威力の物で危険だったが、馬少校は目視での索敵に拘った。
一方撃たれる日本軍側は必死に伏せていた。古森の隣で下士官が叫ぶ。
「撃たれてます!」
「堪えろ。牽制射撃だ」
戦車の迫力は凄まじい。強力かつ高初速の戦車砲、同軸の連装機関銃の威力は勿論、その存在感のある巨体と化け物の咆哮を連想させるエンジンの唸りに大質量の塊が疾走する地鳴りと振動、存在に圧迫される。勝てる気がしない圧倒的な存在感だ。
「これが戦車か」
敵に圧倒され、樋田が思わず口にする。
「対機甲戦闘なんて幾らでもやってるだろ」
「訓練とは違いますよ」
古森たちの正面を戦車が左から右に駆け抜けていく。古森は上げた手を振り下ろした。後方に控えていた伝令がそれを伝え、兵士が信号拳銃を直上に構えて信号弾を発射した。
砲塔から僅かに顔を覗かせ、車長用視察装置と目視で警戒していた馬少校は右手側後方の林内から上がった信号弾を目撃して毒づく。この下り坂は敵が準備した周到な防御縦深を有するキルゾーンだということに気付いたが、もう突破する他無い。
「煙弾発射!」
馬少校達の後方から01ATMが発射される。車両斥候で敵情を解明し、S字カーブよりも先に隠蔽していた軽装甲機動車で敵を追尾していた組だ。
二輛の軽装甲機動車から発射された01ATMは両方命中したが、一輛は破壊には至らず動いていた。さらに二発が発射される。うち一発が中破していた戦車に吸い込まれてとどめを刺し、もう一発はAPSのJD-3妨害レーザーによって外れ、敵戦車のサーマルセンサーを妨害するためにエンジンをかけて放置していた民間車両に吸い込まれてしまった。哀れなピックアップトラックは01ATMの直撃でスクラップに変えられる。
布崎達の決死の攻撃だったが、敵戦車は四輛が健在でこちらは
「四輛も残ってる」
対戦車ミサイルによる戦果は想定以上に芳しくない。後方から攻撃を受けたというに敵戦車部隊は後ろを顧みずに前進を継続しつつ、最後尾の戦車が連装機関銃で反撃していた。
前進する戦車部隊の前面に配置した布崎達第3小隊の主力に残された火器は無誘導の対戦車火器だ。正面装甲を抜けるかは怪しい物ばかりだった。
「くそ」
古森は焦りを隠しきれなかった。布崎から借りた隊員は三人とそれに樋田と自分を加えた五人で何とか布崎達を支援しなくては勝てない。
「行くぞ」
古森は兵士を連れて戦車を追った。二つ目のカーブを曲がり切った先で先頭を進む戦車に向かって布崎達が正面から110mm
強烈な発射音と、顔を平手で張られたような叩きつけられる衝撃を感じ、周囲の土や石礫が吹き飛ばされる。
ドイツのパンツァーファウスト3のライセンス生産品である
二発発射されたLAMのうち一発が命中し、戦車は右側の履帯を破壊されて右に大きく車体を振って停車したが、その後続が反撃しながら前進し、陣地に主砲の同軸機関銃の掃射が襲った。曳光弾の奔流が陣地を薙ぎ払う。
次々に五月雨式に発射される統制だった筈の対戦車火器がその射撃を前に沈黙する。
「誰も顔を出せません。戦車が近すぎます!」
樋田が叫んだ。
「最後尾の戦車、砲塔をとは言わんから命中させろ」
「了解」
緊張を滲ませた若手の三等軍曹と一等兵が決死の覚悟で
戦車に生身で立ち向かうのは相当な勇気が必要だった。生半可な気持ちで出来ることではない。しかし彼らは攻撃に晒される仲間のために命を惜しまず走り出す。
一等兵が小銃を構えて援護する中、三曹が弾頭の先にあるプローブと呼ばれる、対戦車用途のためにモンロー効果を最大限に発揮するスタンドオフ距離を取るための棒を伸ばしたLAMを構え、しっかりと姿勢を取って発射する。
発射されたLAMは映画のロケット砲のような悠長な速度で飛ぶことなく、撃った瞬間には届いている。戦車の側面に直撃するが、99A式戦車の転輪を一つ吹き飛ばしただけだった。戦車が同軸機関銃を連射しながら砲塔を旋回させる。
「逃げろ!」
「駄目か」
古森は気休めにもならない援護射撃を行った。戦車の砲塔で小銃弾が弾ける。ショートスコープを六倍率にして照準装置を狙ったが、全く当たらない。
次の瞬間、敵戦車の砲塔が弾け飛んだ。
「うわっ」
援護射撃をしていた古森も逃げ出していた三曹と一等兵も驚いて振り返る。一瞬遅れて強烈な砲声が正面から伝わってきた。
布崎達のいる簡易的な射撃陣地の後方から現れたのは鋭角なシルエットの車体と砲塔に太く長い滑腔砲の砲身を備え、全速疾走する日本陸軍の10式戦車だった。日本兵たちから歓声が上がる。
「なんてタイミングだ」
古森は思わず唸った。戦車に小隊が蹂躙される寸前だった所に現れた味方戦車はまさに救世主だった。
『前方戦車ッ小隊徹甲行進射!
早口の射撃号令と共に四輛の10式戦車は傘型に展開した隊形を保ちながら一直線にこちらに突き進み、得意とする行進射撃を行って120mm
各戦車が一糸乱れぬ連携でそれぞれの目標に斉射できるのは10式戦車ならではのデータリンクによる芸当だ。重複した目標を射撃しないよう各車にコンピュータが自動で目標を振り分けて協調射撃を可能としている。
さらにAPFSDSの直撃を受けてなお完全に破壊できていなかった一輛の99A式戦車に向けて追撃の砲弾が撃ち込まれる。10式戦車は照準時、
その性能か熟練の戦車乗員による腕による物かは定かではないが、初弾から全て百発百中の精度を誇る10式戦車の能力には思わず脱帽したくなる。
鎧袖一触とはこの事だ。
その10式戦車小隊の後から87式
四軸八輪のWAPCは一個小銃分隊を輸送可能な装甲兵員輸送車で、工兵仕様のドーザーブレードを装備し、地雷原処理装置を背負った工兵車輛を先頭にM39A3リボルバーカノンをベースとする86式25mm機関砲が
「車輛の偽装はどうした?」
古森が冗談で声をかけている間に海老原が装甲帽を脱いで車体から降りてきた。
「中隊長、あんまり死に急がんでください。寿命が縮みます」
「お前は俺に死なれると自分が部隊を指揮しなきゃならんから焦ってるんだろう」
「それもありますがね、部隊には中隊長決済が必要な文章が溜まってるんです」
冗談を言い合って二人は笑った。布崎も陣地の近くの民家の陰に隠していた軽装甲機動車に乗ってその場に現れた。
「間一髪って本当にこのことですよ。紙一重で小隊が壊滅するか敵が壊滅するかの命運が分かれました」
布崎は興奮冷めやらぬ様子で早口でまくし立てた。無理もないと古森も苦笑した。
「どうやって戦車を?」
「無線が通じなくなって、ミサイルを撃ち尽くして撤退する
海老原の言葉に自分達はただ武運があっただけで改めてぎりぎりの綱渡り状態だったと古森は自覚した。
「ともかく助かった。借りが出来たな」
「帰ったら代休消化させてください」
「年次休暇も取らしてやる」
二人は軽口を叩きながらWAPCの車体に地図を乗せた。
「とにかく通信を回復させないと」
「海軍が電子戦に電子戦で対抗しているそうです」
その言葉に古森は思わず顔を上げる。
「え?大丈夫かこの島、知らぬ間に電子レンジになってんじゃないか」
「うちの通信小隊が評定していて偵察小隊をパシリにしてバイクで伝令通信させて先行している戦車に伝えて電子戦部隊を襲撃するんですが、どうやら複数いるようで。通信を回復させるのには時間がかかるかと。
「新川大尉の三中隊は無事なのか」
「不明です。偵察小隊が足で稼いでますが、なにせ伝令通信なので情報は海岸堡に集まってからこっちに来るので」
「前途多難だな。とにかく三中隊が無事だと仮定して、計画通り空港への包囲環を形成するぞ。前進を準備しろ」
「了解」
海老原は走り回って他の将校に指示を出している。古森は炎上する戦車を振り返った。何がお互いの生死を分けたのかは分からないが、部下や危険を冒した仲間達の働きが無ければこの戦場で散ったのは自分の方だったかもしれない。改めて部下に感謝するとともに勇猛な敵にも敬意を持って頭を会釈程度に下げ、古森は中隊長という職務に戻った。
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