第18話 「守護霊」

 グアム島の南東の高空では熾烈な空戦が続けられていた。離脱を開始した日米軍の戦闘機隊を中国人民解放軍が投入した無数の新型無人戦闘機が追撃する。その追撃を仕掛ける無人戦闘機の群れに一機のF-14Jが切りかかるように飛び込んでいた。飛び込んだF-14Jを追撃しようと無人戦闘機群の動きが乱れる。

 そのF-14Jに乗り込んだ月島は搭載する最後のミサイルだったAAM-5B短距離空対空ミサイルを発射し、機関砲以外の全ての兵装を撃ち尽くした。増槽もない機体は随分軽々と扱えた。


『もうミサイルがありません。離脱しましょう』


 後席の小鳥遊少尉がミサイルが無人戦闘機に命中したことを知らせる前に懇願した。空中給油を行って補充してきた燃料ももうない。燃料が帰投に必要な残量を割り、『ビンゴ、ビンゴ……』と無機質な女の音声が警告してきていた。月島は機体を激しく旋回させながらそれを切る。


「それは皆同じだ」


『どうしたんですか、急に。先輩はフライトリーダーじゃありませんよ』


「分かってるよ!」


 月島は20mm機関砲に切り換えると未だに味方機を追い続ける無人戦闘機に前方視野内表示装置HUDを通して狙いを定めた。

 この敵無人戦闘機はAIなどによって制御され、人の手がほとんど介在しない機械的な動きをすると月島は空戦中の観察で見抜いていた。そのため背後を取ってからの回避機動は単調だ。


『うわぁ、上方から二機!まるでハゲワシみたいだ!』


「感想はいい!」


 月島は「ガンズ」とコールし、機関砲を発射。JM61A1回転砲身機関砲ガトリングが作動し、一秒にも満たない射撃で数十発の20mm砲弾が発射される。伸びた火線がその先の黒い無人戦闘機を捉えた。炎の尾を引いて落ちていく。それを見届ける暇もなく回避に転じる。

 ロールを打ってそのまま背面飛行から主翼を立てて左へ急旋回する。スロットルを押し込みっ放しだが、残燃料を気にしている余裕もない。死が何度も近づいたり遠ざかったりすぐ横を通過していた。過荷重警報システムOWSが警報を鳴らし、身軽な機体は簡単に実用限界荷重の七・五Gを超える。


『オーバーGです!』


「もう何度もな!日本製だ、過剰品質だから倍は出せる!」


 知らんけど!と心の内で言い訳を付け加えながら右斜め後方から突っ込んできたミサイルをフレアを放出して回避する。


『お前はいつからそんな大役を担えるようになったんだ』


 麻木の低い声にどきりとする。月島の後方に迫っていた一機の無人戦闘機が火球に包まれ、残骸が黒い煙をまとって落ちていく。


「すみません、助かりました」


『お前には山ほど説教がある。楽しみに待ってろよ』


 背筋が冷たくなるのを感じながらも麻木は頼もしい存在だった。


『あと七機』


 七機のうち、何機かは雲影無人戦闘攻撃機UCAVだ。翼下に六個のハードポイントを持ち、空対空ミサイルを運用できる。こちらがミドルレンジ攻撃できないことを知っているのか離れた位置からレーダー照射を行い、中距離ミサイルを発射してきた。


『ブレイク』


 二機は回避急旋回。チャフを放出しながら大G旋回でミサイルの旋回半径に割り込む。過荷重警報システムOWSが警報を鳴らすがもう聞き慣れていて警報として頭は認識していない。耐Gスーツに体が締め上げられ、強烈なGで目を開けていることすら難しくなる。肺が押し潰され、腕は重く、一度操縦桿やスロットルから手を放してしまえば掴めなくなるだろうかと思うほどだ。ミサイルを回避したが、再び無人機が攻撃してこようとした。


『不味いな。もうあまり持たんぞ』


 麻木も余裕が無いようだ。荒い息を整える間も無く互いに援護しあって後ろを取ろうとする無人戦闘機を落とそうとするが、機関砲を発射する余裕を与えないほどの数の敵無人戦闘機が次から次へと襲い掛かってくるため、回避を優先しなくてはならなくなる。


『チャフ、残弾なし!』


 小鳥遊が機内通話ではなく無線に叫んだ。余計なことをと、月島は思わずミラーで後席を睨む。


『スコーチャー、先へ行け!援護する』


 麻木が鋭い声で命じた。


「そう言っても」


 敵機の数は六機。月島と麻木にそれぞれに三機ずつ張り付いていた。有人機とは明らかに異なる不気味な飛び方が目に付く。このままではなぶり殺しだ。接近してきた無人戦闘機から攻撃レーダー照準波を浴びるが、ミサイルを発射してこない。敵機のうち何機かはミサイルが無いらしい。小型な無人戦闘機の兵器搭載量が限られているためだ。それでも向かってくるということは他の無人戦闘機の攻撃機会を作為しようとしている。

 月島は撃ってこない無人戦闘機を無視して頭上から襲い掛かってこようとしていた無人戦闘機に正対する。


『スコーチャー!?敵機が後方に』


「あいつは囮だ」


 叫ぶ小鳥遊に言いながら月島は無人戦闘機とすれ違うなり、急旋回してその後方に回り込みにかかった。しかし三機目の敵機が後方から迫る。攻撃レーダー照準波を浴び、警告音が鳴り響く。これも囮かと思ったが、前を行く敵機を追いながら振り返ると旋回するために腹を見せた無人戦闘機のウェポンベイが開いていた。


『撃ってきます!』


 キャノピーに張り付いて後方を警戒する小鳥遊が叫ぶ。


『スコーチャー、命令だ。退避しろ!』


 麻木から鋭い声が飛んでくるが、それよりも先に敵に対処しなくてはならない。


「ブレイク!」


 月島が操縦桿を反対に倒した時、月島を攻撃しようとした敵機の至近で突然爆発が起きる。無人戦闘機の主翼が砕け散ってエンジンが弾け飛び、ひらひらと海に向かって黒煙を引きながら落ちていった。


「なんだ」


 呟いた時には残りの無人戦闘機が撃墜され、空で次々連鎖するように爆発が起きた。


『こちらゴーストライダー0-1。援護する』


 抑揚のない声が無線で届き、同時に現れたのは四機の味方戦闘機。全体的に滑らかで継ぎ目の無いシームレスシルエットに菱形の主翼に垂直尾翼と水平尾翼を兼ねたV字型レイアウトの尾翼二枚という独特な翼配置。金を蒸着コーティングしたキャノピーが怪しく光った。


『増援?F-23か』


 麻木もその姿をはっきりと捉えていた。その正体は日本が運用する第五世代ステルス戦闘機、F-23だった。そのF-23を運用している部隊は日本の海空軍の中でも限られている。


『こちらクーガー1-5。感謝する』


 麻木が応答するが、F-23の四機編隊は脇目も振らず、敵艦隊の方向へ向かっていく。撤退戦に移行しているのに彼らはどこに行くのだろうかとも思ったが、とにかく残燃料も少なく留まることは出来なかった。

 旋回を緩め、帰投針路を取り、燃料を小鳥遊に確認する。


『残燃料一〇・六です』


 小鳥遊は疲れ切った声で報告した。とても《赤城》に戻ることは叶わない。


「ヘイズ、《赤城》まで燃料が持ちません。空中給油機タンカーが必要です」


『了解。要請する』


 小言を挟んでくるかと思ったが、麻木は事務的に答えるだけだった。レーダーを見ると米海軍の攻撃隊は離散し、バラバラに離脱しようとしていた。まだ無人戦闘機の群れはあちこちに残っている。無線を聞いていると八十機以上の無人戦闘機が一度にこの戦域に投入されたらしい。

 日本の制空隊も攻撃隊もすでに撤退しており、同時弾着攻撃のために発射される筈だった艦対艦ミサイル攻撃も中断されている。最初の鍔迫り合いは日米軍が中国軍にあしらわれた形だ。

 戦況を早期警戒機から聞いたのは月島だけではなかった。


『艦隊の被害も少ない。痛み分けといったところだな。まだまだこれからだ』


 被害は少ないか。月島は今里達を撃墜され、他にも未帰還機が出ている。それでも戦術的に見ればまだ被害は少ないのだ。ファイターパイロットの命も一つの戦闘単位に過ぎない。そのことを考えると気が重たかった。


『おい。気落ちしている暇はないぞ。生きてこそ、次もあるのだからな』


 麻木が呼びかけてきた。心中すらお見通しなのか。思わず月島は麻木の機を見詰めた。


『気にしても仕方ないこともあるさ。今回はこれでよしとしよう。ご苦労だった』麻木の声は普段の冷たい雰囲気から少しだけ柔らかくこちらを気遣うような声色だった。『離脱するぞ。脇目も振るな、燃料がもたない』


 麻木に言われるまでもなく、月島は素直にそれに従った。




 F-23A艦上戦闘機を駆る海軍航空隊第51航空隊第515飛行隊に所属する筧俊紀かけいとしき少佐は任務中に遭遇した無人戦闘機と死闘を繰り広げていたF-14Jの二機編隊の事を顧みた。ミサイルも無く、無人戦闘機群と格闘戦を繰り広げていた彼らは手練れの戦闘機パイロットだと感じていた。

 エースパイロットの条件は経験よりもフィーリング、インスピレーションだと筧は持論で持っている。空中戦は現代における数少ない斬り合い、真剣勝負で、命を懸けた戦いに仕合は無い。この感覚はどうも言葉で言っても伝わらないようで、その感覚や精神の教導が難しい。しかしそれを会得している、殺仕合をしているパイロットの動きは迷いや躊躇が無く、後先を考えない刹那を勝ち抜くことに執着できる。


『ターゲット、アルト四一。レンジ九〇』


 F-23Aを管制する空軍のE-767早期警戒管制機AWACSの兵器管制官の声が耳に届き、筧は任務に意識を集中させた。

 僚機の久我聡くがさとし大尉が援護しようとしなければ筧は任務を優先するつもりだった。筧たちは電探透過ステルス能力と音速巡航スーパークルーズで敵防空機の間を駆け抜け、高度四万フィートを飛んで護衛機と共に南下する《薩鎮氷》の艦上機である空警KJ-600早期警戒機を無線封鎖して目指している。はるか東を飛ぶ空軍のE-767早期警戒管制機は自分の目となり耳となる友軍戦闘機の情報をデータリンクで多角的に集め、それを分析して敵の早期警戒機の位置を特定して四機のF-23Aからなるゴーストライダー編隊に伝えてきていた。

 空警KJ-600は護衛の殲撃J-15二機と無人戦闘機四機の六機に囲まれていた。無人戦闘機は人工知能AIを有し、KJ-600からは簡単な指令誘導を受けるだけでその任務を果たすべく行動している。そして無人機管制を行える特殊な管制機は、太平洋方面の戦線においては現在在空する《薩鎮氷》の空警KJ-600早期警戒機一機だけである可能性が高いという海軍情報部の分析だ。その指令誘導の元を絶つのが筧の任務だった。


「ターゲット、ロックオン……FOX3」


 筧は無線封鎖中の機内で囁くように言いながら目標情報をインプットした二一式空対空誘導弾AAM-6を発射する。

 胴体中央部のウェポンベイが開き、その扉に張り付いていたAAM-6長距離空対空ミサイルが二基、発射される。

 AAM-6は発射されると固体燃料ブースターで加速、高速度(約マッハ三)になると空気取入れ口が開き可変推力タグテットロケットTDRのラムジェットエンジンが作動を始める。ガスゼネレーター内には酸素を殆ど含まないボロン系固体燃料があり、高温でガス化しTDRに送り込まれ、ラムジェットが作動する。

 遥か虚空へと高速で飛んでいくAAM-6を見届ける前に筧は主翼を立てて旋回し、チャフを放出して離脱を開始する。

 ウェポンベイを開いた瞬間、それまで保たれていたステルス性が失われ、敵はようやく艦隊防空網の奥深く——とはいえ艦隊から約三百キロ離れている——への侵入を察知した筈だ。低空で哨戒に当たっていた戦闘機が上昇してくる。

 筧以外の三機もそれぞれ二基ずつミサイルを放っている。ターボプロップエンジンで飛ぶ鈍重な空警KJ-600にマッハ四以上の超音速で飛翔するミサイルを回避する術はない。

 空警KJ-600の管制官たちは突然味方の勢力圏内に現れた敵ミサイルに慌てながらも自機に向かってくる長距離ミサイルに対し、無人戦闘機を差し向けた。四機の無人戦闘機は空警KJ-600の盾になろうと、AAM-6ミサイルに向かって加速し始めた。

 しかし四機のF-23Aから二基ずつ発射された八基のミサイルを撃墜するには数が足りない。それを分かっている空警KJ-600のパイロットは機体を急降下させつつ、旋回を続け、ミサイルのシーカー範囲外へ脱出を試みる。

 急加速と急旋回で空警KJ-600は翼もたわみ、胴体も軋んだが操縦士はそれでも必死に操縦を続ける。

 射程三〇〇キロ近いAAM-6の誘導は、双方向データリンクで母機から誘導され、終末誘導段階でミサイルのシーカーのアクティブレーダーホーミングで目標を捉える。そのアクティブレーダーホーミングのシーカーの探知範囲から逃れようとする試みだが、日英共同開発により英国のミーティア長距離空対空ミサイルに日本のAAM-4中距離空対空ミサイルのシーカーを組み合わせて性能を格段に向上して作られたAAM-6の探知範囲から出ることはターボプロップの鈍足な空警KJ-600には不可能だった。

 無人機がAAM-6に衝突して破壊されていく。しかし一機の無人機がAAM-6を取り逃がし、三基のAAM-6が回避旋回を行う空警KJ-600に殺到。

 管制士の悲鳴を聞いても操縦士には成すすべが無かった。

 九〇海里(一六七キロ)先から発射されたAAM-6に対して対抗できる時間は二分足らずで、空警KJ-600は護衛の殲撃J-15戦闘機の目の前でマッハ四以上の速度で飛翔するAAM-6の直撃を受けて空中で爆散した。


『ゴーストライダー0-1、こちらステイシス。ターゲット、撃墜を確認』


 早期警戒管制機のコントローラーが筧に向かって無感動に告げた。その頃には四機は揃って敵から逃げおおせ、無線封鎖を解除していた。


『クーガー1-5、無事に帰れましたかね』


 ウィングマンの久我が秘匿性の高いデータリンク通信で話しかけてくる。


「気になるのか」


『ええ。強気な女性は嫌いじゃない』


 久我が笑う。筧も笑ったが、久我が気にしている理由は分かっていた。


「生き残れるさ。ああいうパイロットはしぶとい」


『殺しても死なない? ですが、最強の戦隊を作る夢は案外遠くないかもしれませんね』


 筧は無言で肯定した。第515飛行隊はあくまで教導飛行隊であり、戦技研究や新型戦闘機や装備のテスト、実戦部隊の訓練支援を目的として運用されている。今回、トラックまで進出したのは新型ミサイルのテストを兼ねるという名目上だったが、筧はこの第515飛行隊をこの有事において後方に置くつもりはなく、運用するF-23Aステルス戦闘機を最大限に活用し、敵防空域深部への長距離打撃を行う飛行戦隊を編成してこの戦争に終止符を打つ切り札としたい、という野心を久我を含め、第515飛行隊のパイロット達に打ち明けている。

 そのためには部隊の増強が必要で、優秀な人材を常に求めていた。


「とにかく、この作戦を成功させなければそれも叶わん。帰還するぞ」


 四機のF-23Aはトラック島基地を目指して東へと飛んだ。

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