第19話 「葛藤」

マリアナ諸島アメリカ合衆国領 グアム島アプラ港

2026年10月2日


 グアム島の中西部に位置するアプラ港米海軍施設では米海軍のホイッドビー・アイランド級ドック型揚陸艦《ラシュモア》が埠頭に接岸し、海兵隊の展開を開始していた。その脇では帝国陸軍の第22即応機動連隊が日本海軍の揚陸艦《薩摩》より揚陸を実施している。

 陸軍第六師団隷下の第22即応機動連隊は砲兵部隊と高射部隊の増強を受けており、連隊固有の120mm重迫撃砲の他に第6砲兵大隊第1中隊の19式装輪自走155mm榴弾砲と第6高射大隊第1中隊の11式短距離地対空誘導弾と15式装輪自走高射機関砲が編成に加わっている。

 15式装輪W自走高射機関砲AWは重装輪回収車改の車体をベースに対空用の35mm機関砲二門と近距離地対空誘導弾発射機、赤外線センサーと対空レーダーを装備した装備で、米国のC-RAMやロシアのパーンツィリ-S1に近い近接防御システムだ。ヘリ等の低空脅威や巡航ミサイル、精密誘導爆弾に対処できるが、近年著しく発展しているドローンを使用した戦術に対抗するため準備された。敵のドローン等による偵察に対してはこの15WAWを使用して迎撃し、費用対効果を抑えて対応している。

 第22即応機動連隊と共に輸送された第6捜索大隊は、固定翼のJUXS-S2近距離用UAVを投入すると共に軽装甲機動車からなる捜索小隊による先行的な情報収集を開始。それに続いて第22即応機動連隊は16式機動戦闘車を運用する機動戦闘車隊の二個中隊を展開させ、それぞれに各歩兵中隊を随伴、二個中隊を予備としてアプラ港周辺の敵の駆逐を開始した。

《薩摩》を拠点に陸軍第1戦闘ヘリコプター隊のAH-1Z戦闘ヘリとOH-1偵察ヘリも支援のために飛行を開始。再び空から地上に睨みを利かせ、敵を追い詰めつつあった。

 アプラ港では米海兵隊の化学生物事態対処隊CBIRFが破壊されたコロンビア級弾道ミサイル搭載原子力潜水艦の対応に当たりつつあった。中国軍に拿捕され、奪還を試みたが失敗し、脱出される前に米国が自ら巡航ミサイルで攻撃して破壊した。アメリカにとっては苦渋の決断だったが、拿捕されたフランスの原潜が大西洋で暴れまわる現状ではそうせざるを得なかった。

 原子炉はスクラムしてダメージは無いため核汚染の心配は無いが、CBIRFが監視している。

 米海兵隊はJLTV装甲機動車、LAV-25歩兵戦闘車、ACV水陸両用戦闘車等の装輪戦闘車両を使用して島内への展開を開始すると共にグロウラーITV軽汎用車で120mm重迫撃砲を輸送して火力支援態勢を取りつつあった。

 そのほか、島の要所にも米海兵隊はMV-22Bオスプレイティルトローター輸送機やUH-1Yヴェノム汎用ヘリでヘリボーンを実施。各地に部隊を展開させて緊要な要所を確保している。

 グアム島奪還のための地上戦の形勢は海岸橋頭堡、空港、港を押さえた日米軍の戦力が時間を追うごとに増強し、中国人民解放軍の組織的抵抗は島中央のグアム国際空港周辺以外では無くなっていた。

 しかしながらそのアプラ港で対空警報が鳴り響いた。


「対空警報、赤警報!対空警報、赤警報!」


「退避っ!間に合わない者はその場に伏せろ!」


「対空戦闘配置につけ!」


 日本陸軍の兵士達が叫ぶ中、アプラ港確保のため日本軍が確保した橋頭堡から上陸したアメリカ海兵隊第三一海兵遠征部隊31st MEU第3偵察大隊のジョシュア・L・ベルツ大尉は、攻撃がどこから来たのかを確認するため、双眼鏡を使って斜面から島を睨んでいた。


「ベルツ大尉!伏せて下さい!」


 ベルツの通信手を務めるウィリアム・コリンズ二等軍曹が叫び、ベルツに覆いかぶさる。直後、強烈な爆発音と衝撃が二人を突き抜けた。頭が痛いほどの爆発音が劈いたため、二人はよろよろと立ち上がった。


「何だ、今の攻撃は?どこからだ」


「海からです、巡航ミサイル攻撃ですよ!」


「海からだと?」


 ベルツは攻撃を受けた場所を振り返った。接岸していた《ラシュモア》の艦橋構造物付近で黒煙が上がり、怒鳴り声が聞こえる。兵士達が慌てて《ラシュモア》から脱出しようとしているのが見えた。火の手が回るのが早い。怒声に悲鳴が混じり始めていた。


「なんて失態だ。海軍は何をやってる!」


 思わず声を荒らげる。沖合に浮かぶアメリカ海軍のコンステレーション級フリゲート艦《コングレス》が対空ミサイルをロケット発射台さながらの様子で発射している。それは新たに迫る巡航ミサイルを迎撃しようとしているらしい。同時にVLA対潜ミサイルRUM-139Cが発射され、対潜水艦戦闘を行おうとしていたが、それはベルツの周知する所ではなかった。

 空襲警報が鳴り止まぬ中、別の部下が走ってきた。


「ベルツ大尉、前進命令です」


「やっとか」


 ベルツは憤りを堪えて部下を振り返った。第5武装偵察中隊を前身とする第3偵察大隊の武装偵察中隊フォースリーコンであるD中隊のベルツ達はアプラ港確保後、完全に遊兵扱いになっていた。

 丘の裏の茂みに隠すようにして停められたポラリスMRZR4軽汎用車にベルツ達は戻る。ポラリスはドアはおろかウィンドウガラス等は無く、車体のシート部分はパイプ製のロールゲージで保護されており、MV-22Bオスプレイ輸送機の機内に搭載するために選定されたオフロード車だ。その近くにポラリスと全く同じコンセプトの日本軍の汎用軽機動車も停まっている。

 大日本帝国陸軍IJDFA海上機動団MRDB偵察分遣隊レコンズの隊員達がそこにはいてベルツ達を待っていた。

 海上機動団偵察分遣隊、通称レコンズは、特殊作戦能力保有部隊Special Operations Capabileであり、日本のフォースリーコンのような存在で、柔軟な運用が行われている。アプラ港の確保のため共に投入されて以降、予定には無かった共同作戦を行っていた。レコンズの分遣小隊を率いているケンザキ大尉がベルツが戻ってきたのを見て立ち上がった。

 一九〇センチに迫るベルツには見下されるが、身長一八〇センチを超える背丈で、靭やかに鍛えた肉体は水泳選手のようにスマートで無駄に大きくない。米国Crye社製Airframeヘルメットにイヤーマフを兼ねたOPS-CORE社製のヘッドセットの隙間にあるような顔面に、クリアのOAKLEYのシューティンググラスの下の鋭い目つきに冷たい眼光はこの作戦で初対面のベルツには何を考えているのか感情が読めず緊張を覚えさせられる。


「グアム国際空港の偵察だ」


 ベルツは咳払いしてそう声をかけるとケンザキは頷き、部下にも何かを告げてベルツに続いた。

 すでにグアム国際空港がある島中部には敵が後退し、抵抗線を準備している。この敵の配置を解明するのがベルツ達に新たに与えられた命令だった。ベルツは分隊長等の部下達とケンザキ大尉を先頭車両のボンネット付近に集め、地図を広げて経路や行動を指示すると自分の乗り込むポラリスに乗り込んだ。


「行きます」


 ポラリスを部下のエリオット・マシューズ伍長が運転し、中部へ向かう。マシューズは最短で伍長となった若者だが、増長することなく素直で落ち着いた性格でフォースリーコンの過酷な訓練でも感情的にならなかった事をベルツは評価している。

 友軍の車輛も前進しているが、海岸沿いの海軍病院付近で戦闘が起きていた。敵の攻撃で撃破された友軍の車輛が黒煙を上げていて路肩に寄せられている。それがアメリカ海兵隊のLAV装甲車であることにベルツは天を仰いだ。

 最も困難な橋頭堡、空挺堡の確保を日本軍に押し付けたのに米軍は被害を出し続けている。その情けなさに内心で嘆く。


「ここで下車するぞ」


 続く二輛のポラリスと二輛の汎用軽機動車が停車し、フォースリーコンの隊員が降りてくる。彼らが持つのは海兵隊が軽機関銃の代替という名目で採用された本来は16.5in銃身のM27歩兵用自動小銃IAR引き金室部及び銃床部ロアーレシーバーに、HK416A5-11"の11in銃身の銃尾機関部及び銃身部アッパーレシーバーを組み合わせたハイブリッドM27 IARカービンで、ベルツもまた同様のM27を持っている。

 日本軍海上機動団のレコンズも通常13inの20式小銃HOWA20Rに一般部隊と異なる専用の11.5in銃身のアッパーレシーバーを組んでサプレッサーを取り付けていた。彼らと共に相互に連携しながら市街地へと前進する。

 フォースリコンのほとんどがコヨーテブラウンカラーのCrye社製のJPC2.0プレートキャリアにMARPAT迷彩の戦闘服を身に着けている。レコンズは日本陸軍の標準的な戦闘服の上からマルチカム迷彩の同じくCrye社製AVSプレートキャリアやJPCを着用していた。グアム島に乗る中国軍はピクセルパターンのデジタル迷彩の戦闘服のため、識別は容易だ。

 その先のホテルでも掃討のための戦闘が続いていて海兵隊のJLTV装甲車が五十口径をホテルに浴びせかけている。日本軍の兵士が84mm無反動砲を発射し、ホテルの一室を吹き飛ばしてもいた。


「手こずってるな」


 ベルツは戦闘の様相を眺めて呟いた。勝ち戦で無理に攻撃して損耗を出したくない消極的で慎重な日米軍に対して後がない中国軍が決死の抵抗をしている。


「君たちの自慢の戦艦に砲撃させればすぐ片が付くのにな」


 隣に立つケンザキに話しかけるとケンザキは苦い表情を浮かべた。


「グアムを更地にしたくなければ《大和》にそれをやらせるのは得策ではない」


「使えないな」


「改造に金をかけ過ぎたがために今も使わざるを得ない時代遅れの老兵だ。過度な期待はしない方がいい」


 ケンザキの言いようにベルツは苦笑せざるを得ない。

 日米軍の主力はその先の官庁街へ北側の海岸線沿いに攻撃前進しており、ベルツは南側の住宅地へ進み、戦闘を迂回する。

 無線に頼らずに手信号等の合図で連携を取りながら進んでいると爆撃されて半壊した中国軍の陣地が見えてきた。元は地対空陣地だったようだが、生き残りか新たに合流した部隊かがその陣地にいて土嚢を積んで防御陣地を再建しようとしている。敵の主防御陣地より前に配置する前哨陣地だとコリンズが囁く。

 コリンズはベルツと共にフォースリーコンの選抜訓練を担当し、共に教育を行ってきた。実戦経験はないが、訓練では非常に優秀で基礎的な能力が高い。


「迫撃砲もある。潰しておくぞ」


 コリンズは頷いて手信号で合図し、その陣地を撃破する事を周囲に散開した隊員達に伝える。


「偵察をもっとするべきでは?」


 ケンザキが尋ねた。


「時間がない。慎重にやりたい気持ちは分かるが、ここはさっさと片付けたい」


 ケンザキは不満こそ顔に出さなかったが、他の隊員も含めて納得したようには見えなかった。慎重過ぎる日本人の悪いところだ。

 側面に援護に回ったベテランの先任下士官シニアであるジョン・ニクソン曹長らが配置に着いたことを知らせ、ベルツの合図で援護射撃を始めた。ベルツ達の小隊には機関銃は無く、代わりにM27とM38分隊選抜射手ライフルSDMRを使った精密射撃での制圧が行われる。その援護役に加わった日本軍偵察分遣隊も指定銃DMRタイプの16in銃身の20Rで制圧射撃を行っていた。

 奇襲攻撃を受けた敵が援護を行うニクソン達に反撃しようとしたところでベルツとケンザキ達が正面から突入し、土嚢を越えて彼らに射撃を浴びせかけた。L字で集中射撃を受け、ベルツ達の射撃からも運よく逃れた敵は形勢の不利を察して逃げ出す。


「逃がすな」


 ベルツの命にコリンズが二人の部下を率いて逃げ出した三名の敵を追撃して陣地内を走り、援護役だったニクソン達も陣地に緊迫(敵に迫る)してきた。


「イーグル、イーグル!」


 友軍を示す掛け声と敵味方識別用のIDパネルを使ってニクソン達と友軍相撃を防止しつつ陣地内を掃討する。襲撃を始めてから制圧まで十分とかかっていない。

 損害もなく、ベルツは自分たちの仕事に満足した。

 敵の迫撃砲は設置が完了しており、ベルツはその爆破を命じた。レコンズの爆破要員が一ポンドのTNT爆破薬を用意し、信管付き導火線ヒューズを取り付け、手早く爆破準備を整える。残りの者達は警戒しながら敵の武器や迫撃砲の弾薬を迫撃砲のそばに運んでいるとコリンズたちが追撃を終えて戻った。


「敵全員を殺害しました」


「よし。引き続き前進するぞ」


 ベルツはそう呼びかけると爆破要員に点火を指示した。ヒューズを点火し、全員で敵陣地を離脱する。一分で作られたヒューズによってTNTが起爆し、迫撃砲とその弾薬などがまとめて爆発し、二次爆発が起きたのを確認する。


「上出来だ」


 レコンズとの連携訓練はしたこともなかったが、ケンザキはうまくベルツ達フォースリコンに動きを合わせ、スムーズに動くことが出来ていた。

 ベルツ達の進む先には敵の主防御陣地が存在する。日本軍にばかり仕事をさせられないという思いでベルツは急いでいた。橋頭堡を確保した日本陸軍の上陸戦部隊は日米訓練で何度か世話になっている。彼らに大見得を切ったベルツは、この作戦を仕組んだ上層部の意図を理解していて、日本軍に少しでも借りを返しておきたかった。

 しかし市街地を進むと白旗を上げる中国兵が待っていた。


「武器は持っていないようです」


 M38を構えるマシューズが報告した。


「罠かもしれない。散開しろ」


了解イエスサー


 ベルツは部下達を道路から見えない位置に散らせて援護態勢を整えるとコリンズと共に白旗を上げる中国兵に近づいた。一人は士官で、もう一人は兵卒で白旗を振っていた。


「軍使だ。話がしたい」


 拙い英語で話しかけてきた中国兵を見てベルツはM27を下ろす。


「アメリカ合衆国海兵隊のベルツ大尉だ」


「人民解放軍、ジン中尉。この先に民間人が避難している。この市街地で戦闘が起きる前に避難させたい」


 ジン中尉と名乗る若い男は戦闘服のあちこちに穴やほつれがあり、煤やコンクリート粉の汚れも激しく、奮戦してきた兵士だと分かった。

 グアム島内の民間人が戦闘に巻き込まれないよう、日米連合軍と中国軍は配慮して戦ってきた。それでも少なくないコラテラルダメージによる犠牲者が出ている。


「分かった。非戦闘員退避には同意だ、感謝する。君たちは降伏しないのか?」


「戦わずして降伏などしない」


 そういうとジン中尉は苦笑した。「もう十分戦ったと言えるが」と付け加える。戦い続けるのは本心ではなく、彼の義務感がそれをさせているのだと分かる態度だ。


「非戦闘員退避の協力の見返りに、こちらの負傷者も回収してもらえないか」


 ジン中尉が尋ねた。中国軍も苦しい状況らしく、ベルツは少し安心すると共に彼らに同情した。


「ああ。非戦闘員退避と共に負傷者も回収しよう。場所と時間は?」


「これは我々の間だけの約束になる。今すぐ行いたい」


「今すぐだって?」


 ベルツは驚いたが、ジン中尉は恐らく独断でこれを行おうとしているのだと悟った。ケンザキを呼ぶ。建物の陰から現れたケンザキに状況を説明するとケンザキは小さく頷いた。


「罠かもしれない。警戒して行こう」


 ケンザキの同意も得たベルツは部隊を半分に分け、ニクソン以下の一部をその場に待機させることにした。


「こっちだ」


 ジン中尉は兵士を振り返ると共に小走りで走り出した。ベルツはケンザキと共に残りの部下を率いてジン中尉を追う。ジン中尉は近くの中学校にベルツ達を案内した。

 中学校の陣地で警戒する中国軍の兵士達は95式小銃等を携行しているが、その銃口は下に向けている。武器を下ろしているが、双方緊張する中、ジン中尉が案内した中学校の多目的ホールには民間人が二百人ほど避難していて、隣接する部屋にも中国軍の医療所も設置され、アメリカ人も負傷者の治療を手伝っていた。


「味方部隊をニクソンのいる位置へ呼べ。そこまで彼らを連れていくぞ」


 ベルツはコリンズにそう指示すると負傷者の後送を手伝う民間人の志願者を募った。彼らは中国兵の負傷者や戦闘に巻き込まれた民間人の負傷者を担架で運び出すのを手伝い、ベルツ達はそれを誘導することになった。負傷者には中国軍の衛生兵も一名同行する。

 負傷者を運び始めると、学校の廊下で疲れ切った様子のジン中尉が窓に寄りかかってヘルメットを脱いでいた。ケンザキがそれに気づき、歩み寄る。ベルツも思わずジン中尉に近づくと煙草を差し出した。


「妻が嫌煙家なんだ。気持ちだけ受け取ろう」


 ジン中尉は身振りも交えて煙草を断る。その顔は酷く疲れていた。


「これは中尉の独断だな。いいのか」


 ケンザキが代わりにガムを渡して聞いた。ジン中尉はそれを受け取って口に放り込みながら肩を竦める。


「部下も納得してる。俺の責任だ。一人くらいまともな士官がいてもいいだろう」


「上は、人間の盾を使うつもりか?」


「……かもしれないな」


 ベルツが聞くとジン中尉は窓の外に目を転じてため息を吐いて答えた。それが答えだった。


「降伏すればお互い無用な血は流さずに済む」


「お前たちの国でならそれで万事収まる。だが、我が党は敵と戦わずして降伏した兵士の家族をまともに扱うかな」


 中国人民解放軍は中国という国の軍ではなく共産党の軍であり、政治委員と呼ばれる政治将校が党による軍の統制のために存在する。ジン中尉の言葉を否定できないベルツとケンザキは黙った。


「まあ、こちらも出来る事を精いっぱいやるまでだ。お前たちをこの島からもう一度追い出すかもしれないしな」


 そうジン中尉は明るい声で言うと最後の民間人が多目的室を出たことを部下から報告を受け、ベルツとケンザキに姿勢を正して向き直った。


「協力に感謝する。戦場で会おう」


 ベルツとケンザキはジン中尉の敬礼に答礼するとその場を後にした。

 外では避難民が列を成し、負傷者を民間人と協力して部下達が担架で運んでいる。外にいた中国兵達はその姿を黙って見つめていた。ベルツとケンザキもそれに続いて中学校の外に出る。


「やりづらいな」


 ベルツはヘルメットを脱いで後頭部をかく。


「戦争っていうのは正気でいられないものだ。だが、ふとこうして立ち止まった時に戦っている相手が同じ人間だと気付かされる」


 ケンザキは相変わらず冷たい目のまま語る。


「俺たちはプロらしく、戦いに感情を持ち込まないようにしよう」


「……そうだな」


 アメリカ人は戦争にも正義感が必要で、中国の悪逆非道な行為を声高に責め、自分達の正義が揺るぎないものであると兵士達にも戦意高揚を図っていた。アメリカ兵達の中には本当に中国人を憎んでいて闘志を剝き出しにしている者もいる。ベルツは改めてそうした戦争の醜さを心の中で嘆いた。

 彼らの歩く先には避難民が列をなしていてその先に避難民を回収に来た海兵隊のMTV輸送トラックや日本軍の高機動車、73式大型トラック、救護車が到着していた。避難民の退避が完了すればまた戦闘を再開することになる。ベルツは憂鬱な気持ちでジンたちのいた中学校を振り返り、睨んでいた。




太平洋フィリピン海、日本海軍航空母艦《赤城》

2026年10月2日



《赤城》を囲む第二機動艦隊の陣形には一部変化があった。敵の対艦ミサイルに被弾した駆逐艦《夏霜》が黒煙を上げ、行き足を遅らせて戦列から離れつつあった。その隙間を埋めるために後方にいた巡洋艦《鞍馬》が前に出ている。

 艦隊の様子を空から目の当たりにした月島達は、艦隊の北東の空域でトラック島方面から進出した空軍のKC-767から空中給油を受け、《赤城》へと戻った。

 電波管制下での着艦も手慣れてきた。自身の変化に気付きつつも、月島は重い足取りだった。


「よく帰った。スコーチャー」


 飛行甲板で待っていた溝口大尉に肩を叩かれる。溝口の機は結局復旧できず、着艦して整備を受けていた。代替機がすでに飛行甲板で準備されている。


「ですが、JJとトトが」


「編隊長の大任をよく果たしていた。お前のせいじゃない。それに二人ともベイルアウトしてる。大丈夫だ」


 溝口は月島を労い、励まそうと笑顔で言ったが、その内心の悔しさや複雑な思いは滲み出ているような苦しそうな顔だった。他のパイロット達も急遽四機編隊長を務めた月島に好意的な激励を行ってくるが、撃墜された仲間は今里達以外にもいた。無表情なパイロットや床を見つめるパイロットはその僚機で彼らの気持ちが月島にも痛いほど理解できた。

 膝が震え、意識が今にも遠のきそうになる。現実感が無く、夢が覚めるのではないかと思いたかった。

 小鳥遊と共に機体を整備員に申し送りながら麻木の方を顧みたが、麻木は艦橋の傍で整備小隊長と話し込んでいたので二人で戻ることにした。オーバーGを何度も行ったと聞いた機付長はそれでも快く機体を申し受けた。


「お帰り」


 飛行隊のブリーフィングルームに直行すると椅子に座っていた藍田がマスクの跡が残る疲労の滲んだ顔を上げて声をかけてくる。その隣に座る白石が立ち上がった。


編隊長フライトリーダー、お疲れ様」


「僚機のお陰で助かっただけだよ」


 月島がそう答えている間に白石はてきぱきと壁際の給湯コーナーでインスタントコーヒーを紙コップに淹れて持ってきた。


「はい」


「ありがとう……」


 任務中は利尿作用や興奮効果があるコーヒーはあまり飲まないようにしていたが、白石はそれにミルクと角砂糖をたっぷり加えた物を月島に渡してきた。普段見せない珍しい女性らしい気の細やかさに少し驚きながらも礼を言って受け取り、すぐに熱いコーヒーをすすると甘味が染み渡るように疲れた体によく効いた。

 住之江が麻木や他の幹部級のパイロットらと共に飛行隊のブリーフィングルームに入ってくる。


「疲れている所悪いが、戦いは続いている」


「休ませてくれ」


 誰かが呟いた。パイロット達の顔にも疲労の色が浮かんでいる。一回のフライトは格闘技の一試合をこなしたか、それ以上に体力を消耗する。月島はコーヒーを飲み干し、続いてスポーツドリンクを飲んでいる所だった。

 目が酷く疲れていてドライアイのように痛い上、瞼が重たかった。

 その反面、溝口大尉は厳しい顔をしていた。溝口はエンジン不調で引き返した上、列機を失っている。悔しさを滲ませていた。


(ラジャー、スターテス?)

(ディフェンシブ!)

(JJはどこだ)

(コード7700。ベイルアウトしたようです)


 最後に今里と交わした会話を思い出そうとした。前後の話を思い出せば思い出すほど、臨時でも編隊長として今里を守れなかったことへの後悔と怒り、やるせなさが渦巻く。

 まだ今里ら撃墜されたパイロットの救難は実施できていない。ベイルアウトしたのだ。生きているはずだ。彼らを助けてくれ。月島は悲鳴を上げたかった。


「聞いているか、スコーチャー」


 突然の宗像の言葉に月島は現実に引き戻される。多くのパイロット達が自分を見つめていた。


「はい、……いいえ」


「どっちだよ」


 藍田が苦笑する。他のパイロット達も苦笑する様子にその場の空気がそれほど緊張したものでは無いことに気付いた。宗像はため息を吐くが、それ以上咎めなかった。


「班長はお前が臨時で編隊長を務めた経緯を説明していた」


 麻木が冷たい目で月島を見下ろして言う。迫力のある顔に月島の背筋に冷や汗が流れた。


「時間だ。航空隊の作戦待機室ブリーフィングルームに集まれ」


 住之江の言葉にその場にいた全員が立ち上がる。戦闘は継続しており、ここにいるのは普段の半数だ。今も哨戒飛行をしているか未帰還機となったかで、そのうち二人は未帰還機だと分かっている月島の足取りは重たかった。後ろから麻木に航空靴の踵を二度も踏まれ、前に進むよう急かされた。


「情けない顔をするな」


 作戦待機室に入る直前で麻木が冷たい顔で月島に釘を差した。月島は蛇に睨まれた蛙のように思わず身を固くして表情を引き締めてから麻木を振り返らずに入る。

 他のパイロット達も続々と作戦待機室に集まってくる。第二艦上航空隊のパイロット達の中に消耗していない、涼しい顔をしているのはベテランや指揮官クラスのパイロット達で若手は皆、疲弊していた。指揮官クラスの前席に座った麻木もまた背筋の伸びた綺麗な姿勢で凛とした姿とその威厳を保っている。

 月島は改めて彼女は次元が違うのだと再認識する。

 航空隊司令の紀平大佐が先ほどの攻撃の評価を伝えた。

 南海艦隊への打撃は一定の効果はあったが、本命の空母や揚陸艦隊にはダメージを与えられていなかった。敵の無人戦闘機群による反撃で飽和攻撃を行う予定だった米海軍の攻撃隊が被害を受けたことや、同時に起きたグアム島での敵の電子戦攻撃を伴う逆襲への対応等から航空隊の対艦攻撃の本命であった超音速対艦ミサイルASM-3による攻撃が中断されたためだ。


「第一波攻撃を頓挫させた敵が投入した無人戦闘機群UAVスウォームだが、百機以上の無人機を同時に飛ばしたようだ。この無人機で空警600AEWと連携して攻撃隊の迎撃だけでなく、亜音速の対艦ミサイルも迎撃している。米海軍攻撃隊の損耗は三十パーセントを超える」


 紀平が米海軍を見捨てる判断を行った麻木をちらりと見た。


「義務は果たしました」


 麻木は肩を竦めた。


「責めるつもりはない。我々に敵機を押し付けて攻撃に拘った米軍の落ち度だ。しかしながら米軍との共同作戦であり、彼らも我々の戦力だ。守らねばならない」


 手が上がった。同じ第201戦闘飛行隊の朝倉幹久あさくらみきひさ大尉だ。朝倉は若手の幹部で普段は温厚だが、自分の僚機を撃墜され、目には険の色が浮かんでいる。


「この無人機ですが、何の警告もなく近距離に突然現れました。一体どこからきて空軍は何を見張っていたのですか」


 かなり棘のある言い方に気が立っているなと周りのパイロット達も注目する。溝口の一期下の若手大尉である朝倉の態度に、住之江が咳ばらいをする。紀平はその態度を咎めることなく頷いて部下に指示を出した。

 スクリーンに映る画像が変わる。

 海南島を出港する敵揚陸艦隊を撮影した航空写真の画像に拡大されたコンテナ船が映っていた。ガントリークレーンを備えた大型船だ。海上輸送コンテナが山積みになっている。


「開戦から今日に至り、中国は民間商船や貨客船を徴発して輸送等に当てている他、偽装商船Qシップを投入している事が確認されている。この画像の艦は貨物輸送船と見られていたが、このコンテナの出所は航空機製造やミサイル製造を行う江蘇省の中国兵器工業集団からの直送で、これがコンテナ搭載型無人戦闘機の発射母艦と見られる。画像を確認する限り、一度に三十機から四十機を投射、搭載するクレーン等による積み替え作業を行うことでさらに二十機以上を続けて投入できると分析されている。これが二隻、敵揚陸艦隊に含まれている」


「これが突然フィリピン海のど真ん中に現れた無人戦闘機群UAVスウォームの正体ですか」


 第203戦闘飛行隊の志島少佐の発言に紀平は頷いた。ガンカメラなどに映った敵無人戦闘機の中で鮮明な画像が一枚大きく表示される。幹部級のパイロット達がざわついた。


「米国のXQ-58に似ているな」


「模倣は中国の得意技だ」


「四〇フィートコンテナに収まってそこから滑走なしで投射出来るコンパクトなステルス無人戦闘機は厄介ですね」


「確かに大量輸送、大量投入可能だが、回収するつもりはないのか」


「あるいは占領していたグアムに下ろすつもりだったのかもしれません」


 その中でF-2を運用する第202戦闘飛行隊の日比谷ひびや秋彦あきひこ大尉が手を挙げた。肉体派ではなく頭脳派寄り、明哲さがあり引き締まった顔立ちで本人は若く見られることを気にしていた。


「無人機の要が早期警戒機なら、それを落とせば良いわけですか」


「今飛んでいたのはアグレッサーが片付けた」


 日比谷の質問に住之江が答えた。パイロット達が再びざわつく。月島は脇目も振らず四機で敵艦隊に向かっていった命知らずのステルス戦闘機を思い出した。


「援護してくれたF-3……」


「F-3?見たのか」


 月島の呟きに前の席にいた象潟が反応した。


「はい。第515飛行隊ファイターウエポンのが来ていました」


 ゴーストライダーと名乗った彼らは高度な戦闘機訓練を行うアメリカ海軍戦闘機兵器学校、通称トップガンの日本海軍版であるファイターウエポンこと戦闘機戦術教育課程を実施する第51航空隊の戦闘機部隊にして海軍唯一のアグレッサー飛行隊である第515飛行隊だ。

 第51航空隊で行われている各航空隊のパイロットを集めて訓練を行う戦技指導者養成訓練のことを、参考とした米海軍の戦闘機兵器学校の名称からファイターウエポンと呼ばれていたが、いつしかそれは海軍のエース達が集まるアグレッサー部隊である第515飛行隊を示す名称として使われるようになっていた。

 ざわつく空気を紀平が再びスクリーンの前に立って黙らせた。


「艦隊の保有する対艦ミサイルの量からして、敵艦隊に打撃を加えられるチャンスはあと一回だ。守りを捨て全力で攻撃する」


 その言葉に第203戦闘飛行隊の面々が喜ぶのが静かに熱を帯びて伝わってきた。


「空軍とも同時攻撃を調整している。敵艦隊の防空網も突破できる」


「レンハイ級、そんなに強いのかね」


 象潟が小さく呟く。過剰な攻撃だと言いたげだった。


「グアム島奪還作戦の支援はどうなるんですか?」


 日比谷の隣に座る同じ第202戦闘飛行隊の土屋瑞樹つちやみずき大尉が手を上げて質問した。日比谷に続き、二人とも月島が知る第202戦闘飛行隊の主要なパイロットで、麻木とは同期の若手幹部で優秀だ。凛とした麻木と比べると穏やかで人を見定める目付きではなく、理解しようとする目をしている。しかし優しそうな顔立ちの裏では日比谷をライバル視していて、互いに負けず嫌いな一面もあった。


「米海兵隊と空軍がエアカバーしている。上陸部隊は態勢を立て直し、各目標を制圧中だ」


 グアムでの地上戦は敵が電子戦環境下で機甲戦力による機動打撃を敢行、日米軍に多大な損害が出ていたが、日本が苦労して戦車を揚陸していたお陰でこの機動打撃も撃退し、電子戦の発信源である電子戦中隊を戦車でそのまま文字通り蹂躙したことや電波発信源を評定した誘導弾や砲迫攻撃で電磁遮蔽による通信障害等は解消されていた。


「明日の攻撃で敵艦隊を必ず壊滅させる。もし失敗すればトラックまで我々は撤退し、態勢を整えなければならない。そうなれば地上部隊は孤立無援となる。それだけは避けなくてはならない」


 紀平の言葉にパイロット達は集中する。


「グアム島奪回はもちろん太平洋における勢力図を塗り替え、絶対国防圏を守り、大陸に戦力を集中することが出来るようになる。この一戦、必ず制し、生きて戻れ。私からは以上だ」


 紀平の言葉にパイロット達は起立する。紀平が退室するまで気を付けの姿勢で背筋と指先を伸ばし、姿勢を正す敬礼で見送ると解散となった。




 フィリピン、クラーク空軍基地



 在比アメリカ空軍基地であったクラーク空軍基地は今、中国人民解放軍PLA空軍AFの基地として運用されている。

 運油Y-20U空中給油機からの空中給油を経てフィリピン海からここクラーク空軍基地へと戻った攻撃隊への再爆装でクラーク空軍基地のエプロン地区は大騒ぎになっている。

 帰ってきた爆撃機の中にはミサイルの至近弾を受けて被弾している機もあり、現地で人民解放軍に鹵獲されてそのまま使われている米軍の救急車や消防車が走り回っていた。

 着陸し、誘導員の誘導もおざなりのままエプロンの端の格納庫前にSu-30MK2フランカーGを駐機した人民解放軍PLA海軍第28航空連隊のジアン少校はラダーで機体から滑走路に降り立つと腰に手を当ててその喧噪にため息を吐いた。

 その横に後席員を務めた劉上尉が並ぶ。


シュ中尉は残念でした」


 劉の言葉に江は「ああ」と言葉少なく頷く。グアム島からの緊急離陸以降、空中給油を経て敵攻撃隊の先鋒に立って電子戦を行っていた敵電子戦機の迎撃任務を与えられた江は四機で敵制空隊へ斬り込みをかけた。結果は無残なもので列機の許中尉が撃墜されて未帰還となり、任務を達成できずにここクラークへと降り立った。

 クラークからグアムへ飛んだ時、列機を失う覚悟はしていた筈だったが、それが現実の物になると江は叫びたくなる衝動を抑えることに努めなければならなかった。

 飛行隊でも若手の許中尉には妻と妊娠六か月目の子がいた。まだ父を知らぬ子も含め二人は遺族となった。ウクライナに侵攻したロシア軍の戦死者の遺族がもらえたのは僅かばかりの見舞金や生活物品だけだったという現実が、共和国でも起き得ないとは言えない。この戦争ではすでに大勢が死に、その全ての遺族が遺族年金を支給される訳ではないだろう。

 部下の死を悼むよりもその家族をどう支えるのか考えてしまう打算的な自分に江は嫌気が差した。


「再出撃の準備を」


「了解です」


 劉に部下達を任せ、江は連隊司令部へと急ぐ。戦いはまだ終わっていない。江は自分達の力が同じ解放軍の同志たちを少しでも救えると信じていた。

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