第5話「作戦の火蓋」
グアム、アンダーセン空軍基地 2026年10月2日
グアム島でも風が強まっていた。木々の葉が時折靡き、空はこの一時間で暗くなっている。木々がざわめくアンダーセン空軍基地北側の林内に潜む男達がいた。大日本帝国陸軍の迷彩2型パターンの戦闘服や装備に身を包み、顔や首、耳の中までドーランで肌色を消し、草木を付けたハーフギリースーツを被った彼らは密かに時を待っていた。
その中の一人、
食事が旨い軍隊は強いとは言い得て妙だと、スポッティングスコープの中に映る中国人民解放軍、通称PLAの対空ミサイルの側で食事を取る兵士を眺めながら思う。兵站の充実している軍が強いのは勿論兵士の士気や栄養状態にも直結する。
上総が入営した当初は米のパック二つと塩辛いおかずをセットにした、とりあえずカロリーと塩分を補給して食物繊維は敢えて減らして生理現象を抑制するような戦闘糧食だったが、今日の帝国陸軍は実戦を重ね、ようやくビタミン等の栄養を摂取出来る戦闘糧食に変わってきた。
帝国が経験した最後の正規軍同士の戦争は一九九一年の湾岸戦争だ。多国籍軍に加わった日本は空挺団と当時ようやく形をなした虎の子の機甲科部隊を送り、イラク軍と戦った。あの時は缶詰が中心だった。そしてその後の主に災害派遣という実戦を経験し、海外にも国際緊急援助隊として出動するようになると、とても日本軍の戦闘糧食は被災者に長期間提供できる代物ではない事が明らかになり、部内からではなく外力によって進化した。湾岸戦争から三十年以上の時を経た我々は恵まれた時代だ。
しかし戦争そのものははるかに暴力的で凶悪になった。戦闘糧食に加え、万が一に備えて安定ヨウ素材も配られており、さらには|神経材解毒自動注射器
《デュオドーテ》まで支給された。
「上総少尉、無線封止解除三分前です」
上総のそばでギリースーツを被って身じろぎもせずに伏せている
「ああ。電源を入れて準備してよし」
「了解」
二人が所属する第一空挺団隷下情報中隊の偵察班は徹底した電波封止を行ってグアムに潜んでいた。
情報中隊は日本陸軍において数少ない常設レンジャー部隊の一つであり、精鋭揃いの第一空挺団の中から選抜された最精鋭の隊員達で構成されている。
近年の脅威となった島嶼部への侵攻に対応するために新編された深部潜入偵察部隊であり、空挺団本隊の作戦のための先遣部隊として空路潜入と時には水路潜入も併用して隠密に潜入し、隠密偵察や監視の他、時には直接行動や遊撃活動により敵のレーダーや対空兵器を排除して空挺団主力の降下を支援する任務を負っていた。そのためメンバー全員が自由降下と潜水の資格を持ち、高い潜入技術と遊撃能力を有しており、特殊作戦群に次ぐ準
情報中隊は隠密潜入と戦闘斥候等の偵察を主任務とするが、準SMUとされるだけあり、さらなる交戦を余儀なくされた場合、艦砲射撃や戦闘機を使用した火力誘導を行い、加えて重要施設や船舶への奇襲、人質救出、敵陣地破壊などの強襲攻撃を伴う
そのため、小銃こそ一般部隊と同様の20式6.5mm小銃だが、銃身は通常の13inchの物からより短く閉所戦闘向けの11inch銃身に換装され、
その他、個人の装備も情報中隊専用で、日本陸軍一般部隊の防弾チョッキではなく、動きやすく軽量なプレートキャリアを着用し、日本軍では鉄帽と呼ばれる戦闘ヘルメットも一般部隊の物とは異なり、ヘッドセットとの併用を考慮して側面部の装甲を大きくカットしている戦闘用抗弾ヘルメットを使用している。
使用する無線機も一般部隊の広帯域多目的無線機の機能を限定して必要な機能と信頼性を強化した最新型だ。衛星通信用のアンテナを取り付けられるが、通信衛星の無力化や電子戦、核の強電磁シャワー等がありふれたこの戦争では使用するタイミングは限られる。
上総は改めてスポッティングスコープで基地を見渡す。木々の木漏れ日の隙間を縫うようにして基地を見ているので視界は最悪だったが、夜の内に何度も移動して見つけたこの位置はまだまともで、
「時間です」
「データ転送頼む」
これまで偵察で得た情報は座標、画像等すべてをスマートフォンタイプの端末でデータ化していて音声でだらだらと伝える必要が無いようにメール化して処理していた。
「転送開始しました」
「よし」
ここからだぞ。上総は心なしか鼓動が早くなっているのを自覚した。緊張に体が反応している。
敵の電波探知に引っ掛かり、位置を評定された可能性もある。そしてこれから自分達の目の前には何トンという高性能爆薬が炸裂することになる。
「早く終わって欲しいですね」
送信状態を確かめ、続いて目視照準機を載せたレーザー目標指示装置を覗いた司馬が言った。
「ああ。さっさと御国に帰りたいよ」
「これが終わったら帰れるんでしょうか」
「満州か台湾にとんぼ返りかもな」
「笑えないですよ」
司馬が端末を確かめる。
「ホントに電子支援は行われてるのか」
「確かめようがないですね」
潜入部隊等を支援し、敵の指揮系統を撹乱するため、すでに海軍と空軍が電子戦攻撃を開始している。敵の電波探知はそれに潰されている筈だが、上総の視界の中では大きな変化は見られなかった。
「火力誘導の準備は?」
「準備よしです」
司馬はレーザー目標指示装置を点検して頷いた。レーザーデジグネーター、レーザーマーカー、レーザー測距計が組み合わされたレーザー目標指示装置は航空攻撃の爆弾に取り付けられるLJDAM誘導装置キットの終末誘導を実施可能で、レーザー誘導によって命中精度は通常のGPS誘導の車から、車の窓を狙い撃てるようになり、移動目標も攻撃可能だ。
そのレーザー目標指示装置の上には目視照準器こと赤外線画像装置が載っており、通常の暗視装置では見ることができない特殊な波長のレーザーを見ることが出来るため、レーダー目標指示装置で目標を照準できているか確かめるために用いる。
「火力誘導よりも降下誘導の方が不安です。風が強まってきました。流されて皆海上降下になんてなったら洒落になりません」
「最新の気象予報じゃこれは一時的なものだ。そっちもやり遂げないとな」
上総達の背負う任務は重大なものばかりだ。火力誘導も電波情報という兆候を出すが、その後に待っているのは空挺団の降下誘導で風向風速や現地の地形、敵情から航空機の進入方向や降下のタイミングを誘導する。火力誘導後に生き残っていないとそれを果たすことが出来ない。
「流石に気象衛星までは妨害してないんですね、枢軸も」
「どうだろうな。限定的な局地紛争の粋を出てからエスカレートしてるし、やりたくてもやれないんじゃないか?」
衛星軌道をゴミだらけにする訳には行かず直接的な破壊は非参戦国から強い反対を受けて連合も枢軸も対衛星ミサイルを撃ち合うような世紀末な戦争には至っていない。衛星妨害装置は双方の重要目標であるため、アメリカは特に優先的に攻撃していた。
「ミサイル発射された。弾着まで十四分」
司馬が言った。送信先の海軍も音声ではなく暗号で送ってきた。
巡航ミサイルが海軍の艦艇より発射される。彼らは知らなかったが、密かに近海に接近した潜水艦から水中発射されたものだ。
そして機動艦隊とトラック島からも刺客が忍び寄っていた。
航空巡洋艦《日向》から飛び立った八機の16式多用途戦闘機F-35Bは04式艦上戦闘機F-2よりも後発の
巡航ミサイルの接近を察知した中国人民解放軍は迎撃を開始。アンダーセン基地からも迎撃のため、四機の殲撃J-10戦闘機が離陸しようと滑走路に向かってタキシングする。上空でCAPを行っていた戦闘機も次々に巡航ミサイルが接近する北に向かっていた。
地上の地対空ミサイルも巡航ミサイル迎撃に向けて動き出す。HQ-9長距離地対空ミサイルとロシア製のS-400長距離地対空ミサイルがアンダーセン基地やグアム島中部グアム国際空港に分散して配備されており、それらの対空レーダーも巡航ミサイルを捉えていた。
そのレーダー波はF-35Bの後続となるF-2編隊も捉えており、発射に必要な最低限の緒元を得るとF-2のパイロット達は躊躇なく即座にARGM-2対レーダーミサイルを発射した。F-2のステルス性を確保して兵器搭載量を増加させるための胴体部の
ASM-2空対艦ミサイルをベースに開発されたARGM-2はレーダー発信が停止されても慣性誘導システムによって最後の発信位置に向かう。レーダー発信中に比べ円公算誤差が大きくなるのは承知の上で、無駄撃ちになる恐れもあるが、
ARGM-2の幾つかは目標を外したが、幾つかは対空レーダーを破壊、または破損させるダメージを負わせた。隙を見て地上の地対空ミサイルがレーダー発信を再開しようとする度にF-2は対レーダーミサイルを発射した。
その攻防が繰り広げられている僅か数分の間にアンダーセン空軍基地では殲撃J-10がアフターバーナーに点火し、離陸滑走を開始する。しかし直後、先頭の殲撃J-10の左メインギアが火花と共に千切れ、殲撃J-10は左に機体を傾けて滑走路上で主翼を擦り、後続機は慌ててそれを避けようとした所を機首のノーズギアを同様に破壊され、先頭に突っ込んだ。
「何事だ」
その光景を格納庫の近くで見ていた
「滑走路が狙撃を受けています」
江の鋭い問いに、隣に立っていた守備隊の通信を聞いていた副官の
四機のF-35BがGBU-54誘導爆弾を投弾。枢軸軍によってGPSが妨害を受ける今、終末誘導を地上の誘導員によるレーザーで実施することにより確実に目標をヒットできるGBU-54は優先目標に振り分けられた。
HQ-9長距離地対空ミサイルの射撃指揮車両が爆弾の直撃を受け、S-400も同様に射撃統制車を破壊された。こうなると何基も配備されたミサイル発射機も無用の長物となってしまう。
「防空網が破られた!高射兵以外は退避壕へ!」
「戦闘機を掩体に運び込め、急げ!」
地上が混乱する中、対レーダーミサイル攻撃を続けていた編隊とは別の後続のF-2A編隊は八十キロ離れた空域から
GBU-39滑空爆弾は精密誘導装置を備えて滑空する
「思ったより早かったな」
アンダーセン基地の格納庫区画にいた江は一瞬その光景を見て立ち尽くしたが、すぐに踵を返して退避する兵士たちの波に逆らって走り出した。
「中隊長、どちらへ!?」
劉は上官の奇行に悲鳴に近い声で江を呼んだ。江が向かう先には07式PGZ-07自走高射機関砲があった。
「狙撃ポイントを砲撃して潰せ」
空爆から逃げようとしていた自走高射機関砲の下士官を捕まえた江は凄んだ。
「しかし——!」
「私達が飛べなければ空爆は止まないぞ、やれ」
江の気迫に負けた下士官は部下を連れて自走高射機関砲に戻った。エンジンを始動した自走高射機関砲が進み始める。
「何処です!?」
ハッチから身を乗り出した下士官はエンジン音に負けないよう怒鳴って聞いた。
「あの当たりだ、凪ぎ払え」
「無茶だ」
下士官がハッチの下に潜ると砲搭が旋回を始めた。35mm機関砲二門を備えており、対空レーダーが旋回を始めた。
「戦え。敵の攻撃だ」
「敵がいるぞ!」
海軍陸戦隊の兵士達も何名かはそれを見て戻ってきた。高射機関砲が火を噴く前に江は戦闘機格納庫に向かって走る。砲声は凄まじく、聴力障害を起こしかねない。
音で岩を砕くような激しい連射音が滑走路に轟いた。
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