第6話 「露払い」
太平洋マリアナ諸島アメリカ合衆国領グアム島東部 アンダーセン空軍基地
大日本帝国陸軍第一空挺団情報中隊が基地の外から空爆を誘導する中、同じく日本陸軍の特殊作戦群は混乱する基地を襲撃した。メインゲートに基地の途中の検問で奪った中国軍の車両で乗り付けたが、空爆で混乱する衛兵は退避壕へ避難しており、止められることは無かった。
第164海軍陸戦兵旅団機械化歩兵大隊の金春寧中尉も逃げ惑う兵士の中の一人だった。空爆は圧倒的な暴力で、歩兵の金にはなす術がなかった。建物に逃げ込むため、ジープタイプのBJ2022小型トラックから降りた金は混乱の中、百メートルほど先の基地のゲートに到着した車からマルチカム迷彩の装備に身を包んだ男達が降りてくるのを見た。躊躇いなく止まることなく淀みなく基地内を進んでいく。
「なんだ、あいつら」
呟いた金に向かって男達の中の一人が小銃を向け次第撃ってきた。銃声がほとんど聞こえずに飛んできた銃撃をかわすことが出来たのはほとんど奇跡だった。咄嗟に車の影に飛び込むことが出来たが、車は無数の銃弾に射抜かれ、激しい音を響かせ、火花が飛び散った。
「襲撃だ!」
金が叫ぶ。共に車を降りた楊上士も伏せていたが、建物に向かっていた別の下士官と兵は撃ち抜かれてすでに物言わぬ骸となっている。
「米軍ですか!?なんて速さだ」
楊が92式
「体格が違う。日本軍だ」
「まさか」
金は95式自動
車体の隙間から狙おうとした時、動きを止めずに流れていく男達のうちの一人が小銃ではない何かをこちらの上方に向かって斜めに構えていた。それが何なのか咄嗟に理解した金は「逃げろ!」と声を上げると脱兎のごとく近くの建物に飛び込んだ。次の瞬間、小型トラックの後部付近で榴弾が炸裂し、建物のガラスが砕け散る。敵がグレネードランチャーを撃ってきたのだ。
足に違和感を覚えて編み上げブーツの底を見ると榴弾の破片が刺さっている。
「くそ、大丈夫か」
「なんとか。なんで日本軍が」
「馬鹿、この周りはほとんど日本領でトラックもあるんだぞ。奴らはその気になればアメリカ領土だろうと脅威を排除しようとしてくる」
金は敵の様子を窺おうとしたが、動けばすぐさま銃撃が飛んでくる有り様だ。敵は金の背後の指揮所の置かれる米空軍アンダーセン基地司令部庁舎ビルを目指していた。身動きが取れない。
「とにかく司令部に警告しないと」
金は連絡手段を探したが、無線は車の中だった。空爆はまだ続いていて腹に響く爆発音が連続して起きると建物も震えた。
「どうしますか」
楊が聞いた。楊はライフルも車の中に取り残してきて拳銃だけだ。
「楊、退避壕から小隊を呼べ。奴等を撃退しないと指揮所をやられるぞ」
金が声をかけたとき、襲撃を察知した警衛兵が戻ってきた。95式自動歩槍で果敢に射撃し、敵を食い止めようとしている。
「下がれ!」
警衛兵が金に合図した。援護射撃が始まり、敵が物陰に隠れる。その隙に金は走り出した。楊も走り出す。敵の射撃はすぐさま再開し、金は左太ももを銃弾が掠めるのを感じた。建物に転がり込み、自分の体を触る。撃たれていないことに安堵して楊と顔を見合わせた。
飛び込んだ入り口のロビーには無数の銃弾が飛び込み、内装を破壊していく。
金は建物の窓沿いの廊下から射撃する兵士達の元へ走った。八名の兵士が95式自動歩槍で応戦している。
「歩兵大隊の金だ。指揮官は?」
「勤保の瑛少尉です。私が小隊の指揮官です」
瑛少尉と名乗った若い女性士官の顔にはまざまざと恐怖の色が浮かんでいるが、それを使命感か義務で無理やり抑え込んでいる様子だった。勤保部隊は軍種を越えた共同兵站部隊の事だ。求められる戦闘能力はあくまで自衛程度だった。
「敵は何処から侵入を?」
「連中は特殊部隊だ、正面からの撃ち合いは避けるんだ」
そう金が言っている間に遮蔽物の影から射撃していた二人が敵に撃ち抜かれて倒れていた。
「言わんこっちゃない」
金は瑛と共に負傷者を物陰へ引きずり込む。一人は防弾プレートを貫通されて死亡、もう一人は顔面を撃たれていたが、まだ息があった。
「しっかりしろ!」
「増援を呼べ」
「無線が使えません。敵の電子攻撃です」
「携帯無線機までか」
敵は超広帯域に無線妨害を行っている。通常電子戦は特定の電波帯にしか行わないはずだった。
「弾を持ってきました!」
「よし、ここで粘れ!奴等を入れるな!増援到着まで持ちこたえろ」
瑛少尉が声を張り上げた時、敵の擲弾が窓を直撃した。その場で射撃していた二名がなぎ倒される。
「ぎゃあああ!」
それだけでなく榴弾の破片か砕けたガラスを顔面に浴びた兵士も悲鳴を上げてのたうち回っている。それを見て怯んだ兵士達を鼓舞しようと楊が腰を上げた時、その頭から血が飛び散った。
「狙撃だ!」
金は瑛の頭を掴んで下げさせた。兵士達も慌てて遮蔽物に隠れる。仰向けに転がった楊はこめかみから血を流し、反対側の射出口は陥没して髪の入り交じった肉片にまみれていた。
「めくら撃ちでも良い!撃たないと奴らに距離を詰められるぞ!射撃したら下がって──」
金が声を張り上げていた時、右側の廊下の奥に気配を感じた。
「まずい!」
瑛と共にロビー側に飛び込んだ時、室内の真横から鞭で何かを叩くような鋭い空気を押し潰す音と共に銃撃が始まった。
「敵ッ──」
「ぐ──」
窓際に並んでいた兵士達が反撃する間も無く、次々撃ち倒される。日本軍が正面に注意を引き付け、建物の側面に迂回して回り込んできた。
「なんて速さだ……!」
金は思わず呻きながら立ち上がる。
「逃げるぞ!」
金は瑛を引きずるようにして背後から迫る気配から逃れようと庁舎の奥へ走った。
太平洋マリアナ諸島アメリカ合衆国領グアム島中西部、アプラ港グアム米海軍基地
グアム、アプラ港に停泊する中国海軍054A型ミサイル・フリゲート艦が突如水柱に包まれた。艦底に時限信管でセットされた機雷が起爆したのだ。水柱はさらに港のあちこちから複数上がった。日本海軍の
羽住達日本海軍
サプレッサー付きのH&K MP7A1短機関銃を持ってコロンビア級弾道ミサイル搭載原子力潜水艦《ウィスコンシン》を襲撃した羽住は、発令所で中を調査していた中国軍の技術者達と捕虜の米海軍の士官らを拘束し、原子炉に向かっていた。本来の乗員達の大半は地上で拘束され、この潜水艦を奪うために中国海軍の潜水艦乗員達が乗り込み、調査を行っているようで艦内には人の気配があった。
出会う敵を倒しながら狭い艦内を素早く進み、機関室にたどり着いた羽住らは水密扉を開け、中に雪崩れ込んだ。
「動くな!」
「貴様ら──」
拳銃を抜こうとした士官の頭を撃ち抜くと残りの技術者達は降伏した。その中にはアメリカ兵も数名いた。
「動くな」
「我々は友軍だぞ」
「協力しているのか強要されているのかこちらからは判断できない」
「何名かは殺された。我々は強制されて仕方なく」
「そうか。お悔やみを」
心にもない事を言いながら隊員達は素早く作業を進める。
「原子炉を無力化。行けるか」
「一時間ください。無力化します」
「ちょっと待ってくれ。あんた達、何をしようとしているんだ」
米海軍の白人士官が声をあげた。
「この艦を敵に渡すわけにはいかない」
「取り戻したんだろう?破壊する必要はないはずだ。我々だけでも動かせる」
「悪いがその余裕はない」
「この戦争で必要になる戦力だぞ」
部下が羽住を振り返った。一理あるのは認めるが、この潜水艦が搭載しているのは百二十基の核弾頭だ。敵の手に渡ることは許されない。艦内の残敵を制圧している暇も無かった。
「やれ」
原子炉閉鎖し、機能を破壊しようとしていた時、外を守る狙撃手が攻撃を受けていることを伝えてきた。
『こちらシエラ。攻撃を受けた。スポッター死亡。狙撃位置を変更。移動中』
「敵が来たぞ。中に入れるな」
艦内でも敵が反撃を始めようとしていた。93式6.8mm軽機関銃の特殊戦仕様を艦橋に据えようとした部下を羽住は押さえた。
「狙撃を潰すような連中だ。良い的になるぞ。誘い込んで中で倒す」
「
蛟竜突撃隊は中国海軍の精鋭特殊部隊だ。潜水戦闘員を擁し、その特性は特別陸戦隊に類似する。
「分からん。その類いだ」
ハッチを狙い、隊員達は待ち伏せる。やがて敵がハッチに取り付いたと生き残った狙撃手が伝えてきた。狙撃手は反撃を中断して監視だけさせている。
待ち伏せしていた時、艦内の中国兵が五名、階段を登って羽住達の目の前に現れた。
「くそ」
中国兵はハッチに向かっていく。伏撃が失敗しつつある。羽住が顔をしかめた時、ハッチが僅かに開き、何かが放り込まれた。
「ガスだ」
隊員達は慌てて防護マスクを着用する。その動きに中国兵達が振り返ったが、次の瞬間には呻き声を上げた。使われたのは
炸裂音と閃光に艦内が包まれる。中耳を麻痺させる音響にガスと閃光で視界を奪われ、中国兵達がのたうち回る。ハッチが開き、逃げ出そうとしていた中国兵達が頭上からの射撃によって倒れた。滑り降りてきた男達が周囲に銃口を向けながら展開した。隙のない滑らかな動き。
全員が艦内に降りるのを羽住達は待った。妙に静かな異質な時間が過ぎていく。するすると男達が降り切るが、それを窺っていた羽住は彼らの動きに感じる違和感に頭の中で激しい警告音が鳴っているような錯覚を覚えた。
突然、サプレッサー越しの銃声が鋭く艦内に響いた。敵に先に発見されたのだ。即座に部下達も応戦を始める。艦内で跳弾が火花を散らし、刹那の間に多量の弾丸が飛び交う。伏撃ながらも射線を限定される特別陸戦隊側に対し、敵は三百六十度縦横無尽に弾幕を張って主導を取り返そうとしていた。羽住とは反対側で伏撃の態勢を取っていた部下が一名崩れ落ち、敵がそちらに向かって一気に流れ込み始めた。
「まずい、動きを止めろ」
堤防に入ったヒビに水が浸透して突き崩されるように敵は生まれた隙を突いてくる。その方向から応戦していた隊員がもう一名倒れるが、倒れざまに通路の中央で小銃を連射し、敵二名を道連れにした。撃たれた仲間に射線を塞がれた敵の動きが一瞬鈍った所で遮蔽物を飛び出した羽住はその背中を撃ち抜いた。
『敵は中国軍とも交戦中』
無線に艦の外の狙撃手が告げた。
発令所の後方のハッチから入ってきた敵五名を艦内で倒したが、特別陸戦隊も二名が撃たれた。
「報告しろ」
羽住は隠れていた発令所の水密扉から出ると倒れた敵から銃を遠ざけ、とどめを刺していった。
「
瀬尾が報告した。もう二名の部下を失ったことになる。羽住はそのことを意識の外に追いやった。
「敵はホローポイントを」
衛生担当の03が負傷したため、瀬尾が手当てに加わっている。ホローポイント弾は低貫通弾として使われ、跳弾が発生しにくいため、彼我入り交じるチューブアサルトで有効だ。一方、弾丸が体内でマッシュルーム状に変形するため人体へのダメージは大きく、ハーグ陸戦条約では必要以上の苦痛を与える弾薬であるため使用が制限されている。
「
銃はSIG MCX自動小銃で7.62mmの.300BLK弾仕様、サプレッサーが内蔵されている。装備はアメリカ特殊作戦コマンドの最新の物だった。その死体を見下ろして羽住達は暗澹たる気持ちになっていた。
「なんてこった」
「増援が接近中です」
空爆や水中破壊工作による混乱から立ち直った敵の一部が反撃を試みていた。潜水艦に接近する歩兵に向かって狙撃手が射撃する。
「退路を断たれる前に脱出する」
「しかしこの艦の無力化は?」
「SEALsと交戦した上に米国の潜水艦を破壊したら政治的に不味いことになる。脱出だ。死体は外に運び出せ」
月島はF-14Jを駆り、五八〇ノットでグアム島に向かって接近していた。巡航速度で可変翼の主翼は六八度の後退位置で超音速戦闘機らしくすっきりした形になっている。常にホットマイクの
爆撃を敢行したF-35B等のステルス戦闘機編隊が反転して母艦に帰艦しようとしている。
すれ違うことなく編隊長機である麻木の乗る月島機を先陣に四機のF-14Jは
『クーガー0-5、こちらキーノート。
空軍のE-767
『ラジャー、クーガー0-5、フェンスイン』
麻木が無感動に復唱し、四機は編隊灯等の全ての灯火を消し、戦闘態勢に入る。
『
抑揚の少ない事務的な声で読み上げられる。まるで自ら機械に徹しているようだ。
『ラジャー。ターゲットを捕捉する──スコーチャー、FCレーダーに火を入れるぞ』
「了解」
月島は答えながら
広大な空中での戦いでは敵を先に発見することがその勝敗を左右させる。レーダーを無策に使用すればそれは暗闇で懐中電灯を照らすようなもので敵にも位置が明らかになってしまう。そのため自機のレーダーを使用せず、AWACSとのデータリンクにより情報を共有することでF-14はレーダーを発信することなく、目標情報を得て攻撃が可能となった。
『キーノート、こちらクーガー0-5。データリンクに従う。目標を確認した』
『クーガー0-5、
『ラジャー。クリアードホット、キル・ターゲット』
麻木が落ち着いた声で返答する間に月島の首から背中に冷や汗の筋が流れた。
『分かっているな。手順通りだ』
無線に応答していた麻木が月島に対する教官の口調になった。
「はい。
『よろしい。──全機、散開。
麻木の指示で編隊の各機は戦闘へ移行した。月島もスロットルを最大位置まで押し込む。日産TF18-125ターボファンエンジンが唸り、重力加速度によって月島は座席に押し付けられ、内臓を圧迫された。
アフターバーナーを使用しない
『相対距離七十(ノーチカルマイル)。五十で撃つ。
「ラジャー」
月島はレーダー画面を見る。デジタルコックピットの恩恵によりMFDに表示されるレーダーは視覚的に理解しやすくなっている。
敵機八機のシンボルが表示されていて、麻木がその八機のどの機を攻撃するのか編隊機に割り振った。敵機のレーダー波を検知した
このIEWSは、アメリカがF-14が装備する
『ネイルズ27』
Su-27フランカー系の戦闘機に狙われていると麻木が告げた。思わず唾液を飲み込み喉を鳴らす。
Su-27はロシアが開発した大型の第四世代戦闘機で極めて高い格闘性能や長大な航続距離を誇る高い脅威だ。
『ECMで対抗中。大丈夫だ、まだ撃ってこない』
「了解」
月島は事務的に応答した。自分を殺そうとしている人間がこの空のはるか向こうにいる。落ち着いていられる麻木が不思議だった。
訓練通り事務的に手順を出来ると思っていたが、心が乱れている。
『間も無く五十。レーダーで捕捉する。
「ラジャー。アイハブ」
麻木が握っていた武器使用のコマンドが操縦席に変わった。月島は兵装選択装置を見てAIM-54Eフェニックス空対空ミサイル二基に発射に必要な準備が完了していることを確認した。
AIM-54Eは改修により中間の母機からのセミアクティブ誘導を発射母機の探知情報ではなくデータリンクに対応もしているが、麻木は確実な攻撃手段を選んだ。
レーダー上の敵機との距離がみるみるうちに縮まる。
『五十マイル……ナウ』
「
月島は平淡な声で告げながら操縦桿のミサイルレリーズボタンを押した。
二基のAIM-54Eが電気的にロケットモーターに点火してハードポイントから切り離されて撃ち出された。機首がわずかに上がる。合計一トン近い重量が離れ、機体が軽くなったのを感じた。
『クーガー0-5、FOX1、2シップス、ロング』
麻木もコールする。白煙を残してミサイルははるか先の虚空へとマッハ五に加速しながら飛翔する。
戦端を開いたにしては呆気なく、まるで現実味が薄いものだった。
※
巡航ミサイルの迎撃に向かった空中待機していた殲撃J-11戦闘機の八機編隊は基地が空爆されたとの一報を受けて引き返していた。基地が破壊されれば増援が見込めなくなる。巡航ミサイル迎撃を諦めざるを得なかった。複座型の殲撃J-11BSの前席で編隊長は苛立っていた。
「くそ、米帝め。卑劣な真似をしやがって」
『彩帆の日帝軍かもしれません。だから早く潰しておくべきだったんだ』
後席のレーダー士官が答える。
彩帆には日本空軍の対艦ミサイル運用能力を持つF-15EJ戦闘爆撃機が配備されている。当初はグアム攻略と並行して彩帆やトラックを攻撃する筈だったが、グアムの米国の戦力は強大であり、日本を同時に相手取るほど余剰戦力は無かった。
その時、レーダー警戒装置が警報を鳴らした。
『FCレーダー照射を受けています』
「全機、回避機動!」
編隊長は無線に叫ぶ。
『レーダー波、J2Fです。日帝のF-14』
殲撃J-11に向かって照射される攻撃レーダー波を解析した表示を見て後席員が声を張る。日本海軍のF-14Jが搭載するJ/APG-2F電子走査アレイレーダーだった。
「フェニックスが来るぞ」
言っている傍からレーダー警戒装置と共にミサイル警戒装置が警告音を鳴り響かせた。長距離空対空ミサイルによる攻撃。F-14が搭載可能な大型の長距離空対空ミサイル、AIM-54Eフェニックスが百キロ以上離れた距離から発射され、向かってくる。一方的なアウトレンジ攻撃が可能だ。
『ミサイルが来る!』
「落ち着け、フェニックスなら回避できる」
悲鳴を上げる僚機をなだめ、編隊長は機体を急旋回させてビーム機動を取った。AIM-54は長射程のミサイルだが、旧式で追尾性能は低い──湾岸戦争で使用されたフェニックスの評価だった。
向かってくるミサイルの軸に対して垂直に飛ぶ対抗機動を取る。
殲撃J-11はSu-27SKのライセンス生産型だ。原型であるSu-27は非常に高い運動性能を有しており、アドバンテージでもあった。また一部はデッドコピーによる中国独自開発改良型の殲撃J-11BSであり、機体設計変更とレーダー波吸収塗料により、レーダー反射断面をJ-11の一五平方メートルから五平方メートルに抑制、マルチロール化し、中国製の最新機材が搭載されてアビオニクスが大幅強化、中国産武装も搭載運用できる。
長射程ミサイルを掻い潜れば、未だに可変翼で継ぎ接ぎだらけの骨董品のようなF-14など敵ではないはずだ。編隊長は自分にそう言い聞かせ落ち着いていた。しかし現実はそうはならなかった。
『被弾した──』
『鋭光22がやられた』
『25、脱出しろ!』
フェニックスの評価は覆された。初撃から逃げ延びたのはわずか四機。半数が撃墜された。
彼らは日本で大きく改良されたAIM-54を知らなかった。ミサイルのアクティブレーダー波を検知するミサイル警報装置を鳴らして敵に対抗手段を取られないよう、変調方式には99式空対空誘導弾AAM-4のシーカーをベースにした物を採用し、より小型の対艦ミサイル等への対応能力を要求されて性能は格段に向上していた。
『
『ミサイル、また来る!数四!』
「回避しろ、ECM、チャフ放出!」
編隊長はJ-11を急旋回させ、ミサイルに対してビーム機動──ミサイルと自機の関係が垂直になるように機体を飛ばす。
「見えたか!?」
『見えました、八時方向!七時に回りつつあります』
後席員の目には推進煙を伸ばしながらビームのように急速に迫ってくるミサイルが見えていた。マッハ五・〇を超える速度だった。
『うわああっ!』
後席員は叫んだ。ミサイルが真っ直ぐ突っ込んできて炸裂した。近接信管で炸裂したミサイルの弾頭の炸薬が弾体の破片を撒き散らし、それがJ-11の機体を直撃する。
機体は蹴り落とされたように高度を下げ、編隊長が一瞬失われた意識を取り戻した時には機体は背面にひっくり返され、機首を海面に向けて真っ逆さまに落ちていた。
油圧は全て下がっていて操縦桿が重い。ラダーを蹴り、なんとか機体を水平に戻そうとする。エンジンは二基とも停止していた。火災警報が鳴っている。
「駄目だ、脱出する」
呼び掛けたが応答がなく、リアビューミラーを見上げると後席員はがっくりとうなだれていた。
このまま脱出すれば頸椎や背骨を傷めるのは分かっていたが、もう一刻の猶予もなかった。射出ハンドルを引くとキャノピーの爆発ボルトが弾けてキャノピーが吹き飛び、射出座席のロケットモーターが座席を打ち出した。
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