第22話 「飽和攻撃」
月島はP-1攻撃隊を援護するため、こちらの
『ボギー・タリ、
小鳥遊の声を聞きながら月島はマッハ一に迫る六六〇ノットで機体を飛ばし、AAM-4B中距離空対空ミサイルで攻撃した電子戦機に向かう。AAM-4Bの指令誘導を切らせ、慣性誘導後の終末誘導の範囲外に逃げおおせようとする電子戦機は音速を超えた速度で逃げていたが、月島は味方の援護の下で接近し、それを目視距離で捉えた。予想通り殲撃J-15艦上戦闘機を改良し、機関砲などを下ろして専用の電子装備を搭載した殲撃J-15D電子戦機だ。
「こいつだな」
『ターゲットです』
小鳥遊が肯定する言葉を発する間にその後方に回る。虎の子の電子戦機を守ろうと月島に接近してきた敵戦闘機には後方から続いている麻木達が対処してくれた。月島は一気に距離を詰め、低空へ避退する殲撃J-15Dの上方から襲い掛かった。
『ドンピシャ!
小鳥遊が興奮して叫ぶ。広い空の中で敵機の索敵を潜りながら殲撃J-15Dの予想位置にぴたりと合わせたのは勘だけではなく、自分の実力の体現に思わず口元が吊り上がったが、すぐに麻木の剣呑な顔が脳裏をよぎって顔を引き締めた。
殲撃J-15Dも月島の追尾にすぐさま気付いてフレアを放出して回避機動を取り、月島を振り切ろうとする。それを月島は追いかけ、レーダーを捜索から
敵機は激しくシザース機動を行って攻撃をかわして時間を稼ごうとしている。
『スコーチャー、さっさと落とせ。長くは保たんぞ』
麻木の冷たい声に月島はプレッシャーを感じながらその言葉でどうやって殲撃J-15Dを追い込むか思いついた。単調に追っていても電子戦機の護衛機が立ち直る時間を与えるだけだ。月島は脳内で三次元の空間の中で機動する戦闘機の姿を思い描き、素早く戦術を決定し、左旋回を緩めて敵機に逃げ道を与えてやる。
敵機は月島が旋回を緩めた隙にその旋回半径に入って離脱しようと左下方に逃げる。月島はその間にアフターバーナーゾーンまでスロットルを叩き込んで運動エネルギーを蓄えると素早く左エンジンを絞って後退翼を前進させ、ラダーを踏み込んで機体を急旋回させた。
可変後退翼は加速中後退するが、手動で前進させたことで加速は遅くなるがより鋭い急旋回が出来る。可変翼機F-14なら成し得る荒業だ。強烈なGに耐えるために全身に力を入れ、呼吸をする。小鳥遊が呻く。
逃げる殲撃J-15Dを追って月島は大G旋回を続け、その頭を抑えた。殲撃J-15Dが放出していたフレアが切れた途端、火器管制レーダーで目標をロックオンした。
「FOX2」
Gに耐えて掠れた声でコールしながらミサイルレリーズボタンを押し込んで短距離用IIR誘導のAAM-5B空対空ミサイル発射。ミサイルに気付いた殲撃J-15Dはさらにフレアを放出しながら回避急旋回するが、旋回で速度も落ちており、AAM-5Bの追尾は振り切れなかった。
急旋回する殲撃J-15Dの背面付近でAAM-5Bの近接信管で弾頭が起爆。破片を浴びた殲撃J-15Dは黒煙を吹き、しばらく飛んでいたが火の手が上がりパイロットと後席の電子戦担当が射出した。操縦手を失った殲撃J-15Dは座席を射出した反動で機首を下げるとそのまま真っ逆さまに海面に向かっていった。
「ボギーワンキル」
月島はコールして旋回を緩めて緩やかに上昇する。AUTOモードに戻した主翼はすでに後退し、失った運動エネルギーを取り戻すために加速する。小鳥遊からの反応が無い。
「ホルス?」
呼びかけると小鳥遊の呻き声が上がった。
『うっ……気を失っていたようです。何分経ちましたか?』
「一分くらいだと思う。大丈夫か?」
『最悪な気分ですよ』
「大丈夫そうだな。しっかりしろよ」
『Gに耐えながら周囲を索敵してたら首が回らなくなって……電子戦機はやったんですね』
「ああ。続けるぞ」
『了解。ターンヘディング301』
月島は機体を旋回させ、ファイタースイープを続行する。P-1攻撃隊はその間にも攻撃位置に向かっていた。
一機も欠けることなく、攻撃位置にたどり着こうとしている。紺野にとってそれは嬉しい誤算だった。現代の空戦で鈍足で大きな的である哨戒機が艦隊攻撃に加わるのは非現実的だった。何機かは欠けること、そして自身が被弾し、撃ち落されることも覚悟していた。
護衛戦闘機だけでなく、戦域で駆けつけてくれた《赤城》の戦闘機隊の奮闘の成果だ。百キロ以内にいた敵戦闘機は味方の戦闘機隊とミサイルを撃ちあい、こちらに背を向けて飛んでいる。
『機長、TACO2。近づく敵影なし』
「機長、了解。ステルスがいるかもしれない。油断するなよ。間も無く
紺野は落ち着いた声を意識して指示しながらも向かう先に幾筋も黒煙が海に向かって伸びているのを見て思わず喉を鳴らして唾液を飲み下した。
熾烈な制空戦が繰り広げられる戦闘空域を飛び続けるP-1のコックピット内は異様な緊張感に包まれている。もう少しで仕事が終わる。焦る気持ちを殺し、全員が一丸となってP-1を飛ばし続ける。
「ボンベイオープン」
BRU-47/AパイロンによってASM-2C空対艦ミサイル二基を抱えた爆弾倉の扉が開く。主翼に四基、計六基のASM-2Cが発射される時を待っていた。ASM-2Cは似た名称の戦闘機搭載用の93式空対艦誘導弾ASM-2とは全くの別物で、17式艦対艦誘導弾SSM-2をベースとした哨戒機搭載用の亜音速巡航の空対艦ミサイルだ。この新型の対艦ミサイルの射程が伸びたことに感謝しつつも、そのせいで自分達に危険な任務が付与されているという面もあり、複雑な気持ちだ。
「スタンバイ……ナウアタック。ナウドロップ」
紺野が発射ボタンを押し込むとP-1がここまで後生大事に抱えて来たASM-2C空対艦ミサイル六基が次々パイロンから切り離されて飛翔を開始する。長射程化のための大型の展開主翼とジェットエンジンの作動領域拡大、RCS低減のための弾体形状のエッジ処理が図られ、17式艦対艦誘導弾をベースとしつつもその様相は大きく変わっている。
発射されたASM-2Cは主翼を広げて高空を駆け、やがて低空に向かって降下する。それは他の編隊機から放たれたASM-2Cも同じだった。各機が次々に発射したASM-2Cが羽を広げて飛翔していく。それを見届けることなく、紺野は旋回を指示する。
「トライデント0-3編隊、攻撃を実施した。パイロットは右旋回」
『宜候、右旋回。ライトクリアー』
パイロットの平野大尉が訓練時と変わらない声で応じ、P-1編隊は一斉に左旋回して現空域より離脱を図る。ミサイルが命中しようとしまいと任務は完遂した。役目を果たせたことに紺野は思わず安堵する。
『トライデント0-3フライト、
P-1の編隊が左旋回を行って護衛戦闘機と共に離脱する。さらにそれに合わせて、日米軍の制空隊と中国軍の艦隊防空隊が交戦を続ける最中、艦隊より発射された巡航ミサイル群が戦域に到達した。巡航高度から一挙に低空へ向かって降下し、終末誘導の超音速へ向かって加速する。
米海軍のF/A-18E/F戦闘攻撃機が発射した亜音速クラスのAGM-84やAGM-158C LRASM空対艦ミサイル、そして東側から敵艦隊に接近する大日本帝国空軍のF-15EJやF-35編隊もAGM-158C LRASM空対艦ミサイルやJSM空対艦巡航ミサイルを放つ。また日米艦隊から発射されたBGM-109トマホーク巡航ミサイル群が低空から接近し、遅れてF-2が《薩鎮氷》艦隊から四〇〇キロほどの位置から超音速空対艦ミサイル、ASM-3を発射。それらは緻密に調整され、同時弾着を狙って《薩鎮氷》艦隊に向かって殺到する。攻撃隊はほとんどが予定通り対艦ミサイルを発射することに成功し、敵艦隊からの迎撃が始まった。
人民解放軍南部戦区海軍南海艦隊は空母《薩鎮氷》以下、駆逐艦八隻、ミサイルフリゲート十四隻、高速戦闘支援艦一隻からなる艦隊だ。先の日本軍の攻撃で052D型駆逐艦一隻と054A型ミサイルフリゲートや053H型ミサイルフリゲート等フリゲート四隻が落伍し、フリゲート一隻が中破していた。
さらに防空戦闘機を度重なる戦闘で消耗し、揚陸艦隊の旗艦《遼寧》が搭載した無人戦闘機も損耗が激しい。敵攻撃隊は先行させた制空隊によって艦隊防空網を食い破り、接近を続けている。
「敵機接近。目標群1、方位190、数八、目標群2、方位178、数四、目標群3、方位195、数八……」
レーダー担当士官が読み上げる。Z-18早期警戒ヘリがもたらした情報だ。《薩鎮氷》が搭載する三機の空警KJ-600早期警戒機のうち一機は第一波で撃墜され、もう一機は艦隊より進出した空域で迎撃管制に当たっていたが、米海軍機の襲撃で撃墜されている。もう一機は艦内で整備中だ。
「発射する前に母機ごと片付けられないのか」
方司令員がぼやく中、何艦長は冷や汗を拭うのも惜しんで状況把握に当たっていた。誰が命じても変わらない指示しかもはや出せなかった。
「迎撃しろ」
「防空隊が迎撃中」
報告は上がるが艦載戦闘機はほとんどが戦闘で消耗しており、増援に駆け付けた戦闘機部隊も空中給油を何度か経ての参戦で行動可能時間は限られていた。敵戦闘機部隊との交戦で艦隊防空戦闘機のほとんどが割かれており、長距離空対空ミサイルを撃ち合って互いに回避を繰り返すという消耗戦に加え、敵攻撃機が射程に入る前に撃墜しようと進出した戦闘機は敵戦闘機と格闘戦も行っており、余裕はない。
055型ミサイル駆逐艦《大連》が対空ミサイルを発射する。HQ-9やS-300といった長射程の艦対空ミサイルが垂直発射装置より次々に放たれ、接近する対艦ミサイルを撃ち落していく。その時、レーダー画面が歪んだ。警告音が鳴る。
「なんだ」
「これは……電子攻撃です」
電子戦士官が声を上げる。
「レーダー画面が乱れる。各艦、目標を失探」
「対抗しろ」
その間に高空にいた対艦ミサイル群は迎撃を逃れて低空へ降下してシースキミングを開始。《薩鎮氷》艦隊へと急迫する。
HQ-16中距離艦対空ミサイル、さらにHHQ-10近距離艦対空ミサイルが各艦より発射され、防空艦はロケット打ち上げさながらの白煙に包まれながら艦首で海面を割って最大戦速で進み続ける。発射されたミサイルは空に向かって無数の白い筋を伸ばし、迫りくる対艦ミサイルに向かった。
レンハイ級巡洋艦と日本やNATOに呼ばれる大型防空巡洋艦である055型ミサイル駆逐艦やアーレイ・バーク級イージス艦を模倣した052D型ミサイル駆逐艦らがまず対艦ミサイルの集中攻撃を受けた。それらの防空艦を狙ったのは第202戦闘飛行隊のF-2Aが発射した超音速空対艦ミサイルASM-3Aだ。マッハ四に達するASM-3Aは敵の迎撃可能時間を大幅に減少させている。
高度な防空艦も多数の超音速対艦ミサイルの集中攻撃には対応時間が足りなかった。まず《薩鎮氷》右翼に位置し、対空ミサイルを発射していた052D型ミサイル駆逐艦が七〇口径130mm単装砲の射程にASM-3Aの侵入を許した。130mm単装砲が弾幕を貼るが、迎撃出来る時間は一瞬に過ぎない。H/PJ-12 30mm
ミサイルが持つ質量と超音速という運動エネルギーによってミサイルは容易く艦の外壁を貫通して艦内に到達してから炸薬の充填された九四〇キロ以上の弾頭が起爆。それは中国海軍艦艇のCICに相当する艦隊中枢の発令所の直近で起こったため、一撃で052D型ミサイル駆逐艦は機能を喪失した。
続いてその右舷側で、CIWSの弾幕を張りつつ、海面を艦首で切り裂いて転舵する二八〇名もの乗員が乗り込んだ055型ミサイル駆逐艦も迫りくる超音速のASM-3A対艦ミサイルを迎撃していた。弾雨の雨が海面を割る勢いで叩きつけられ、砲弾のシャワーを浴びてポップアップしたASM-3Aが被弾した。破壊されたASM-3Aは空中で炸裂したが、その破片は音速のまま055型ミサイル駆逐艦に到達した。艦橋構造物の右舷側を破片によってずたずたにされつつも、迎撃成功に喜んで艦橋で立ち上がった乗員達は新たな衝撃に足元を掬われた。
同時弾着攻撃のASM-2C空対艦ミサイルが到達し、右舷側に被弾したのだ。船体を突き破って艦内に食い込んでから炸裂したASM-2Cの爆風は艦内を駆け巡り、艦中枢の発令所はその一撃で機能を完全に失い、艦は深刻なダメージを受けて大破。その一撃で死傷しなかった乗員達による懸命なダメージコントロール作業が開始され、艦橋で指揮を取る副艦長は延焼を食い止めるためNBC防護システムを作動させ、艦の各所から海水が噴霧された。しかし爆発の余波は右舷に大きな損害を与えており、055型駆逐艦は海上で炎に包まれ、大きく右舷に傾き始めていた。発令所が壊滅し、残った副長以下の士官達も脱出を決心して退艦命令が下り、乗員達は各個に脱出を始めた。
「《大連》、応答なし!」
「《呼和浩特》、大破炎上中!損害甚大、別れを告げています!」
「《長沙》、総員退艦を開始!」
《薩鎮氷》の発令所に舞い込んでくる情報に、方司令員は唾を飛ばして懸命に指示を出し、艦隊の態勢を立て直そうとしていた。
「《薩鎮氷》と《海南龍》を守れ!撤退する!」
「《海南龍》が……!」
「なに!?」
艦隊防空が丸裸になった所で迎撃を生き残った日米軍の亜音速の対艦ミサイル、巡航ミサイル群が艦隊中央に到達した。
残るフリゲートや《薩鎮氷》、補給艦、揚陸艦が短射程の防空システムで迎撃を行う中、STOVL空母であった《海南龍》は一足先に防空艦艇に割り当てられていたミサイルの直撃を受けていた。
航空機格納庫甲板に対艦ミサイルが直撃し、《海南龍》が搭載する航空燃料に引火。《海南龍》は燃え盛る鉄の塊と化していた。その様子を捉えるTVカメラの映像に方司令員は愕然とした表情を浮かべた。
火達磨になった乗員たちが飛行甲板から海に飛び込む様子や救命ボートを降ろす作業の中で人がもつれ合って落ちていく。炎上するSTOVL空母は大混乱に見舞われていた。
「くそ……日帝どもめ、よくも!」
悪態をつく方司令員の元へさらなる危機が知らされる。
「ミサイル、本艦に多数接近!」
「回避行動!最大戦速、面舵いっぱい!」
怒りに燃える方司令員を横目に、何艦長は一秒でも長く《薩鎮氷》を生き永らえさせるために指示を発する。
艦隊旗艦である《薩鎮氷》はチャフと対空火器の弾幕を放ちながら回避行動を取る。しかし《薩鎮氷》を目指して無数の対艦ミサイルが迫っていた。
「くそ。ヘリを出せ。私はフィリピンへ向かう」
「今ですか!?無茶です、回避機動中ですよ!」
方司令員と航空士官が押し問答している間にもミサイルは殺到した。
対艦ミサイルの接近に対し、艦の側面に備わるHHQ-10近接防空ミサイル発射機が迎撃ミサイルを連続発射。亜音速のLRASM巡航ミサイルが撃墜される。しかしまだ六基もの対艦ミサイルが迫っていた。
三キロ先に迫った対艦ミサイルに1130型近接防御火器が作動し、30mmガトリング砲が毎分約一万発の発射速度で30mm砲弾を放つ。砲弾の雨どころか滝のような火線が対艦ミサイルを捉え、二基が撃墜されたが、対応できる時間はそれまでだった。
ASM-2C対艦ミサイル一基が
同時に艦首右舷の喫水線付近にもAGM-84対艦ミサイルが直撃し、高速航行中だった《薩鎮氷》は行き足を止められる。航空機格納庫にもASM-2C対艦ミサイルが直撃し、その弾頭の炸裂で格納庫内の航空機、弾薬、燃料を破壊された上、飛行甲板上にもその余波は及んだ。また同時弾着から僅かに遅れてASM-3A一基が右舷に直撃。その弾頭がもたらした破壊は発令所にまで及び、最後まで指揮を執っていた方司令員と何艦長以下《薩鎮氷》の乗員達を左舷側の壁に叩きつけた。
《薩鎮氷》は海上で激しく燃え上がり、巨大な黒煙を立ち昇らせた。
それは上空を飛ぶ艦隊直掩の人民解放軍海軍の飛行士達にも目撃されていた。
《薩鎮氷》は僅かな時間で右舷に横転するように甲板上の艦載機を振り落としながら沈没を始め、艦隊主力後方を進む901型補給艦《呼倫湖》、075型強襲揚陸艦、072型大型揚陸艦、071型揚陸艦、そして無人機を搭載したコンテナ輸送船型Qシップ等も巡航ミサイル攻撃により大破炎上した。
中破以下の被害だったのは054A型ミサイルフリゲート二隻と053H型ミサイルフリゲート一隻のわずか三隻だった。うち054A型ミサイルフリゲート一隻は対艦ミサイルに被弾してヘリ格納庫が炎上しており、残りも迎撃した対艦ミサイルの破片を浴びるなどしてレーダーやセンサーなどにダメージを負っていた。
戦傷者の回収を断念して三隻は戦域からの離脱を開始し、残されたのは右舷側にわずかに傾斜して行き足を止めた071型揚陸艦一隻だった。
071型揚陸艦《長白山》は機関を喪失しつつもダメージコントロールに辛うじて成功し、負傷者の救出や哨戒ヘリの受け入れを行っていた。
その中国人民解放軍海軍南海艦隊の状況は危険を承知で至近まで接近して偵察を実施したF-35Bステルス戦闘機のデータリンクによって即座に第二機動艦隊に伝えられた。
太平洋、日本海軍航空母艦《赤城》
「撃沈は空母二、駆逐艦六、フリゲート艦九、補給艦一、輸送船二。大破判定は駆逐艦一、フリゲート艦五、揚陸艦三。中破判定は駆逐艦一、フリゲート艦三、揚陸艦一。小破はフリゲート艦一です。敵艦隊の継戦能力は消失、壊滅と判定します」
リアルタイムで送られてくるF-35Bからの映像を分析する時間は限られていたが、優秀な参謀達はごく短時間で正確な情報を伝えてきた。参謀の報告を受けた《赤城》CIC内の指揮官達は歓声よりも安堵に近いため息を漏らした。敵艦隊は空母二隻の他、戦闘艦艇として駆逐艦八隻とミサイルフリゲート十四隻、それに加えて高速戦闘支援艦一隻とその後方に揚陸艦等四隻、そして輸送船二隻、コンテナ輸送船二隻、その護衛のミサイルフリゲート六隻からなるが、九十パーセント以上の損害を負って、《薩鎮氷》艦隊は文字通り壊滅した。
「敵戦闘機は西へ撤退を開始」
「ドック型揚陸艦が一隻、救助活動を実施中」
「追撃は不要だ。航空隊を帰艦させろ。だが、勝って兜の緒を締めよ、だ。次の出撃に備えて待機させるんだ。各艦の残弾を掌握しろ」
「了解」
矢口少将の言葉に南雲艦長を含め、参謀達は頷いた。第二機動艦隊は保有する対艦兵装のほとんどを消耗していた。敵の対艦攻撃に対処するために対空ミサイルも消耗しており、被害が無くても戦闘能力が低下した艦艇が多かった。
「搭乗員の救難捜索を急げ」
南雲が紀平に命じると仁内中佐が進み出た。
「《日向》艦長が駆逐戦隊を率いて艦隊から離れて北上し、救難捜索を行うことを具申しています」
南雲は矢口を見た。
「許可しよう。艦隊主力はグアム島奪還作戦を継続する」
「ありがとうございます」
「対潜警戒を厳にするんだ。敵潜水艦の脅威は未だに健在だ。トラックの
「分かりました」
矢口は手身近に指示を飛ばすと艦隊司令の席にようやく腰かけた。
「何とか任務が一つ達成できたな」
「まだグアムが残っています。被害を最小限にしてこのグアムを奪還しなくては」
「ああ。航空隊がその主軸だ。頼んだぞ」
敵戦闘機部隊が撤退を開始し、「空戦やめ。集まれ」の号令が麻木よりかかった。クーガー1-1編隊のF-14J各機が麻木の下に集まる。
『一、二、三……四機、揃っていますね」
白石の嬉しそうな声が無線に聞こえた。それは月島の気持ちも代弁していた。
『なんとかなったな。護衛任務は心臓に悪いよ』
あの冷徹な麻木から少しだけ安堵の混じった声色の言葉を聞き、月島は思わず麻木の機を振り返った。編隊を組み、相互外観点検をパイロットと
『スコーチャーは何か吹っ切れたのか。鉄砲玉みたいになったな』
共に帰路に就くリンクス編隊の藍田が声をかけてきた。月島も自身の行動がこれまでに無い、ヴァイオレンスでアグレッシブさを出していた自覚はあった。
『手綱を離された猟犬みたいだった』
白石もそれに同意すると『暴走気味でしたね』と後席にいる小鳥遊も若干不満や皮肉、抗議を含んだ声で言ってきた。月島は思わずため息を漏らす。
『まあ、生き残ったんだ。悪くないぞ』
月島はもう一度麻木の機に視線だけでなく顔を振り向けた。フライトヘルメットとバイザーで無機質なサイボーグのようにも見える麻木も確かにこちらを顔を向けている。褒められたことなど片手で数えられるくらいしかない。無事に任務を達成し、全員で生き残れたことへの感動と共に思わず感極まる。
「ありが——」
『言いたいことはたっぷりある。帰ったら待っていろよ』
麻木に返事を仕掛けた所で浴びせられたいつもの冷たい声色の言葉に月島は思わず震え上がった。
『うーわ、こわっ』
小鳥遊が他人事のように機内通話で感想を漏らす。
『帰ったらまた飛行甲板百周とかですかね?』
「まさか、戦時中だよ……」
ありえなくはない罰に月島は否定しながらも思わず生唾を飲み込む。性根を鍛え直すという名目で剣道でぼこぼこにされるよりはマシだと思いつつ、生きて帰った後の事を考えられる事に改めて感慨深い気持ちを覚えた。
とりあえず、この戦闘は生き残れた。
皇国の盾 小早川 @illegal0209
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