第21話 「第二次グアム沖海戦」

太平洋フィリピン海 2026年10月3日



 中国人民解放軍海軍南海艦隊の空母《薩鎮氷》はフィリピン海を南下、グアムを目指す南海艦隊の空母機動部隊の旗艦としてその中心に位置していた。完全なCATOBAR空母を目指して建造された《薩鎮氷》は満載排水量は八万トンを超え、艦首に二基、アングルドデッキ部分に一基の計三基の蒸気式カタパルトを搭載しており、六十機程度の艦載機を運用可能な中国のCATOBAR空母の草分け的存在であり、中国海軍の成長の象徴でもあった。

 その《薩鎮氷》の司令室では艦隊司令員(司令官)の方少将が麾下の艦隊に訓示を行い、鼓舞していた。


『今まさに本艦隊に小日本と米帝の攻撃機が迫っている。我らが意思を潰えさせるためだ。小日本は大東亜経済圏なる植民地支配体制によって東南アジア諸国を搾取し、そしてそれを防ごうとする我が国を締め出し、孤立させようと姑息な政策を続けてきた。そしてあろうことか不当に盗取した我が国の領土に傀儡国家を建て、偉大なる中華人民を脅かし続けているのだ。我が中華人民共和国はこの非道なる小日本に絶対に負けてはならない。大義は我々にある。この戦いは我が共和国の存続とこの戦争の行方を決する重大な戦闘だ。各人は国家と人民のため、最善を尽くせ』


 方少将の言葉が艦隊の各艦に届けられる中、《薩鎮氷》の司令室は次々に舞い込んでくる報告で騒然となっていた。


「敵の第二波攻撃です」


 訓示を終えた方司令員に向かって《薩鎮氷》艦長のハー大校は報告した。敵の攻撃部隊は先行する制空戦闘部隊の数は四機編隊が六個。二十四機も使ってこちらの艦隊防空部隊を削りに来た。遠距離からの中長距離空対空ミサイルの撃ち合いが続く戦域もある一方、追撃し、内側に食い込んできて格闘戦を強要する敵制空部隊もいる。他にもステルス戦闘機が紛れている。

 フィリピンから艦隊防空を支援するために飛来している殲撃J-8F戦闘攻撃機の四機編隊がPL-12中距離空対空ミサイルで敵機を一時撃退したが、その代償は大きく、ミサイルを発射して離脱後、全機撃墜されている。

 また殲撃J-11の二個四機編隊が艦隊防空に加わっていたが、中距離ミサイル発射後、敵からの応射を回避するために燃料を消耗し、すでにフィリピン方面への撤退を開始していた。

 制空隊との交戦ですでに損耗が大きいが、敵制空隊の後方には攻撃機部隊が控えている。その攻撃機隊にも丁寧に護衛を付けており、さらに攻撃機部隊を追いかけるように敵艦隊は長距離対艦ミサイルを無数に発射し、《薩鎮氷》艦隊に向かわせていることを偵察機が確認している。

 何艦長は苦しい戦いとなっていることを自覚していた。


「防げているな?」


「防空ラインは後退しています」


 方司令員は不満そうな目でディスプレイを睨んでいた。


「いかんぞ。いいか、小日本の空母艦隊をここで叩かなければグアムどころか南海方面の戦況に影響する。何としても敵を撃退しろ」


「最善を尽くしています」


 何艦長はそう答えるしかない。《薩鎮氷》艦隊は文字通り最善を尽くしていた。敵艦隊への決定打にならないことを承知で何艦長は巡航ミサイル発射を指示し、052D型駆逐艦及び055型駆逐艦よりYJ-18対艦巡航ミサイルが発射され、来援した空軍のH-6K爆撃機からなる攻撃隊もYJ-12空対艦ミサイルで攻撃を行っていた。

 巡航ミサイルにはそれぞれ敵艦隊の予想位置が指定されているが、日本海軍の空母機動艦隊の防空体制を突破するには飽和攻撃を行う必要があるためほんのジャブ程度の攻撃だ。迫りくる敵攻撃機部隊への歯止めにはならなかった。


「敵の戦爆連合です。爆撃機接近」


「攻撃隊を呼び戻せ。無人機も全て出すんだ。全力で敵の攻撃を阻止しろ」


 何艦長の指示を聞いた参謀達は直ちに指示を出す。《薩鎮氷》からは次々に再武装と補給を終えた殲撃J-15戦闘機が飛び立ち、襲来する敵機迎撃に向かう。航空参謀達は昔と違い一瞬で敵との距離を詰めて接敵する現代戦の中でも戦術を練り、迎撃管制でその戦術を発揮しようとしていた。

 何艦長もそれを聞きながら迫りくる敵機編隊の表示を己の無力さを噛み締めてディスプレイで睨みつけた。


「第二次攻撃隊主力到着まで二時間だ。ここで我が艦隊が敵を釘付けにしている間に戦術核の準備も整うだろう。時間をしっかりと稼げ」


 方司令員の言葉に何艦長は頷くしかない。本当に党が戦術核の使用を認めるのか、そして攻撃隊の増援は間に合うのか。全て他人の意思の介在による運命ということが何艦長の気に食わない物だったが、ここでフィリピンへの撤退はグアム島の友軍を見捨てることでもあり、あり得ないのは分かっていた。最善を尽くすのみだ。何艦長はそれに付き合わせる部下達に心の中で詫びを入れていた。







 フィリピン海、高度三万フィート上空



『こちらソーサラー0-1。P-1編隊トライデントに敵機接近。至急迎撃せよ』


 早期警戒機が呼びかけ、海軍のP-1哨戒機六機からなるトライデント編隊に近い位置にいる制空隊へ迎撃を呼びかけた。

 月島はデータリンクから早期警戒機が優先目標に振り分けた敵機をレーダー画面上に見つけた。


「こいつか?」


『そうです』


 前席でのMFDの操作は後席でもモニターされていて月島が目標に定めた敵機を小鳥遊も確認した。空対空ミサイルを放って互いに回避行動を取っていた月島は麻木に向かって無線を使う。


「ヘイズ、トライデントに向かう敵機は射程内です。迎撃しましょう」


『了解。スコーチャー、敵を排除しろ』


「ラジャー」


 麻木は月島と反対側に向かって旋回していた。月島がミサイルを放てば敵機は回避しつつもこちらに応戦してくるだろう。


『一度に何機相手にするんですか、一体』


 後席で小鳥遊はぼやきながら仕事を果たした。『ロックオン』


「FOX1」


 月島はコールすると残っていた二基のAIM-54Eをほぼ最大射程で発射。巨大な空対空ミサイルが空を駆ける。中間誘導を妨害されないよう、麻木が月島の後方に回ろうとする敵機に攻撃を仕掛けた。


『ボギーはJ-15ジュリエットジュウゴ


 麻木が月島の後方に回ろうとする敵機と格闘戦になりながら告げた。殲撃J-15艦上戦闘機は運動性能の高いSu-27戦闘機の艦上戦闘機仕様であるSu-33をベースとした艦上戦闘機だ。F-14Jには分が悪い。しかしながら都築が、続いて白石も麻木の援護に加わった。月島はAIM-54Eを発射後、続けて中距離空対空ミサイルAAM-4Bの発射態勢に入った。

 トライデントこと対艦ミサイルを抱えたP-1哨戒機の攻撃編隊に向かう敵機は六機。こちらが発射したミサイルには目もくれずにまっしぐらに進んでいる。また別の二機がP-1の直掩のF-2Aと交戦していた。


『くそ、敵機のジャミングです。中間誘導が切れました』


 小鳥遊が報告する。AIM-54Eは月島達の手から離れた。あとは最後の指令誘導に基づく慣性誘導で敵機に向かうだけだ。最大射程で放ったミサイルが中間誘導なしで当たるとは月島も思っていない。


J-15Dジュウゴデルタかな。電波発信源を探れ」


『了解』


 P-1編隊に向かう敵機のうち、一機は護衛戦闘機のF-2Aの空対空ミサイルで撃墜されたが、まだ七機がP-1に向かっている。敵がP-1編隊を長距離空対空ミサイルの射程に捉える前に撃退すべく、護衛戦闘機のF-2は大きく前に出ていた。

 互いにミサイルを放ち、分散して回避しながらも優位な位置に着こうと行動しているが、数で劣るF-2Aからなる護衛戦闘機の編隊は不利だった。

 迫る敵戦闘機からは次々にPL-12中距離空対空ミサイルが放たれ、F-2は回避機動を取る。その隙を敵機が突こうとしていた。そこに殺到したのが月島の発射したAIM-54Eだった。


「間に合った」


 二基のAIM-54Eが終末誘導に切り替わった時、辛うじて目標としていた敵機を捉える範囲にいた。敵機が回避機動を取る間に距離を詰め、さらにAAM-4Bで目標を捉えようとする。


『電波発信源を捉えましたが、そちらを攻撃しますか』


 小鳥遊が尋ねた。


「距離は?」


『五十マイルです』


 約九十キロだ。HMD内のDLZエンベロープを見通す。DLZエンベロープは目標との進行方向によって変化し、ミサイル発射時のミサイルの有効射程を示す表示だ。敵機と向き合って相対距離を縮めながら飛んでいる時は、敵機と距離があってもミサイルの射程は伸びるため、目標が自機に向き合うほどこのエンベロープが伸び、敵機と同じ方向に飛んでいれば命中までにミサイルが飛翔する距離が延びるため、反対方向へ飛ぶほどエンベロープは縮む。

 五十マイルでは向き合って飛んでいてもまだミサイルの射程が足りなかった。月島は電子戦機への攻撃を優先した。「やるぞ」と声をかけ、AAM-4Bに敵電子戦機のデータをインプット。可能な限り接近する。

 当然、敵機もこちらを捕捉し、追い払おうとしてくる。ミサイルを敵機が放ってきたとしてもミニマムアボートレンジと呼ばれる最低反転距離で反転すれば回避できる距離の外で敵機と鍔迫り合いを行っている。敵機もまたこの距離を意識しており、一定の距離に入らないように互いを牽制していた。

 電子戦機との距離が縮まり、DLZエンベロープが示す距離に入った。月島はすかさずミサイルを発射する。


「FOX3」


 AAM-4Bを一基発射。ミサイル発射後も電子戦機に機首を向けて指令誘導を試みたが、電子戦機のECMによって断ち切られた。しかしながら電子戦機もまた回避機動を取り、妨害電波発信を停止する。

 月島が発射した二基のAIM-54EはP-1を狙う敵機一機を撃墜したが、もう一基は外れている。しかしミサイルに対する回避機動を行っていた他の敵戦闘機に別の味方戦闘機が中距離ミサイルを発射。日本軍機が戻るまでにP-1を攻撃することに失敗した敵機は日本軍機に囲まれ、次々に撃墜された。


『こちらトライデント0-3。援護に感謝する。間も無く攻撃する』


 P-1編隊長が無線で告げた。今時珍しくもないが、麻木に似た低く抑えられた若い女の声だったことに月島は内心肝を冷やす。

 トライデント0-3編隊のP-1対潜哨戒機は、17式艦対艦誘導弾等を基に開発され、射程が延伸したASM-2C空対艦ミサイルを一機あたり六基ずつ抱えており、P-1六機編隊で計三十六基の空対艦ミサイルを投射しようとしていた。

 トライデント0-3のコールサインを与えられたP-1哨戒機に乗り込む紺野麻衣こんのまい大尉は戦術航空士TACOという立場でこの機の機長を務め、今はコックピットで操縦士と副操縦士、そして機上整備員が座る席の後方の席に着いて編隊の様子などを直接目視で確認して指揮を取っていた。

 海軍の予科練は戦闘機パイロットの養成を主眼とする空軍の航空学生と異なり、十一名程度の哨戒機の乗員を育成することも目的の一つとしており、哨戒機乗員候補者は視力や反射神経よりも判断・指揮・コミュニケーションなどの能力も重視される。

 紺野は当初戦闘機パイロット志望だったが、予科練において初等操縦訓練をパスし、単独飛行も経験した後の進路希望調査で自身の適正から適材適所に進むことを決め、戦術航空士課程を選択して操縦士候補生と別れ、対潜戦を学ぶ専門課程へと進み戦術航空士の養成課程を修業した対潜戦の専門家だ。操縦士と同じ金色のウィングマークを授与されており、今現在は航空機運航上の機長である指揮操縦士Pilot In Commandよりも先任であり、戦術面で命令優先権を有するため任務機長Mission Commanderとして作戦に関し指揮を統括する立場にあった。


『M3、機長。FCレーダー、コンテニューホールド。方位ベアリング三二二サンビャクフタジュウフタ度、引き続き敵機接近中』


 機上対潜非音響員ミッションクルー3機内通話装置ICSで告げる。


『接近中の敵戦闘機に護衛機が迎撃に向かいます』


「針路、高度このまま。攻撃位置アタックポジションへ」


 紺野は首筋に冷や汗が伝ったのを感じたが、あくまで冷静な声で告げる。自分が動揺した所でこの戦況は好転する訳でもないし、クルーの不安を煽ればいざという時に冷静正確な対応が出来なくなる。あくまで機長として泰然としていることに紺野は務めていた。


『機長は実戦経験が?』


 操縦手の平野大尉が尋ねて来た。紺野は航空隊から厚木基地のASWOCアズウォックこと対潜水艦戦作戦センターに出向していた身で、この戦争が始まってから復帰して戦技回復訓練を受け、久しぶりに航空機に乗り込んだため、クルーの中では新参だった。


「ホルムズ海峡でね。レーダー照射を受ける事なんて日常茶飯事だったよ」


『どうりで胆が据わってる訳だ』


「慌ててもメリットは無いからね。私たちがじたばたしても仕方ない」


『若林中尉がずっと左手をにぎにぎしているんです』


『こうすると緊張が和らぐと機長が教えてくれたんですよ』


 機内通話に緊張の解けた会話が流れた。良い雰囲気だ。紺野はそのことに少しだけ安堵しながら周辺監視を続ける。

 米海軍のF/A-18E/Fの攻撃編隊がP-1編隊から十マイルほど左を併進している。彼らが装備する対艦ミサイルはAGM-84ハープーンで、ASM-2Cを搭載するP-1よりもさらに接近して発射しなくてはならない。しかしながらそれは敵艦隊の長距離艦対空ミサイルの射程に入ることになる。彼らの身を案じつつ今はただ護衛機を信じて任務を遂行するしかなかった。


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