第10話 「斬込隊」
太平洋アメリカ合衆国領グアム島上空、高度一万八千フィート
『クーガー0-5、こちらキーノート。任務解除。帰投せよ』
『クーガー0-5、ラジャー』
空挺作戦を見届けた月島は
空母の位置を敵に知られないよう直線で向かうわけではなく、目で見えない指定された
グアム島奪還作戦の趨勢は決まったのではないかと月島が思うほどグアム島上空は日米軍で溢れかえっていた。
『ここからだぞ。艦隊が上陸部隊を送り込むために島に接近している脆弱なタイミングだ。敵が一斉に仕掛けてくる』
眼下で複数の航跡が見える。帝国海軍の二隻の揚陸艦が駆逐艦の護衛を受けてグアム島の南に接近していた。全通型飛行甲板の強襲揚陸艦と戦闘艦艇に似たドック型輸送揚陸艦だ。その組み合わせは、彼らが陸軍の海上機動団の連隊戦闘団を乗せていることを表していた。
何機かのヘリコプターを周囲に侍らせていて、飛行甲板でも大型輸送ヘリが回転翼を羽ばたかせている。ホバークラフト型揚陸艇や水陸両用車も搭載している筈だ。
その揚陸艦部隊に向けてグアム島側から対艦ミサイルが発射されたのを月島は見た。
「ヘイズ、島内から
『了解。直掩は何をしているんだ……迎撃するぞ』
「ラジャー。クーガー0-5、SSMインターセプト。
月島は操縦桿を倒して機首を巡らせ、揚陸艦に向けながらスロットルをアフターバーナーゾーンに押し込む。翼をしっかりと折り畳み、ターボファンエンジンの排気ノズルからバーナーコーンのサファイアブルーの炎を伸ばし、F-14は急加速した。
発射された地対艦ミサイルは十二発。いずれも亜音速で白煙を伸ばしながら低伸弾道で飛翔し、低空から揚陸艦に忍び寄ろうとしている。
『三発ずつ発射したな。YJ-62Aだろう』
味方が攻撃される中でも冷静に麻木は分析していた。月島はなぜ三発ずつ発射でYJ-62A地対艦ミサイルだと判断できるのかはっきりと分かっていなかったが、YJ-62Aは三連装発射機だった。
『ヘイズ、こちらホムラ。続きます』
『了解。それ以外は上空で警戒』
『ウィルコ』
象潟が応答する。
「直掩がいた」
揚陸艦の直掩を行っていたと思われるF-2A戦闘攻撃機の二機編隊を月島は目視で捉えた。F-2は地対艦ミサイル発射地点を空爆している。
『駆逐艦が迎撃中』
白石が告げた。二隻の揚陸艦を囲む駆逐艦と、そして掃海母艦が対艦ミサイルを迎撃するためESSM発展型シースパローを発射した。さらに駆逐艦は
『艦が迎撃しているミサイルが分からない。
麻木がミサイルを発射する権限を前席からバトンタッチした。
『クーガー0-5、FOX3、ツーシップ』
麻木のコールと共にAAM-4B中距離空対空ミサイルが二基発射された。AAM-4Bはアクティブレーダー誘導のため、指令・慣性誘導なしでの撃ち放し能力を持つが、発射後誘導も可能だ。
駆逐艦から打ち上げられたESSMが対艦ミサイルに上方から襲いかかる。近接信管で起爆したESSMの破片を浴びて次々に対艦ミサイルが破壊されて海面に突っ込んで水柱を上げた。直撃された対艦ミサイルの爆発閃光が起き、海面に波紋が生まれる。
「生き残りが」
『捕捉してる』
ESSMの迎撃を受けて生き残った対艦ミサイルに麻木は再照準し、AAM-4Bを無駄なく目標に直撃させた。
白石も同じくLOALでミサイルを一基発射し、対艦ミサイルを迎撃している。艦隊の近接防空システム圏外ですべての対艦ミサイルを撃墜し、月島は続く白石機と共に上昇に転じた。
『クーガー0-5、
麻木が無線に告げた。月島は操縦桿を手前に引いて上昇しながら軽くなった機体に不安を覚えていた。平時なら操縦性も増し、より自由に機体を操れることを喜ぶが、今は有効な兵装がほとんどない状態を無防備に感じていた。
『こちらサーベル1-3。援護に感謝する』
F-2のパイロットが呼び掛けてきた。同じ《赤城》の第202戦闘飛行隊だ。
『こちらクーガー0-5。護衛対象から目を離すな』
『ラジャー』
麻木の低く抑えた声の鋭い物言いにパイロットは萎縮した声で返答した。麻木の苛烈な性格は飛行隊の壁を越えて伝わっている。
『ずいぶん機体も軽くなったな。ミサイルも燃料も少なくなった。今度こそ《赤城》に戻るぞ』
「コピー」
麻木の矛先がこちらに向かないかと冷や冷やしながら月島は機体を《赤城》に進入するための
太平洋グアム島南十五キロ沖合 日本海軍揚陸艦《
大隅型揚陸艦《下北》は三浦型輸送揚陸艦《
満載排水量四万トンを越える《下北》は、全長二百六十メートルの全通飛行甲板による航空機運用能力とウェルドックによる上陸用舟艇の運用能力を兼ね備えた
その只中にいる
第三甲板は飛行甲板となっている第一甲板から下に数えて三層目で、航空機を格納及び整備する航空機格納庫だ。そこから外に飛び出したエレベーターの前で点呼を受け、エレベーターへと進む。そこで整列した隊員達は躾動作でそれぞれの銃を抱えてしゃがみ、準備が整ったことを古森はエレベーターに同乗する兵曹に伝えた。赤色灯が回転し、警告音が鳴ると航空機を格納庫と飛行甲板間で行き来させる巨大なエレベーターはゆっくりと飛行甲板へと上昇していった。
《下北》の機関音や格納庫甲板を換気するブロアの音、作業音で聞こえていなかった飛行甲板上の喧噪が聞こえてきた。
ヘリが主翼を回転させて待機している。エレベーターが上昇するにつれその光景も見えてくる。
「三番機、搭乗!」
「前へ進め」
艦首が波頭を切り裂いて進み、海風が吹き付ける中、エレベーターの近くで整然と整列した海上機動団の隊員達は準備が整った航空機に飛行甲板を一直線に進んで搭乗していく。
荒らげる声もなければ粛々と輸送ヘリに乗り込んでいく彼らに対し、海軍の将兵達も厳粛な態度で敬意をもって見送る。
米海兵隊を参考に進化してきた海上機動団だが、米海兵隊が殴り込み部隊の頼れる荒くれ者達であることを自他共に認めているのに対して、海上機動団は斬込隊として敵中の只中に上陸作戦を強行するが、伝統ある日本海軍と共同作戦を行う特性上協調性を重視して海軍のシーマンシップ、スマートネイビーに則っており、落ち着いた気質を要求されていた。長い航海任務中の摩擦を減らすため順応していったという日本人らしい面であり、今から戦地に飛び込もうとする兵士達はまるでそんな雰囲気も出さず慌てず泰然としていた。
頭上を海軍の戦闘機が飛び去って行く。可変翼のF-14J。ヘリのターボシャフトエンジンの爆音に加えて空がジェット戦闘機の爆音で覆われる。強烈なエネルギーを感じた。
エレベーター前で待機している時に見えた《下北》の右舷にいた駆逐艦《不知火》が対空ミサイルを打ち上げた時は驚いたが、どうやら今は安全なようだ。グアム島の方を見やると白い筋がいくつも伸びて交差して入り乱れている。そしてグアム島からは幾筋も黒煙が上がっているのが見えた。
左舷のやや後方を進む輸送揚陸艦《唐桑》からは大柄な胴体にタンデムローターが特徴的な陸軍の主力輸送
米海軍のサン・アントニオ級ドック型揚陸艦に似た三浦型揚陸艦の《唐桑》は輸送揚陸能力のみならず航空機運用能力も備えた満載排水量二万五千トンの
機動支援航空隊が有するCH-47JAは、正確にはCH-47JA(Ⅱ)で、米陸軍の特殊作戦用MH-47GブロックⅡ輸送ヘリと同じ仕様となっている。明らかに分かりやすい外観的特徴は空中給油プローブを有している事だが、海上機動団の支援を主任務とする機動支援航空隊の航空科隊員にとって重要なのは、CH-47JA(Ⅱ)がMH-47G同様ローターブレードの折り畳み機構を有する事だ。これにより艦内格納庫への収容の都度、ローターブレードを取り外していた従来の作業所要がなくなり、塩害に晒される甲板係留も減り、艦上運用の容易性が格段と高まっている。
エレベーターが完全に上昇を終え、同乗した兵曹が「どうぞ」と声をかけた。隊員達はエレベーターを降りてそのそばの待機位置に並ぶ。
「一番機!搭乗!」
何機ものヘリコプターが響かせるターボシャフトエンジンの爆音に負けないよう航空隊の機上整備員からの合図を受けた先任軍曹が声を張り上げた。
古森は重い足取りで見送りの海軍将兵たちに答礼しながらCH-47JAの後部の
陸軍にありながら海上機動団は海軍と密接な関係にある。海軍の陸上戦闘部隊である海軍陸戦隊が廃止され、彼らの役割を替わった陸軍海上機動団は海軍の作戦に欠かせない存在でもある。平時においても一個連隊戦闘団が常に海上で哨戒任務に就き、有事に即応する。第三海上機動連隊は戦争が始まってから交替でこの任務に就き、太平洋上に待機していた。もう家族の顔を直接見たのは二ヶ月も前になる。平時と異なり、ビデオ電話も出来ず手紙でのやり取りをしているが、若い妻と子が気が気では無かった。
部下達の多くはまだ遊び盛りの無邪気な二十代の若者達だが、まるで諦観したかのように不自然に落ち着いている。長い航海中、インド洋や大西洋で連合軍が枢軸軍の戦術核攻撃を受けている状況は充分に古森達に覚悟の時間を与えた。死生観は並みの人間では無いのだ。そんな彼らにも自分にも同情した。
腹を括ったつもりだが、実戦への緊張感を忘れた訳ではない。機内で隊員達は目をさ迷わせ、武器を点検し、メモや地図を確認し、あるいは眠り、緊張を紛らわせようとしている。
古森も背負っていたバックパックを下ろして足元に置いて自分の位置のトループシートに腰を下ろすと無意識のうちに装具を頭の先から点検した。
旧軍由来で鉄製でもないのに
冷戦期に開発された88式鉄帽に比べ、戦闘鉄帽2型(空挺用)は超分子量ポリエチレン複合材製となって同等以上の防護性能となりながらも軽量化し、鍔部分が廃止され、聴音性を向上し、ヘッドセットとの干渉を減らすために側面の防護面積が削られている。四点式の顎紐のバックルを、頬の肉を挟まないように留めると続いて防弾チョッキに取り付けた装具を点検する。
防弾チョッキ(海上用)は一般部隊の防弾チョッキ3型をベースに米陸軍が採用するSPCSプレートキャリアを参考に上陸作戦や山岳地帯等での戦闘を意識して兵士の負担軽減のために軽量化を図っている。首と肩部分の防護面積を減らして通気性と軽量性、排水性を向上させており、
その防弾チョッキの左腰には携帯無線機を私物のポーチで取り付けていてアンテナを左肩に生やしていた。そのアンテナも銃のスリングやバックパックに干渉しないよう肩に添わせるようにして防弾チョッキと結束バンドで留めている。アンテナに少なからず負荷がかかっているのでそれも点検し、続いて防弾チョッキの腹部分の
自ら買い求めた使いやすい私物のポーチも使って6.5mm弾を三〇発込めた樹脂製の小銃
発煙筒信管付を収めたポーチも点検して安全ピンが身体側に位置していてレバーがポーチ内に収まっていることも確認し、銃剣とその他諸々のポーチも確認して最後に背面に回っている防護マスク携行嚢が閉まっているのを点検した。
さらに下がってベルトキットと呼ぶ腰回りの装具には救急品ポーチや拳銃弾倉二本、9mm拳銃SFP9を携行していた。
SIG P226をライセンス生産して配備されていた以前の9mm拳銃と異なり、ストライカー方式と呼ばれる撃鉄が露出しない撃発方式になったH&K SFP9はダブルアクションが実質存在せず、またスライドの高さが低くなっているため反動による重心の移動がより低減されていて連続射撃での命中精度がP226に比して高い。
対テロ戦争以降、拳銃の必要性が高まったため、将校や特定役職に限定して配備されていた拳銃も配備域が拡大され、部隊の配当数も増えていた。
古森は私物のフラッシュライトも取り付けるためにホルスターも私物にしており、拳銃は機内で点検するのは危険なのでカイデックス製のホルスターに付けたバンジーコードの脱落防止が拳銃を押さえている事だけを点検した。
最後に銃口を下向きにして体に密着させていた小銃を点検する。
有坂の20式小銃は以前の89式小銃に比べると操作性やアクセサリーなどを装着できる拡張性が格段に向上しており、頼れる相棒だった。
有坂はSIG社製のMCX小銃を参考とした構造のため、MCXやAR小銃と同じチャージングハンドル方式の槓桿を採用しており、古森は銃尾機関部後部の槓桿を僅かに引いて遊底を後退させて排莢孔を覗き、遊底の抽筒部が弾を噛んでおらず、薬室に未装弾なことを確認した。
安全装置を確かめて弾倉がしっかりと本体に固定されている事を確認した古森は小銃の外観を点検する。
古森は状況掌握を容易にするためにも20式小銃にデュオン製のMarch-F Compact 1x-10x24 Shorty DRショートスコープを取り付けていた。最大一〇倍比のデュアルレティクル方式のモデルで、最大の特徴は他のショートスコープに比してレティクルの輝度が格段に明るいことだ。
ショートスコープは対物レンズ側が反射しやすいためレンズカバーを普段は閉じておいてオフセットで取り付けたミニチュアリフレックスサイトと呼ばれる小型の照準補助具で射撃が出来るようセットアップしてあった。
他にIRレーザーとIRライト、可視光レーザーを照射する事が出来る夜間照準補助具とフラッシュライトを取り付けており、レーザーは目に実害を及ぼすことの出来る出力のため、味方に誤射したり不用意な点灯がないようオフになっていることを確認し、ライトはリモートスイッチが機能する事を確認した。
外観の点検を終え、
点検項目が多ければ多いほど重荷を携行しているということだ。これからこの装備を身に着けて走り回り、立ち止まり、しゃがんで伏せ、登り、下るという動作を連続して繰り返すことになる。
軍人というのは実は障害走選手じゃないのか。武装障害走なんて体に悪いことをやってきた自分はもしかしたら陸上競技に転向していたらそこそこの成績で食っていけたのではないかと下らないことを考える。
五人兄弟の次男でさほど裕福でもない家庭だった古森は、大学卒業後、軍に任官する事を条件として奨学金を貸与されるいわゆる賃貸学生という制度で大学に入った。どうせ軍に任官することになるならと
予備役士官となるつもりだったが、軍での職務にもやりがいを見つけてしまい、災害派遣計画の作成にも携わっていた事から再就職予定を取り消して軍に残ったのだが、流石に今は後悔していないと言い切れない自分がいた。
しかしそれはこの場にいる者が大半だろう。
「搭乗完了!」
外で聞こえた声に背後の窓を振り返ると飛行甲板では搭乗作業等も終わり、甲板要員の動きも少なくなっていた。いよいよかと天を仰げば配管がむき出しの武骨な輸送ヘリの天井が映り、いよいよ気分が憂鬱になる。
《唐桑》のCH-47JA輸送ヘリが九機同時発着可能な広大な飛行甲板よりまず二機のAH-1Z戦闘ヘリが飛び立った。それを追って古森の乗り込んだCH-47JA輸送ヘリも発艦するためエンジンの回転率を上げる。
振動が増し、機体を若干左右に揺らしながらCH-47JA輸送ヘリは飛行甲板を離れた。もう戻ることはできない。甲板に整列した水兵達が帽子を振って見送っていた。
コックピット後方のドアには通常の54式12.7mm重機関銃よりも発射速度が増した54式機載12.7mm重機関銃が据えられていて、後部のランプドアにも74式7.62mm機関銃がスイングアーム式の銃架に装備されている。機上整備員達は発艦後、それの点検を行い、コックピットとのやり取りを終えて機体が艦隊の陣形から離れるとそれらの機銃の試射点検を行った。
『空挺先遣連隊、アンダーセンへの降下成功。
『海軍航空隊による空爆は継続中。敵対空火器による反撃軽微。
『シーカー4は
『敵は空爆により東部から後退中。島中央で再編成を図っていると見積もられる。敵の予想配備変更概成時期は一三〇〇、我は敵防御準備概成を妨害するため火力戦闘実施の上、接触を維持。細部はCOPで確認せよ』
無線には次々情報が流れてきていた。隊員達はまるで無関心なようにそれを聞き流していてドーランの下に暗い表情を浮かべている。
「六分前!」
機上整備員が手を叩いて注目を集めると声を張り、時計を示して指で数字を示して左右に振った。
「六分前!」
隊員達は復唱する。間髪入れず一人の下士官が立ち上がって号令をかけた。第1小隊の先任軍曹である
「一番機、行くぞ!」
「
「行くぞ」
「応っ!」
「
座席に座っていた隊員達は後ろを向いて立ち上がり、トループシートを畳む。各々で足元に置いていたバックパックを背負ったりして準備した。
卸下というのは日本軍の用語で、搭載した積み荷などを下ろす事を言う。発言力の強い第一空挺団が空中機動の教範を作成する際に降下とは空挺降下を意味すると拘って意地を張った結果、空挺降下以外の降下を卸下と呼ぶに至るが、結果教範用語はごちゃごちゃでロープを使って迅速に目標地点に降りることをファストロープ降下やリぺリング降下と呼んでいたりと現場でも混乱している。
「安全装置!弾込め!」
安全装置を確かめると弾倉を込めただけの半装填状態だった20式小銃の槓桿を引き、排莢口から小銃弾を見ると槓桿を離す。ばねの力で勢いよく小気味良い音を立てて遊底が弾を薬室に送り込みながら閉鎖し、完全装填状態になる。
「装具点検!」
武器を含め、頭の端から足の先まで点検する。無線機のアンテナが飛び出していないかや
英国空軍のCH-47はフォークランド紛争の際に空挺大隊の兵士八十一名を定員を越えてすし詰めにして運んだそうだが、実現できるとは思えなかった。
CH-47JAの機体が大きく左に傾きながら旋回した。危うく転がりそうになった古森を隣にいた通信手の樋田伍長が支える。
「匍匐飛行ですね」
激しいエンジン音に紛れて樋田が言った。敵の地対空ミサイル攻撃を避けるため低空飛行しているのだ。
後部のランプドアは半開きになっており、海面が大きく傾いているのが見えた。
上陸用の特内火艇こと水陸両用車に母艦から陸まで長時間波に揺られるよりはましだが、それでも気分は良くない。小銃を握る手に力が籠った。
『二分前、二分前』
ベルが鳴り、機内放送で機長の声が
「直接接地!」
「直接接地!」復唱がこだまする。
降着地点の状況では低高度でホバリングしての飛び降り卸下やファストロープ降下もあるが、幸い予定通りの直接接地での卸下となった。
「一分前」
「一分前!」
隊員達は復唱し、先頭の隊員達はベルトに結んでいた
「
開け放たれたランプドアの開口部から見える景色が海からグアム島に変わり、その地面があっという間に近づく。一瞬降下速度を落としたのちにギアが地面にぶつかるように触れた感触が機内に突き抜ける。
「卸下!」
「行くぞ!目の色を変えろ!撃鉄を起こせ!」
古森は腹から声を張り上げた。
「応っ!」
緊張や不安が入り混じった隊員達が目を怒らせ、応えた。実際、古森も怒っていた。砲弾飛び交う戦場に放り込まれる自身の理不尽な境遇と、選択、そしてこの戦争を始めた者たちに。どうして自分たち兵士がその連中の後始末のような真似をさせられているのかということについて。怒り、痛み、苦しみは全て戦う力に変えるよう訓練されてきたし、訓練してきた。それが試される時だ。
海上機動団第三海上機動連隊第一中隊を乗せたCH-47JAが次々に接地した。ギアが沈み込んでから持ち上がる反動と共に機上整備員が卸下を合図する。跳ね上がったタイミングで足を踏み出し、隊員達は二列で後部のランプドアからグアムの地へ降り立った。
降下地域になったパゴ湾岸展望台には敵の地対空ミサイルが配備されていたが、すでに空爆でスクラップになって煙を上げていた。昨夜から潜入を開始した空挺団と海上機動団の偵察部隊や縦深捜索隊による火力誘導の成果のひとつだ。
残敵は先行した陸軍第一戦闘ヘリコプター隊のAH-1Z戦闘ヘリが蹴散らしていて今も後退する敵と
AHが地上に睨みを利かせる中、古森は部下達を率いてCH-47JAから降りてすぐに半円を描くように展開させ、ヘリの離脱を援護した。
頭を掠めるような低空でCH-47JAは旋回しながら海岸を離れて母艦に向かう。輸送ヘリが飛び立つや否や古森は強烈なダウンウォッシュが叩きつける中を膝立ち姿勢から立ち上がると海岸堡の確保を命じる。同様に隣の機から降りた中隊付将校の
「展望台以西から接近する敵を阻止しろ。制高点から援護だ」
「了解」
海老原は第3小隊を小隊長の
「1小隊、2小隊を前進させろ」
「了解。—―第1小隊!前へ!敵を蹴散らすぞ」
第1小隊長の
ハイウェイ四号沿いから見える公園には日本軍の空爆を受けた敵の防御陣地と戦闘車輛が残っていた。
「
隊員が叫ぶ。公園のそばの防風林から偽装網を引き裂きながら排煙を吹き上げて勢いよく水色の迷彩が施された05式水陸両用歩兵戦闘車が飛び出してきた。公園からハイウェイ四号に出て島の中部に後退しようとしている。周囲には歩兵もいて戦闘ヘリを警戒してこちらを見ながら走っていた。装甲車の屋根や砲塔にも歩兵が跨がっている。
「散開しろ!
ぎょっと足を止めた隊員達に山田が声を張り上げる。前衛小隊の隊員達が道路の端に散って隠れ、全長約百四十センチの野太い筒に見える01式軽対戦車誘導弾を運んできた兵士はそれを直ちに下ろして射撃準備をする。古森は隣に控える樋田の視線を感じて頷いた。樋田はすかさず無線を取る。
「アタッカー
樋田は背負っている広帯域多目的無線機のスマートフォンタイプの制御器を防弾チョッキの胸元にケースで取り付けており、それを操作して素早く周波数を切り替えると戦闘ヘリと直接交信した。辺りでは陣地に対する射撃が始まっており、銃声により無線が届かず、樋田は二回ほど同じ内容を繰り返した。
『ケイマ三一、アタッカー0-5、了解。攻撃する。待て』
『キャリア1、2、間も無く
『
連隊系無線に戻すと無線は錯綜していた。展望台からはすでに海岸に接近する水陸両用装甲車の姿が見えているはずだ。爆発音が展望台から聞こえ、攻撃を受けたのかと見紛うが、タイヤかボールから空気が漏れる音に似た飛翔音が伸びていき、歩兵戦闘車とその至近の地面が爆発に包まれた。爆発は弾けると表現するほど一瞬のもので、直後に黒煙が膨れ上がった。展望台から公園を見下ろしていた小隊が84mm無反動砲を射撃したのだ。
対戦車榴弾の直撃を受けて車体後部を破壊された歩兵戦闘車は跨がっていた兵士を振り落としながらそのまま走り続け、ハイウェイに曲がらずそのまま道路を渡りきった先の電柱を薙ぎ倒し、さらにその奥の林に突っ込んでいった。無事だったもう一両の歩兵戦闘車の砲塔が展望台を向き、30mm機関砲が連射される。発射音というよりは爆発音のような腹を揺さぶる砲声が鳴り響き、曳光弾が展望台の丘で土煙を上げる。
「目標、歩兵戦闘車、距離四五〇、指名—―」
「待て、射ち方待て」
対戦車誘導弾を構える隊員に射撃指示を出そうとしていた分隊長を古森は止めた。直後中国軍の歩兵が装甲車を降りて逃げ出す。次の瞬間歩兵戦闘車が爆発し、煙に包まれた。樋田が呼んだAH-1Z戦闘ヘリが放った
「1小隊は公園に向かえ!」
散開していた第1小隊の隊員達は再び立ち上がって公園へ向かう。軽対戦車誘導弾の射手は重量を軽くする機会を失っても苦しい顔は見せずにそれに続く。公園からも散発的な射撃が起こり、展望台から援護射撃が始まった。古森達はハイウェイ側から公園を挟撃しようと展開しているとハイウェイ上にいた中国軍の兵士達が降伏してきた。
「助けてくれ!血が止まらないんだ!」
負傷した兵士の同僚が中国語で喚く。
「助けを求めています」
樋田が古森に向かって振り返って言った。
「見れば分かる。まず武装解除して捕虜にしろ。3小隊は公園への攻撃を続行だ」
「武器を捨てて遠ざけろ!」
中国兵達を囲んで簡易的な中国語で下士官で叫び、武器を捨てさせる。その間に一個小隊がハイウェイの脇を走り、公園の側背へ回り込む。
各小隊の
「戦闘中だ、森の中に運べ!」
「何をやってる!」
古森と共に狭間一曹も衛生要員達に怒鳴り、衛生要員達は直ちに負傷者を道路上から森へ搬送する。
森の中で擱座した装甲車を兵士が確認に向かった。その付近には丸く縮こまった中国兵の死体が転がっている。兵士が安全を確認して呼ぶと、破壊された装甲車のそばに中国兵の負傷者が運ばれ、怪我をしていない中国兵達と共に補助担架員が救護処置を始めた。
片膝をついて一息つきながら樋田を呼んだところで、林の方向で爆発が起きた。思わず隊員達は身を竦める。さらに複数の炸裂が起き、枝葉や土くれが飛んできた。
「迫撃砲だ!」
誰かが叫ぶ。この海岸地域が島の中部方向から迫撃砲射撃を受けていた。隊員達は地面に固く伏せた。
「くそ、まだ仲間がいるのになんてことしやがる」
公園にも迫撃砲が何発か着弾し、攻撃前進していた小隊の隊員達も伏せている。本来なら迫撃砲を射撃してくる方向へ向かって走り、敵陣地や最低射距離に割り込むのだが、それは叶わなかった。展望台にいる小隊がM6C-640コマンドモーター60mm迫撃砲で応射している旨の無線が流れる。
「
古森が指示を出した直後、連続して爆発音が響き、地面が震えた。
『こちらアタッカー0-5、敵迫撃砲陣地制圧』
威圧的な爆音を響かせAH-1Zが機体を傾けて鋭く旋回している。爆発音がした直後から敵の迫撃砲射撃は沈黙した。
「頼もしいですね」
樋田が憧れるようにAH-1Zを見上げている。古森はすかさず立ち上がった。
「立て!公園を奪取しろ!」
南国特有のヤシ系植物の葉を掻き分けて隊員達が公園へと進む。後方から指揮を執りながら古森がショートスコープで敵を探すと、青と水色のデジタル迷彩の中国軍海軍陸戦隊の兵士の姿が木々の隙間から見えた。その兵士は木の陰に隠れて接近する海上機動団の隊員達に狙いを定めている。古森は直ちに安全装置から単発に切り換えて引き金を絞る。乾いた破裂音と共に放たれた6.5mm弾が中国兵を直撃した。古森は続けざまに二弾、三弾と次弾を撃ち込み、中国兵が崩れ落ちる姿を見届けた。
散発的にあちこちで銃声が響き、やがて激しい銃撃戦となる。離脱準備をしていた中国兵が陣地に戻ろうとしている所を古森は樋田と共に射撃して撃ち倒す。
「掩体に敵が入ったぞ!」
「手榴弾!」
隊員が叫び、85式破片手榴弾が投擲される。破片手榴弾は敵の掩体の手前に落ちて炸裂した。手榴弾の投擲訓練なんて安全な壕からしか実施した事がなく、十五メートル範囲の人員を殺傷する威力だと分かっていたが、咄嗟に伏せてしまった。
咄嗟に伏せた古森と違い、敵の正面で戦う兵士たちは最初の手榴弾が効果が無いと判断するやもう一発の手榴弾を投げつけた。
破片手榴弾は野球ボール約三個分に相当する重量で、通常は肩を痛めないよう肘を曲げずに放るように投擲する。掩体側面にある交通壕に落ちて手榴弾が炸裂すると隊員達は立ち上がって突撃する。
現代戦における突撃は、無防備なまま一斉に銃剣を使って肉弾戦を前提とする接近戦で敵を蹴散らす旧来の突撃と異なり、射撃と運動の高度な連携によって陣地や拠点に突入して制圧するための戦術行動の事を指す。射撃援護組と素早く接近する機動組に分かれて連携しながら立ち位置を変えつつ接近し、掩体内を制圧する。
「小隊、あの位置まで前へ!」
山田中尉が声を張り、突撃によって掩体を制圧した分隊に続いて隊員達が一気に躍進する。
その先にある物資集積所から応戦が散発的に行われていたが、小隊規模の肉薄を受けて両手を上げた中国兵達が突然出てきた。
「射ち方待て!」
山田が怒鳴る。しかし他方では戦闘が続いている。局所的な敵兵の降伏に前進を遅滞させる訳に行かない。
「先へ行け。ここは申し受ける!」
狭間が怒鳴り、中隊本部で投降した兵士達の処置をすることになる。小隊はその先へと突き進んだ。
「武装解除を。あそこで倒れてるのは死んでるのか」
「武器を遠ざけろ、油断するな」
古森は捕虜の処置を中隊先任軍曹に任せ、海老原と無線で交信した。
「
『こちらマルマルアルファ。西側から接近する敵等なし。現在BLS1を監視中なるも一個分隊を救護支援に前進させ、小隊も前進準備を完了。送れ』
「マルマル、了解。終わり」
海老原の仕事に古森は満足しつつ、時計を気にしていた。海岸堡の確保にはタイムリミットがある。上陸部隊の上陸のタイミングは変更できなかった。
古森の心配をに関わらず、公園全体もそれから間もなく制圧され、投降した兵士や負傷者が集められ始め、小隊長達が現状の報告に集まってきた。
「こちらサンヒト。BLS確保。送れ」
『サンヒト、こちら
連隊本部からの無感動な事務的な応答に古森はむっとしながらも通信を終えて小隊長達に向き直った。
「よくやった。損害は?」
「中隊全体で戦死二、重傷二、負傷三です」
「負傷者の後送は要請している。ヘリでの後送の準備を実施して患者集合点に集めろ。戦死者は
戦死という言葉に肩を震わせそうになるのを惜し殺し、あくまで事務的に指示した。死んだ部下の名前は聞く気になれなかった。今は訓練の時のような無機質な数字でしかないが、それを聞いたとき、自分が平静でいられる自信が無かった。
「3小隊ですが、
第3小隊長の布崎中尉が報告した。その言葉を聞いて古森は眉を顰める。各小隊の初度携行小銃弾は大体一万発だ。四千発程度の補給が必要となるとなんとなく古森は頭の中で訓練の時と同様に考えていた。
「
「すみません。自分がガンガン撃たせました」
海老原が謝罪した。二個小隊の前進援護のための援護射撃を行っていた第3小隊の射耗弾数が多くなるのは当然だ。米軍との共同作戦での言葉を思い出す。
日本人は無駄弾を嫌う傾向が強い。年間に配当される訓練用弾薬が潤沢ではないことや昔から矢の一本に至るまで精巧に作る精神的な面など様々な要素がある。米軍の指揮官の考え方は弾薬はいくらでも補充できるが、命は補充できないので弾薬は幾らでも使えというものだ。連中ほど太い兵站が未だに無いのは大東亜戦争で命を懸けた英霊に申し訳なかった。
「まあ、おかげでこっちの損害も低減出来た。補給は何とかしよう」
古森はそう言って溜飲を下げたが、実際問題弾薬を補給できるかは作戦計画の兵站の項目が寂しかった事からも期待できなかった。
「現在1小隊から斥候を三組出しています。経路上の障害の有無と後退した敵の集結地点を偵察させています」
山田が報告して古森の広げた地図にボールペンの先で偵察目標などを示した。中隊の人事陸曹を普段務める軍曹や通信手が集まって
COPは各級指揮官の意思決定の支援に使用され、電子地図上に部隊の配置や交戦状況等が乗り、視覚的に把握が容易になる。C4Iと呼ばれる指揮統制システムの技術により現代の軍隊は指揮側がリアルタイムで各部隊の状況や情報を共有し、意思決定の速度が格段に向上している。広帯域多目的無線は通信ネットワークにより音声よりもはるかに速い伝達速度で情報を共有するC4Iのための戦術級部隊用の無線機でもあった。
帝国陸軍は歩兵科部隊の小隊レベルにまでこの広帯域多目的無線機を普及し、驚異的な速度で指揮統制通信を行っており、敵を上回る意思決定の速さで優位性を保持しようとしている。分隊レベルにも普及は可能だが、近年は電子戦やサイバー攻撃等の脅威も高まったことで戦術的に配備が縮小され、分隊用には機能を限定的にした無線機が配備されていた。
「中隊長、戦闘上陸大隊が上がります」
「了解。上陸地点にスモークで合図を表示」
「了解」
隊員が
直後、フランシスコ・ペリッツ公園のビーチへ米国製AAV-7水陸両用強襲車をベースとする八〇式特内火艇が横隊で突入してきた。海軍陸戦隊の特内火艇を採用して運用していた陸軍海上機動団はその後継装備として導入された水陸両用装甲車も特内火艇の名称で採用している。
海岸の地雷等を爆破処理する水際障害処理装置が特内火艇から投射され、爆導索を伸ばしながらロケットが飛翔して海面に落ちる。それから数秒後、サーモバリック弾頭の爆発によって海面が沸き立ち、水飛沫が上がった。
機雷を破壊したような二次爆発は起きなかった事から敵は障害を未設置だったか、水際障害処理が成功しなかったようだが、その中を特内火艇が突進してくる。
特内火艇は波頭を突き破って砂浜を履帯で踏みしめて上陸すると、直ちに海上機動連隊の歩兵を後部ランプドアを開いて展開させた。
特内火艇は浮航能力のため装甲は限定的で対戦車火器等の重火器には極めて脆弱だ。対戦車火器等で簡単に撃破されるため残敵に備えて歩兵は散開し、装甲車と共にビーチを進んだ。
ビーチに出た誘導員が彼らを公園内に誘導し、合流する。
「三中隊長が来られました。
「よぉ、とりあえずは成功だな」
古森は新川
「ええ。海軍がだいぶ爆撃して敵を叩いてくれたお陰で敵も防御陣地を放棄して後退しています」
偵察により判明している状況等を防水油性ペンで書き込んだ地図を広げて説明する。
「俺たちはこのまま予定通り四号線を進んで敵をPL-2まで押し込むよ」
「ご武運を」
「そっちもな。本土を守る戦いが待ってる。こんなところで無茶するなよ」
新川は急いで部下達の元へ走っていった。そんな会話をしている間にも海岸堡には部隊が押し寄せていた。
特内火艇に続いて揚陸艦より発進した
威力偵察等を行う偵察警戒車として機甲科の偵察部隊向けに配備される87式偵察警戒車だが、米海兵隊の運用するLAV-25によく似た設計で、偵察機材や斥候員を乗せる兵員室を備えているため歩兵戦闘車としても運用されていた。
さらに高機動車と重迫撃砲を懸吊した四機のCH-47JAが飛来し、第1中隊の隊員達がその回収を支援する。CH-47は地上の隊員の手旗誘導に従って高度を下げ、ゆっくりと重迫撃砲、高機動車の順で接地させるとさらに高度を下げてスリングを切り離した。
車輛を切り離したCH-47JAは一度上昇して近くに着陸し、ランプドアを開いた。開かれたランプドアからは防弾衣を着て小銃を携行する機上整備員が降りてきてラダースロープを伸ばすと、機内からは海上機動連隊の隊員とルーフが無いバギーを大きくしたような見た目の汎用軽機動車が降りてきた。
車輛や隊員を下ろしたCH-47JAには日中双方の負傷者が担架や肩を貸されて運ばれた。捕虜はまだ海岸堡に残されている。揚陸艦に今届けるとただでさえ忙しい揚陸作戦の作業中の艦が混乱するためでもあり、まだ捕虜は発生すると予期されているからだ。
反対に上陸した特内火艇の一部は部隊を迎えにいくために揚陸艦に引き返し、一部は新川の第三中隊と共に公園を越えてハイウェイ四号に向かった。敵を内陸に押し込み、海岸堡をより安全にするためだ。
「中隊長、LAV八輛を回収しました。前衛小隊は準備でき次第前進します」
海老原が報告する。前衛小隊は第3小隊に入れ換えられていて、展望台を確保していた第3小隊の隊員達が
「前衛に同行する」
海老原はその言葉に眉を潜める。
「危険ですよ」
「どこだって危険だよ」
古森は肩を竦めた。援護してくれていた二機のAH-1Zも揚陸艦に引き返していて上空援護が交代しようとしていた。一機のAH-1Zと一機のOH-1偵察ヘリの編隊だ。戦闘ヘリはどこの戦域でも必要で不足していた。
古森は第3小隊の元に向かった。
「乗せてくれ」
「中隊長?」
布崎中尉が驚いた様子で応じた。小隊長車の軽装甲機動車の後席に収まった古森は布崎の指揮を見届けつつ、中隊の指揮を執る。
「中隊長、米軍が来ましたよ」
「そうか。ずいぶん遅いお出ましだな」
アンダーセン空軍基地には第101空挺師団の第3旅団戦闘団が、橋頭堡には第三海兵遠征軍が到着しようとしていた。海岸には日本軍同様、AAV-7装甲車やLCACが海岸に押し寄せ、部隊が展開しつつある。
「中隊長。初戦敢闘、獅子奮迅の働きに敬意を表する。あとは任せろ。
樋口が苦笑交じりに伝えて送受話器を渡そうとするのを古森は遮った。
「ベルツ大尉に伝えろ。早くしないとグアムを日本領にするとな」
「了解」
憎まれ口を叩き会うが、共に訓練してきた仲間だった。心強くはある。ただ上の思惑は透けて見えた。上陸するための橋頭堡を築く際の損害はかなり大きくなる見積だ。それを日本に負担させようとしたのだろう。しかしそれに従う末端の部隊同士でいがみ合うのは愚の骨頂だ。
「中隊長、前進準備よし」
布崎中尉が報告した。
「よし。前へ」
「小隊、前へ!」
第3小隊は軽装甲機動車のディーゼルエンジンを唸らせ前進を開始した。
人民解放軍海軍陸戦隊第164海軍陸戦兵旅団はグアム島の東部からグアム国際空港ことアントニオB・ウォン・パット国際空港周辺まで後退しつつ態勢を建て直そうとしていた。民間空港であるグアム国際空港にも対空掩体がいくつも設けられ、土塁が積まれて射撃陣地が構築され、簡易的な航空機掩体も設置されていた。しかしながら日本軍の空爆の初撃で滑走路には五百メートル間隔で爆撃痕が刻まれ、地上の航空機の多くが破壊されている。特に戦闘機は徹底的に叩かれ、海軍航空隊のJ-11BH等の戦闘機は飛び立つ機会を得ることなく地上で悉く破壊されていた。
炎と黒煙が今も上がっていて今も被害対応に追われ、多くの兵士が走り回っていて日本軍の航空機を警戒している。
「集まったのはこれだけか?」
玄大校は落胆よりも怒りに近い声で確認した。空港内に用意された指揮所の地図に貼られた各部隊の配置図の前に立つ士官は矢面に立つことを恐れて配置図前から退いた。
「アンダーセンにいた部隊は敵に食らいつかれています。司令部が壊滅しました」
玄に説明する周中校はレーザーポインターで配置図を示した。
「敵は空挺部隊だろう、機械化部隊がだらしない」
「敵は攻撃機、攻撃ヘリで徹底的に攻撃を。また電子攻撃を受けており、通信網が遮断されています。各部隊の連携が出来ず、組織的防御が困難になっています」
「何のために有線構成したんだ」
「日帝の空爆が激しすぎます。島のあちこちに敵の斥候が入っていて空爆誘導を」
「泣き言を言いに来たのか。分かっているならさっさと駆り出せ。戦車部隊を温存してどうする。早く北の部隊の救出に向かわせて上陸した敵部隊の迎撃に向かわせろ」
「この状況下でですか」
横で聞いていた政治将校が反応した。戦車部隊は空爆を避けるために島内各所で偽装して隠蔽している。
「止まっていたってやられるだけだ。海軍の戦闘機連隊がすぐに応援に駆けつける。敵が我が物顔で飛べるのも今のうちだ」
政治将校に噛みつく勢いで玄は捲し立てた。そこへ新たに伝令将校が飛び込んでくる。
「連隊長、米軍も乗ってきました。いよいよです」
配置図に米軍の符号が乗る。大隊規模の部隊が揚陸を始めようとしていた。
「そうか。ふん、日本人は貧乏くじを引かされた訳だな。各部隊に通達しろ。電撃戦だ。奇襲効果の持続性は高くはないぞ。反撃に備えろ!」
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