第11話 「戦闘の狭間」
太平洋 大日本帝国海軍航空母艦《赤城》
月島達は《赤城》に帰還していた。着艦するや否や乗機は直ちに再武装と燃料補給が行われ、ようやく軽くなった月島の乗機だったF-14Jにはもうすでに再びミサイルが満載されている。
数時間のフライトの後、体は緊張感から解放されて猛烈な疲労を思い出す。戦闘はいつまで続くんだとうんざりした。二、三時間眠りたかった。
否、緊張感から解かれたわけではなかった。頭の中にはじゃんじゃか鳴っていたミサイルアラートの警告音や飛び交う無線、体がばらばらになりそうなGのかかっていたときの振動とエンジン音が未だに巡っていて一歩間違えたら死ぬ綱渡りをしてきた緊迫は未だに尾を引くように続いている。
汗に濡れた不快な体のまま航空隊の合同ブリーフィングルームに集った。ブリーフィングルームには他の飛行隊のパイロット達もすでに集まっている。多くは指揮官や幕僚クラスだが、早期警戒機や
第201戦闘飛行隊の飛行班長である
今なお艦載機の離発艦は続いていてそのたびに激しい衝撃音が聞こえてくる。ブリーフィングルームは空調が利いていたが、男達の匂いが否が応でも立ち込めていてこれにもうんざりした。麻木が隣にいてくれるとそれが和らぐ気がして、初めて麻木の側にいられることに安堵した。白石が反対側の麻木の隣に腰を下ろす。化粧毛の無い顔にはマスクの跡が残っていてひどく幼く見えた。
藍田は目尻を落として眠そうなしかめ面だった。自分も相当酷い顔をしている自覚はあった。
「加給食だ。食っておけ」
麻木が月島に包みを渡した。航空要員加給食で、包みを広げると中にはおにぎりほどのサイズの
「ヘイズさんは?」
「今から食う」
言葉を飾らない女らしくない麻木の口調も今では心地よかった。生きて帰ってこれて普段の日常に戻れる気がした。二人でブリーフィングが始まる前に包みを開けて最中にかじりついた。たっぷり詰まった餡子の甘味がほっとする味に感じられ、あっという間に平らげる。
やがて飛行隊長の住之江だけでなく航空隊司令の紀平大佐や航空参謀もブリーフィングルームに入ってきた。全員が起立して姿勢を正し、直立不動の敬礼を行う。
「休め」
紀平大佐が呼びかけた。全員が一斉に着席し、ノートやバインダー、メモを開いてブリーフィングを聞く態勢に移る。月島もバインダーに挟んだノートを開いた。
「敵南海艦隊の一部と接触した。その後方十キロに敵艦隊主力の兆候を認めている」
南海艦隊の予想陣容や配置、陣形がスクリーンに表示される。
空母《薩鎮氷》以下、STOVL空母《海南龍》、レンハイ級巡洋艦こと055型ミサイル駆逐艦二隻、 イージス艦を模倣した052D型駆逐艦二隻、052B型駆逐艦二隻、その他054A型ミサイルフリゲート四隻、053H型ミサイルフリゲート一隻、901型高速戦闘支援艦一隻の十四隻だ。さらにグアム島への増援を輸送する揚陸艦艇やその護衛艦艇などが含まれていると予想される。
「艦隊の作戦目標は敵南海艦隊撃破に移行した。これより航空隊は敵艦隊に対する航空攻撃を実施する」
パイロット達がざわめく。
「この時代に艦隊決戦かよ」
「腕が鳴るな」
「エースパイロット量産デーだ。ここで乗り遅れたら差を付けられるぞ」
冗談交じりに囁きあう血気盛んなパイロット達を後ろから見ていて月島は信じられない思いだった。一方で険しい顔をしている者もいる。
「グアム島はどうなる」
「陸軍への支援が止まるぞ」
パイロット達が静かになるのをまたずに紀平は続ける。
「201空は敵防空戦闘機を撃破。202空は対艦攻撃を実施。203空は艦隊防空及びグアム島の航空優勢の維持だ」
第203戦闘飛行隊のパイロット達から落胆の声が漏れた。各隊の任務の細部が航空参謀より説明される。
月島達第201戦闘飛行隊は対艦攻撃を実施する第202戦闘飛行隊の攻撃隊を護衛するとともに先行して敵艦隊を守る防空戦闘機を排除するエリアスイーパーを務める。
攻撃を支援するのは艦隊のE-2D早期警戒機、ソーサラー02。各部隊の役割の説明が終わった所で、第203戦闘飛行隊の飛行班長である
「必成目標は敵艦隊の撃破となったということですか」
航空参謀の少佐に代わって紀平が立ち上がった。
「あくまでグアム島奪還が必成目標であり、グアム島奪還のための南海艦隊撃破だ。それは取り違うな」
「了解です」
志島は満足したように座った。陸海軍の連携は大東亜戦争以降の課題だった。それを懸念しているのは志島だけでは無かった。
「なお艦隊には敵勢力圏より爆撃機及び攻撃機、その護衛機が接近中だ。防空戦闘も熾烈を極めるだろう。しかし諸君はここで散ってもらうわけにはいかない。我々には本土防衛という最も重要かつ崇高な任務が待っている。蛮勇は無用だ」
紀平はパイロット達の顔を見渡した。
「作戦後、またここに必ず集まるように。これは命令だ。諸君の検討を祈る」
「気を付け」
パイロット達は立ち上がり、紀平の退室を直立不動の姿勢で見送る。全体ブリーフィングを終え、各飛行隊のブリーフィングルームへパイロット達は急いだ。
住之江以下、飛行隊のパイロットの半数が集まった。他は今もグアム島方面での作戦や艦隊防空、緊急発進待機に就いているのだ。
飛行班長の宗像少佐が前に立つ。
「編隊を再編成する。ヘイズ、君も次は飛んでくれ」
「班長、私は先ほども飛んでいましたよ?」
麻木は不敵な笑みを浮かべて言った。
「失礼。飛ばしてくれ。クーガー0-5フライト、攻撃隊の直掩を頼む」
「ウィングマンは私が選んでも?」
「編成はもう決定している」
住之江が示したボードを見た麻木は細めた横目で月島を見た。
「私の見ていないところで勝手に落ちるなよ」
「イエス、マム……」
しっかりと釘を刺され、思わず首を竦める。月島はノーマこと
「せっかく同期三人の編隊だったんだがな」
「確かに。心強かったんだけど」
残念そうにぼやいた藍田に月島も同意した。
「ダンと私は一緒でしょうが」
前に座っていた白石が振り返って口を挟む。三人は
「二人とも仲良くやってくれよ」
月島は苦笑する。
「スコーチャーなんてヘイズさんとも離れるんだからもっと心細いだろ」
「いや、別に……」
むしろ気が楽、とは地獄耳の麻木と同じ部屋では言えなかった。
「また一緒に飛びましょう」
白石はそう言って月島に微笑んだ。おそらく軍を離れれば白石は目立つほどの美人ではないのだろうが、愛嬌と人当たりの良さ、気さくな性格も相まって予科練でも《赤城》艦内でも絶大な人気だった。月島もまたその笑顔に救われた気持ちになる。
「似合わないこと言うなよ。死ぬやつのセリフだぜ、巻き添えはごめんだ」
「あんなの小説の世界よ。いちいち気にしない」
「ホムラはもう少し女らしい繊細な気配りを心がけた方が良いと思うぞ。アヴィエイターならジンクスくらい気にしろよ」
白石と藍田のやり取りを見ていると自然と口元がほころんだ。藍田は白石が性別を意識しない率直で気取らない態度で接するのを望んでいることを理解している。それが好きな女に素直になれない思春期の男子のようで月島には面白かった。
「次は同じ
月島の言葉に白石は満足したように頷いて正面に向き直った。
月島は同じ編隊のパイロット達の下に集まる。
クーガー1-1編隊を率いることになったフライトリーダーの溝口大尉は海軍士官学校を経たエリートで、予科練出身の麻木のようなパイロットよりは飛行時間は少ないが、論理的思考で堅実な戦術で手堅く攻める頭脳派だ。
その溝口の後席員にTACネーム、ハラミこと
月島の編隊内での序列は溝口の次席となり、編隊員は溝口以外全員二十代という若さだ。
四機編隊に加え、護衛する第202戦闘飛行隊のランサー03のEF-2B電子戦機を駆る
佐々木は背が高く、頬がこけた細目の穏やかな雰囲気の四十手前だ。一方の折野は少年のように目を輝かせた若者で、自信と熱意が伝わってくる。着座して開口一番、佐々木は腰を折って頭を下げた。
「戦場で目立つ我々の護衛はかなり危険な任務だと思うが、攻撃を成功させるためにも宜しく頼む」
「任せてください」
溝口は緊張もなく、落ち着いた様子で頷いた。泰然自若に構える溝口は頼もしい存在だ。
EF-2はステルス戦闘攻撃機であるF-2を改造した電子戦闘偵察を行う純粋な電子戦機で、敵レーダーや対空砲火を制圧する
「俺とJJ、スコーチャーとサニーが
月島は
「フェンスインまではランサーはステルスで、むしろ目立たない。我々はそれまで制空隊を装うぞ」
「了解」
プリフライトブリーフィングを終え、月島達は装具を点検し、出撃準備に取り掛かった。決められた発進順序は末席の方で、艦内での待機時間は長いが、上空での待機時間は短くて済む。月島よりも先に発艦する藍田が背後から背中を叩いた。
「緊張してるか」
「当たり前だろ。ダンはしてないのかよ」
「俺だってしてる」
「ホムラを守ってやってくれよ」
「その余裕があればな」
藍田はため息を漏らす。自信のなさそうなその様子に月島も藍田の背中を叩いた。
「しっかりしろよ」
「ほら、行くよ」
先に準備していた白石が振り返って藍田を呼ぶ。そして月島に気付いた白石はまるで外出でもするような気軽な様子で「行ってくるね」と声をかけた。
「気を付けて」
月島も無理に大げさな言葉は使わずに声をかけた。
「俺も行ってくるよ」
「ああ。武運を祈る」
「そっちもな」
藍田は浮かない顔のまま白石の背中を追っていった。酸素マスクを点検していると再び背中を叩かれた。藍田かと思って振り返ると麻木だった。
「無茶はするな。生きてこそ次があるのだからな」
「はい」
「私の見ていないところで勝手に落ちたら、殺すぞ」
「……はい」
凄んだ麻木は月島を気が済むまで睨むと不意に踵を返して背中を向けて飛行甲板へ向かう。その背中を見送るのは複雑な気持ちだった。
今まで後席員かウィングマンとして一緒に飛ぶことの方が多かった麻木の下を離れて飛ぶことになるという実感がようやく湧いてきた。
「お前の師匠は過保護だな」
麻木と立ち代わりに月島の横に立ったのは溝口だった。
「ヘイズさんは恐ろしいですよ……」
「俺は羨ましいよ。ヘイズのように専属の部下が欲しいものだ」
溝口は遠い目の中に羨望を浮かべていた。月島にその感覚はまだ分かりそうになかった。
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