第3話 「打擲」

マリアナ諸島アメリカ合衆国領 グアム島ハイウェイ二号線 2026年10月1日



 US-2救難飛行艇によってグアム島近海から洋上進出し、ボートによってグアム島の南西に上陸を果たした日本海軍特別陸戦隊SBU第一特殊戦大隊派遣小隊に所属する羽住朋之はずみともゆき少佐は目の前で繰り広げられる光景に苦虫を噛み潰した表情を浮かべていた。

 ショアライン・ドライブことハイウェイ二号線で、米陸軍の残存部隊とグアム警察GPDが中国軍と交戦していた。彼らの背後では着の身着のまま逃げる米国市民の姿もある。米陸軍の最大の装備はM1117装甲警備車で、警察官は自動拳銃だけでなくM16ライフルを果敢に射撃する者もいるが、迫ってくる中国人民解放軍は03式空挺歩兵戦闘車ZBD-03を先頭に立てて圧倒的な火力を彼らに浴びせていた。


「羽住少佐」


 副小隊長の瀬尾隼巳せおはやみ中尉が呼び掛ける。


「分かっている。我々の任務を遂行するぞ」


 友軍と一般市民を見殺しにするような真似をすることに激しい葛藤があった。しかしここで羽住達の存在が露見すれば作戦全体に影響する。

 軍人とはなんて仕事なんだと羽住は改めて思った。四年前、海軍唯一の特殊作戦部隊SOFであるS特こと特別陸戦隊SBUの選抜を受けるまで潜水艦乗員であった羽住には実戦経験は無く、これが初めての実働作戦アクチュアルだった。

 日本海軍特別陸戦隊は第101特別陸戦隊を前身とする現日本海軍唯一の特殊部隊であり、陸軍特殊作戦群よりその歴史は深い。潜水艦を使用した隠密活動を任務としていた第101特別陸戦隊を前身とすることもあり、現在も所属する全戦闘員が水中破壊工作員フロッグマンだ。対象船舶・艦艇へのヘリコプターや高速ボートによる移乗強襲、海中や沿岸での偵察や対テロ活動を主任務としており、水という自然敵対的な環境で活動するため過酷な訓練を積んでいる。

 しかし普段ならその過酷な訓練に裏打ちされた自信と使命感によって迷いない気持ちも、US-2による空路潜入からのボートによる水路潜入とグアム島内で敵を警戒しながら隠密に行動を続ける疲労感と自身の無力感によって暗い気持ちになっていた。

 手によく馴染んだHK416A5小銃さえも鉛のような重さに感じる。坑弾ではなく暗視装置の使用と潜入用のカーボンヘルメットもJ/PVS-31暗視眼鏡を取り付けた状態では重く首が凝り、チェストリグと背負ったバックパックのショルダーストラップが肩で干渉している痛みもバックパックを支える腰と臀部も、すべての重量を支えている足の膝やふくらはぎも全て悲鳴を上げていた。

 おかしい、訓練でもこんなに疲れを覚えたことはないと羽住は心の中で不安を覚えていた。自分は日本海軍が生み出した掛け値なしの最高の戦闘潜水員コンバットダイバーの筈だ。初の実戦で部下を率いることに感じるのは気疲れよりも訓練の成果を発揮し、自分の有用性を証明できる喜びの筈だった。

 羽住は葛藤しながらも引き続きグアム島西部のアプラ港を目指して北へと進み続けた。アプラ港は米海軍施設で、現在は中国軍が確保し、物資揚陸の拠点となっている。羽住が率いる小隊の任務はアプラ港の偵察と奪還作戦に必要な状況作為、重要目標捜索だった。


「インド洋で《トルーマン》を攻撃した潜水艦は《アメティストⅡ》だそうですね」


 立ち止まって警戒しつつ背嚢を下ろし、小休止を行い始めた矢先に宮里麻樹みやさとまき一等兵曹が言った。宮里はまだ三十になったばかりだが、この小隊においては中堅兵曹の一人であり、小隊においては羽住を補佐する相棒役だった。普段子煩悩の父親だが、訓練中は冷徹で羽住がまだ選抜訓練を受けていた時は教官として羽住を追い詰めた。

 羽住と同じく潜水艦隊勤務出身だった。


「そうだ。鹵獲されたリュビ級の一つ。これ以上枢軸の戦力を増強される訳にはいかない」


 アプラ港には米海軍の原潜がいることが分かっている。枢軸側についたドイツ社会主義政権にはロシアが密かに攻撃原潜を供与し、さらに鹵獲されたフランスの原潜は大西洋で現代に甦ったウルフパック戦術を展開するUボートの手先となり、今や英国を窮地に追いやっていた。

 ロシアは潜水艦大国だったが、長年の経済制裁と老朽化によりロシア首脳部にとっても意外にも稼働率は高くなく、貴重な切り札となっており中国もロシアを支援しつつ自前の手札の原潜を温存し、決定打を与える要所に投入している。

 敵に奪われ、戦力化される前に米原潜を破壊することも羽住達の任務のひとつだった。


「友軍の潜水艦を敵の手に渡る前に破壊しろだなんて、グアム島奪還作戦中にやることですかね」


「潜水艦だぞ。どさくさに紛れて逃げられたら、その技術はもちろん核兵器だって敵の手に渡ることになる。それを防ぐためだ」


 枢軸の核兵器の在庫を増やすことになればそれがそのまま自分達の身に降りかかることになる。核抑止はぎりぎりの所で何とか機能しているが、それがいつ崩壊するかは誰にも予想できなかった。


「俺たちの任務は重大だぞ。ブリーフィングで何度も確認した筈だ」


「分かってはいますが」


 特殊部隊は上から降りてきた命令に従うだけの存在ではない。上からも求められる役割、期待、その後の作戦の進展を自ら考えて作戦を立案して戦うため、オペレーターと呼ばれる。羽住達も自ら示された目標を分析し、作戦を組み立てた。そのため隊員一人一人が作戦の緻密な部分まで理解している。


「とにかくまずはアプラ港に無事たどり着くことだ。目の前のことに集中しろ」


「了解」


 宮里は頷いた。選抜訓練では見るだけで緊張していた宮里に対して自分がこんなことを言うようになったのは何時からだろうと羽住は思ったが、普段通りの自分を取り戻したような気がしてようやく自信を取り戻した。自分が小隊長として部下を自信をもって率いなければならない。

 羽住はもう一度大きく息を吸った。湿ったグアム島内の夜の空気が鼻腔に流れ込んだ。森の匂いの他に微かに何処からか戦闘の火薬や化学製品が燃えたような刺激を伴った臭いが漂っている。

 潜水戦闘員たる羽住達にとってもこの森は味方だった。しかし敵もまたそれを利用しようとしている。


「動くな」


 羽住は頭で考えるより先に無線に声を乗せた。隊員達がぴたりと動きを止め、虫の鳴き声がより大きくなる中、草をかき分ける音が微かに聞こえてきた。

 羽住の元から離れようとしていた瀬尾中尉が羽住に向かって指を広げた手で耳の後ろに当てるしぐさをした。羽住は小さく頷き、音のする方向を指さす。瀬尾も頷き、瀬尾はナイフを抜いた。

 草をかき分ける音はより近づいていた。まるで羽住達を目指しているようだ。心臓が早鐘を打ち始めるが、意識的な呼吸でそれを制御する。部下達は静かに戦闘態勢になり、いつでも敵と交戦しても良いよう準備していた。近づいてきた草をかき分ける音は止まり、チャックが下ろされる音が聞こえ、そのあと水が木の幹を叩く音が聞こえ、尿の臭いが漂ってきた。

 小便をするためだけに道を外れて森に分け入った運の良い敵はこちらに気付くことなく、用を足し終えると再び遠ざかっていった。

 殺していた息を漏らす。


「さっさと目標に行きましょう」


 瀬尾が振り返って言った。他の部下達も肝を冷やした様子もなく平然としている。


「そうだな。これが最後の小休止だ」


 羽住も同意すると部下達に前進再興を伝える。サークル状に警戒についていた部下達はその場で交代でバックパックを背負いなおすと痕跡を消してその隊形から動き出した。一つの生き物のように隊形が変わっていき、前進する楔型の隊形に移行する。

 自分への自信と部下達が頼りになることを再確認した羽住は静かに敵地を進んでいった。





マリアナ諸島アメリカ合衆国領グアム島 アメリカ空軍アンダーセン空軍基地 2026年10月1日



「本国は一体何をやっているんだ」


 人民解放軍南部戦区海軍第164海軍陸戦兵旅団の主力部隊である水陸両用機械化歩兵連隊を率いるシュアン博文ブォウェン大校はアンダーセン空軍基地内のオペレーションルームで声を荒らげた。

 グアムの占領を命ぜられた第164海軍陸戦兵旅団はアンダーセン基地を含むグアムの占領をほぼ完了し、敵残党の殲滅に移行していた。しかしながらグアムの周囲には大日本帝国の大規模な軍事拠点が複数存在し、特にトラックには空母機動艦隊が入った。日米は対立していた時期はあったが、現在は双方が別個に中国と戦っているも、実質共闘状態にある。

 グアムへの日本の脅威はグアム占領時に同時に排除される筈だった。


「仕方ありません。満州と台湾、東南アジアと南シナ海の戦線を維持するために戦力が分散しています」


「だとしたら何故こんな飛び地を取らせたんだ。袋叩きに遭うのは目に見えている。トラック、サイパンを同時に叩かねばならない作戦だと分かっていた筈だ」


 日本軍はトラック、サイパンに対艦ミサイルを運用可能な戦闘爆撃機を多数配備している。またサイパンに配置されてはいないが、陸軍は長距離地対地ミサイルの配備を進めており、両島が健在なら敵はそれを空輸して配備することも出来る。グアムは敵脅威圏内だった。


「日帝軍の潜水艦の排除に失敗した海軍の責任でしょう。その潜水艦を叩くためにもここからH-6L対潜機を飛ばす必要があります。米帝の爆撃機をここから飛ばさせないためにもね」


 政治将校は訳知り顔で語る。海軍に責任の所在を押し付けるとはどこまで面の皮が厚いのだ。玄は額に青筋を浮かべた。

 グアムは連合軍の対中国最大の前線基地であり、ステルス爆撃機など数々の大型機の拠点となり得る。ここを攻略することで戦線を維持するのは容易になることは分かっていたが、抗堪性が低く島も広い。守りきるには戦力が必要だ。

 今は島内の治安維持すらままならず、残存する敵部隊を駆逐する一方で住民を懐柔するよう本国からは命ぜられ、住民の日常生活を制限できず、人民解放軍の夜間外出禁止令を平気で破る米国人に手を焼いている。


「グアムが取り返されたら話にならん。トラックから日帝の艦隊が消えたぞ。すぐにでも攻撃が始まってもおかしくはない」


 玄はボードに貼られた地図上の日本軍の基地を睨み付けていた。


「サイパン攻略部隊も間も無く到着します」


 それが遅すぎる。玄は当初の計画との大幅なずれに苛立ちを納めなかった。


「戦闘機部隊の対艦兵装は準備できているのか」


 玄の問いに参謀達が顔を見合わせた。


「いいえ、同志大校。ここにある対艦ミサイルは搭載して運んできた分だけです」


 そう答えたのはジアン麗華リーファ少校、この占領グアムに派遣された中国海軍航空兵第28航空連隊で、ライセンス生産されたJ-16ではなく、ロシア製のダウングレードモデルのSu-30MK2フランカーG多用途戦闘機を運用する中隊の中隊長であり、この場で唯一の女だ。


「補給はどうなっているんだ」


「航空兵への補給は主に空対空兵装です。地対空兵器の空輸が優先されています」


「つまり攻撃は一度きりしか行えない訳だな」


 呆れたように参謀の一人が言葉を漏らした。


「その通りです」


 江は棘のある言葉にも潔いほど冷静だった。


「我々の攻撃力は劣っている。どうにかしなければならない」


「空軍の爆撃連隊も投入出来ます。《薩鎮氷》艦隊との攻撃で撃退は出来るでしょう」


「甘い見通しです」


 発言した政治将校に向かって江が言った。


「なんだと」


「敵は日本軍だけではありません。米帝も勿論奪還を試みるでしょう。共同作戦なら日本も退くに退けないはず。グアムでの決戦はもはや避け得ないでしょう」


「決戦なら我々が勝つ。《薩鎮氷》艦隊にサイパン攻略部隊も逐次到着する」


 政治将校は江を睨みながら言った。《薩鎮氷》艦隊は、南シナ海、インド洋の激戦を制し、南シナ海の中国の聖域を確保した歴戦の艦隊であり、今や無敵艦隊の名を冠する。その存在は中国軍にとっては圧倒的なものだ。


「とにかく時間が必要です。弾道弾攻撃で先制しては?このままでは敵が優勢です」


 江の言葉に参謀達は顔を見合わせた。若くして、しかも女でここまでの地位にたどり着くのは異例だ。この冷徹さなら頷ける。玄は不愉快な気分だったが、江には感心していた。


「弾道弾攻撃を要請しろ。サイパンとトラックの航空基地を破壊しなければならない」


「了解」


 その要請は承認され、直ちに中国本土より東風DF-26中距離弾道ミサイルが発射された。




太平洋 大日本帝国南洋 都洛トラック諸島 大日本帝国海軍春島基地 2026年10月1日



 トラック諸島の中枢である春島の北西に位置する、二七〇〇メートルと三〇〇〇メートルの二本の滑走路を擁する春島空港には帝国海軍春島航空基地が隣接している。空港と言っても戦時下で民間機はおらず春島航空基地は厳戒態勢下にあった。

 春島航空基地は海軍航空隊の基地で空軍と共同運用されている。トラック諸島自体、軍事施設が多数存在し、日本人以外の渡航は基本的には制限されているが、春島を含めトラック諸島は自然豊かでダイビングを始めとしたマリンスポーツ等で有名なリゾート地で軍も保養地としている側面もある。

 その観光地の空港には不釣り合いな武骨なかまぼこ型の建物が目立っていた。それはHAS(Hardened Aircraft Shelter)と呼ばれる航空機用掩体シェルターで、近年、中国の海洋進出が著しくなったためこの春島基地にも整備された。二十個程の掩体には空軍の第212飛行隊の九三式戦闘爆撃機F-15EJと警戒航空団の八三式早期警戒機E-2Cが駐機されている。

 この基地で掩体運用されていないのはこの基地の主役であるはずの海軍航空隊のP-1対潜哨戒機で、今現在は本土から派遣された海軍の04式艦上戦闘攻撃機F-2の護衛付きで交代で二十四時間絶えず哨戒を行っていた。

 その春島基地に向かって着陸アプローチに入った機影があった。海軍航空隊厚木基地から離陸した九四式潜水艦空中指揮機CE-767SCだった。

 ボーイング767型旅客機を改造したこのCE-767SCは潜航中の潜水艦が戦略的ステルス性を損なうことなく通信を実施するために中継を行うため空中VLF通信基地の役目を果たすTACAMO機と呼ばれる機種だった。海軍航空隊通信航空群で運用されるそのコックピットの機長席で藤掛一郎ふじかけいちろう少佐は怪訝な表情を浮かべた。


「おかしいな。春島基地、IFF信号をまた送ってきたぞ」


「またですか、しつこいですね」


 コパイロットの酒巻雄之助中尉が応じた。予備役として民間機のパイロットに就職していた藤掛は、昼は国際線の民間機運航、夜は軍で訓練等というハードワークを二ヶ月に一回は経験していたが、有事である今は軍に復帰し、それ以上の激務をこなしていた。


「どうしたんだろう」


 藤掛がいぶかしんだ時、眼下に位置する春島から閃光が輝いた。


「見たか」


「はい。爆発閃光?」


「ミサイルだ、発射したぞ」


「まさか」


「回避行動を取る。掴まれ」


 藤掛は機内の全クルーに向かって声をかけながらスロットルを押し出し、エンジンの出力を上げつつ操舵輪を引いて右に回した。機体は着陸に向けて落としていた速度を上げて上昇しながら右に旋回を始める。それは戦闘機に比べるとえらく鈍重で心もとない機動だった。ミサイル警戒装置は鳴らなかった。しかし春島の基地からは閃光が次々に光り、ミサイルが打ち上げられている。


PANパン-PAN-PAN!こちらマーキュリー01—―」


『マーキュリー01、アプローチを中止!方位〇八五度へ旋回、高度三万三千フィートまで緊急上昇せよ』


 藤掛が緊急信号をコールした直後、春島基地管制塔の無線が滑り込んできた。


『春島基地は攻撃を受けている。繰り返す、春島基地は攻撃を受けている。弾道弾攻撃、迎撃中』


 発射されたパトリオットPAC-3ミサイルは春島基地へ向かう弾道ミサイルに向けて発射された物だった。


「助かった……」


 酒巻が思わず呟く。


「核かもしれない。緊急上昇」


 酒巻とは対象的に藤掛はまだ安心できなかった。枢軸側はこれまで大西洋及びインド洋で低出力戦術核を使用したが、太平洋にそれが拡大した恐れがあった。

 EC-767SCは緊急上昇を実施した。同じく春島基地を飛び立ったばかりのP-1も上昇していく。終末段階の弾道ミサイルを迎撃するPAC-3が発射された直後から春島基地には弾道弾が着弾した。

 弾道ミサイルの終末速度はマッハ十を越える。幸い核弾頭は含まれなかったが、その運動エネルギーと弾頭威力は強力で、滑走路は機能を失い、直撃を受けた掩体の航空機が破壊され、その他の施設等も甚大な被害をもたらした。

 EC-767SCとP-1は着陸出来ずトラックから彩帆へダイバードすることとなった。しかし彩帆もまた弾道弾攻撃を受けていた。




 太平洋 大日本帝国海軍航空母艦《赤城》 2026年10月2日



「前線の航空基地は壊滅状態です」


 第二機動艦隊の旗艦《赤城》の戦闘情報指揮所CICは重い空気に包まれていた。時刻は日本時間で零時過ぎの深夜だが、日を跨ぐ前に南洋諸島を襲った中国軍による弾道弾攻撃により戦闘配置を維持しており、司令要員達はほぼ全員が起床していた。弾道弾攻撃は都洛近海にいた第二機動艦隊も迎撃戦に加わったが、撃ち漏らした弾道ミサイルは周辺の基地に少なくないダメージを与えている。


「春島、夏島、金曜、彩帆基地の滑走路の復旧は早くても十四時間後の見込みとのことです」


「パラワン島の米軍も弾道ミサイルにやられました。フィリピン方面からの敵の航空戦力の増強の恐れがあります」


「竹島基地とテニアン飛行場に“ラピッドシルフ”が展開します」


 ラピッドシルフとは風の精シルフの愛称で呼ばれるF-2戦闘攻撃機とその予備弾薬や燃料、整備機材等を搭載した輸送機をパッケージで展開し、運用基盤の無い飛行場で戦闘機を運用するためのプランだ。アメリカ空軍のラピッドラプター構想の後追いだが、有効なオプションだった。

 竹島は都洛トラック諸島の中核を成す夏島(旧名デュブロン島)の南側に位置する島で、滑走路両端に計器着陸装置ILSが設置されている海軍の訓練飛行場が存在した。常駐する作戦機が無いため、中国軍の攻撃目標から漏れたらしく、急遽陸路で竹島大橋により夏島から航空機用の弾薬と燃料が運ばれ、攻撃による被害の復旧と並行して前線基地化されようとしていた。


「攻撃までに間に合うのか」


「作戦は延期した方が」


 参謀達が次々に囁いた。南雲はそれを無表情で聞き流し、艦隊司令を見る。グアム島奪還作戦は本日の明朝〇八〇〇から開始される計画だった。第二機動艦隊司令矢口定道やぐちさだみち少将は南雲の視線を受けて切り出す。


「陸海空統合任務部隊JTFの作戦だ。軍令部からはゴーサインが出ている。延期はない」


「しかし弾道弾迎撃で我々の位置も概定されました」


 弾道ミサイルの迎撃のため防空艦はレーダーを使用した。敵は民間の衛星に紛れたスパイ衛星等でこちらの動向を探っていて電波情報を収集している。電波封止のステルス性は失われた。


「艦載機を飛ばして空中哨戒もしてる。今さらステルス性なんて気にしても仕方ない。それに本艦の本領はアクティブステルスだ。対処される前にやるしかない」


 南雲もそれに追従する。


「夜間攻撃は現代じゃ対したアドバンテージにならん。むしろ地上戦においては防御側の方が連携が容易だ。本艦の電子戦能力のアドバンテージがあれば多少の攻撃は凌げる」


 南雲には《赤城》の強みに自信がある。赤城型はアクティブステルス能力を持つ世界唯一の原子力空母だ。空母のような大型艦の場合、単に外見処理だけではレーダー反射を減少させるのに限界があり、むしろECM能力を高めて敵による探知やミサイルの誘導などを阻もうというのがアクティブ・ステルスの考え方だ。赤城型はECM/ESMフェーズドアレイを実用化するため飛行甲板の周囲にアレイ構造物が追加された独特な設計となっている。

 しかし第二艦上航空隊司令の紀平雄司きひらゆうじ大佐の顔は険しい。


「空軍の支援なしでの近接航空支援ですと、本艦と《日向》の対地兵装には制限があります。昼間ちゅうかんですと特に低空域における地上の対空砲火の脅威が高まります」


「他にデメリットは?」


 紀平に南雲が問う。


「航空隊からは以上です」


 紀平は余地のない南雲の様子に黙った。都洛を出る前から地上部隊との指揮所演習CPXを重ね、戦闘予行が行われている入念な準備の下で行われる作戦だ。そう簡単に変更は出来ない。しかし危うい状況だと紀平を含め慎重な指揮官達は危惧していた。


「敵は補給線も延びきっているし、本土からの増援はこちらの早期警戒網でも察知できる。しかし我々が奪還に時間をかければ敵の防御準備も整えられるだろう。損耗分の作戦を見直せ」


 矢口が指示を飛ばす。もう後戻りは出来ないことを悟った参謀達は一つの目標に向かって動き出した。

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