第2話 「合戦準備」

太平洋、日本海軍航空母艦《赤城》 2026年10月1日



 赤城型航空母艦《赤城》は、満載排水量十万一千トン、三千二百名もの乗員が乗り込む大日本帝国海軍が保有する最大級の原子力空母であり、まさに巨大な海上航空基地だ。その母艦全体に緊張感がみなぎっていた。インド洋で核攻撃を受けて撤退し、トラック環礁へと避退してきた米太平洋艦隊の状況は直接目で見た者もいればまことしやかに噂で聞いた者等、様々ではあったが、他人事では無かった。

 飛行甲板上では役職に応じて各色の服を着た甲板要員達が世話しなく動き回り、艦隊の艦隊防空を担うために空中哨戒を実施する戦闘機の発着艦が繰り返されていた。

 飛行甲板上の艦載機の多くがこれからの戦闘に備えてフル武装で準備を受けており、雄猫トムキャットこと79式艦上戦闘機F-14Jがカタパルト位置で可変後退翼の主翼を広げて待機し、その後方では電探透過ステルス戦闘機である風の精シルフこと04式艦上戦闘攻撃機F-2Aがカナード翼をパタパタと動かして動翼の点検をしている。

 そしてその飛行甲板と同じ階層の艦橋構造物の一階に当たる区間の航空隊の搭乗員待機室ブリーフィングルームの一つでは第二艦上航空隊第201戦闘飛行隊のパイロット達が集まり、正面のスクリーンに向き合っていた。

 第二艦上航空隊第201戦闘飛行隊の歴史は深い。大東亜戦争以降、戦争責任を追及された軍部は陸海軍共に解体再編され、軍備縮小のため海軍航空隊は一度その幕を閉じたが、直後の中国大陸戦争と東西冷戦によって海軍航空隊は復活。第201戦闘飛行隊は半世紀以上前に創隊され、第二機動艦隊の艦隊防空を担い、イラン・イラク戦争、湾岸戦争で実戦を経験している。

 飛行隊のブリーフィングルームの壁には当時の記念写真や出撃前の祈願文等を寄せ書きした日章旗や山猫の中でも特に視力に優れたクーガー(ピューマ)をあしらった部隊章の隊旗が貼られ、表彰や記念盾が並べられていた。

 しかしながら歴史ある第201戦闘飛行隊も今は世代交代が進み、若者の方が多く、実戦経験がある者はほとんどいない。イラン・イラク戦争の頃から配備されたF-14艦戦も今では全て新造または改良再生された機体と入れ替わっている。

 折り畳み式の机付きのパイプ椅子に腰かけたパイロット達は皆、ツナギとなっている難燃素材ノーメックス製のオリーブグリーンのフライトスーツを着て一部の人間は耐Gスーツと呼ばれる空気圧で体を加圧する特殊な装備やサバイバルベストを着用し、何時でも飛び立てるよう準備をしていた。

 彼らの前に立った第201戦闘飛行隊飛行隊長の住之江克久すみのえかつひさ中佐は落ち着いた表情でパイロット達を見渡してから話し始めた。


「承知の通りだが、中国軍がグアムを占領した。アメリカ軍の大陸への打撃拠点だったアンダーセン空軍基地は制圧され、空挺部隊一個連隊規模と二個水陸両用大隊程度の敵がグアム島内に展開している。また南海艦隊の《薩鎮氷さつちんひょう》を含む空母戦闘群が周辺海域に揚陸艦艇を伴って展開中だ。軍令部は米軍と共にこのグアムの奪還と《薩鎮氷》艦隊を撃破することを第二機動艦隊に命令した」


 住之江の言葉を聞いてもパイロット達は無言で注目している。ある程度の概要は事前に伝えられているので今さら動揺は無かったが、スケールが桁違いの戦闘だ。その中で月島は険しい顔で相関関係を示すように強調される地図を睨んでいた。

 グアムはトラック諸島の目と鼻の先の距離と言っても過言ではない。そして《赤城》はグアムの東側へ向かって北上を続けている。


「なんだ、スコーチャー。緊張しているのか」


 月島の左隣に座った若い女性パイロットが月島に向かって囁いた。「スコーチャー」とは月島のTACタックネームだ。TACネームとは戦闘機パイロットが持つ戦術上Tacticalのコールサインのことで、パイロットが持つもう一つの名前だった。


「いいえ。ですが、まだ実感が湧かないですね。目の前に敵がいるなんて」


「鈍い男だな、相変わらず。……まあ、浮き足立っているよりはマシか」


 この辛辣なパイロットの名は麻木真琴あさぎまこと。階級は大尉だ。作戦参加資格ORを取得したばかりの月島が空母《赤城》の第二艦上航空隊に配属された当初からの専属的な教官であり、二人は上官と部下という関係よりも師弟関係に近いものがある。

 その横顔を月島は横目で一瞬盗み見た。

 凛とした雰囲気を纏った彼女は、均整のとれた健康的で背の高いモデル体型にストレートの長い髪、長い睫毛に二重の瞳はつり目気味で猛禽類を連想させる鋭さと冷たさがあり、涼しげに澄ました表情だった。

 TACネームは「ヘイズ」、まだ二十代後半という若さでありながら戦闘機操縦技能のみならず編隊長としての卓越した状況判断能力を持つ。立てば芍薬、座れば牡丹、歩く姿は百合の花は流石に大げさだが、端正な容姿で欠点があるとすれば容赦ない辛辣な性格。鍛えられる側からすると麻木のプレッシャーは強烈だった。


第二艦上航空隊我々の任務はグアム島内の敵防空網を制圧し、航空優勢を確保。空挺部隊の降下を支援することだ」


 スクリーンにはグアム島とその周辺の航空写真をベースとした地図が表示されている。さらに奪還部隊の陣容も出た。帝国陸軍の第一空挺団に米陸軍第82空挺師団。その他に帝国陸軍海上機動団、陸軍の第六師団に米海兵隊第三海兵遠征軍だ。


「201飛行隊は、202飛行隊の敵防空網制圧に先んじてエリアスイープを行い、脅威となる敵航空機を排除する。併せて艦隊防空を担当。脅威となる敵はアンダーセン基地とアントニオBウォン・パット空港に前方展開した中国海軍航空隊のJ-11戦闘機、JH-7攻撃機、Su-30戦闘攻撃機。空軍のJ-10戦闘機、J-16戦闘爆撃機。そして《薩鎮氷》のJ-15とJ-14。それに加え南沙諸島方面からH-6爆撃機」


 同じ第二艦上航空隊の第202戦闘飛行隊はステルス多用途戦闘機マルチロールファイターであるF-2A/B艦上戦闘攻撃機を運用する汎用部隊だ。第二艦上航空隊は他にF-14を運用する第203戦闘飛行隊と83式早期警戒機E-2Dを運用する第2警戒管制飛行隊、対潜哨戒回転翼機SH-60K/Lを運用する第2哨戒飛行隊、多用途旋翼機CV-22と多用途回転翼機MCH-101を運用する第2支援飛行隊がある。

 それぞれの確認されている機数も表示された。「J-11×23~25?」等とアンダーセン基地に吹き出しが加わった。トラック島もグアムに近いが、さらに近いのが彩帆サイパン島だ。

 彩帆の日本空軍南洋航空警戒管制団第83警戒隊のレーダーサイトがグアム方面を元々監視している上、彩帆サイパン基地には空軍の第606飛行隊のE-2C早期警戒機が配備されている。かなり正確な戦力が分析されていた。


「米国は何やってんだよ」


「日本が守ってくれるとでも思ってたんじゃないのか」


 パイロット達のぼやきが上がる。グアムは大東亜戦争の最中、日本軍が占領したが、その後の講和によって米国に返還されており、日本領に囲まれていた。枢軸にここを取られれば日本にとっても痛い場所にある。


「絶対国防圏を脅かす存在だ。我が軍にも責任はある」


 ここまで敵に自由を許している理由の一つに決定的な艦隊決戦を日米共に避ける傾向があった。大西洋において枢軸側は低出力戦術核を武器として使用することもあり、それは単純な破壊力だけでなく、電子電磁領域の連合軍の優位性を崩している。現在まで太平洋での戦術核による戦闘は生起していないが、艦隊決戦にもなればそのリスクは高まる。敵艦隊の動きを察知しながらも対応しなかったのは日本も同じだ。


「クーガー0-5ゼロ・ファイブ編隊の目標はグアム島上空の空中哨戒機だ」


 クーガー0-5編隊は麻木大尉が指揮する四機編隊だ。麻木と月島を含めた八名からなる。その編隊員である藍田要あいだかなめ中尉、白石和奏しらいしわかな中尉、象潟恭之助きさかたきょうのすけ中尉。弓削慶介ゆげけいすけ少尉、相良佳人さがらよしと少尉、押田浩太郎おしだこうたろう少尉らが同じ机に集まった。

 藍田と白石は月島と予科練からの同期、象潟は予科練の先輩になり、弓削以下三名の少尉は後輩でこのクーガー0-5編隊の平均年齢は二十半ば台とかなり若い。

 藍田と白石、象潟がパイロット、残りの三人は後席員バックシーター兵器管制士官WSOで弓削以外は「前転」こと前席転換訓練を終えておらず戦闘機を実戦で飛ばすことは出来なかった。


「アンダーセンや空港の敵戦闘機は?」


 象潟が尋ねた。F-14は比較的大型でレーダー等のセンサー類や搭載兵装量が大きく、WSOウィソーも乗り込むため処理能力や監視の目も高く敵に優位だが、四機編隊で対処できる敵は基本四機だ。不利な戦闘の回避は定石となる。

 上空の敵機を排除しても次々に上がってこられれば勝ち目はない。


「離陸前に地上部隊が破壊する。それでも上がってくるようなら迎撃しろ。グアム島上空の敵機を排除した後は南シナ海側から艦隊を支援するために向かってくると見積もられている爆撃機に対処する」


 中国は南沙諸島を実効支配し、航空基地を建設していた。H-6爆撃機含む多数の航空機が配備されている。対艦巡航ミサイルを運用可能だ。


「敵艦隊が南下し、二正面作戦になった場合、直ちに帰艦し、艦隊防空に加わる」


 中国人民解放軍海軍南海艦隊は二個に分けられており、うち一個艦隊──第一艦隊と便宜上呼称──は空母《薩鎮氷》を中心とした十四隻からなる。

《薩鎮氷》は蒸気カタパルトを備えたCATBAR空母であり、スキージャンプ式の従来の中国海軍の空母に比べて圧倒的な戦力投射能力を持っており、その艦載機の数は戦闘機だけなら四十機程度だ。それにロシアのキエフ級空母を元とする中国のスキージャンプ式STOVL空母《海南龍》が加わる。

《海南龍》はロシアのSTOVL戦闘攻撃機Yak-201をベースに中国がライセンス生産した殲撃J-14戦闘攻撃機が三十機程度が搭載されている。正規空母とSTOVL空母からなる南海艦隊第一艦隊の能力は決して侮れない。月島には二正面作戦よりもまずは敵艦隊撃破が先決に思えた。


「気に入らないな。敵に主導を取られやすい」


 麻木は作戦の不満を素直に口にした。全体マスブリーフィングは終わり、編隊のメンバー達は集まって編隊ブリーフィングに移っていた。


「同感です。我々はグアムと《赤城》をてんてこ舞いですね」


 象潟も同意した。艦隊に残る機もあるが、その不足を補える時間で来援出来るかは不明だった。第二機動艦隊には本来二隻の正規空母が配属されるが、《蒼龍》がインド洋に向かった今、護衛艦隊より日向型航空巡洋艦《日向》が加わろうとしている。

 航空巡洋艦という艦種は冷戦期はヘリ空母としての能力を持つ対潜作戦中枢艦だったが、現代の出雲型航空巡洋艦は正規空母の削減に伴い、個艦の能力向上が求められ、カタパルトすら備える軽空母となっている。《日向》は戦闘機や早期警戒機、ヘリなど三十機を搭載可能だった。


「戦力比はほぼ拮抗。純粋に力と力をぶつけ合うことになる。旧時代的だ」


 象潟は気に入らないという気持ちを前面に出していて隠す様子がない。編隊長を務める麻木すら不満を口にするのだから致し方ないが、それだけに今回の作戦は不透明で不安定だ。


「攻撃側は三倍の法則、孫子も五倍なら攻めると言ってますし、我々だけでやれるんですかね」


 藍田が不満気に言う。


「孫子のは戦わずして勝つ話をしてる。これは米国本土の奪還作戦だ。米軍が主体戦力になってもらわないと」


 月島はそう言いつつも戦況に含まれている米軍の戦力が薄いことを気にしていた。友軍との調整事項は重要だが、ブリーフィングの内容の中ではそれが希薄なほど少なかった。


「米国の援護も怪しいもんだ。《レンジャー》に続いて《トルーマン》もやられて太平洋艦隊で残った空母は《レーガン》だけ。連中、日和ひよって艦隊保全主義に走らないと良いんだがな」


 象潟の言葉には潜在的な心象が現れている。平和的かつ公正な貿易で黒字景気だった日本に一方的な経済戦争を仕掛けて来た米国は今も心象が良くない。


「俺達だけに戦わせるようなことがあれば米国も敵だな」


 藍田が言って月島に同意を求めたが、月島は後輩と麻木の前で答えにくく肩を竦めた。藍田は続ける。


「グアムも帝国領土にしてしまえば絶対国防圏も磐石なものになるんだけどな。グアムはずっと喉の奥につかえた小骨だったし」


 日米が貿易摩擦などで対立することはこれまでにも何度もあり、日本が平和主義協調路線となってからも軍部の中には米国を潜在的脅威だと認識している者も少なからずいた。


「陛下が許すわけないでしょう、帝国主義よ」


 白石は呆れたように言った。


「日本は帝国ですよ」と相良がとぼけたことを言う。


「馬鹿。全然意味が違う」


「そこまでだ」


 麻木が私語を遮った。パイロット達は麻木に注目する。


「皆の怒りももっともで、そうした懸念があるのは確かだ。しかし空では作戦に疑問を持つことなく私の指示に従え。いいな」


 麻木の言葉にパイロット達は真剣な顔で頷いた。空では迷いや躊躇いは死に直結する。麻木は敢えてここで皆にディスカッションのようにお互いの気持ちを共有させたのだと月島は気付いた。

 パイロット達の顔を麻木はひとりひとり見渡した。


「不測事態については説明した通りだ。明日の出撃に備えろ」





太平洋、米国領グアム島



 グアム島は太平洋マリアナ諸島南端の島。美しい南国の自然環境に恵まれたリゾート地だ。マリアナ諸島及びミクロネシア最大の島で、大東亜戦争中日本に一時的に占領され、大宮島と呼ばれていた時期もある。日米講和により日本軍が撤退してからは大日本帝国の絶対国防圏に食い込む、アメリカ軍の太平洋における重要な拠点の一つとなり、近年は中国の増長に伴い、米国は海兵隊の増強と空軍の増強を進めていた。そのグアムから米軍の各部隊が出撃した隙を中国に突かれ、占領を許していた。

 夜の帳が降り、漆黒に包まれた漆黒の海岸を複数の人影が蠢いていた。それは海岸から森の中へと間も無く姿を消し、森の闇の奥へと進む。


「海岸にも歩哨がいたな」


 森の中で交代で着替えながら一人が呟いた。


「思ったより敵はすでに腰を据えてる」


 それに誰かが答える。男達はウェットスーツを脱ぎ、乾いた戦闘服に着替え、装備を身に付けていく。


「波が予定より高くて焦ったよ」


「水路潜入の訓練なんて半年前だしな」


「私語が多いぞ」


 男達の私語を咎めた霧島鋭一きりしまえいいち大尉はドイツH&K社製の5.56mm特殊小銃HK416A5を構え、警戒員の交替に向かう。

 霧島達は大日本帝国陸軍特殊作戦群SOGに所属する戦闘員だった。

 日本軍で唯一、卓越したミリタリーの知識と技能を使う事の出来る政治的作戦部隊ポリティカルオペレーションユニットである特殊作戦群は、単に戦術的に事態に対処するだけではなく、政治の求めに応じて「情勢」に対応する柔軟な運用思想によって設立された戦略部隊である。

 特殊作戦群の各戦闘中隊は航空小隊、水路小隊、機動小隊(山岳・車両)があり、各戦闘中隊は六ヶ月ごとに交代する輪番制の対テロ任務中隊に指定され、指定期間中はキリングハウスや市街地訓練場、旅客機・鉄道・バス等で徹底的にCQB、人質救出作戦等の訓練を行っている。上番中の戦闘中隊では二個小隊が即時待機、残る二個小隊が訓練及び待機となる。

 霧島は航空小隊に所属するが、特殊作戦群ではあくまで専従であって、全隊員がオールマイティーにどんな任務であっても遂行できる能力が求められ、厳しい訓練を受けている。航空小隊だろうが、任務に最適なタイミングで使えるなら専従任務以外でも運用されるのが特殊作戦群だ。

 霧島達はたまたま潜水潜入に使える海軍の原子力潜水艦が停泊していたトラックの帝国陸軍トラック特殊戦訓練センターにいたため、グアム島に中国軍上陸の一方を受けてから予行訓練を行って待機に入り、今回の任務に駆り出された。

 装備を整えた霧島達特殊作戦群の一個班八名は夜の帳が下りたグアム島の沿岸部を闇に紛れて静かに移動する。虫の鳴き声が耳を塞いでいるため、何度も立ち止まっては物音に注意を払った。

 中国軍の細部配置や行動パターン、地雷などの障害の有無は特定できておらず、いつどこで敵と接触してもおかしくはない。

 小銃には消音性よりも殺傷能力を重視し、徹甲弾を込めている。

 その小銃だが、今は社会主義者の反乱によって枢軸に与するドイツ製なのだから複雑だ。世界的にも特殊部隊用小銃として名を馳せたHK416は優れた小銃だった。特殊作戦群では国産装備に限定せず、優れた火器を採用してきた。特に特殊作戦群創設当時の陸軍の主力小銃である89式6.5mm小銃は銃身の長さや銃床の調整、光学照準具等のアクセサリーの取り付け、操作性が対テロ任務に不適であったことや、特殊部隊の能力構築に米国を頼りにしていた事などから弾薬の口径すら異なる5.56mm小銃コルトM4の導入を皮切りにそれが続けられている。

 また日本軍の武器管理は厳重であり、改造等も認められていない上、訓練頻度が桁違いで武器の消耗が激しい特殊作戦群に、平時の一般部隊の補給兵站システムが追い付かなかったためだ。陸軍の補給兵站システム上、特殊作戦群を優先しても武器管理は厳重で、火器に不具合が起きて直ちに工廠へ送っても返ってくるまでにはどうしても時間を要する。そのレスポンスの低さは特殊作戦群の任務上、不適であることやサードパーティ製品の豊富な海外火器が好まれる傾向にあった。

 しかしながら特殊作戦群でも5.56mm弾薬への不満は近年高まっていた。シリア介入、イエメン邦人救出作戦、南スーダン人質奪還作戦等に投入された特殊作戦群は実戦経験から5.56mm弾のマンストッピングパワーを疑問視している。米国ですら6.8mm口径の.277 Fury弾を使用するSIG社製MCX SPEARライフルをM7制式小銃として採用する等、代替弾薬への更新の機運は高まっており、特殊作戦群も任務に適応した20式6.5mm小銃の改良研究が行われていた。

 霧島自身は標準的なNATO弾薬である5.56mm弾にそこまで大きな不満を抱いている訳ではなかった。身分を一般部隊に秘匿するために20式小銃でも訓練しているが、反動抑制はどうしても5.56mm弾に軍配が上がると言わざるを得ない。だが、この小銃もいずれ部品が枯渇すれば、日本でデッドコピーを作るか国産小銃への更新が必要になるだろう。

 霧島達はグアム島北東部に上陸し、アンダーセン空軍基地から離れた森の中を進んでいた。霧島は別口で潜入した第一空挺団の深部潜入偵察部隊である情報中隊の動向が気になっている。電子戦下、無線が使えないため連携がとれていない事が懸案材料だが、彼らを信じて、あるいは彼ら抜きで任務を実施する計画をすでに頭の中で組み立てつつあった。

 出撃までの準備時間はわずか一日。休む暇もなく、作戦の分析を行い、移動間も暇さえあれば地図の暗識に努めたため、島内でも自己位置を見失わずに地図を開かずに行動出来ていた。


「ここだ」


 GPSの座標は枢軸軍の妨害によってかなり影響を受けるため、地図とコンパス、そして歩測で現在地を評定していた。

 先頭のリードマンが示した位置の本当にすぐ近くに草木で隠された車があった。


「見事だ」ここまで小隊を導いたリードマンのを労いつつ霧島は周辺を警戒させつつ、安全化を命じた。

 そこには二台のランドクルーザーが草木と漁網で隠匿されていた。現地協力者が隠していた車輌だった。中国軍の特殊部隊が先んじてこれを発見してトラップや待ち伏せをしていないかが気がかりで、霧島は四方に対して斥候を出して敵の兆候が無いか偵察させ、車も爆発物処理EOD要員に確認させた。

 幸い敵の兆候やブービートラップも無く、霧島達はランドクルーザーの偽装の草木をどけ、前進の準備をする。

 占領下にあるグアムだが、市民生活は続いており、車の往来も少なくなったがあることにはある。その一方、米軍残存部隊は抵抗しており、複雑な戦場だった。


「アザレア、準備よしです」


 霧島をコールサインで部下が読んだ。作戦間、隊員達は実名ではなくコールサインで呼び合う。特殊作戦群は対テロ等の任務では民間人と敵が混在する戦場で戦う事や政治的な任務を負うため、本名は保全のために秘匿している。


「スカー。オセロを先導しろ」


「了解」


 スカーと呼ばれた男は、左目の下に傷がある真壁曹長だった。真壁はオセロと呼ばれる進藤中尉が乗り込んだ先頭のランドクルーザーの窓を叩いて合図すると先頭車を誘導して前を走り始めた。

 獣道のような道をライトを点けずに二両のランドクルーザーが進む。各車の周囲には徒歩で隊員達が追随して警戒していた。


「カイン、先頭との距離をもう少し取れ」


「了解」


 霧島が乗り込んだ車を運転する、訓練で某ホームセンターを訓練目標だと間違えて突入しかけた過去を持つ井関二等軍曹が答える。双眼の暗視装置を着用しているが、無灯火で進むため先頭から離されればこの森の中では遭難するのではないかと思うほどだ。自然と近づきたくなる心理は霧島にも理解できた。


『アザレア。こちらスカー。車道に出ます。ライトを』


「了解。前方及び左側方を警戒。こちらは右と後方だ」


『ラジャー』


 井関がヒューズを繋ぐよう指示する。ライト類が点灯し、ランドクルーザーは一般車両に復帰した。警戒していた隊員達が屋根のラックにバックパックを放り込んで乗り込んでくる。全部で六名の完全武装した男達が乗り込み、車内は手狭になった。


「お客さん、どちらまで?」


 芝居がかった声で井関が乗り込んできた男達に聞いた。


「アンダーセン基地まで頼むよ。支払いはVISAで」


 座席にどかと座った伊藤三等軍曹が答える。


「畏まりました」


 低速とはいえ、車の移動に並走していた伊藤達は息を切らしていた。暗視眼鏡の載った戦闘用ヘルメットを脱ぐと水を呷る。


「さてと、敵性地域でのドライブを楽しみますか」


 特殊作戦群の隊員達は軽口を叩き合い、緊張を解そうとしていた。

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